ハト爺


 


 

 お寺から剣術道場を背に、細い街道を二十分程歩いた所で広い農地が見えて来た。


 ……たしかこの辺りは、前の世界だと工業地帯だったはず。意味は無いと分かっているが、どうしても自分のいた世界と照らし合わせてしまう。本当に意味ないのに。



「やぁ、イエちゃん。モンちゃんも、具合はもういいのかい?」


 畑で葉物野菜の手入れをしていた、若草色の着物にもんぺ姿の、人の良さそうな丸いオバサンが気さくに声をかけてくれた。

 イエ姉はペコッと会釈、つられて俺もペコり。

 

 お出かけかい? とオバサンの問いにイエ姉は、山の上を指差して手をパタパタと鳥の真似をした。



「『ハト爺』の所かい? あぁ、モンちゃんのその手か……。ちょっとだけ待っとくれ」と、急ぎ足で自宅に向かったオバサン、そしてしばらくして戻って来ると。


「この前ハト爺にかまを貰ったんだけど、そのお礼がしたくてね。行くついでにコレ、渡して貰えると助かるんだけど」


 そう言って、背負い籠いっぱいの野菜を持ってきた。


 いいですよ、と俺は籠を背負うと「帰りにまたココに寄りなよ、お駄賃替わりに好きな野菜持って行っていいから」そう言われイエ姉は、俺の手を握りしめ、ピョンピョン飛び跳ねて喜んでる。

 無邪気で可愛いが、俺……、女子と触れ合ったことないんで、しかもこんな可愛い子と。人前で気安く触られるとドキドキが止まらなくなるの、この気持ち分かるかな?


 よろしくねー、仲良いねー、美男美女だねーってオバサン、わざわざ言わなくてもいいのに。彼女いない歴イコール年齢の男子としては、少しだけ恥ずかしくなる。


 またイエ姉に手を引かれ、獣道みたいな山道をハト爺の家を目指して登り始めたんだが。


 ……イエ姉は当たり前のように手を繋いでくるけど、気にならないのかな?

 もう、ソコソコお年頃の姉弟なんだけど……。俺はちょっと恥ずかくなって来てます。


 引っ張ってくれる彼女の手を改めて見る。幼少期に焼けて爛れた彼女の手は、白くつるんとした手に治っていてくれた。

 ただ、つるんとし過ぎって言うか、皮が突っ張ってるような印象を受けた。現に握った手の感触は、ビニール素材のようなツルツルした感触で、手の平らしいシットリ感はほとんど無い。


 けどパッと見、火傷あとだと分からない程、回復をしているその手に俺はひと安心した。だって女の子だもん、しかもこの火傷は彼女の勇気の証でもあるから。



♦︎♢♦︎



 山道を登りきると、そこには樫の森に囲まれた『東京ドーム』半分程の広さの平地が現れた。


 平地の奥に住居兼工房みたいな建物とその隣には蔵があり、さっきから、クルッポー、クルッポーとうるさく聴こえて来る。くるっぽー?


 工房の前に木のテーブルと丸太の椅子が置いてある。

 俺達に背を向けたままその椅子に腰掛けている、灰色の作務衣姿のお爺さんが見えた。

 イエ姉が駆けていくと、お爺さんも気付いた様子で振り向いて。


「よう〜、イエちゃん。久方ぶりじゃの〜。元気にしとったか?」


 と、浅黒い皺の多い顔を更に潰した、クシャおじさんみたいな笑顔で話しかけて来た。ついでに片手で持つキセルの紫煙が、両方の鼻の穴と、口の端から漏れ出ている。


 イエ姉はお爺さんの前で立ち止まると、満面の笑みで元気に会釈、そして俺に振り返り両手で、おいで、おいで、と手招きをしている。


 相変わらず愛想の良いイエ姉に、やれやれと保護者ヅラで彼女の横に立つ。


「おぉ〜、モンジも久方ぶりじゃて……ってお前、その手!」


 俺の姿を見るや真顔になるお爺さん。イエ姉の知り合いって事は、俺の知り合いって事だしな愛想の一つでも振り撒かないと。


 満面の笑顔で「ご無沙汰しております。あの、これ、下で預かって来た物なんですけど。鎌の御礼とおしゃってました」そう言って野菜籠を背中から下ろした。

 

