第6話 シライシふたたび
私は久しぶりに買い物に出た。でも恥ずかしながら何を買えば良いのか、もう分からなくなっていた。
仕事の日はパンツにシャツ、そして足元はスニーカーかパンプス。そこに気温に合わせて重ね着をする。一応スーツもあるが多く場合は会社から支給された作業着の上着で間に合う。そして休日はジーンズ専門。
こういう生活をしているとドレスアップする服が欲しいと思っても、何から揃えたらいいのか分からない。当然、アクセサリーも無い。指輪もネックレスもイヤリングも学生時代以降は身に着けていない。
こんな時に一緒に買い物に行きアドバイスをくれる人は居ない。そして周囲に参考と出来るような同期の姿も無い。
先週、久しぶりに会った由真は、その晩帰宅した旦那さんに浮気を疑われて大変だったらしい。
たぶん何かを察知したのだろう。そして旦那さんの目付きが男に戻っていて、夜がかなり激しかったそうだ。だから次は、まず由真の旦那さんが居る時に自宅へ遊びに行き、不安を解消してから外で会おうという事にした。今日はその時に着て行くための服を選びに来たのだが、挫折しつつある。
これでもひととおり見て歩いた。でも最近はスカートを苦手にしていて、パンツは楽だが少し残念な気がする。由真と会うために上から下まで全部新品で揃えるというのも、さすがにやり過ぎに思えて困っている。でも少しでもきれいな私を由真に見せたい。気合いを入れ直して、私世代向けの品揃えをしているお店に突入した。
結局、気に入ったブラウスを見つけたので、そのお店で全身コーディネートをしてもらい買って帰った。久しぶりにはいたスカートが恥ずかしいがロング丈なので我慢した。家に帰るとさっそく包装を解き、試着をした。足元のシューズとイヤリング、そして新品のバッグまで持ちながら、部屋の中を歩き回った。
いつもは感じないふわふわでさらさらな感じが心地良い。姿見が無いので全身を見る事が出来ないが丁寧に脱ぐと、真由に連絡し、美容院の予約をした。
翌日。いつもの習慣を変えて朝から愛車を走らせた。あれからタクちゃんと呼ばれていた男の子には会っていない。空いた道路を走らせながら最後にいつものコンビニに寄った。朝昼兼用のサラダランチを買うと駐車場に戻る。ついタクちゃんを探してしまうが今日は見つからなかった。車に乗ろうとすると例の女性店員、感じの悪いシライシが歩いて来た。まぁ見たくなかったが仕方がない。すると私に近寄るようにこちらに向かって歩いて来た。
「すみません、こちらの車、あなたの車ですか?」
まさか話しかけられるとは思わなかったので驚いた。そして少し狼狽えながら返事をした。
「はい、そうですよ」
「そうですか。うちの息子が何度か乗せて頂いたそうで、ありがとうございました。息子が非常に喜んでいました」
あの態度の悪かった女の口からこんな言葉が出るなんて予想外だった。
「いえ、大したことはしていませんので」
その後、彼女は会釈をして立ち去ろうとした。でも呼び止めてしまった。
「あの、タクちゃんと果たしていない約束があって、それは乗せて走るって約束なんですけど、ご都合よければ今度どうぞ」
「構わないんですか?」
「はい、約束ですし」
私は扉を開けるとダッシュボードからペンと紙を取り出し連絡先を書き渡した。
「息子が本当に喜びます」
「よろしければ次の日曜日の午前中などで」
「そうですね、聞いてみてLINE送りますね」
「私は砂川です」
「私は白石です」
「ではまた今度」
「ええ、ありがとうございます」
白石さんと別れた後、案外普通の人だったなと思った。もしかすると私が毛嫌いしていただけかも知れないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます