第207話 ファイントは常に地獄に居る
一方、その頃。
超一級ダンジョン《悪の地獄廻廊》の奥底にて、地獄の主サタンは居た。
サタンが居るのは当然だ、なにせサタンが居るからこそここは地獄なのだから。
ただのCランクダンジョン《東神話大陸》が、サタンが居るだけで、アルファベットでも表記できない超一級ダンジョン《悪の地獄廻廊》へと変貌しているのだから。
「はぁ……退屈だわ」
彼女は、何もしていなかった。
いや、何もしない、という事をしていた。
彼女がちょっとでも望めば、この小さな日本なんていう島国は、一瞬のうちに地獄と化し、生者が住めない死者の園----地獄と化すだろう。
彼女が意図して、地獄化を望まないからこそ、この程度の、およそ500平方メートルという極小範囲で収まっているのだ。
----だが、それも時間の問題だ。
生物が呼吸するのを長くは止められないように、地獄の主サタンによる地獄化も長くは止まらない。
今もなお、彼女が存在するだけで、世界に危機は訪れているのだから。
「がはははっ! 溜め息なぞ、何故吐く? 王としての、君臨者としての心構えがなっておらぬな、ここのダンジョンマスターはっ!!」
盛大に、その美女は大いに笑う。
豪華絢爛な和服に身を包み、腕や足には鋭利な骨が纏われている、20代くらいの絶世の美女。
燃えるような真紅の髪をなびかせたその美女は、しゃれこうべに酒を
「かーっ!! やはり、酒は骸骨に酌んで飲むのが、一番美味いのう」
顔を真っ赤にして、酒を美味そうに飲む彼女の頭には、"とある召喚獣"を思わせる狐耳が生えており、長い吸血鬼のような牙が伸びていた。
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【放火のファイント/幽鬼ノブナガ】 ランク;? 【神階英雄:魔王】
あの有名な死者、「織田信長」の概念がダンジョンの魔物となって生まれた姿。豪華絢爛な和服姿と、腕や足などに纏う骨を用いて、豪華で派手な戦を得意としている
常在戦場を主とし、どんな状況、どんな装備であろうともかの者にとっては名剣であり、自分の命を守る武器である。唯一の欠点は、自らの部下に裏切られた際に、寺の中に置いてきた
かの英雄は様々な奇策を用いて、敵を翻弄して天下無双の活躍を見せていた。そんな彼は神を信じる事を良しとせず、多くの寺を焼き滅ぼした
地獄の主サタンによってこのダンジョンに召喚された際、仲間をイメージした【吸血鬼ココア・ガールハント・ヒアリング3世】の印象を大きく受け、狐耳吸血鬼のような姿となっている
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「しっかしのぉ、ダンジョンマスターはもっと人生を謳歌したら、ええねんって。
儂の様相を、こないな狐耳やら、吸血鬼の牙やらを生やすことなく、自分の好きなように生きたらええねん。今は戦国時代やのうて、自分の好きな事を全力でやらんと勝ち取れんダンジョン時代やからのう!! かーはははっ!!」
放火のファイント----いや、幽鬼ノブナガは嬉しそうに笑う。
第六天魔王とまで呼ばれた織田信長の概念を基に生み出された彼女には、上を立てるという気概はなく、まるで友人への小粋なアドバイスとばかりに溜口で進言する。
そして、ぐびぐびっと、しゃれこうべに入れた酒を美味しそうに飲んでいた。
「……死にたい」
一方で、隅っこで体育座りをしながら死を懇願するのは、ぼろ布を着た貧相な少女。
身体も小柄で、皮と骨がくっつくくらい瘦せ細った、『孤児』や『貧民層』などといった言葉が並びそうな彼女。
だがしかし、何故か髪の毛だけはサラッサラで、青々とした緑色が色濃く輝いていた。
「はぁ……」
ふぅーっと、彼女が息を吐く。
すると、それに合わせるように、氷の粒が口から出ていた。
そして、"とある召喚獣"を思わせるように、彼女の両腕は氷で出来ており、ぼろ布の上には黒いマントを被っていた。
