マイ スイートホーム




 

 家からまで連れて行ってもらう道すがら、イエ姉は俺の手の平に『もんじ』って名前を書いてくれた。

 そして、ちっちゃなガッツポーズと可愛い鼻息一つで、急にやる気満々のご様子。

 繋いだ手をグイグイ引っ張りながら、フンフンッと鼻息を荒げて歩く姿がまるで、夢で見た子供時代のあの日に戻ったみたいで、なんだか懐かしく思えて来た。


 勿論これは俺の子供時代の出来事では無い。『紋次』ってヤツの記憶なのだろう。


 だけど、夢で見ている事とはいえ、あたかも自分が体験してきたことの様に感じている、不思議な感覚だ。デジャヴって奴なのかな?



 昔話しの世界だった。

 見慣れた景色なのに、見慣れない村の景色。イエ姉に手を引かれて、顔をキョロキョロ振りながらついて行く。


 夢だよな、これ。

 夢の中とはいえ、もの凄くリアルな夢。まるで現実みたいに思える。


 自然の景色は現実と一緒だけど、なんとも時代背景が凄く古くさい。まるで水〇黄門の世界に迷い込んだみたいだ。


 今、歩いているこの砂利道も舗装されたアスファルトだったし、剣術道場のあった場所も、公民館があった場所だしな。う〜ん、つくづく似ている。


 視界に入る建物も、台風が来たら飛ばされてしまいそうな荒屋あばらやばかりで。

 やっと現実世界と同じ建物を見つけて少し嬉しくなるも、それも束の間、まるで違う『別モノ』になっている。見た目もそうだけど、雰囲気ってやつが全然違う。


 新品だ、新品の『森山神社』だ。

 海辺から山の天辺まで伸びる階段と、その上にある寂れた神社、だったはず。

 俺のお気に入りのパワースポット(パワーがあるかどうか知らんけど)だったんだけど。


 この神社は現実世界と同じ場所にあったんが。……全体的に明るく小綺麗になっている。

 神社周りの木もキチンと剪定されているし、階段周りの雑草も綺麗に刈られてる。

 そしてなにより、潮風に晒されてくすんだ赤茶色だった鳥居の色が、鮮やかな朱色に変わっていた。

 ここからチラッと見える本殿も神様が住みやすいように、ビフォーアフターされていて、とても神々しく見えた。


 ムムム、俺の知っている森山神社はそんなんじゃ無いっ! 木々に覆われた薄暗い場所だったのに。不気味で、参拝客もほとんどい無い場所だったのにッ!

 心霊スポット的な場所だったはずなんだけどな。それはそれで赴きがあって好きだっんだけど。

 明るい雰囲気なのに、寂しさが募るってコレいかに。



 気を取り直しさらに歩くと、俺のアパートがあった辺りに……別のもんが建っている。


 アレは、…民宿?…温泉?…銭湯?


 蒸気が格子窓のあいだからモクモクと出ている。ワイワイ楽しげな声も聞こえてくる。一見、旅館のような二階建て木造建物が建っていた。


 あー、そう言えば、前に親戚の叔父さんが言ってたな。一昔前に温泉が出てた話し、いま思い出したよ。

 その名残なのか、アパートの裏手には厳重に蓋をされた井戸と、小さな祠が祀られていたんだっけ。

 得意げになってたけど、これは夢なんだから、別に何でも良くない? 今更に思った。



 呆けて歩いていると「おはよう」と、急に声を掛けられてビックリした。


 明るい承和色そがいろの着物を着た若い女性が、気さくに手を振っている。隣にいる5〜6才位の男の子にも「おはよう」と、鼻をほじりながらの挨拶をしてくれた。えーとぉ、どちら様でしょうか?


 条件反射で「おはようございます」と返すと、イエ姉もペコッと会釈した。おもむろにその女性は、俺の左手を見つめると、眉を顰めて。


「モンジ、怪我の具合はどう?その左手。……『ハト爺』のところに、早めに行ったほうがいいわよ、『ハト爺』なら何とかしてくれるから。それじゃあ、ゴメンネ。私、急ぎだからもう行くネ。旦那の見舞いがあるから。モンジ、イエちゃん、お大事に」


 そう言って俺達の来た方向である、剣術道場の方へと子供の手を引き歩いて行った。 また『ハト爺』。ハト爺って、いったい誰だよ?


 それにしてもあの男の子、鼻をほじっては食べ、ほじっては食べを、永遠繰り返してたな。

 んー、まぁ、でも、子供だからしゃぁないか。鼻くそも珍味みたいなもんだからな。気持ちも分からんでも無いな。うん。


「……」


 ……えっえっ!? 違うの? 鼻くそって珍味じゃ無いの? そんな馬鹿な、あり得ない。だってアレは老若男女全ての人間が、生まれて初めて味わう産地自分の、安心安全珍味でしょうが。

 しかも、子供から大人へとステップアップする為の、通過儀礼みたいなもんじゃないの! 食べなくなったら大人って意味じゃないのッ! ねぇ、違う?


 視界に腰をふりふりしながら歩く、イエ姉のキュートなお尻が入ってくる。


 違う。やっぱ違う! 全然違うッ! 

 老若男女全てって言ったけど、イエ姉に鼻くそなんてモン、存在しないからな! あと、鼻くそどころか彼女には排泄物なんてもんも、存在しないから! 百歩譲って、多分だけど、なんかしら彼女から出てくるとしたら……。苺かな? あまおう的な可愛いヤツ。頬を染めるモンジは絶賛、間抜けづらを上映中である。


 そんな、どうでもいい事を考えていたら、古びたお寺が見えて来た。

 イエ姉は(着いた、着いた)と言わんばかりに満面の笑みで指差して、お寺の山門の横を駆けて行ったけど。


 近くで見ると、なかなか年季の入ったお寺で、毎夜お化けが運動会をしていそうな、無敵になれるキノコが発見出来そうな、そんなジメジメ、ジトジトどんよりとした雰囲気のお寺で……。正直、ちょっと引いた。


 俺もイエ姉の後をのっそりついて行く。

 お寺の敷地の横。山門から寺をグルッと囲むように、高さ1、5mぐらいの板張りの塀の横に、こじんまりとした家とも納屋とも区別がつかない物が、建っていた。


 イエ姉がフンム〜と、歯を食いしばりながら建て付けの悪そうな引き戸を開けていたけど。


 ほほぉー、コレがイエ姉のお家かぁ。中々の中々年季が入ってるお家だな。いかにも山姥やまんばでも住んでいそうな雰囲気だな。


 やっと開いた引き戸に、イエ姉は苦笑いしながら、おいで、おいでと手招きをしてくる。

 勿論、イエ姉が可愛いのでお誘いを断る選択肢は俺には無い。火の中、ボロ小屋の中、どこまでもお供致しますです。はい。


 呉座のカーテンを潜って中に入るイエ姉に、俺もその後に続いた。


 あれっ、思ったより小綺麗で明るい。


 以外にも、綺麗に整頓されていた。

 外観が外観なだけに、とにかくゴチャッと訳の分からない物があったり、もっと薄暗いイメージでいたが……。所がどっこい古民家風の落ち着く感じの小ザッパリとした内装だったので、逆に驚いてしまった。ってか、物が少ないからかもしれん。


