第241話 【文明】 VS 【荒廃】(1)
----ダブルエムが、帰宅する。
その一報を待ち望んでいたのは、ダブルエムの上司である赤坂帆波----ではなく、同じ【三大堕落】の佐鳥愛理であった。
「まったく……来るなら、早く来なさいよ。こっちの時間稼ぎも限界に近いんですから」
肩で息をしながら、佐鳥愛理は持っている武器、【怪盗剣ファントムブレード】を敵へと向ける。
いつもは重さをまるで感じない、頼れる愛刀も、今は重くて手を放して仕方がない武器となっている。
けど、この敵と相手するには、このファントムブレードがなくてはならない。
「辛そうですね、愛理さん」
その敵は、優し気な口調で、佐鳥愛理にそう告げた。
敵は、魔女帽子を被った、黒いワンピースを着た女。
薄水色の髪を恥ずかしげもなくツインテールで披露する、スレンダーな体型のその女は、魔法の杖をぐるんぐるんと振りながら、佐鳥愛理に優しく声をかける。
「辛いのなら、後ろで心配されておらっしゃる帆波さんに助けを求めては?」
彼女の言葉に、佐鳥愛理の視線は、自然と、後ろで見守る彼女の"マスター"、赤坂帆波へと向けられる。
「愛理……辛いなら、私も加勢に----」
「いえ、大丈夫ですよ。"マスター"」
ファントムブレードをしっかりと握りしめ、佐鳥愛理は敵である彼女を睨みつける。
いきなり最愛の"マスター"の家に突貫して来て、家を半壊させたこの魔女に。
「"マスター"の家を壊した責任、この【三大堕落】の【文明】担当、佐鳥愛理がきっちりとつけさせてやるです」
「【街】所属、【荒廃ノネック】と申します。さぁ、誰も生き残れない時間です」
こうして、佐鳥愛理と、謎の敵である荒廃ノネックとの戦いは、再び始まるのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「【赤き魔弾・蛇】!」
ノネックは杖に溜めておいた魔力を【マナ】へと変え、そしてそれを1つの魔術へと変換する。
変換によって生み出された魔術は、炎を纏った蛇。
"
そんな赤い炎の蛇が、ノネックの周囲の空中で、どんどん増えていく。
「【マナ】系統職業【魔女】、ですか」
一方で、佐鳥愛理は相手の攻撃方法から、相手の
「(【魔女】は、【魔法使い】の上位職業。対処が面倒な職業なんですよね)」
===== ===== =====
【魔女】 マナ系統職業
魔法と呪いに長けた、職業。また使い魔と契約することにより、さらに様々な効果を得ることも出来る
魔法を使う際に、その魔法に疑似的な生命を与えることで、敵を自動的に判断して攻撃させることが可能となる
===== ===== =====
狙いを付けなくても、つまりは制御にわざわざ魔力を割かなくても、自動的に攻撃する魔法。
そして、厄介な呪いの数々を操る。
めちゃくちゃ強いという訳ではないが、それでも面倒なのは確かである。
「----全員、突撃」
ノネックの号令に従い、数百匹にも及ぶ蛇達が佐鳥愛理へと向かって来る。
「何匹だろうと、代わりはしない!
----【怪盗ファントムブレード】!」
佐鳥愛理は魔力をファントムブレードに込め、蛇達に狙いを定める。
定めると共に、ファントムブレードは起動し、魔術で生み出された蛇達はそのまま塵となって消えていた。
「----危ない、危ない」
そして、ノネックは魔術で壁を作って、後ろへと下がる。
その後一瞬、彼女が居た場所に、彼女が作った壁を抉るように、斬撃が放たれていた。
「また、外されましたか」
「便利ね、その剣。【怪盗】専用じゃなかったら、貰いたいくらいに」
この怪盗ファントムブレードは、【怪盗】である佐鳥愛理専用の、とっておきの武器である。
その能力は、斬撃の"到達"。
込められた魔力の分だけ、この怪盗ファントムブレードは起動する。
起動したファントムブレードは、周囲の敵を探知し、その敵の心臓を捕え、防御を無視して心臓に直接ダメージを与えるのだ。
もっとも、斬撃の到達を察知し、その直前で逃げれば、今のノネックのように避けられるのだが。
「【怪盗】専用でないと、奪われた時に大ピンチになりますので」
「えぇ、そうね。専用でなければ、欲しかったわ」
軽口を互いに叩き合っているが、佐鳥愛理は死にそうだった。
「(くそぅ、いくら避けられるからと言って、何度も何度も避けられるような武器ではないんですよ、このファントムブレードは!
斬撃の軌道を全て完璧に予測して、当たる寸前で移動しない限り、避ける事が出来ない回避不能の剣なのに! さっきから10回以上、完璧に避けられてる!)」
相手の心臓に直接ダメージを与える必殺の剣というだけあって、魔力の消費量もかなり多い。
何度も連発して使う想定ではない故に、こういう風に何度も避けられるなんて、本来はあり得ないはずなのだ。
「そろそろ決めないと、まずいかもですね」
佐鳥愛理はそう言って、ファントムブレードにさらに魔力を蓄える。
その瞬間、佐鳥愛理は頭がクラっとする感覚を味わった、立ち
そして、その立ち
「(これは、もしかして魔力欠乏症? まさか、そんなはずが……)」
魔力欠乏症とは、その名の通り魔力が少ないという症状の事である。
【オーラ】も、【マナ】も、【スピリット】も、そして【プラーナ】も、全ては魔力を加工することによって作られ、その魔力をどれだけ扱えるかによって、その者の強さを意味する。
今、佐鳥愛理の体内の魔力は非常に少ない状態となっているようである。
しかし、魔力欠乏症とは、本来、魔力の扱いに慣れていない未熟な者が起こす症状。
自分の魔力がどのくらいの時間でどの程度回復するかをしっかりと認識し、体内の魔力量を常に把握している佐鳥愛理が、今さら引き起こす症状とは思えなかった。
「効いてるみたいですね、私の呪いが」
戸惑う佐鳥愛理に対して、ノネックは優しく諭すように、そう言った。
その言葉を聞いて、佐鳥愛理は納得し、自らの身体の状態を調べる。
「(なるほど、色々と偽装されていますが、魔力がごく僅かずつ減少する呪いがかけられてますね。
----問題は、この魔力欠乏症が"
酸素が欠乏しているのなら酸素を取り込めば、事態は解決する。
それと同じように魔力欠乏症も魔力を取り込めば、解決する問題なはずなのだが、意識的に魔力を取り込もうとしてるのに、一向に魔力が回復する感覚がない。
いや、魔力はちゃんと体内に入っているのに、魔力欠乏症という症状はあるまま、という感じか。
「魔力は十分に取り込んで使える状態にしたのに、魔力欠乏症の時と同じ疲労感が……これがあなた、荒廃ノネックの力、という訳ですか?」
「えぇ、逃げるなら、深追いはしませんよ? 私は、そういう指示は受けておりませんので」
不敵に笑うノネックに対して、佐鳥愛理は同じく不敵に返す。
「"マスター"の家を壊したあなたを逃がす? 私がそんな訳するはずないでしょう?」
怪盗ファントムブレードをしっかり握りしめ、佐鳥愛理は敵にその力を振るう。
「【怪盗ファントムブレード】! ヤツの心臓を抉りなさい!」
そして、ファントムブレードはその機能を、しっかりと発動し、今度はノネックの心臓にしっかりと斬撃をぶつけたのであった。
(※)使い魔
【マナ】を用いる職業の者が契約によって使役する、絶対的な主従関係で成り立つ魔物、精霊、動物などのこと。契約を結ぶことによって、従者である魔物などが持つ力を、一方的に使うことが出来る
契約には、その者の持つ魔力量よりも多くの魔力を注ぎ込むことによって、契約は成立となる。なので、相手の魔力を極限にまで搾り取った状態で、無理やり魔力を注いで契約させるのが一般的とされている
重要なのは、契約であり、その契約の後に使い魔が死のうとも、その能力は永続して使えるため、一般的には契約後に使い魔を殺しておくのが主流
(※)魔力欠乏症
冒険者などが陥る症状の1つ。体内の魔力がゼロ、もしくはそれに近い状態になっていること
体内の魔力をほぼ使い切った状態で陥る症状で、疲労感や意識の混濁などが症状として現れる。魔力がない状態で陥る症状なため、魔力を体内に取り込めば治る
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