第165話 たまには、バカンスにでも(2)

 吸血鬼であるココアにとって、大事なのは絆である。


 絆、繋がり。

 目には見えない、だけれども尊いもの。


 めちゃくちゃ綺麗な金銀財宝やら、特殊効果を持つ武器やら、魔法のような効果を発揮するアイテムだとか。

 そういう世間的に評価されている、目に見えるような物に、ココアは興味がない。


 それよりも大切としているのは、絆。

 繋がりや信頼こそ、この世で最も価値があるものである。


「(だからこそ、妾はこやつらの事が嫌いなのじゃ)」


 ココアは、目の前で仲間面なかまづらして海遊びを楽しむ正月のファイントを、怪しげな目つきで見ていた。


「いやぁ~♪ う~み~は、ひろい~な~♪ おぉ~き~い~なぁ~♪」


 浮き輪でゆらりと揺られながら、正月のファイント----いや、ハジメは楽し気にしていた。

 その楽しむ様子はまるで、あの悪天使な方の、ファイントを思い返す。


「(本当に、実に憎たらしいほどに、ファイントに似すぎておるのじゃ)」


 本当に、見ているだけで彼女を思い浮かべるくらいに、良く似ている。

 いや、"似せている"というべきだろう。


「……お主、なにが目的じゃ? ファイントの"ぽじしょん"を奪っておいて、申し訳なさとかないのかえ?」

「えぇ~、後輩ちゃんが無理やり奪った訳じゃないって言うか、知らず知らずのうちにそうなっていたというか?」

「むぅ、確かにそう聞いておるのぅ」


 雪ん子の立ち位置を奪った千山鯉、そしてファイントの立ち位置を奪ったハジメ。

 この泥棒召喚獣達は、自ら望んで奪い取った訳ではない。

 神様が選んで置いただけで、こやつらだって被害者のようなもの。


「それじゃったら、別に2人に迷惑をかけるつもりじゃないんなら……主殿にかけている催眠能力を失くしてくれんじゃろうか? ハジメ?」


 と、浮き輪で揺られているハジメの手の上で、ちょこんっと首を傾げる小さな兎を見ながら、ココアはそう嘆願するのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 正月のファイント、またの名をハジメという彼女は【イタチ】という真名を持つ、特別な召喚獣。

 そんな彼女の一番の能力と言えば、十二支をモチーフにした動物の神達の権能を借り受ける事。

 十二支の動物達はそれぞれ神様から大将として選ばれた際に、神としての地位と権能を授かり、ハジメはそんな神となった動物たちの力を借りる事が出来る。


 例えば、レールガンを放つ"鯨"。

 十二支の中に「鯨」は居ないと思うだろうが、イランという国では「辰」の位置に「鯨」が当てはめられている。

 それなので、「鯨」もまた十二支であり、ハジメが操る十二支の動物神としてなにもおかしくないのである。


 さて、そんな十二支の鯨の神としての地位は極神、司る権能は【電極】。

 磁界を操る極神たる鯨の力により、電極を自由自在に操って、レールガンを発生させるのだ。

 何故、鯨が電極を操る極神なのかは、そういう考えが何故か根付いているとしか言いようがない。


 ----さて、問題なのは今、ハジメの手の上にいる兎。


 十二支の兎が授かった神としての地位は月神、そして司る権能は【幻惑】。

 そう、この小さな兎は、他人の精神に左右し、洗脳させる能力を持つ。


 このハジメは、そんな十二支の兎の力を使って、冴島渉と言う主殿を"洗脳しているのである"。


 この世界がリセットされた際、冴島渉は雪ん子とファイントの事を忘れさせられた。

 だが、それはあくまでも一時的な事であり、冴島渉は雪ん子達の事を少しずつ、思い出していた。

 時間が解決するその問題を、永遠に解決しない問題へと変えたのが、このハジメである。


 彼女は十二支の兎の力を借りて、冴島渉に洗脳をかけた。

 雪ん子の事を忘れ、千山鯉のことを覚えているように。

 悪天使である方のファイントの事を忘れ、正月のファイントのことを覚えているように。


 そうやって、ハジメは冴島渉を、今もなお洗脳し続けているのである。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「いやぁ~、いくら冴島渉の召喚獣という立ち位置を貰ったからって、記憶までは用意してくれなかったんよね。このままじゃあ、すぐにバレちゃう。

 だから後輩ちゃんは、すぐさま主に真名を打ち明け、月神様の力で、記憶を書き換えた。

 ただそれだけ、本当にそれだけなんですよ。はい、後輩ちゃんの独白、終了~」


 ドヤァと説明終了を告げたハジメに、ココアの怒りが爆発する。


「終了~、じゃないわい!? 主殿が雪ん子達のことを忘れておるのは、【三大堕落】のせいじゃなく、お前さんの仕業、って事じゃろうが?!」


 ココアは、怒る。

 絆を大切にするココアにとって、その絆を忘れて別の物にすり替えたハジメの行いは、許しがたい行為なのだから。


「いやぁ~、アレですよ? ヤドカリっているでしょ、ほら背中に罰ゲームみたいに家を背負っているヤツが。アイツは自分の住処をとっかえひっかえしてるけど、それは自分が心地よく過ごすために家を替えてるだけ。そこに善も悪もない。

 他にも巣を作る動物は数多く存在するし、彼らが巣を作る材料として木の枝や石を持って行くけど、別にそれは自然な行為。例えそれで他の生物が死ぬとしても、自らの生存のために家を立派にする事を、責める物は居ない」


 それと一緒だと、巣作りと一緒だと、ハジメは言う。


「より自分が住みやすい、良い環境を作る。それこそが全ての生物にとって、自然なる行為。

 後輩ちゃんはね、自らの環境が歪だと、悪い環境だと判断したため、十二支の兎----月神の洗脳の力を用いて、主に雪ん子達を忘れて貰ってるんだよ。

 ----全ては、私が住みやすい環境のために」


 ハジメは譲らない。

 洗脳は自分が住みやすい環境を作る、他の生物も皆がやっている行為だからと、譲らない。


 皆がやってる、それなら自分だけが責められるいわれはない。

 あろうことか、自分の【召喚士】を洗脳するという行為を、そうやって正当化しているのである。


「(嫌いじゃよ、こやつ)」


 ココアは、ハジメのことが嫌いだった。

 何故なら、彼女は初めから繋がろうとする行為を諦めているから。


 洗脳した方が手っ取り早いのは確かだが、もう1つ、ハジメ達には取れる道があった。

 それは雪ん子達とは別の、冴島渉との絆を少しずつ作っていく事。

 

「(主殿に正直に打ち明け、そして雪ん子達と一緒に主殿の召喚獣仲間になる。そうして1つずつ、主殿と記憶を作っていく)」


 ダンジョンでの冒険、戦闘。

 くだらない話し合いやら、ドロップアイテムを見る楽しいひと時。

 こういう海をモチーフにしたダンジョンで、レジャーという名の想い出を作るのもまた良い。


 そういった、繋がりを作ろうとせず、ただただ他の人との大切な思い出に土足で踏み込み、我が物顔で居座り、自分のモノだと主張する。

 絆を大切にするココアが、ハジメのことを嫌いな理由がそこにあった。


「(----もう我慢ならん。こうなれば、主殿に全てを打ち明けるのじゃよ! 雪ん子達を待っているだけじゃくて、妾も"あくしょん"を起こさねば!)」



 そう思って、千山鯉と楽しくビーチボールで遊ぶ主殿に、声をかけようと戻っていくココア。




「無駄、無駄♪ 後輩ちゃんはココアちゃんを邪魔しないけど、絶対に洗脳は解けないよ♪

 なにせ神クラスの者の力を借りた洗脳、そう簡単に解けるなんて思わないでね♪」


 クスクスと、ハジメは楽しそうに笑っているのであった。

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