 時代劇で良くある民家のまんま。居間にある片側一面の障子を開けてもらうと、これまた、こじんまりとした庭と縁側があるではないか。

 そこから入る優しいそよ風と柔らかい日差しに、どこか懐かしさを感じてしまって。


 「……ひだまりの縁側、素直に嬉しい」

 そう声が漏れていた。


 どうぞ、どうぞと、水を張った桶を小脇に抱えたイエ姉に促される。ここで自分が裸足である事に、今更ながらに思い出した。


 桶を覗くと今の自分の顔が映り込む。「おっ!? あー、こんな感じか」


 捨てられた子猫みたいな庇護欲をそそる優男。眉間まで隠れる短髪、癖っ毛。女の子にも見紛う整った顔立ちの『紋次』のお顔が映っていた。


 これが『紋次』か。なんだか、弱そうだな。


 吹けば飛びそう、小突けば泣きそうなコノ顔に、こんなモンかと妙に納得してしまった。所詮、俺もそんなモンだしな。

 ツンツン髪が似合いそうな、岩にブッ刺さった剣でも引っこ抜きそうな、そんな二次元キャラ的な、主人公みたいなお顔を希望していただけに、ちょっぴりへこんだ。


「……も」


 不安そうなイエ姉の声。あー、やっちまった。また彼女に心配かけちまった。反省、反省。


 モンジは慌てて笑顔を取り繕うも、揺れる水面には、下手クソにはにかむ情け無い顔のモンジが、水面に揺らいでいた。


 気を取り直し、足を手拭いで拭ってもらい、囲炉裏のある居間へと上がる。

 スンスン、懐かしいなこの匂い。なんか落ち着く。妙に居心地のいい空間に、我が家に帰って来たって気持ちにさせられるのが、不思議で堪らなかった。これもデジャヴって奴なのか?



(お腹空いてない?)


 囲炉裏の前に腰を下ろした俺に、顔を覗きこんでくるイエ姉。ご飯を食べる仕草と、お腹を押さえる仕草で話しかけて来たんだが。

 ッ顔、チカッ! なんか甘い良い匂いもするし。とにかく可愛いし。

 まださくらんぼの俺はついつい、顔を赤らめ仰反ってしまった。


 あっ。う、うんっ。とドキマギしながら頷くと、嬉しそうな顔でイエ姉はパタパタと朝食の準備を始めた。

 

 トントン、トントンと聴こえて来る小気味いい包丁の音に、かつて幸せだった家族全員での朝食の風景を思い出してしまっていた。


 くだらないオヤジギャグの親父に、それにウンザリしながら突っ込む母親、兄貴の苛つくイジリや、どうでもいいテレビの話題と、学校行事のアレコレ。

 毎日、毎日、たわいも無い会話ばかりしていた気がする。けれど今となっては、たわいも無い会話でも、出来る相手がいるって事が幸せなことなんだと、今更ながらに思い知らされる。


 独りになって、一人っきりの朝食になって俺は、朝、食べるのを辞めていたんだっけ。


 イカン、イカン。ノスタルジックな感傷に浸っている場合じゃなかった。そんな時、体の異変を感じた。


「……!」左手に違和感。


「ん?なんだ……。ジンジンする、ジンジンするよ。…痛い、痛い。い"だい"。だずげでっ」


 急な左手の痛みに、脳天を突き抜けるような痛みに、体を投げ出し、畳の上をのたうち回る。


「い"、た"、い"。い"、た"、い"」


 薬が切れたんだ! 顔中の穴という穴から変な汁を垂らしながらバッタン、バッタンと転げ回った。


 人生初の猛烈な激痛に、脳みそが点滅する。


 俺の異変に気付いたイエ姉が、薬を持って来てくれた。



 薬を飲んで暫くしたら、嘘のように痛みが引いた。マジか、あの痛みは何だったんだって思うくらい、今は全然痛く無い。スゲー薬だと思った、ついでに怖いとも。


 俺は痛みの余り、イエ姉の膝にしがみ付いていたらしい。お陰でイエ姉の膝を色んな汁で、デロデロにしちまったけど。

 スンマセン。あと、痛みの余りちょとだけオシッコも漏らしちゃった。重ね重ねスンマセン。


 でもこれでハッキリした。コレは夢じゃ無いって。現実なんだってハッキリした。

 もし夢なら、とっくに覚めてるレベルの痛みだったから。


 心配そうに背中をさすってくれているイエ姉。

 顔を上げて大丈夫と伝えてると、彼女は安心したのか、タレ目をより垂らして、俺の頭をナデナデしてくれた。ほわゎー、癒されるなぁー。痛みも消えて、スッカリ馬鹿に戻ってる。うるさいよッ。



 また朝食の準備に戻ったイエ姉を見ながら、コレが全て現実だと実感していた。

 そして久々の美味そうな朝食が出来るあいだに、自分の身に起きている事や、この目で見て来た事を頭の中で整理する。


 あと、薬は飲み忘れないようにしないとね。だってもう、オシッコちびりたく無いからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る