かわいい人
初老のオッサンは、傍にいた繁忠とボソボソ小声で言葉を交わすと、ゆっくりと振り返る。 うぉっ! 顔、めっちゃ怖ぇ!
「モンジか……。なんだ!」
オッサンからの威嚇込みの質問。……負けるな、俺!
「……かっ、考えがあるんだ! だから、俺に時間を……。三日、いや、二日だけでも時間を下さい!」
オッサンは目を剥いて、厳つい顔を更に厳つくして睨んでくる。あー、なんかに似てるな。そうそう思い出した。おめでたい時に出てくる奴『獅子舞』だな。そっくりだ。
本音を言うと、俺、何言ってんの? 何がしたいの? って思ってる。……俺ごときに何が出来るんだよってね。
薄っぺらい奴等がよく言う、やれば出来るとか、頑張れば何とかなるとか、そんな無責任な精神論、正直バカじゃないのって思っている。
だって、やっても出来ない奴もいれば、頑張ってもダメな奴っていんじゃん。出来が悪い奴らの方が世の中には多いとさえ思ってるわけ。俺を含めてね。
だけど、誰でも譲れない事があるのは確かだし、行動しなければ何も始まらないのも知ってる。俺自身の経験で証明済みだからな、それだけは間違ってはい無いと思う。
初老のオッサンの突き刺すような視線で、緊張から俺は生唾を飲み込んだ。
繁忠がまた初老のオッサンに、小声で内緒話をしている。陰口叩いてる奥様連中みたい。ニヤケ面の繁忠が、なんかムカつくし。
「……分かったモンジ。お前に二日間だけ時間をやる」
それだけ言って、あからさまに不機嫌そうな初老のオッサンは、屋敷の奥へと去って行った。あっ、結構アッサリOKもらえた。
フゥー。ひとまず時間稼ぎってやつが出来たな。確実に人殺した事あるだろって目付きで、睨んでくるもんだから、俺もそちら側に仲間入りするかと思っちまったぜ。やれやれだな。
ニヤケ面で近付いて来る繁忠。なんかその顔マジむかつくんだけど。鼻、へし折ってもいい?
「で……。どうするんだ、モンジ」
「どうするも何も……。どうにかするつもりだけど。……どうしたもんか考え中なんだけど」
強めにハア? と、アホを相手にしている感じに言われた。ショックなんですけど。否定から入られると、心折れそうになるんですけど。
メンタル弱めなんで、褒められないと育たない子なんで、そこんとこ宜しくお願いしたいっス。
もともとノープランでの交渉だったんだから、時間稼ぎが出来ただけでも結果オーライだろ、って違う?
ワシの助言のお陰だとか何も考えてないだとか、ブツブツ繁忠は言ってるけど、勿論聞こえ無いフリをして、解決策を本気で見つけなきゃいけない。
繁忠そっちのけで、俺は腕を組み目を閉じる。思考の深みへと落ち掛けたその時。
「おふたりさん♪ おこまりですか?」弾むような、それでいて心地良い声が聞こえた。
「わぁーー!……ビックリした!!」
マジでビビッた。急に足元から声がするんだもん。
真っ白な歯をニカッて、可愛いらしい天真爛漫な笑顔でこの子。懐かしいヤンキー座りで、つまりはうんこ座りで話し掛けてきた。
スッと、目の前で立ち上がる白銀、狩衣姿のこの子のお顔が、何とか坂グループのメンバーに居そうな感じで、とにかくアイドル並みに可愛いくて。
オジサンはね、思わず握手を求めたくなっちゃったよ。CDとか買うと握手券って貰えるのかな?
背丈も俺の肩ぐらいまでしか無いしな、そんで小柄で華奢なスタイルで、ショートボブとぱっちりオメメの上目遣いって。
オジサン、ペンライト持って、ヘンテコな応援ダンスを踊りたくなるだろうがっ! でも、まぁ、さっき見た男の娘ってヤツだけどな。
んー、近くで見ると、女の子みたいな体型で男装をしているもんだから、コスプレ女子みたいでやっぱ、超絶可愛い。
ちなみに声は高めで、ほぼ女子っぽい。えーと、もう、女子でいいのかな?
