第3話 美彩の仕事
私は三十路で一人。孤独にも慣れてしまった女だ。
今日も週末深夜のドライブを終えていつものコンビニに寄った。そしていつもどおりに翌日の朝食を買い、車に戻る。すると先週の男の子とお祖母ちゃんが居た。
お祖母ちゃんといってもまだ五十前後で、そう呼ばれているのを見るまでは単なるおばさんだと思っていた。今日は少し離れて、でも真正面から私の愛車を見ている。何か変わったものでも見つけたのかと思い近付くと、男の子が見上げてきた。
「どうしたの?」
「この車、カッコいいね♪」
それは私には禁句だった。
私の欲情スイッチが入り、褒めてくれた男の子がキラキラと輝いてみえる。
「でしょ!、カッコいいでしょ!」
初めて私が今までにためて来たウンチクを語る機会が来たーっ!、と勝手に盛り上がったら、彼は扉の横へテトテトと走っていき、「中が見たい♪、乗ってみたい♪」と仰せになった。私は彼の後ろに回るとロックを解除し扉を開いた。中は黒を基調としたインテリアで、スポーツカーらしく計器類が運転席に向いているのでまさに操縦席って感じがする。彼は躊躇いなくそこへ乗り込んだ。天井が低いので、彼が真っ直ぐ立つことは出来ず、ハンドルに手をかけてのしかかりながら前の景色を見ている。
飽きずにいつまでもハンドルを握っている彼をかわいいと思いながら見ていた。
「タクちゃん、そろそろ行くよ」
「はーい」
お祖母ちゃんが私にお礼を言う。そして実はこの車を見に来たんだと教えてくれた。当然、自分が褒められたかのように嬉しかった。
週が明けると仕事が始まった。今、担当しているのは大型案件のマネージャー補佐役。
私の豊富なキャリアからいくと補佐では無く、正マネージャーとして案件を管理し、補佐を育てて、各担当のリーダー達にしっかり成果を出させる事にも従事したい。しかし、会社がそれを望んでいないようだった。そうなると、今の立場からのランクアップは無い。
私は数年前から入社年数と職能ランクが不釣り合いで、そこで社内のキャリアがストップした事が明らかな人間となっていた。社内を見渡すと同期入社の女子はすでに全員退職していて誰も居ない。そして同じランクは後輩ばかり。
さらに技術職には少数派の女性なので各種研修にも女性は私だけ。おそらくいつ辞職願を出しても引き止めにはあわない。そんな寂しい人間が私だ。それでも仕事には熱意を持って取り組んだ。それは好きで楽しかったから。
まぁ浮きたくて浮いた訳でも無いのだが、今や飲み会にも誘われない。そして来年辺りには年下上司が誕生しそうな雲行きだった。
両親が遺してくれた遺産があるうちに退職して独立開業する……
そんなシナリオも現実味が十分にあった。そしてそんな事を忘れるように週末にはドライブに出る。
ある日、ガソリンスタンドに給油をしに出掛けた。さっきまで綺麗にピカピカに磨き上げていた愛車を久しぶりに太陽の下で走らせる。頭にはキャップをかぶり、帽子の後ろの穴からポニーテールに縛った髪の毛を出す。そして幌を開けて屋根をオープンにすると空まで一つにつながった大きな景色が目に飛び込んで来る。
するとこの間の男の子とお祖母ちゃんが歩道を歩いていた。そばを走り過ぎるとこの車に気付いた男の子が追いかけてきた。ミラーで気付いた私は路肩に車を止めて男の子を待った。
息を切らした男の子とお祖母ちゃん。二人とも何も言えない。ようやく男の子が口を開くと、またお願いだった。
「この車に乗せて♪」
もちろん構わないが人様の大切な子供だ。お祖母ちゃんを見るとお願いをされた。
「ご迷惑でなければお願いします」
ヨシッと思って助手席に乗せたが、シートベルトが顔の前に来てしまう。彼はまだ小さいのだ。身長を訊ねると百センチだと教えてくれた。
私もお祖母ちゃんにシートベルトの事情と危険性を説明し、今日は走らせずに座るだけで我慢してもらった。
「僕、もうちょっと大きくなったら乗せてあげるね」
寂しいけど、そう言って助手席から降ろした。そこで二人と別れた後、私はカー用品店に寄った。あったあった。これこれ。いくつか並んでいる物から気に入った一つを選び、車に据え置いた。
私の愛車にはトランクのような荷物を置くスペースがほぼ無い。なので買ったものを運ぶには助手席に積む。本当に使い道が限られた私自身のような車だった。
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