第206話 冴島、来たれり

『くるっくぅ~』


 "そいつ・・・"は、突如として、俺達のいる特殊ダンジョンに現れた。


 そいつの顔は、時計盤であった。

 目や鼻もないその時計盤の顔では、ぐるぐると長針と短針が勢いよく回っていた。

 そんな時計盤の顔の上には、2匹の鳩をモチーフにした彫像が乗っかっていた。


 そんな時計顔をした少女は、時計のような長い針----2本の長針を持って、こちらに向けていた。


【冒険シターイ!!】


 そんな彼女のジャージ服の真ん中には、うっすらと【世界幽鬼】の文字が刻まれていた。



 ===== ===== =====

 【《鳩時計》世界幽鬼】 レベル;Ⅳ+?

 全ての世界に快適な鳩の鳴き声と共に時刻を告げる世界が閉じ込められていた【世界球体=鳩時計世界=】の力で歪んだ、世界幽鬼。倒すと、プラーナ系統職業の1つ、【鳩時計】が解放される

 手にした時計の長針を模した武器を相手に刺す事によって、生命の流れを操作して、行動を遅くしたり早くしたりすることが出来る。また、頭の上にある鳩が鳴くことで、周囲の生物の体内時計に干渉して、相手の時間を止める事が出来る

 超冒険シターイ! ヤッパリ冒険シターイ! 果テマデ冒険シターイ!

 ===== ===== =====



【冒険シタイ! 冒険シタイ! メチャクチャ冒険シタイ! トビッキリノ冒険シタイ! ドコマデモ冒険シタイ! 冒険シタイ! 冒険シタイ! 驚クホド冒険シタイ! 色々ナ冒険シタイ! ヤッパリ冒険シタイ!】


 その世界幽鬼(?)なる化け物は、ただ【冒険したい】と言いまくりながら、乱暴に時計の長針のような武器を振り回している。

 時折、『くるっくる~』という、鳩のような鳴き声が聞こえると共に、彼女の動きがズレる。


「(なんというか、いきなり位置が移動しているというか……もしや、これが体内時計を止めるという事か?)」


 理屈は全く分からんが、あの世界幽鬼の鳩の鳴き声を聞くと、俺達は一切の体内活動を止めさせられる。

 つまりは、時間を止められるという事か……。


「----ていうか、いきなりなんであんな化け物が?」

「主殿、妾達で倒しておこうかのう?」

「ボス、ボス!! 可愛いボクにお任せだよ!」


 ココアとマルガリータは、急に現れたその敵にも、る気十分といった様子である。


「そうだな……それじゃあ、2人に頼もうか」


 そう思って、戦おうとした瞬間----



【冒険シタイィィィィィッ!!】



 世界幽鬼は吹っ飛び、ダンジョンの外まで飛んで行ってしまうのだった----。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「「「…………」」」


 俺達は、呆気に取られていた。

 急に出てきたと思ったら、急に吹っ飛ばされていたのだから。


「なんだったんだよ、あいつ……」


 そんな事を思っていると、世界幽鬼が居た場所に人が居るのに気づいた。

 どうやら、状況的に判断するに、あの人物が世界幽鬼を吹っ飛ばしたヤツ、という事だろう。


 それは、銀髪の少女であった。

 多分、10代前半であろう彼女は、顔全体をペストマスクで覆っており、そのままゆっくりとこちらを振り返る。


「角……?」


 俺はそこで、彼女の頭に黒い角が生えているのに気づいた。

 黒く、禍々しい、とぐろを巻くような渦巻を巻く角。


 白いワンピースを着たペストマスク少女は、「やぁ、初めましてっす」と気軽に挨拶してきた。


「……好きな映画はドキュメンタリー、好きな料理はサラダ、好きな物は天然鉱石。どうも、【三大堕落】の【冴島・D・エリカ】っす。まっ、短い付き合いっすけどよろしく」


 ぺこりっ、と彼女は頭を下げる。


「エリカ……って、それって、確か----報酬の……」


 彼女の、冴島・D・エリカという名前には、覚えがあった。


「(確か、2つ目の勝利報酬に、召喚獣1体の贈呈とあって、その贈呈された召喚獣が、【上級悪魔=冴島・D・エリカ=】だったはずだ)」


 悪魔……そう言われてみれば、彼女の角は、悪魔の角に見えなくもない。

 あの禍々しく、渦を巻いてるような黒角は、まさしく悪魔のもの……。


「(獲得とあったから、てっきり新たな召喚獣を召喚できるようになるモノかと思っていたのだが……俺は、召喚した覚えがないぞ?)」


 つまり、誰か別の【召喚士】が召喚した召喚獣を、譲り受けたって事?


 俺と同じ、冴島という苗字。

 それに、顔全体を覆うペストマスク。

 悪魔の角と、【三大堕落】。


「なんなんだ、こいつは……」

「それについては----」


 いつの間にか、俺の目の前にまで、彼女は近付いていた。


「「「----っ!!」」」


 俺、ココア、そしてマルガリータは警戒する。

 さっきの世界幽鬼の時間を飛ばすとか、ビーワンちゃんのように瞬間移動とかでもない。


 ただ、速い・・


 素早さが異次元クラスで、速いのだ。

 それこそ、ただ歩いているだけなのに、彼女の通った跡が摩擦によって燃えるくらい、素早いのだ。


「----こうすれば、話が速いっすね」


 エリカはそう言って、



 ペストマスクを、取った。



 そして、俺は彼女の素顔を見て、彼女がどういう存在かを理解した。


「お前は----」

「話したいことがあるんっすよ、冴島さん」


 エリカはそう言って、「まずは、休める場所まで案内する」と申し出る。



「私の名前は、冴島・D・エリカ。【三大堕落】所属で、職業は【オーラ】系統の中でも最高位の素早さを誇る【韋駄天いだてん】。

 私は、冴島渉さん。あなたを幸せにするためにやってきた、そういう【三大堕落】の者なんですよ」




(※)【韋駄天いだてん

 【オーラ】系統職業の1つ。素早い動きと、全ての武器に対して高い適性を持つようになる

 仏教においては足の速い神の名が『韋駄天』と言われており、実に1280万㎞を一瞬で走破したという俊足の持ち主だと伝えられている。足の速い人を韋駄天と呼ぶようになったのは、この伝承から由来する

 韋駄天には、足の速い神という側面だけでなく、軍神スカンダがモデルになったとも言われているため、この職業には素早さだけでなく、全ての武器をマスタークラスにまで扱えるという特性もある。また、子供の病気を癒す医神という伝承もあるため、多少の治療技能も保有する

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