村長の屋敷にて


 

 

 あれから家で新しい左手の使い心地を確かめるべく、家事をアレコレしているイエ姉のお手伝いを買って出るも。

 まだ寝てなさいと言わんばかりに、イエ姉に邪険にされるんだが。アイアム、ヤクタターズ。

 

 仕方がないので、裏手でコッソリと人生初の薪割りに挑戦中なんだけど……。


 斧を両手で構え(左手はそえるだけ)、思いっきり振り降ろす。パカンッと軽い音で薪が二つに割れた。 オー、スゲー。


(……うん。痛みも無いし、問題は無さそう)


 経過は良好、問題なっちー。ハト爺には感謝しなくちゃだな。


 ただ、これ程の大怪我(家に着いてから切断面を確認した。焼いて止血してあり、かなり見た目がグロい)が完治とは言わなくても、痛みも無く義手まで使えるようになるなんて。

 痛み止めやら麻酔薬やら化膿止めなんて言っていたけど、薬の技術だけは元の世界より進んでいるのかもしれんな。

 その分、もしかしたら身体にかなりの負担が掛かっているのかもしれないけれど。



 そういえば、寝たきりで意識が無い状態の時、誰がどうやってあの薬を俺に飲ませてくれていたんだろう?

 どうでもいい事だけど気になってしまう。……起きていきなり頭を叩いてきた、あの、残念美人さんかな?


 もしくは、イエ姉が所謂いわゆる『マウストゥマウス』 ってヤツで、飲ませてくれていたのかな? そう考えると、ちょっとドキドキしてきた。


 またも人生初の出来事。い、異性との……せっ、せっ、接吻? 口吸い? キッ、キッス?ってヤツを経験した訳か?


 ……くっ、悔しいことに、全然覚えて無いけども。


 二人ともタイプが違う美人さんで、それがこんな出会ったばかりのチンチクリンな俺なんかと……。キ、キッスを……。


 『紋次』はもちろんの事、前からの知り合いみたいだけど。それでも今現在、こいつの中身は俺な訳で……。そう思うと、騙しているみたいで急に心が痛くなって来た。




「もぉーーー」


 一人妄想の中で悶えたり沈んだりしていると、イエ姉の呼ぶ声が聞こえて来た。


 家の角からピョコンと顔を出し、首を可愛いく傾げるイエ姉。その小さくポテンッとした唇に、どうしても視線が行ってしまう。


 茹で蛸みたいに全身真っ赤になって焦っていると、不思議そうな顔でイエ姉は、村長の屋敷を指差して(時間、時間)と教えてくれた。


 気付けば、いつの間にか陽は落ちかけ、山の上からヒンヤリとした風が吹き下ろしていた。

 山間に沈む夕日に、影も色濃く長く伸びる。

 オレンジに輝く空に対して、夕焼けの海は暗く深みを増し、蕭々しょうしょうと黒い海原を風が吹き抜けていく。

 火点し頃。家々から立ち昇る夕飯の香りに誘われて、遊び疲れた子供達が我先にと家路を急ぐ。


 いつの時代も変わらぬ、よくある幸せな晩景。




 あっ、唇泥棒が判明しました。薬を飲ませてくれた人はヨイチロウって言う、医者見習いの男の子でした。勿論『マウストウマウス』です。後で絹さんに聞きました、はい。

 あー、しょうもなぁ、なんだか一気に醒めたわぁ。もう、どうでもいいって感じぃ。

 あー、誰かチューしてくんねぇかなぁ。いまならオカマでもいいや。


 そんな最低なことを考えていたら、女装した繁忠のオッサンの凶悪な顔面が脳裏をよぎり、盛大に吹き出してしまった。まぁ、自業自得である。




♦︎♦︎♦︎




 その日の夜。繁忠との約束通り、イエ姉と一緒に村長の屋敷に来ていた。


 既に篝火と提灯の灯る門をくぐると、これぞ日本庭園って感じのお庭が出迎えてくれた。

 池を真ん中に、屋敷の玄関と庭先に通じる細道に別れていて、時折、カコンッ! と、ししおどしの音が聞こえてくる。んー、まさしく風流だな。


 イエ姉が(私は玄関、モンジは細道)と指差しで示す。少しだけ堅い表情で(バイバイ)と手を振りながら、開けっ放しの玄関に消えて行く。


 その表情が少々気になって後ろ髪を引かれる思いだが。

 考えても分からんし、とにかく早く終わらせて、イエ姉とお手てを繋いでお家に帰ると心に決め、細道へと歩きだした。


 

 提灯の灯りがボンヤリ照らす細道。仕方なしに一人トボトボ進むと、何やらガヤガヤと人の話声が聞こえて来る。

 塀に沿って薄明かりの中を抜けたその先にはーー。


 お屋敷の中庭があった。中庭と言うには広すぎる空間ではあるが。

 百人は有に収容出来るスペースに実際、そのぐらいの人数の男衆が既に集まっていた。

 奥にある屋敷も、中庭に面した障子戸は全て全開で、いつ会合が始まってもおかしくない状況だった。


 村の男衆は地べたに座り込み、皆一応に険しい表情で襲撃事件について語り合っている。

 勿論、この中に俺の知り合いなんか居る筈も無く(相手は俺の事を、知っているんだろうけど)。

 手持ち無沙汰で塀に寄りかかり、話の内容に聞き耳を立てていた。


 やっぱり三日前の襲撃事件の事で皆んな酷くお怒りの様子で、唾を飛ばしながら各々が自分の思いの丈をぶつけ合っている。血生臭い内容であったが。


 そりゃそうだろう。何の落ち度も無く何の前触れも無く、一方的に暴力を受けたんだから、怒り心頭なのも当然の話だ。


 だけど、仲間の為にこうも熱く語る男衆を見ていたら、つい俺も知り合いの事を思い出してしまう。

 部外者である俺は、ひとり元いた世界に思いを馳せてしまっていた。


 ……優作、神代さん、神代さんのお友達ちゃん、片岡の叔父さん、バイト先の田中のおっちゃん、クラスのみんな、苛つく担任の青島、皆んな無事なんだろうか? 街は津波で大丈夫なんだろうか?