可愛いフェイスも、目の保養になっていいけど。ただ、一つ気になったのは、この子も『緑色の瞳』をしているって事だ。少し驚いたけど、親近感を感じてしまったのは嘘ではない。
ドギマギしている俺に、全く気にする素振りを見せずこの子、わざわざ俺達の前にしゃしゃり出て来た。
「そこで、お困りの貴方達に……。僕から二つ提案があります。勿論、戦をしない為にね ♪」
唐突にドヤ顔を作って提案してきた。は、何言ってんだチビッ子。さっき感じた親近感ってやつが、一瞬で消え去った。
後ろ手に、無い胸を張ってクルリ背を向ける僕っ子。遅れて広めの白銀色の袖がフワリと揺れる。仕草がいちいち可愛いのな。
またクルリとこちらに向き直ると、細く綺麗な指を一本立てて。
「まず、一つ目はぁ……」
勿体ぶる僕っ子。なんか、ドラムロールが聞こえそうだな。
「ジャジャーン。交渉でーす♪ 貢ぎ物と今捕らえてる人質を連れて、平身低頭、平伏しまーす♪ バンザイして白旗を上げちゃうんですよ〜。命乞いもするんですよ〜、完全降伏をするんですよ〜」
言い方! 言い方に気おつけてっ! 可愛いく言っても、その内容じゃあ全然可愛いくないからっ! しかも、それ、交渉じやなくて降伏だし。
ほらっ、見てみなさい。繁忠の片眉がビクッてあがったよ!もう、鷹の眼になってるよ。君のこと捕食しようとしているよ! ちょい苛立ちが募って来る。
「二つ目はぁ……」
ノーオブ眼中。二本目の指を立てているけど、このチビッ子。顔面凶器の繁忠に滅茶苦茶ガン飛ばされているのに、顔色一つ変えないって、アンタどんだけハート強えのっ。苛立ちに、あきれるも追加された。
「さっき話した、全力命乞い大作戦で、貢ぎ物と人質を贈り物にするって僕、言ったよね ♪ 」
この子、言いながら両腕広げて、楽しそうにクルクル回ってら。
無邪気でこの子のキャラに合ってるけど、隣から聞こえる歯軋りに耳を塞いでいる、俺の身にもなってもらいたいよね。諦めも追加された。
「そこで ♪ 贈り物の中に刺客を忍ばせて、敵が寝静まった頃合いにピョンと跳び出して、コッソリ、サックリと敵の大将首を挙げるって作戦でーす♪ 」
えっへん!と腰に手を当て、また無い胸を張りつつ得意満面の僕っ子。何言ってんだコイツ、楽しげに人殺しの計画語ってんぞ。可愛いから逆に怖く感じるな。恐怖も追加された。
「そんな在り来りの作戦、本気で上手く行くと思っているのか?」
ドスの効いた声で、繁忠が噛み付いた。でしょうね。
「イヤッ、僕も思ってないよ……。そ♪ こ♪ で ♪ アレが活躍するのさ」
繁忠の問いにアッサリ肯定、そんで秘策があるみたい。僕っ子は綺麗なその指で、中庭の隅に積まれている木箱を指さす。アレッ、いつの間に?
「…………アレは、何?」
さっきまで俺が寄り掛かっていた場所なんだけど。確か、何も置いてなかったと思うんだけど……。
突如として現れた木箱に不信感を抱いて、直接聞いてみた。
「う〜ん。ハト爺の発明品?……爆弾ってヤツ?」
爆弾なんて物騒なことを言いだした。僕っ子は、口を尖らせ、立てた人差し指を顎に置く。
あざとい仕草が、俺の中での評価がただ下がりしている所為か、とても痛く感じる。
「これを使って〜♪ 混乱してる隙に〜♪ 首チョンパ ♪ 名付けて首チョンパ大作戦!ってへ」
両こぶしをアゴの下に、首を傾げてウインクしながらの、ベロちょっと出しって、あざとMAXかよ!
しかも首チョンパって、想像するだけで怖過ぎだって、なんか痛さを通り越して、しんどくなって来た。
だけど、揺動作戦。これならイケるかも!
首チョンパはもちろん嫌だけど、敵の大将さえ捕まえれば、なんとかなりそう。
ぼんやり道筋が見えた所で、意気揚々と自分なりに作戦行動を思案してみる。
立てた人差し指を口にくっ付けながら、フンフンと鼻を鳴らし、全身を舐めるように見廻してくる、チビッ子。
なに、なんなの? 若干引き気味の俺、コイツはオモチャで遊ぶ猫みたいな顔になってる。
「なにか?」って
「うん解った!」って、だから、何がッ?