 そしたらお爺さん、目を剥いて鳩が豆鉄炮をくらったみたいな顔になって。


「モンジの姿も驚いたが……ほんに、年寄りにとってチビ供の成長ほど楽しみもんはないな。あの鼻垂れモンジが大人びた口調で話す日が来るなんて」


 そんな事を言われ、感慨深げに、うん、うん、頷いて。鼻を垂らしてた覚えは無いのですが、いつまでも少年の心を忘れないワタクシです。


「あっ、あの、すみません『ハト爺さん』で間違い無いですよね?……この左手を何とかしてくれるって聞いて来たんですけど」


「……んっ?」二発目の豆鉄砲をくらったお爺さんの顔。


「あの……。僕、やっぱり変ですか?」


 お爺さんは無言で、首を縦に振ってイエ姉の顔を見る。

 イエ姉もお爺さんに、うんうん頷いて答てる。


 はぁ〜、やっぱ説明しなきゃ駄目か……。


 半ば諦め顔でオッサンの時のように記憶を無くしたていで説明したんだが……嘘をついてる事に多少の罪悪感を覚える。

 だけど本当の事は今の時点では説明しづらいので仕方ないよな。俺もよくわからんし。



 説明を受けてお爺さんは、無言でうんうん頷いてイエ姉の顔をまた見る。イエ姉もお爺さんに、うんうん頷いて答えた。

 すると、こらえきれないとばかりにみるみる顔が赤くなるお爺さん。



「プゥッ、だぁっはっはっはっはっ。ヒー、モンジはバカだバカと思っていたが、ほんとの馬鹿になったってことか。がっはっはっはっ」


 あ〜、愉快、愉快って涙流しながら笑ってやがる。ボケを放り込んだつもりはないんだけど。



「はぁー。……面白い話と間抜けな顔を見せてもらったな。そうじゃ、その通りワシが『ハト爺』じゃ」


 そう言って、前歯のない口をニカっと開けて笑うハト爺。俺は間抜けだがアンタは歯抜けじゃねーか!


 ちょいイラつく爺だが、さっきから気になっていた蔵の事を聞いてみた。


「あの、その蔵の中で何か飼っているんですか?……鳴き声が気になっしまって」


 正体の判らない、クックー、ポッポー、バサバサって音に、ちょっと敏感になっている。


「ほほぉー。バカになっても『鳩』が気になるとは、モンジもなかなかじゃな」バカ、バカ言うな! バカって言う方がバカなんだからね!


 ハト爺の目がキラリと光る。ヤバッ、やる気スイッチ入れちゃった?


「でも、鳩ですか」ちょっと安心。


「そうじゃ、鳩じゃ。モンジは知っておるかって、そうか記憶が無いんじゃったな。……ヨシッ、ワシが一から教えちゃる」 そしてコホンと咳払い一つして。


「この国には鳩は十種類以上おっての、此処におるのがその四種類で『カワラバト、キジバト、アオバト、シラコバト』で、一番多く飼っておるのが『カワラバト』じゃ、まぁ『ドバト』とも呼ばれておるがの。この子は和合國の在来種では無く、海を渡って遠くの国から来たらしいんじゃが、なんて言ったって体が鋼色はがねいろなのが素晴らしい。羽根の感触もツルツル、ツヤツヤで首元なんて光りの加減で緑や紫に、鈍い光を放つんじゃ、堪らんじゃろ。眼付きも精悍でな、それでいてクチバシにポンポンって、キリッとした顔にポンポンくっ付けてるって、可愛い過ぎじゃろ。それと『キジバト』なんじゃが、まぁ『ヤマバト』なんて呼ばれもするが、この子は元々山岳地帯に住んでいてな、人里で見かけるのも珍しい子なんじゃ。『キジバト』って名前の通り『キジ』にソックリな柄をしているんじゃが、おー、おー、『キジ』のオスでは無いぞ、地味なメスの方な、そんで鳴き声もな、ホーホー、ホーホー、デーデー、ポッポーとな繰り返し鳴くのが特徴的でな、どうじゃ、可愛いじゃろ。あっ、さっき『カワラバト』で言い残していたことなんじゃが、etc、etc…………」



 喋々ちょうちょうと、鳩について長広舌をふるうハト爺。もう止まらない。

 あまりにも興味がなさ過ぎて、聞いているだけでもしんどい。どうしよう。


 フと、横に居たはずのイエ姉がいない事に気付いた。たらたらと鳩愛を熱く語るハト爺は、彼女が消えた事など勿論、気づいてはいない。ジジイを横目にイエ姉を探すと……あっ、いた。


 あ〜、白詰草クローバーの花摘んでるわ、あれで冠作るのかな? ……やっぱり。なんか編み編みしてるし、……また、キョロキョロしてるな。……四つ葉か? 四つ葉のクローバーを探しているのか?

 あー、俺もイエ姉と四つ葉のクローバーさがしてぇー。と、そんな事を考えてても、まだまだジジイの『鳩愛』は止まる事を知らない。



 トットットッと、イエ姉が近づいて来て俺の頭の上に、花の冠をチョンと乗せて来た。

 そのまま上目遣いで(はいっ)と、俺とハト爺の目の前に四つ葉のクローバーを出して、勿論、彼女も一本持っていて、それを(おそろい)とばかりに自分の頬の横に大事そうに両手でかかげた。そしてニコッと天使の微笑み。


 テン、テン、テン、クリティカル、ヒッツ! メッチャ可愛い! イエ姉ヤバ過ぎだって! ビジュアル、どストライクだっつうの!!

 やっぱり帰りもお手て繋いで帰ろ、そう心に決めたワタクシでした。



 真っ赤な顔でイエ姉に見惚れていると、「あ〜、鳩談義に熱くなってしもうたな」とハト爺の話しもやっと終わってくれた。


 ナイスですね〜、イエさん!





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