 

 仲間を心配する彼等を見て、俺も元いた世界の皆んなを心配していた。




 暫くして屋敷の奥から白髪頭で、顔面に厳つい岩を張り付けたような初老の男性が現れてって……。アレッ、似た顔知ってんな。


 繁忠をジジイにしただけのってか、マジでソックリだな、絶対親子だろ!


 初老のオッサンが現れて、そのうしろに、少女? 少年? 見た目は女子なのに男子っぽい格好の可愛い子が出て来た。

 平安貴族風のラメ入り白い狩衣に紺色の袴姿で。今で言う男の娘ってヤツなのか。あっ、後ろに繁忠もいた!



 初老のオッサンは屋敷の縁側で立ち止まると、目の前のまだお怒り中の男衆に向かって、その太く逞しい腕を胸の前でゆっくり大きく開いた。そして。


「パーーーーーーンッ!!」


 柏手かしわでを一つ打った。柏手一つで皆を黙らせ注目させると、そこで大きく息を吸い込み真剣な顔付きで語りだした。


「あー。皆の衆、無事で何よりだ。そして、此処に集まってくれた事をかたじけなく思う」


「まずは、先の襲撃事件での犠牲者の報告だが………。死者が三名も出たと報告を受けた。……名は、『市 銀悟』『端田 素助』『木間 喜平』この者らが犠牲者となった」


 沈痛な面持ちで話す初老のオッサン。さっきまで大人しく聞いていた男衆も、賊に対する怒りを苛烈にぶつけてくる。


「ふざけんな!アイツら!!」

「ぶっ殺してやる!ぜってぇー許さねえー!」

「きへい〜、ぎんご〜、もとすけ〜、カタキは取るからな〜」

「アイツ等、皆んな血祭りだ!」

「この借りは、テメィ等の命で返して貰うからなぁー!」


 怒号の飛び交う中、収集が付かなく成るや否や、また。


「パーーーーーーン‼︎」


 後ろに控えていた繁忠が、先程より更に響く柏手を打って男衆を黙らた。初老のオッサンと繁忠は眼で相槌を打つと、また話を続けた。


「ワシは、命を賭してこの村を救ってくれたこの者達を……誇りに思う。……今も村の為、尽力してくれているお前達を誇りに思う」


 地べたを叩く音や啜り泣く声が、彼方此方あちらこちらから聞こえて来る。


「今回の件で、領主様である田之上様には必要な物資と、派兵に関する嘆願書は既に送ってある」


 その太い眉と切れ長の眼を吊り上げ、硬く握りしめた両拳を震わせながら初老のオッサンは話しを続ける。


「この者等の死は、決して無駄にはしない! 奴等には必ず報いを受けてもらう!……そこで皆にお願いしたい。昼夜を問わずの更なる警戒と、村の復興にこれまで以上に尽力して頂きたい! ……そして、時が満ちたなら! 奴等に死を持って償わせると此処に誓おう!!」



 額に青筋を立て、仁王立ちのまま初老のオッサンは腰の刀を抜いた。そして、鋭く尖った刃先を天に突き立てると。



「戦の始まりじゃーー!!」


 と、のたまいやがった! 一拍遅れて。



「オォ〜〜〜〜〜〜〜〜! ォオ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!……」


 男衆の鳴り止まない雄叫びと、異様な程の興奮にこの場が呑まれた。



 この集団トランス状態に、傍観者でしかなかった俺は焦り出す。


 ヤバい、このままじゃ本物の戦が始まっちまう! 死人がまた出ちまう。……そんなのダメだ! 何とかしなきゃ!!


 何度も剣を突き立て音頭を取り続ける初老のオッサン。村の男衆もそれに応えるよう、雄叫びと拳を天に突き上げ己を煽る。


 関係無い、関係無いけど、見過ごせやしないッ!

 

 クソッ! 考えるより先に身体が動いていた。



 一種、怪しげな宗教団体みたいに、皆んながマインドコントロールされている。しかも最悪な方向へ、一糸乱れず。 ふざけんなッ! モンジに戦慄が走る。


 トランス状態が全て悪い訳じゃ無い、ポジティブな思考なら一流アスリート等がよく言う、ゾーンに入るとかパフォーマンスが向上するってことは知られている。

 普通の生活でも、集中して勉強が出来たとか、テストの結果が良かったとか、仕事がはかどったとか、使い方によってはプラスにも成りうる。


 しかし、ネガティブな思考のままじゃぁダメだ。単なる洗脳になっちまう。しかも、洗脳者の思いのままの操り人形に! クソッ!


 男衆を掻き分けながら俺は焦っていた。昔読んだ、この手の内容の本を思いだして、実際事件にもなったマインドコントロールの恐ろしさに起因して、そう悟ったのかも知れない。




 踵を返し、屋敷の奥に消えかかった初老のオッサン。俺は群衆を押し除けオッサンの前にやっと辿りついた。

 異常な興奮状態の男衆に揉まれ、大した距離でも無いのに息が上がっている。


 “ バーーンッ! ”

「ハァ、ハァ、ハァ、あっ、あの! チョット待ってくれ!」


 思いっきり叩いた縁側と、必死な叫び声で初老のオッサンは足を止めてくれた。

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