墓守り紋次の世界




 

 まずは、今いる世界は現実だってことだ、今までイエ姉は夢の住人と決め付けていたから、てっきり夢だと思っていたんだが。

 まず、言葉が通じるからクリアだな、文字も道場の漢字が読めたし、これもクリアと。コミュニケーションは、大事だからな。コミュ障気味な俺が言うのもなんだけど。

 しっかし、現実に存在していたんだ。虚構の世界じゃない、現実にいたんだ。


 イエ姉が現実に存在する。ヤバイ、ワクワクとドキドキが止まらない。


 落ち着け! とりあえず落ち着けー! フゥーー。深呼吸をして、はぁーー、フゥーー。

 ……ダメだ、ダメだ。やっぱ緊張する、だって目の前にいるんだもん、お触りオッケーの本物のイエ姉がいるんだもん。無理だ、心臓がズッキュンバッキュンいってる。


 取り敢えず思考を変えて、何でココにいるのか考えよう。 ポク、ポク、ポク、チーン。見えた! 気がする。

 

 一番目は、過去にタイムスリップか! なんにせよ、知ってる景観のなかで人工物だけが、そっくり変わってるし、勿論、顔見知りも一人もいない。それと生活様式や文化度、村人の恰好がオレの知ってる現代社会から著しく逆行している点だ。


 そして二番目は……並行世界! パラレルワールド、ある世界から分岐しそれに並行して存在する世界。

 物語などによくある、『異世界』、『魔界』、『四次元世界』とは違う、俺達の宇宙と同一の次元を持つ世界だったような。

 ……あとは、夢オチか死後の世界ぐらいしか思い付かないかな。




 しかし、別の人間に中身だけ挿げ変わるって、どう言う事なんだ?

 そもそもの『コイツ』の中身はどうしたんだ? 何処に行ったんだ? 俺は再び考え込んでしまう。

 

 まず一つ目『コイツ』が死んだ後に俺の魂的なものが『コイツ』の身体に入り込んだーみたいな?


 ……だったら俺の身体は今どんな状態! まさか俺、死んでる?


 死んだ……。イヤイヤ、まてまて、とにかく落ち着いて、落ち着いて俺! ヒーヒーフー、ヒーヒーフー。あっ、間違った! これラマーズ法だ!

 はあー、ふうー、はあー、ふうー、ヨシッ! 


 もしかして身体は津波で昏睡状態になってるんじゃ無いか、意識だけ『コイツ』に乗り移っただけなんじゃ無いか。

 ……ふ〜。俺が俺に都合のいい言い訳で納得させたー。無理があるかな。


 それはさて置きコイツ、リアル紋次はどこ行ったんだ、本当に死んだのか?

 なんで、何の為に、どうやって? WHY Japanese People !もし仮にコイツが死んだ後に、俺の魂的なものが紋次の体に入ったとして、結局死んでいるんだからゾンビってことになるのか?

 今この状態がゾンビなのか? イヤ、イヤあり得ないな。今の俺はゾンビじゃ無いし。


 ん〜、紋次のことは、良く判らん。しゃあない、また後で考えるとして、そして二つ目は『オレがアイツで、アイツがオレで』状態。でも、こっちの方がシックリ来る気がする。

 だけど今更なんだけど、出来れば、出来ればっ! ……女子でお願いしたかったー。だって、だってね、あんなとこモミモミしたり、そんなとこスリスリしたりってネー!名前を聞きあったりするんでしょ。夢広がるわー。

 でも現実は俺もコイツも男と男、漢と漢、男子と男子……。特殊性癖の無い俺にはイチミクロンも楽しくないし、嬉しくも無い。新宿二丁目も一生行くことも無いしな。

 あーぁ、スマホで交換日記したかったなぁー。


 嫌っまてよ。ってことは津波で大変な時に、見た目は俺で中身がコイツって訳わかんない奴が、向こうの世界で右往左往してるかもって事か!


 大丈夫か、大丈夫なのか俺? ……心配だ、猛烈に心配だ! 冗談でも笑えない!




 囲炉裏の灰を火鉢で弄りながら、顔色を赤くしたり青くしたりと一人ブツブツ百面相を演じている俺に、誰かが肩を叩いて来たもんだから、ビクンッとなってしまった。


 直ぐ隣りに可愛い女子が、なんだイエ姉かと、ホッとする。ドキドキもした。

 もともと、二人しか居なかったから当たり前と言えば当たり前なんだけど……。独りの生活に慣れてしまった所為か、誰かが側にいるって事を忘れてしまう時がある。

 悪い癖だ、これから直していかないと。オナラもちゃんとトイレでするようにしないとね。


 そう言えば、他の家族はどうしたんだろう。まさか、イエ姉と二人暮らしじゃ無いよね。


 耳が聴こえないイエ姉に、ジェスチャーでどう聞けばいいのか思案にくれていると。

 いつのまにか用意してくれていた、アツアツの雑炊を持って来てくれた。

 フーフーまでしてくれて、まさしくコレが、お・も・て・な・し・おもてなしってヤツか!

