第16話 変化のきざし
私は疲れていた。
今日は深夜からドライブに行き、戻ってきたら白石さんの一件があり、もう夕暮れ時だった。ガレージに愛車を仕舞うと部屋に帰る。そしてスニーカーを脱いでから気が付いた。食べる物が何も無い。
スパゲッティはあるがパスタソースが無い。そうめんはあるが麺つゆが無い。冷凍うどんもまたしかり。たぶん米びつは空っぽ。今日はすでに朝食、昼食と食べ損ねており、さすがに三食はつらい。デリバリーでもと思ってテーブルを見て気が付いた。
そこには先日お祖母ちゃんから貰ったお菓子がのっていた。中身は何と海苔せんべい。どのくらい入っていたのか知らないが、海苔としょう油味が美味しくて完食してしまった。なんとも言えない満腹感でベッドに横になるとそのまま寝落ちした。
翌朝、毎朝のアラームに起こされるとシャワーを浴び、身支度を整えて部屋を出た。そして会社で朝食を食べて仕事を始めた。今日は何だかお腹が空いて定食を食べたかった。上司達がよく行くのを知っていたので今日は付いて行った。
定食屋さんは混雑していたので相席になったが上司とは一緒だった。勧められた物を頼み、食べてみると絶品だった。
美味しくて温かくて安い! 感動でつい饒舌になってしまった。
「ご馳走様でした!」
店主さんに声をかけて外へ出た。上機嫌の私に上司が聞いた。
「美味かったか」
「はい!、ありがとうございました!」
「寿司でも、蕎麦でも、とんかつでも色々あるぞ。食べに行きたいときは言ってくれ」
そう言うと歩き始めた。上司の気遣いと今までの心配りに感謝して、黙って一礼した。それから追いかけて隣に並ぶと次はどこがいいか相談に乗ってもらった。
その頃から部屋にいる時間が短くなった。残業が終わってからの軽く一杯に呼ばれるようになり、私も付いて行くようになったからだ。飲みながら酒の話や酒の肴の話をして、家族の話を聞いて、仕事の話もする。今まで知らなかったことを色々教えてもらえて、そこには私の印象なんかも入っていて勉強になった。今日も終電近くの電車に乗り帰宅を急いだ。
明日は土曜日、会社で朝食は食べられない。しかたなくコンビニによるとレジには白石さんが入っていた。私は朝ごはんを集めるとレジへ置く。白石さんは知り合いであるという風でもなくテキパキとバーコードを当てると金額を伝えた。私はそれを電子マネーで払い商品を持って離れた。すると白石さんがカウンターを出て追いかけてきた。
「今度お茶、明日の二時から四時までいいですよ」
予期せぬ事態に言葉が詰まってしまい、頷くのが精一杯だった。帰り道、嬉しいような悲しいような少し複雑な気持ちで部屋に戻った。それから白石さんにLINEを送った。
『睡眠が大切な時期かと存じます。お会い出来るのは嬉しいのですが、無理なさらないでください。もしお会いできるならいつものコンビニに二時の待ち合わせでお願いします』
そして眠りについた。翌朝七時半、返信が来ていた。
『昼間の仕事を休んでいます。大丈夫です。これから寝ます』
二時少し前に待ち合わせ場所へ行くとすでに白石さんは待っていた。心配そうな顔で見つめると大丈夫と笑って答えてくれた。二人で駅前のカフェへ行き、飲み物と他にサンドイッチを頼んだ。何か他愛もない話をしようと思って、今週の昼休みにいった食べ物屋さんの話をした。
トンカツが大きくて顔が隠れるなんて言われてるお店や、しらすのかき揚げが美味しいお店、親子丼が出汁と卵が美味しいお店など、白石さんに元気になって欲しくて、その一心でしゃべった。
サンドイッチが届いたので半分にして白石さんに食べてもらった。全部二人で食べ終えると白石さんの表情が真剣になり、先日のお礼を言われた。それと立て替えた入院費用と帰りに乗ったタクシー代を差し出された。いずれも返してもらうつもりの無いお金だった。
「少しでも白石さんの役に立つならそのまま納めてください」
「そういう訳には」
「いいんです。役立つなら嬉しいです。他に何も出来ませんので」
「私達からお渡しできる物ありませんよ?」
「はい、そういう物は求めていません」
「ありがとうございます。有り難く頂戴します」
はぁ、これでもう帰るのか。そう思った時、白石さんが話始めた。
「今まで、夜勤と昼間と働いていたんですけど、昼間はお休みにしました。来年、タクが小学生になったら昼間の会社の仕事を探してみます」
「そうですか。何か力になれることがありますか?」
「はい、友達として、たまに息抜きに付き合ってください」
「はい、もちろんです」
あまりの嬉しさに声が震えてしまった。
「私、今まで周囲には頼らないように生きてきました。でもまったくそういう訳にはいかないんだって気がつきました。お茶もドライブも行きましょう。何も無いですけど家にも遊びに来てください」
「私が白石さんの家族に関わってもいいんですか?」
「もう案外と関わってるじゃないですか。いいですよ」
「タクちゃんにケーキを買っていったり、プレゼントをしても構いませんか?」
「そうですね。お願いします」
「白石さんにプレゼントをしても構いませんか?」
「いいですよ。どうしてですか?」
「あなたの事が気になるからです」
「砂川さんのその気持ちが一時的でなく、ずっと続くと嬉しいですね」
お会計の時にさっそくケーキを三個テイクアウトして白石さんに持って帰ってもらった。そして白石さんの家の前まで送ると別れの挨拶をして、家へ戻った。
次の週もランチは欠かさずに外へ食べに行った。そしてタイミングがあえば夜も飲みに行った。そういう生活が一ヶ月ほど続いたある日、残業をしていたらリフレッシュルームに呼ばれたので付いて行った。そこで男性から初めて付き合って欲しいと告白を受けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます