第181話 戦う覚悟、出来てますか?(2)
「まったく……出発が遅れるなんて、想定外ですよ」
2人にボコボコにされて、新しい服に着替えた佐鳥愛理はそう呟く。
既に2人は、ストーカー対策ネックレスを持って、お互いの目的の人物の所へ向かっている。
Cランクダンジョン《東神話大陸》は、かなり広いダンジョンであり、千山鯉とハジメはそれぞれダンジョン内の別の場所に居た。
千山鯉は、冴島渉と同じ場所に。
ハジメは、それとはまったく別の場所に。
同じダンジョン内で、別のボスと戦おうとか、そういう心持ちなのだろうか?
「まっ、私にはどうでも良い事ですけど」
そう、佐鳥愛理にとっては、もう既にどうでも良い話。
義理は果たしたし、命令は完遂したも同義。
これ以上のお節介をするような関係では、ないのだから。
「----さて、事態が解決したら、さっさと帰りましょうぇっ?!」
帰ろうとしたその瞬間、佐鳥愛理の目の前に大きな水の球が迫っていた。
水系統の広範囲の敵を攻撃できるアクアボール……
「いや、それだけじゃない?!」
アクアボールの中心では、ビリビリと相手を麻痺して捕える雷属性の力が働いていた。
「これって、私のお気に入りの【妖狐】の力?! くそっ、こういう時はっ!!」
佐鳥愛理は【アイテムボックス】の中から、魔法を防ぐ盾を出す。
盾は魔法を自動的に感知し、魔法と同じだけの大きさへと変化して、佐鳥愛理から攻撃を防いでいた。
「----なんで、あなた達がここに居る?」
と、佐鳥愛理が問う。
「なーに、主殿の近くに敵が迫っておるんじゃ。倒そうとするのは、至極当然じゃがのう?」
「えぇ♪ 可愛いボクも、そう確信しちゃってるよね!」
佐鳥愛理に攻撃を仕掛けてきたのは、吸血鬼ココア・ガールハント・ヒアリング3世と、悪癖龍マルガリータ。
先程、送り届けた2人の仲間だった。
「どうして奴らの仲間が、私の邪魔を?! 私は、彼女達の敵と言う訳じゃないんだけど?!」
敵じゃない、佐鳥愛理はそう言う。
「それは知っておるのじゃ」と、ココアはそう返す。
「えぇ! ファイントの姉御からその辺の事情は、ちゃんと聞いてますよ!
----でもでも、ボク達の目的の邪魔なんです!」
マルガリータはそう言いつつ、大きく口を開ける。
「……? なにも聞こえない? ただ口を開けただけqhhくぃdhくぃえいひq?!!?!」
佐鳥愛理はそのまま、後ろへと吹っ飛ばされていた。
そんな彼女の身体には、無数の小さい傷が刻まれていた。
「マルガリータちゃんの隠し玉、【悪癖超音波】!
普通の生物に聞こえない超音波の、見えない攻撃の味はいかがですか? まぁ、威力は弱いんですけど!」
そして、ココアとマルガリータの2人は、倒れた佐鳥愛理に近付く。
----全ては、雪ん子達に居場所を取り戻させないために。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「(うむ、これは順調のようじゃな)」
ココアは罪悪感に胸を押し潰されそうになりながら、冷静に状況を分析していた。
今、ココアとマルガリータの2人は、倒した佐鳥愛理に近付こうとしていた。
勿論、抵抗できないようにココアは新たに発現した、強力なスキルを彼女にぶつけていた。
----【怠惰の妖狐】。
前回発現した【憤怒の妖狐】(あれは回収されちゃったけど)のように、七つの大罪を冠した固有スキル。
このスキルを使用中に相手に与えた魔法は、相手の五感を全て封じる。
視覚を封じ、何も見えないようにする。
聴覚を封じ、何も聞こえないようにする。
嗅覚を封じ、何を嗅いでも感じなくさせる。
味覚を封じ、何を食べても味わえなくさせる。
触角を封じ、何を触っても触れた事すら分からない。
全ての五感を封じ、同時にスキル発動まで阻害する、無敵の封印スキル。
ダメージはゼロになるという欠点こそあるが、それでも最強のスキルである事には違いない。
「リタ、早めに例の【世界球体】を探すのじゃ。妾の予想通りなら、絶対に、コイツが【世界球体=海賊世界=】をどこかに持っているはずなんじゃよ」
「うんっ! 妾の姉御、任せてよ!」
と、マルガリータが佐鳥愛理に手を伸ばす。
「なるほど、【世界球体=海賊世界=】をお探しなのですね」
佐鳥愛理が、口にしたのだ。
こちらの言葉も、視界も、何もかも感知できなくなっているはずの佐鳥愛理が、ココアたちの会話にあった返答をしたのである。
「「----!!」」
2人は警戒して、離れる。
「良い判断ですよ、離れると言うのは。
----まぁ、あなた達の会話でだいたいの察しはつきましたが」
ゆっくりと、立ち上がる佐鳥愛理。
マルガリータの【悪癖超音波】は見えないが、ダメージは小さいので、立ち上がる事には不思議はない。
問題は、全ての感覚を封じているはずの佐鳥愛理が、平然と立っているというこの状況だけ。
「要するに、あなた方は雪ん子達2人ではなく、千山鯉達を選んだ。どういう理由かまでは知りませんが、そのために【世界球体】を狙った訳ですね」
----その通りである。
マルガリータは、雪ん子達ではなく、千山鯉達を選んだ。
自分の心を捕えて離さない、あの古代龍魔法を使える千山鯉を選んだ。
そしてココアは、そんな妹の選択を受け入れた。
絆を、家族を大切にするココアにとって、身が引き裂かれるような、自分自身の誇りを傷つけるくらいの覚悟が必要だった。
しかしながら、最終的にはココアは、妹の望みを全力で叶えるという姉という立場を選んだのだ。
「妾は、雪ん子達からストーカー対策ネックレスの仕組みを聞いた。そして、不思議に思ったんじゃよ。
----なんで2つもあるのか、とのう?」
2人いるから、2つある、という事ではない。
何故に、2つもあるのか、という事。
「今まで妾達は多くの【世界球体】の力を利用した魔物や召喚獣と戦ってきた」
----【機動要塞世界】の、吸血鬼。
----【ファイント】を閉じ込めた、牛鬼。
----【死亡保険世界】の、赤鬼。
----【腹話術師世界】の、馬頭鬼。
その他にも、様々な【〇〇世界】とやらを閉じ込めた敵の数々。
「共通点こそほぼないという感じじゃが、1つだけ共通点がある。
それは、どいつも
もし仮に、【世界球体】を使えば、その力を利用した魔物や召喚獣が呼び出せるのならば、ココアならば無限に呼び出しまくる。
少なくとも、たった1体だけ呼び出すという選択は、絶対に取らない。
「だから、【世界球体】で呼び出したり、その力を利用できるのは1体、1つだけと思った!
ならば、今回のストーカー対策ネックレスはどうじゃ? 2つある、そう、2つあった。同じような海賊の世界が2つあった? それもあり得るじゃろうが、妾の考えは違う。2人に渡したのは子機、つまり親機の力を受けてその力を使う子供のようなものじゃとのぉ!」
現に、いち早く帰りそうな佐鳥愛理が、まだ帰らない。
それは即ち、このダンジョンから出てしまうと、ストーカー対策ネックレスの効果が発動できないから?
「なので、可愛いボク達はあなたが持っているだろう親機、【世界球体=海賊世界=】をぶっ壊すつもりで来たんです! もし仮に妾の姉御の推理が正しいなら、あなたの持つそれを破壊すれば、ネックレスの効果は消える、ってね!」
「----まぁ、もし仮に【世界球体】にもう一度、封じ込める事が出来るのならば、今までに解放した世界だって封じてるはず。【世界球体】に封じ込めなくても力を使えるなら、そもそもその球体を持っている理由がない」
だから、ココアはこう結論を出した。
ヤツは【世界球体】の状態からしか力を自由に使う事が出来ず、【世界球体】に閉じ込めるのにはなにか条件があったり、あるいは一回封じ込めた世界はもう二度と封じ込める事が出来ないんじゃないか。
「----フハハハハッ!」
ココアの解答に、佐鳥愛理は笑っていた。
「妾の姉御……あの反応って……」
「正解、という感じじゃのう」
「そう! 大正解っ!」
佐鳥愛理はそう言って前のめりで倒れ、下から"何か"が現れる。
その"何か"は、彼女の影から現れ、そのまま2人と距離を取る。
「ここまで完璧に当てられては、
影から出てきた"何か"は2人に、そう答えていた。
「言ったでしょう、【妖狐】。お前は私のお気に入りだと。何故なら、私と同じ【マナ】系統の職業であり、なおかつ私のように"相手の姿や恰好を変化させる職業"だから」
影から現れた"何か"、それは佐鳥愛理であった。
ただし、先程までの恰好と、明らかに服装が違っていた。
「職業の中には、相手の姿や恰好、服装を変える物がある。故に私は、この職業をあまり人に見せたくない。
----なにせ、あまりにも文明遅れで、時代錯誤な格好なのだから」
彼女は頭にシルクハットを被り、タキシード風の黒いロングコートをたなびかせながら。
赤い手袋を手にしっかりとはめ、白黒のドミノマスク越しにココア姉妹を見つめていた。
「この姿を見せたからには、私は手加減なしで、あなた達を潰します。【文明】担当として恥ずべき姿なので。
----では、参りましょうか。【三大堕落】の【文明】担当、佐鳥愛理!
怪盗姿の佐鳥愛理は、そう堂々と宣言するのであった。
(※)【マナ】系統職業、【怪盗】
四大力の1つ、【マナ】を用いる職業の1つ。主な使用者は、佐鳥愛理
主な能力としては闇や影を操る事であり、影に潜って攻撃を完全に回避する職業スキル【潜む影】や、影を纏わせて自由自在な形へ変える【黒化編成】、さらには自身の影で自らの分身を作る【影武者】などがある。また狙った場所に防御などをすり抜けて必ず当てる職業スキル【急所必中】や、金庫のようにあらゆる物を開ける【金庫破り】などがある
この職業を持つ者は、怪盗らしい恰好へと変えられてしまう。【文明】担当の佐鳥愛理は時代遅れな格好なためか、あまりこの姿を人に見せたがらないため、普段は【潜む影】から【影武者】を操って生活している
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