第9話 由真の家へのお呼ばれ

 昨日、美容院に行った。

友達を訪ねるのに髪を整えてもらうのは初めてだ。今日は昼食を済ませて先週買った衣類を身に着け、髪を整えていつもよりしっかりとメイクをした。電車を乗り継ぎ、真由の家まで着くとチャイムを鳴らした。

 シャッターの付いたガレージと建物を囲う高い壁。明らかにお金持ちの家だった。チャイムに付いたカメラを見つつも扉のほうを見る。すると玄関が開いた音がして門が開いた。


「美彩、きれい!」

「ありがとう」


 由真に引かれるように門を通り抜け玄関へ入った。そしてスリッパを履くと応接間に通してもらった。


「どうぞ掛けて待っていて」


 由真にそう言われて座って待つと部屋の中の様々な装飾品が目に入る。その中には有名なタレントと男性が二人で肩を抱き合っている笑顔の写真もあった。

あの日焼けした逞しそうな人が由真の旦那さんか……

 姿を見てしまうと嫉妬心が湧いてくる。今さらなのに恋心が騒ぎ出す。

扉をノックして由真が入って来た。私の顔を見て、写真を見ると少しはにかみながら「夫よ」と言った。私はぐっと奥歯に力が入った。由真は紅茶とお菓子を私の前に置くと「顔が怖いわよ」とおどけた声で言った。気付いた私は笑顔を作ると一息吐き出した。


 大きめなノックがあり由真の旦那さんが入って来た。私は腰を上げると挨拶を交わし、先日は長く奥様をお借りしたと侘びた。頭を上げると笑顔の旦那さんが白く揃った歯を見せながら笑っていた。


「こちらこそ妻が楽しい時間を過ごす事が出来たようで感謝してますよ。決して怒ってなどいませんからご安心ください。子供ももう中学生になり子育ても一段落しましたので、これからも仲良くしてやって下さい」


 促されて腰をおろすと自分の仕事の話や友人関係などを加えながら、学生時代の私達のことなども聞いてきた。話題が豊富で話も上手だが聞き役に回っても表情が豊かで話易い。

仕事は準大手海運会社の二代目社長で先代社長も会長として健在だった。

そして年齢は四十八歳。

 嫌味なく私にもいいパートナー候補を紹介すると言ってくれて、その時にさらっと私をきれいな人なんて言ってくれたのがお世辞にも嬉しかった。その後も楽しく過ごして由真の家を後にしたつもりだったが、私が帰り、由真がスマホを持ったところで待ったがかかったらしい。


「お前、恋する乙女みたいだぞ」


由真が夫を見るとこう言われたそうだ。


「もう二人では会わないでくれ」


 たぶん狼狽した姿を隠すことは出来てなく、夫の疑いは確信に変わっただろう。夜に届いた由真からのメールは私を絶望させるに十分だった。旦那さんの指摘は合っている。私と同じように由真も私に友情以上のものを持っていると思う。ただ、私には由真の生活を壊せず、由真もそこまでして私と会うつもりはないと思う。せめてメールに返事を書きたいが考えがまとまらない。仕方なくシャワーを浴びに浴室へ入ったが、結局は考えがまとまらなかった。でも由真にまた会いたかった。


『由真へ。今日はありがとう。旦那さんの考えは分かりました』


 メールの返事がここから先を書けない。由真はどう思うの?、とか、それでも私は会いたいとか、文言は浮かぶのだが、いずれも最適とは思えず、違う文言を探している。当然、由真の気持ちは尊重したいが結局は私の会いたい気持ちが止められず、それを否定されるのが怖い。

 由真にもう会わないと言われれば、諦める決心が出来そうだが、由真も本心は会いたいじゃないかという思いが心の何処かにあって、由真の気持ちを聞くような言葉は書きたくない。指摘のとおり私も初恋に心を奪われた乙女のようだ。乙女というには年齢がすでに倍になっているが、経験が無いので仕方がない。苦しい胸のうちを聞いてもらえるのは一人しか残らないが、未奈美に聞いてもらうのはさすがに出来なかった。

 仕方なく今日のお礼とご主人との話は分かったと、それだけ書いてメールを返した。そして外へ出た。

 どこを歩き回ったのか分からないが週末のドライブ後によるコンビニのそばに出た。明かりに誘われて店内に入ると甘い物が欲しくなり、アイスカフェラテを持った。レジへ行くと既に夜勤帯だったのか白石さんが働いていた。

商品を置いてバーコードを読み取ってもらい支払おうと財布を探した。ところが私は手ぶらで何も持っていなかった。とても恥ずかしかったが白石さんに謝るとレジを離れようとした。すると白石さんがカウンターの外へ出てきて私に小声で話しかけた。


「砂川さん、薄着過ぎですよ。早く帰宅してください」


 はっと思い体を見ると、Tシャツは胸の突起が浮かび、下はショートパンツだった。白石さんにお礼を言うと急いで部屋に戻った。

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