第12話 約束のドライブ

 私は聞き慣れないアラームの音で目が覚めた。


「砂川さん、おはよう」


 すぐそばで誰かに声をかけられた。部屋の電気が点いて一瞬目が眩んだがベッドの隣では多田さんが微笑んでいた。


「早く起こしてごめんなさいね。家はどこ?」

「家は、外環の和光インターの辺りです。」

「うん、大丈夫だわ。行くわよ」


 ベッドから起こされると脱いでいた物を身に着け外へ出た。ガレージから出してくれた車に乗ると家へ向かって出発する。確かにまだ四時半。電車は動き出す前で人気は無く、道路もスムーズに流れている。

 多田さんが買ってくれたコンビニコーヒーを飲みながら、初めての助手席からの眺めと多田さんの横顔を楽しんだ。

 そんなドライブもほんの三十分ほどで終わり、降りる前にLINEの登録をした。


「また飲みましょう」


 そう言ってくれた彼女を笑顔で見送りながら私は部屋に戻った。まだ朝の五時前、二度寝するほどの時間は無いのでそのままコンビニへ朝食を買いに行った。店内に入ると白石さんが品出しをしている。手際良くきれいに並べる彼女の働く姿は格好良かった。


「レジお願いします」

「申し訳ありません」


 走ってレジへ入る彼女に申し訳なさを感じたが上手く言葉には出来なかった。

商品を受け取り夜明けの街を歩いていると、働く白石さんの引き締まった顔が思い浮かんで、私も頑張ろうと気合が入った。

 会社に行くと昨晩の労をねぎらう言葉をかけて貰い、微力ながらも何か役に立てたのかなと思えて嬉しかった。今週も残り二日間。集中して頑張ろう。

 金曜日の帰り道。駅ナカのお店でお弁当を買おうとしていると、タクちゃんとおばあちゃんに会った。タクちゃんが駄々をこねていて、おばあちゃんがなだめている感じだ。


「こんにちは!、どうしたのタクちゃん?」

「ママがいないの」


すごくドキリとする言葉だったが、慌てておばあちゃんが訂正してくれた。


「ママは居るんですよ。でも今日はタクちゃんの誕生日で、でもママは仕事にもう出掛けてしまって……。ケーキのお金をもらったので買いに来たんですけど、ママのもって……」


 私は胸が締め付けられる様に痛くなり、目頭が熱くなり、タクちゃんがにじんで見えた。でも家庭の事情には無責任にクチバシを突っ込めない。

 私の勝手な想像で何かするのは良くない。私に出来ることは無いものかと考えて、すぐに思い出した。


「タクちゃん、明日、ドライブに行こう」

「ドライブ?」

「あの緑の車に乗って走るんだよ」

「本当に?」

「本当に」

「明日の十時にいつものコンビニで待ち合わせしよう」


 私はおばあちゃんにも場所と時間を伝えて、紙に書いて渡した。翌朝九時、知らない番号からの着信に出てみると白石さんだった。ドライブの件、お礼を言われ、仕事で送り迎えが出来ない事のお詫びを言われた。白石さんはコンビニを終えると仮眠を取り、十一時から三時頃まで喫茶店で働くそうだ。私はタクちゃんは任せてくださいと伝えると出発の支度をした。


 九時四十五分。コンビニの駐車場に着いた。車から降りてコーヒーを買い、それを飲みながら待っていると、タクちゃんとおばあちゃんが来た。

 車の屋根を開けて、タクちゃんを助手席に乗せる。先日から取り付けたままにしていたジュニアシートに座ると、ベルトの位置もぴったりで外もよく見える。

 おばあちゃんに十二時に待ち合わせしたいことと、途中でパンケーキを食べるので、お昼ごはんは余り食べないであろうと説明すると、アレルギーは何も無いと教えてくれた。

何度も頭を下げるおばあちゃんに恐縮しながら私は車を出発させた。タクちゃんはじっとしているが、すごく緊張して興奮しているのが感じ取れる。街なかと国道を走りながら目的のパンケーキのお店に到着した。

 そこでタクちゃんには生クリームがたっぷり添えられて、いちごとパイナップルが載ったパンケーキを頼んだ。飲み物はヨーグルトドリンクとアイスコーヒーだ。タクちゃんが無心に食べ、残った物を私が食べた。


「ねぇ、タクちゃん。昨日で何歳になったの?」

「六歳!」

「すごいねぇ、お兄ちゃんだね」


タクちゃんも誇らしげな顔をした。タクちゃんへのプレゼントはもう一つ思い付いたのだが一晩悩んだ。

 果たして赤の他人の私から誕生日プレゼントを渡していいのか。それもタクちゃんに選ばせるなんて非常識かな。白石さんがどんな環境でどんな躾をしているのか知らない。もし、私の子供がよく知らない人からプレゼントを貰ったらどう感じるか。

 たぶんこの気持ちは同情心。白石さんに初めて会った時からどこかに持っている施しの気持ち。タクちゃんには申し訳無いけどお節介はドライブまでにしておこう。約束の時間に駐車場へ戻るとおばあちゃんが待っていた。


「また行こうね」と声をかけてさよならをする。おばあちゃんが袋に入ったお菓子をくれた。それは有り難く受け取った。私は二人の見送りを受けながら駐車場を後にした。

 ガレージに車をしまうと子供用の椅子を外し、ビニール袋に入れて仕舞った。それから幌をかけて屋根を付けるとガレージを閉めて部屋に戻った。ベッドに転がるとやり場の無い愛情がより強く感じられて、一人で寝るベッドに一抹の寂しさを覚えてタオルケットを丸めて、抱き締めた。そのまま昼寝をしているとスマホに着信が入っていた。目が覚めたのは夕方四時、LINE友だち追加のお知らせだった。昼間、おばあちゃんに預けた連絡先に白石さんが返事をくれた。


『砂川美彩です。LINEありがとうございます。今度、お茶しに行きたいです』


悩んで送った言葉がこれだった。最初は嫌いだったんだけど、お母さんの顔、そして働く母しての顔と頑張り。今やかなり気になる存在になっていた。

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