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【投石のファイント/幽鬼カルタフィルス】 ランク;? 【大根】
あの有名な生者、「カルタフィルス」の概念がダンジョンの魔物となって生まれた姿。ぼろ布を着た貧相な身体と、痩せ細った身体で、地味な戦い方をする
痩せ細った身体で、ただ後悔と無念のみを心にして、ただ懸命に神となった主を祈る。その祈りは聞き届けられず、ただその者の身体には永遠の祈りによって生まれた神聖が宿っている
かの者は偉大なる者を罵倒し、その偉業に唾を吐き捨てた。それ故にかの者は永遠に消えない罪をその身に宿す……いつか来るその日を信じて
地獄の主サタンによってこのダンジョンに召喚された際、仲間をイメージした【雪ん子】の印象を大きく受け、悪のマントと雪の腕を持っている
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「ダンマス、あなたは光栄ですよ、光栄。あなたは救われる、救いがまだそこにあんだから。
どうせ私なんか、永遠に祈った所で、神の野郎が(放送禁止用語)が(放送禁止用語)なので、(放送禁止用語)という訳で、許されないんですから……。はぁ……私って本当、可哀そう……」
溜め息を吐きつつ、誰にも聞かせられないような言葉を宣う、ちぐはぐな少女。
幽鬼カルタフィルスは、そう言ってぶつくさと、何か独り言を言っていた。
「(良い子だな……)」
そして、そんな2人をダンジョンマスター、つまりは地獄の主サタンは嬉しく思っていた。
かの2人は、自分なんかを心配して、あんな風に言葉をかけてくれた。
1人は、豪快に、かつ自由奔放に。
もう1人は、消極的に、だけど同情心を持って。
2人とも、自分が呼び出してしまった幽鬼達は、自分に忠義を示してくれている。
「ほんとう、2人の言う通り、救いは求めたいなぁ……」
サタンは、叶わぬ願いと共に、手をゆっくり見つめる。
彼女は、サタンにはなりたくなかった。
この身体は周囲に不幸を、地獄をまき散らす。
彼女の意図も、意思も、そして考えも関係なく、ただ義務的に地獄を作り上げる。
そんな事を、周囲を不幸にしたいなどと、サタンは一度も思ったことはなかった。
強力なる悪の力を持ってるからと言って、彼女は全てを支配したいとか、あるいは破滅したいとかいう野望は持ち合わせていなかった。
ただ、普通に生きていたかった。
仲間を、愛を、そして平和が、サタンは欲しかった。
だから、彼が【黄金召喚】をした際、無理くり自分を召喚獣の枠の中に組み込んだのだ。
レベルをⅨからⅠへと落としてでも、彼女は仲間が欲しかったのだ。
もうそれは、サタンに戻ってしまったから、叶わないと知りながら----。
(※)さまよえるユダヤ人
とある伝説に伝わる不死者であり、幽鬼カルタフィルスの基となったもの。13世紀にヨーロッパで伝説が広まり始めた、神話上の不死の男
この伝説の始まりは、聖人イエス・キリストが処刑される際の出来事から始まる。十字架を背負って処刑場に向かうイエスを、そのユダヤ人は罵倒した
「とっとと行け」と嘲笑したユダヤ人に対し、イエスは「私は行く。しかし、お前は私が帰ってくるまで待っていなければならない」と応えた。それ以降、ユダヤ人はその言葉通り、イエスが再臨するその日まで、永遠に生きる事を強いられた
死ぬことも許されず、地上を
カルタフィルスとは、このさまよえるユダヤ人が登場する伝説「キリストの最後の到来を待ちわびて生きているユダヤ人ヨセフ」の中心人物である
カルタフィルスはイエスの弟子の1人であり、イエスの愛しておられた弟子だと言われている。この場合でも、カルタフィルスはイエスの言葉により、永遠に生きる事を強いられたのでは? と伝えられている
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