左手と緑の瞳


 



 片手で白髪だらけの無精髭をショリショリ弄りながら、改めて俺の身体つきをマジマジと見てくるハト爺。


 一言だけ、ん〜と唸ると。


「丁度いいのが、あったと思うぞ!」


 そう言って両膝をパーンと叩くと、よっこらドッコイセと重そうな腰を上げ、工房へと向かった。


「先客の注文が終わった所でな、火気厳禁な厄介な代物だったんだが……フフッ、我ながら面白いもんが出来たと思うとるよ」


 なんの事を言っているのか分からず、はぁ、と適当に相槌だけ打って呆けていると。


「ほれ、お前らも来い。モンジに新しい左手付けてやるぞ」


 そう言って、開けっ放しの工房へと入って行った。


「ありがとうございます」と、俺達も野菜籠片手に工房の入り口をくぐる。……お〜、っぽい。素直に感嘆の声が漏れた。


 そこは実際には見た事はないが、ゲームや物語などで度々出て来そうな、絵に描いたような鍛冶場で、チョットばかり感動してしまった。


 下町によくある個人経営の修理工場並みの広さで、まず目に付いたのが鍛冶場に必ずある小窓のついた炉、今は火は入っていないのだが、その手前に水を張った桶と金床がある。

 それと金槌やヤットコが数種類、全てかなり年季の入った代物が棚の上に、所狭しと整頓され置かれていた。

 棚の中には金属の棒が何本も並べてあり、板状の金属も何枚か入っている。


 右側の壁には、鎌やらハサミやら包丁が飾られいて、でも何故か、刀だけは木箱の中に数本、雑多に置かれているだけで。刀がメインの鍛冶屋じゃないのかな?と思ってしまった。



 お目当ての義手は、左の壁側にある棚に左右ついで何本も並べてあって、義足もその下にあった。


 えっ! 義手、義足ってこんなに需要があるの?って、まぁ、率直な感想だが。


 気持ちが顔に出ていたらしく、ハト爺に苦笑いされながら「練習で作った試作品じゃ」と言われた。

 初めて目にする物ばかりで、イエ姉と二人、夢中で見物していると。


「ほれ、そこで待っておれ」


 と、ただ丸太を切っただけの椅子を出された。フンフンと鼻を鳴らしながら義手を選ぶハト爺、それを見ながら、俺達は大人しく待つことにした。


 あれ? 奥に生活空間がある、暖簾のれんで仕切られているだけの。

 外から見た感じで推測するに、この工房はほとんどが鍛冶場スペースで生活出来る場所は猫の額ほどしか無いものと分かる。


 『ザッ!鍛治職人』って、ノンフィクション番組でありそう。こだわりの職人人生だったんだろうなぁと、勝手にハト爺の半生を想像していると。



「これなんかどうじゃ」


 と、木製で、革ベルトで固定するタイプの義手を持って来てくれた。


 白い布で巻かれた切断部分に何度も合わせーー。微調整をしてーー。




「これで、どうじゃ?」


 かなりのドヤ顔で聞かれた。


「…………」


 切断面に負担を掛けないよう、肘から下の腕を包むような形にしてある筒状の義手。それを二本の皮ベルトでしっかり固定して、ズレ防止をしている。


 腕を振ると、手首と指の関節部分がカタカタと音がなる。遊びがある。たぶん物が掴み易くなる配慮だろう。

 添えるだけ、引っ掛けるだけのその手はほんの少しだけ可動できるようだ。強度の問題で動きに制限が有るのだろうが、装着した腕に痛みは無い、けど初めてなのでかなりの違和感があるのは……しょうがないか。


 細めの木材で組まれいる所為か、然程さほど重さも感じないし、見た目もそれ程悪く無い。


「……いい感じです。ありがとうございます」


 ペコッと頭を下げる俺に合わせて、義手に釘付けだったイエ姉も慌ててペコリと頭を下げた。


 と、ここで厨二病心に火が付いた。


「あの、この義手、刀とか大砲とか仕込んであったりとかは……無いですよね?」


 某、有名漫画にありがちなカッコイイ義手を想い描いて、ワクワクしながら聞いて見たんだが。


「……」



 固まるハト爺。アホの子でも見るような目で見られた。 恥っず!チョッ恥っず!


「そんな事なかろう、ただの義手じゃ。……だが、面白い発想じゃな」


 そう言うと、また顎の無精髭をショリショリ触りながら考え込むハト爺。


 赤ら顔のまま、とても大切な事で気になっていたことを尋ねてみる。


「それで、その〜。お代のほうは、おいくら位でしょうか?」


 そう、家はお金持ちじゃあ無い。どちらかと言うと貧乏な部類に入ると思う。

 無理して買ったはいいが、明日からご飯が食べれませんってなったら洒落にならない。それでもイエ姉は、無理してでも俺の為だからと買ってしまうんだろうけど。

 でも、高かったら諦める!まぁ、俺は右利きだから、左手は無くても何とかなるだろう。



 キョトンと目が点になるハト爺。 あっ、またハトが豆鉄砲を食らった顔だ。



「あ〜、いらん、いらん。お前にはこの前の借りがあるからの」


 この前の借りって、なんだろ?……コイツに成り立てで、知らんけど。


「ワシなりに、お主には感謝しているんじゃぞ。また、かみさんに合わせくれたんだからの」


 あれ? ハト爺の奥さん亡くなったって聞いてたんだけど? えっ、えっ、どゆこと??


 オレが困惑していると。



「おしっ、たった今閃いたぞ!んー……三日後にまた家に来い。もうちょい面白いもん、作っといてやる。……お主専用のヤツをな」


 そして、皺だらけの顔を更にシワクチャにして、ガッハッハって漫画みたいに笑うハト爺。俺とイエ姉もガッハッハっと笑うしか無い。

 だってタダにしてくれたんだから、爺さんの機嫌を取るのは当たり前でしょ。


 創作の邪魔だ、さぁ、帰った帰ったと、ハト爺に追い払われてしまった。本っ当に連れない爺さんだ。


 そして俺達はもう一度、ありがとうございましたと深々とお辞儀をして、工房をあとにした。


 イエ姉も機嫌が良いし。やっぱタダって最高だね。タダ程高い物は無いって言うけどタダ程安い物もないよね。





 二人が工房から出たあと、ハト爺は独り呟く。


「緑目……生きたまま、鬼籍に入れる血族か。……難儀な姉弟じゃて」


 姉弟に対する同情なのか、憐れみなのか、火を入れた炉の熱の所為なのか、ハト爺は一際渋い表情を作り黙々と作業を始めた。



 村まで続く山道、そこを下る手前でフとハト爺の家に振り返ってみた、すると雲一つない真っ青な空に、工房から伸びた煙突から白い煙が、スルスルと立ち上り始めている所だった。


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