「キミ!つっかえてて上手く出て来れないみたいだね。このままじゃ、半分もチカラが使えてないね 」
ウンウンと、解ったような顔で頷いてる。俺からすれば、はぁ? 何が? しか無い、ポカーンだ。
屋敷の奥、襖の裏にテッテッテッと小走りで向かうチビッ子、当然目で追ってしまう。襖の影からチョコンと顔だけ出して、俺に手招きをして来る。
なんだよったく! 可愛いけど、中身がアレなもんだからから、さほどもトキメか無い。行かなきゃ終わんそうだから、行くけど。
襖の影に行くと、急に抱きしめられた。
おもむろに、突然に、すべすべの細くて綺麗な両腕を首に巻かれて、正直、ドキッとした。なに、なに、積極的じゃぁ、あーりませんか!? ビックリし過ぎて、言葉が変になっちまった。
そうこうしている間に、アイドル並みに可愛い顔が近付いてくる。ローズ系の甘い良い香りが、鼻をくすぐる。そして耳元で絹糸のような細い声で囁いてきた。
「……入り口と、出口の通りを良くするね」
そう囁くと、耳に柔らかい唇で軽く甘噛みをしてくる。ヤバイ、ヤバ過ぎる。健全な男子としては、アレがアレして、あーなっちまう。
続いて鼻にも、この子の甘い吐息が顔にかかり……。
見つめ合う二人、潤んだエメラルドグリーンの瞳に長いまつ毛が如何にも女子で。てか、もう女子だろ、この子。
彼女はソッと目を閉じると、俺のだらしなく開けっ放しの唇にそっと、薔薇の蕾のような唇を重ね合わせ、遂に。
「ムチュウ〜〜〜〜〜〜。ハムハム、ベロチュウ〜〜〜〜。チュウ〜〜〜〜〜」
ディープなヤツをかまして来た!!
人生初のディープなヤツを貰いながら、俺は指をワシワシしながら悶える。
すぐさまこの子の細っこい、しなやかな十本の指が、首から背中へさわさわと蠢く。
そして、触れるか触れないかぐらいの絶妙な指使いで、背中から腰へと降りて行く。ざわざわと全身が波うつのが分かる。
さわさわと優しいタッチが鳥肌が立ちそうな程に気持ち良い。俺は声が漏れそうになるのを、必死で堪えた。
彼女は左手を俺の腰に回し、強引に俺と彼女の下腹部を密着させた。意識がディープなヤツから、くすぐったいけど気持ちいい、彼女の柔い指使いに、持っていかれる。
彼女の自由な右手は止まらない。
更に下へと降りてゆく。その優しい指先は、臀部の縁をなぞりゆっくりと足の付け根辺りまで降りていく。俺は全身を真っ赤にすることしか出来ない。
さわさわ、さわさわ、そしてつつーと五本の指が臀部と足との境界線をなぞり、遂には終着点へと到達した。そこにあるのは、俺の若い菊の門。
小菊をなぞる優しい指。切ない吐息を零す少年に、頬を染めながらそれを見つめる彼女。
ひとしきり彼の反応を楽しんだ彼女は、そのしなやかな指を一本だけ彼の小菊にあてがい、少年の強張る手付かずの若い菊の門に優しく、丁寧にーー勢いよくスルンッと。
(っあああああああああああああああああああああああっ!!)
背筋ピーンって、背筋ピーンってなったよっ! 初めての刺激で、背筋ピーンってなったよ! 天使のランドセル以来だよ! こんなに、背筋ピーンってなったのっ!!
声を殺し、お尻を押さえての爪先立ちの俺に、コンニャローは。
「これで大丈夫だよ♪ ……エヘヘ、チョット恥ずかしいね ♪ 」
照れ照れすんなら、しなきゃいいのにッ! 何なんだよコレ! before、after、モンジのモンジが進化しちまったじゃねーか、ったく!!
「ドンガラ、ガチャーンッ!」
全身真っ赤にしてる二人。その後ろで鳴った漫画みたいな音に、二人ともビクッと肩を跳ね上げた。
嫌な予感がしつつも、ゆっくり音源に視線を移すと。
イエッ! 眉も目も吊り上げて、灼熱の顔でブルブル震えていた。オーマイ、ガー!
