第10話 仕事が恋人

 私は喉が痛かった。関節が痛み体がだるい。

夕べ薄着でそのまま寝て風邪を引いたようだ。風邪薬を飲んでシャワーを浴びる。会社に行かないと。

 マスクをして電車に乗る。まだ咳は出ないが寒気がする。でも会社へ行き椅子に座った。ここが私の居場所だ。

 十時、栄養ドリンクを自販機で買った。昼休み、机で腕を枕に少し寝た。午後からも資料を作り時間が過ぎていった。

午後六時半。上司がやって来て今日はもう上がるように指示をした。確かに判断力が低下している気がする。先に上がらせてもらった。

 駅ナカのお店でお弁当を買った。今日の一食目だ。ぼんやり思った。私から仕事を取ったら何が残るんだろう。

翌日と翌々日は仕事が休みだった。洗濯と食事だけして後は寝て過ごした。寝てしまえば何も考えない。

 月曜日、体はだるいが風邪は治っていた。コーヒーとパンを食べて出勤する。朝イチ、上司が声をかけてきて体調が良さそうだねと言ってくれた。はい、おかげ様でと応えながら、気遣ってくれたことが嬉しかった。

 今週は仕事がはかどった。食事もしっかり食べて寝起きも調子がいい。

時間が出来ると音楽を聴きながら資格試験の勉強をしていた。

 週後半になりプロジェクトマネージャーからお客様と懇親会を開くと告げられた。正直、私の苦手な集まりだ。話題が仕事以外に及ぶことが多く男性主導の話には絡みづらい。


「私、参加を見合わせる訳にいきませんか」


一応、聞いてみた。


「無理だな。人柄を知ってもらう機会でもあるしな」


 分かってはいてもおじさんの中に私が一人居るのは苦痛だった。

 当日、パンツスーツを着て仕事をし、仕事の一部である懇親会に参加した。末席の担当者同士の席には女性もいるが上座にいる女性はやはり私一人だった。

 そこへお客様の総務部のメンバーが到着した。物作りをするのではなく社内の調整や統制をしてくれている今回の案件の旗振り役だ。座る場所も上座だった。

 空いてる席は五つ、部長の名代で課長、課長補佐、同じく課長補佐、そして担当者が二人。その中の課長補佐と担当者が一名ずつ女性だった。おまけに会話に慣れており男性受けも良い。

 男性達がゴルフの話を始めると彼女達も話に加わり話題を提供する。女子ツアーゴルフの話にもついていく。相槌を打つのが精一杯の私とは別次元の会話力だった。ゴルフの話が一段落すると先方の課長が課長補佐の女性に話を振った。


「私の趣味は今どき珍しいってよく言われるんですけど、車なんですよね」

「車を磨いてきれいにしたり、少し部品を交換したり、それでドライブに行ったりするんです」

「へぇ〜、確かに珍しいね」

「ライセンスを持っているからサーキットを走ったりもするんですよ」

「ええっ〜、本格的だね」

「はい、とことん尽くすタイプなので」

「いいな〜、俺に尽くしてほしいよ」

「今の恋人に飽きたら考えますね♪」


男性との会話に慣れてる……

 あとはあの仕草と目つき。唇にも目がいくけどリップに何か付けているのだろうか。そして気が付いた!

この人、走行会の時にキスを受けてた人だ! 姉妹のお姉さん! あの時の光景が頭をよぎり恥ずかしくなって俯いてしまった。

 それからも彼女を中心とした話は続いていた。

私はウーロンハイをちびちびと飲みながらみんなの様子を観察する。

みんな楽しそうに輪になって話に加わっている。

これが私に足らなくて、求められているものだと気が付いていた。

 途中でトイレに外した。トイレを使いたかったのと、息苦しくなってきたからだ。手を洗おうと洗面台に向かうと課長補佐の多田さんが入って来た。

 今日はありがとうございますと言い会釈をして出ようとすると、外で待っててと呼び止められた。トイレを出た辺りで待っていると二次会に誘われた。差し出された名刺に携帯電話の番号が入っていて解散したら電話してと言う。分かりましたと返事をして名刺を受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る