第2話 美彩の家族

 ドライブの帰り道にいつものコンビニに寄ると、私の車のそばに男の子とおばさんがいた。

 私の車は明るい緑色。きっと子供にはミニカーみたいなキレイな色に見えるだろう。でも今、おばさんは触っちゃ駄目って言ってたよね、、、


それってもしかして、、、


やっぱり!


やられたよ!


男の子が扉の辺りを手のひらでぺたぺた触ってる!


フリーズ!、止まれ!!


そしてゆっくり手を離すんだ、、、


 口では何も言わなかったが、私の眼力が伝わったのだろうか、楽しげだった男の子の顔が曇ると、車から手を離し、あっという間におばさんの後ろに隠れた。

 私はまずは車に近寄ると街灯で傷の有無を確かめた。汚れた手で撫で回したり、爪が当たると擦り傷や引っ掻き傷になる。

 男の子の手のひらの跡は、ぺたぺたとはんこのように残っていたが傷は無かった。安堵でひと息吐き出すと、おばさんが謝ってきた。


「傷にもなってませんし、大丈夫ですよ」


 そう伝えるとほっとした表情を浮かべたが、二人で話していた間に、男の子がコンビニの方へ走り出してしまった。おばさんがすぐに追いかけ、私も危ないと思い追いかける。すると彼は自動ドアにバンッとぶつかり、尻もちをついた。


「大丈夫かい、頭は打たなかったかい」


 おばさんが心配して駆け寄る。そして抱き起こした。私は頭を打ってはいないのが見えていたので、安心して足を止めた。すると中から店員が出て来た。

 あっ!、あの私が毛嫌いしている店員だ!

違う意味で心配になり再度足を踏み出した時、「ママッ!」、男の子が店員に向かってそう声を出した。店員は片膝を着くと男の子を優しく抱き上げ、頬ずりをした。


「さあ、これでお祖母ちゃんといい子で寝るんだよ」


 優しい目をして息子に微笑みかける彼女は、私に不満げな表情をした彼女とは別人だった。


慈母だな……


 私はゆっくりその場から離れると車に乗った。フロントガラスの向こうに今は亡き母の笑顔が浮かぶ。滲んだ涙が収まるまで駐車場にいた。


 私には家族がもう居ない。父方の祖父母は早くに他界し、母方の祖父母は離婚していて付き合いが途切れている。そして両親は旅行先の事故で亡くした。

 すでに働いていた私はその旅行には一緒に行かなかった。だから時々思う。両親と一緒に居たかった。それからは仕事に集中して生きて来たので、私の周りはシンプルだ。仕事と私以外の関係が無い。高校と大学時代の友人とは疎遠になってだいぶ経つ。

 すでにかつての自宅は無く、私の今の住所は勤務先の上司と総務ぐらいしか知らない。でもこれが私の選んだ道で、私の選べる道だったのだと思う。

 両親が亡くなったことを慰められるのが嫌で仕事以外の付き合いを避けた。そして同情が嫌でそばに誰かが居るのも避けた。衣類は会社用と自宅用のみとなり、収集癖なども無いので物がたまらない。食器も身の回り品も一人分。部屋も八帖のリビング兼寝室に水廻り、これだけしかない。誰も来ない私だけの部屋としては十分だ。

 そして三十路を迎えて、仕事を生きがいのように生きて来たのに挫折を味わい。それが私の仕事の能力以外の部分が影響していると気付いた時、空いてしまった穴を埋めるために見つけたのが車だった。

 今は愛車のために壁と屋根が付き、電動シャッターにセキュリティまでついた車庫を借りている。晴れればもちろんドライブに出掛けるが、雨の日はこの中で車の手入れをする。

 背が低くて横幅の小さなこの愛車は私の作業も隅々まで行き届いて楽しかった。

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