みんなにお茶を持ってきたら、タイミング悪くベロチュー見られた、みたいな。瞼がひきつる。ハハハ、乾いた笑いしか出て来ないや。
急速にモンジのモンジがafterからbeforeに、それどころか縮み上がって更に退化した。たぶん、胡桃ぐらいに縮み上がってんだろうなぁ。もしリスに見つかったら前歯でカカカッて、やられて、もぎ取られて、土に埋められるレベル。
憤怒を纏ったイエさんに俺、汁みたいな汗が止まんない。
ダンダンダンと、床を踏み抜く勢いで駆け寄られ、頭をポカポカ、ポカポカ思いっきり叩かれた。
痛い!痛い!俺の所為じゃ無いのに。痛い!痛い!堪忍しておくれやすぅ。
涙目のモンジは蹲る。しかし、イエの猛攻は止まらない。
「アッハハハ♪ ゴメンね。……僕が勝手にやったことで、彼は悪くないから。プフゥー、プププッ。ねぇ、お願い、許してあげてよ 」
修羅場っぽいのに、軽い感じで流したよこの子。しかもメッチャウケてるし。なんか、イラッとくるんだけど。俺なんか、浮気現場見られたみたいで必死で言い訳考たっつうのに。
今度は、プリプリしだすモンジと、シュンと大人しくなるイエ姉。まぁ、チビッ子のお陰だけどな。ふぅー、まったく、やれやれダゼ。変な汗かいちまったよ。
ふ〜んって言いながらこの子、次はイエ姉の身体を舐めまわすように見つめている。
「ん〜、キミは彼の奥さんなのかな? それとも許婚? 悪いけど、キミの事も少しだけ見てもいいかな?」
コイツッ! イエ姉が、耳が聞こえ無いのに気付いてる!
だって、ゆっくりとした口調で話すし、身振り手振りまで付けて。マジか。
初見では健常者のように話掛けられるのが常なのに。一目見ただけで解るって……。何者なんだ、この子?
懐疑的な目を向ける俺をガン無視して語るチビッ子。違う意味で真っ赤になってるイエ姉はコイツに、小さく頷く。
奴は彼女にソッと近付き、軽いハグをした。
ドキッとした!
イエ姉は硬直したまま固く眼を瞑り、されるがまま。俺は見ちゃいけな無い、百合的な世界を妄想してモジモジしちゃってる。なんだべこれ。
イエ姉の背中をポンポンと叩いて「キミは、問題ないね ♪ 」って、すっごいアッサリ終わった。 アレッ? 俺の時はあんなに濃厚だったのに。
俺にだけ濃厚って、もしかしてこの子、俺のこと好きなのかな? 俺の嫁になってくれるのかな? 勘違い童貞野郎の事など無視して、話は続く。
「それでは、僕の用事も済んだから、この辺でお暇するよ♪ 」
あんな事やこんな事もした癖に、爽やかにそう言うと僕っ子は、繁忠の元にテッテッテッと戻る。そして大袈裟なモーションで指を、パチンッと鳴らした。
すると、不思議な光景を目の当たりにした。
この小さな背中から、二mは超えるであろう大男が二人、いきなりヌッと出て来て、チビッこに頭を垂れている。俺は、度肝を抜かれた。
繁忠、俺、イエ姉と三人供呆気に取られていると、またクルリと俺と向き合って、愛くるしい笑顔でこの子は。
「呼ばれて、半信半疑で来てみたけれど、正解だったみたいだね ♪ ……キミ、みたいな面白い子に会えるなんて、思っても見なかったよ。御近づきの記念って言えばアレだけど、また、近い内に会えるから。その時キミにいい物をあげるよっ。キミに必要だと思う、いい物をね。それじゃあ頑張ってね、またね……。阿、吽、行こうか」
いつのまにか、両肩に木箱を担いでいた大男二人。その二人を引き連れて、この子は颯爽と屋敷から出て行ってしまった。
「……で、結局、誰?」
呆けたままの微妙な余韻に浸りながら、俺が呟く。
「あのお方は
毒気を抜かれた表情で繁忠が答える。なるほど納得、只者じゃなかった訳だ。はてさて、陰陽師とは如何に?
俺にはサッパリ分からんけど、作戦に使う木箱はキッチリ一つ置いて行ってくれた訳だから。
陰陽師とは、エロい人ってことはだけは解った。それと、キッスが濃厚だってことも。
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