第5話 大学時代の親友
私にはご存知のとおり恋人はいない。一緒に過ごす友達もいない。
高校の仲間とは大学時代に疎遠になり、大学の仲間とは二十代のうちに疎遠になった。社会人になってから口説かれた事は無いが一緒に飲みに行く程度の同期はいた。
でも両親が亡くなり、他人に構われることが疎ましくなったため同期との交流も無くなった。
それが交流で出会った姉妹のキスを見てしまってから唇が気になって仕方がない。でもそんな相手がいない。会社、通勤電車の中、道を歩きながら、お店の店員さん、色んな人の唇を見たが誰でもいい訳でも無いし、誰がいいのかも分からない。
ただ、なぜか大学の時の親友、彼女の顔が浮かぶ。いつも彼女とは顔を見ながらおしゃべりをしていた。そのせいか、その厚みと大きさをくっきりとイメージ出来る。彼女は大学を卒業し数年勤めたら結婚してしまった。今は何をしているだろうか。あの時は幸せそうだった。それは私が唯一出席した結婚式だった。
週末の土曜日。意を決して彼女の住所に手紙を書いた。祝福した結婚式から十年近く経っているがまだ住んでいるだろうか。住所しか分からないので手紙か訪問するしか連絡手段を思いつかない。社会人になって初めて手紙を書いた。
二日後、スマホにメールが届いた。差出人に覚えが無いのですぐには開けずにランチタイムに開けた。その書き出しを見た途端に思わず息を飲んだ。
『美彩!、久しぶり!
由真だよ!』
由真は変わらない!、昔のままだ!、手紙がちゃんと届いた! そこから後ろには由真の近況と連絡先、そしてすぐに会いたいと書いてあった。一方的に関係を切った私には余りにも温かい言葉だった。由真の迷惑も考えずにそのまま電話をかけた。
「はい、もしもし?」
「由真、美彩だよ……」
「美彩っ!」
私は感極まってしまい、声が出せない。喉を開こうとすると涙が溢れてむせび泣く音が伝わった。
「美彩っ!、今は仕事中でしょ。泣いちゃ駄目だよ……」
そう言った由真も電話の向こうで泣いていた。最後にすぐに会おうと約束して電話を終えた。その日の午後の仕事は心がふわふわとして落ち着かなくて、ほとんど手がつかなかった。
週末、いよいよ今日は由真と会える。でも着ていくものが無いので、その事を由真に打ち明けて、ジーンズでも入れるお店にしてもらった。私は喜び勇んで指定のお店まで行くと個室へ案内された。部屋の入り口には厚手のカーテンが掛かっており、中の様子が覗けないようになっている。
こんなお店は初めて入ったが、何だか由真に大切にして貰っているようで嬉しい。店員さんの案内で奥まった部屋のカーテンが開くと中には由真が座っていた。
椅子を引き、私を座らせた店員さんが揃ったかどうかを確認した。由真が「お願いします」と伝えると黙って会釈をして店員さんは部屋を出て行った。二人きりになり座って見つめ合っていた二人は、どちらからともなく席を立つと歩み寄り、抱き合った。
「由真……」
「美彩……」
「美彩、ずっと心配していたんだからね」
「ごめんなさい、ありがとう」
「うん、もういいよ。元気そうだもん」
「由真はどう?」
「私はそれなりだよ。夫には贅沢させて貰っているし」
「こんなお店があるんだね。隠れ家というか、密会場所みたいだね」
「そうね。積もる話もあるだろうし、聞かれたくない話もあるだろうからね」
それから四時間。お茶と少しのお菓子で話通した。そして私の恋バナになった。私は今までの恋愛経験、そして気になった人や感情の動きなど、包み隠さずすべて伝えた。そこには先日見てしまったキスと、それ以来心に灯ってしまったキスへの憧れも無意識に含めていた。
「そっか。美彩は今まで機会が無かったんだね」
「うん、寂しいと思ったことも無かったんだけど今はちょっと違うみたい」
「残念だな、私が結婚していなかったら、美彩と結婚するのに……」
「私も出来るならしたいよ、真由とさ」
「ねぇ美彩。いま私が出来る事はあなたを応援することだけなんだ」
「うん……」
「その気持ち、唇にのせて届けてもいいかな……」
そう言って由真は席を立つと美彩のそばへ来た。そして美沙の顎に指をかけると顔を上に向かせて唇にキスをした。そのキスは長いキスで、由真は私と唇を合わせながら涙をこぼした。私は一度唇を離すと、由真の涙をハンカチで拭き、そっと立ち上がると由真を抱き締めた。由真はそんな私の唇へ唇を合わせると私を抱き締めた。
(由真、好き……)
やっぱりそうだったんだ。心に浮かんだ気持ちに相槌を打ちながら、もうどうにも出来ない由真の感触と全身から立ち昇る香りを決して忘れないように必死に抱き着いた。
もうこれ以上は居られないという由真の門限が迫ったので、私達は抱擁を解いた。そして由真が身づくろいをしてトイレから戻ると私を後ろから抱き締めた。
(そんなことされたら離れたくなくなっちゃう)
それから由真は耳元で私に囁いた。
「また会おうね、必ず。私は美彩が好きだよ」
私が何か言おうとした時には由真はカーテンを開けていて、私の由真への気持ちは伝えられなかった。
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