 あ・り・が・と・う・ありがとうって返しておいた。


 『あーん』って、イエ姉メッチャ可愛いんですけど。

 

 顔が近い所為で、彼女のもともとの整った顔が更に際立つ。……誰かに似てるんだよなー。オレの脳内美人メモリーに検索をかけると、あっ!ハリー、ポOターのハー、マイOニー『エマ、ワOソン』ソックリだ!どうりで可愛いい訳だ。


 小さな口を開けての『あーん』が、最高に艶っぽくて……なんだろう、ギュッと抱きしめたくなって来る。



 イエ姉に見惚れてながらも朝食をとっていたら、玄関の呉座のカーテンをくぐって見知らぬオッサンが入って来た。


 誰とも分からないオッサンの訪問に、少し身構えるもーーイエ姉は、このオッサンにペコッと会釈した。


 って事は、俺達のお知り合いの方なのか?


 

 厳つい岩を顔面に貼り付けたような顔のオッサン。アレッ、なんか知ってるかも……夢でみたような。


「腕の具合はどうだ」


「……あ〜、不便だけど、大丈夫です」


 ほぼ初対面のオッサンに緊張する。左手が無いのを忘れていたし。薬のお陰で痛みが無いのと、イエ姉に夢中で記憶から飛んでた。


 オッサンは少し表情を崩して。


「そうか……。今夜、戌一刻午後7時に村長の屋敷まで来てくれ。それと、その腕。早いうちに『ハト爺』に会っておけ」


 業務報告みたいに言ってくれた。


「邪魔したな」とオッサンは、踵を返して帰ろうとしたが、イヤ!まだ聞きたいことがあるって!


「チョ、チョ、チョッと待って下さい」


 すかさず声を荒げて立ち上がろうとしたんだが……ヨロけてしまった。

 ヤバイ。……血が足りてない、頭がクラクラする。イエ姉が支えてくれて、転ばずにすんだけど。サンキューイエ姉、大きいお胸が当たってこれまたサンキュー!一日一回はよろけたいです。はい。


 肩で息をする俺にオッサンは、「なんだ」と気にも止めてない様子で見つめてくる。



「あの………腕の具合は大丈夫なんですけど。頭の方が……え〜と、ちょっと記憶を無くしたみたいで」



「……!?」 瞠目するオッサン。『なまはげ』みたいな顔になってるし。怖いよー、悪い子はいないよー。



「……承知した。……それで、何を聞きたいんだ」


 困り顔のオッサン、いやいや、俺が一番困っているんだからね。でも、まぁ、良かった信じてくれて。

 そしてこのオッサン『川辺かわべ 繁忠しげただ』さんに、色々とこの世界について教えてもらった。



 

 今は、ひら十一年六月二日、ここは『田之上たのうえ 厳元げんがん様』の治める領地、常之領つねのりょう、森山村で俺の名前は『墓守りの紋次もんじ』。

 姉の『イエ』とは二人暮らしで、かつてはこの寺の住職とその奥さん『村岡夫婦』に戦災孤児として育てられていた、老夫婦であったその二人は既に他界していると。

 今の俺達の仕事は、お寺の管理と亡くなった住職夫婦の代わりにお坊さんの真似事をしているらしい。

 あと、俺達姉弟には『特別な力』があったとか、まぁ、それは説明の付かない力だから繁忠さんの口からはなんとも、とか言われた。


 

 そして三日前、この村は賊供に襲撃され、村の男衆と勿論、俺とオッサンも賊の撃退に尽力したらしい。そしてその結果がこの左手なんだと。今後の方針は今夜、皆んなの前で村長が話すと。


 この森山村は漁村で、殆どの村民は漁師かそれに携わる仕事を生業としていて、村の規模としては百世帯ぐらい四百人程の村らしい。


 農作物は、多少の根菜と柑橘系の果物は採れるが、穀物なんか殆どは近隣の村との交易で賄っているそうだ。


 それとこの国は、『西國、東國、北國、南國』と大きく四つに分かれていて、その総称が『和合國』と呼ばれているらしく、現在は西國を治める『和合王帝わごうおうてい 時政神王ときまさしんおう』を帝として、東、北、南とそれぞれの王族が統治していると。それ故に、経済や文化の違いがかなり有るらしい。


 ………和合王帝、時政神王って誰?



 最後にオッサンだと思ってたこの人、まだ十七歳だって! 今日一驚いた!!


 だって髭も眉毛も濃いし、おでこの皺だって……四十台にしか見えんかった。子供も四、五人はいそうな。何をどうすればこんな老け顔になるんだろう? それともこの世界では、十七歳はもう立派なオッサンなんだろうか?


 ちなみに、イエ姉が十六歳で俺は十四歳。まぁ、中身は十七歳でオッサンと同い年なんだけど。ん、って事は俺もオッサンなのか?

 しかもイエ姉と二人暮らしだし……同棲?夫婦? フフッ解ってますよ、どうせただの同居でしょ、姉弟だし。


 あと、この世界には痛み止めの様な麻酔薬もあるらしい、部分的に効く湿布タイプの物も。

 たった三日で斬られた痛みが無くなるなんて、いや早便利な物があるもんだと感心してしまったよオジサンは。


 って事は、ここは同じ様でマルッと違う世界になるのか?

 オッサンが言ってた、年号、地名、国名、帝の名前もオレの習った歴史認識だと聞いた事が無い。


 ここは過去じゃない、並行世界って事でいいのか? この中身が挿げ変わった体の説明は付かないけど。

 


 オッサンが帰った後、俺は足りない頭でグルグルと考え事をしていた。

 でも、判らないことは分からない。潔く棚上げってことで、後日考え直すってことで、全てを後回しににして。……スッキリしないけど。考えるのをやめた。


 このあと俺は、イエ姉に連れられて『ハト爺』の元へと向かった。


 

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