第164話 たまには、バカンスにでも(1)

 海である。


 白い砂浜、のんびり浮かぶ雲、サンサンと照り付ける太陽。

 透き通った水はどこまでも清らかで、海底に居る魚の姿まで見えるくらいに綺麗である。

 さらには他にも人が居ないっていう、好条件。


「これが、ダンジョンねぇ……」


 俺、冴島渉は千山鯉達が海で遊ぶ姿を見ながら、感慨深く思うのであった。



 ダンジョンには素敵なアイテムや素材があるってのは事実ではあるが、それと同時にこの世とは思えないほど綺麗な光景が広がっているのも事実である。

 しかしながら、アイテムや素材の入手ポイントや活用法は多くのMyTuberが動画として投稿しているが、それとは逆に絶景スポットを紹介する者は少ない。


 そんなダンジョン絶景スポット紹介動画の投稿が少ない中、ただ1人だけ、ダンジョン絶景スポットのみを動画として投稿しているMyTuberが居た。

 MyTuber名は【源元】……というか、多分、本名で投稿している投稿者だと思うんだが。


 彼は各ダンジョンに1人でキャンプ感覚で潜って、絶景を動画として投稿している。

 そんな数ある絶景のうちの1つが、このCランクダンジョン《フラスコ内の理想郷》というダンジョンである。



 ===== ===== =====

 Cランクダンジョン 《フラスコ内の理想郷》


 異次元に住まう巨大研究者が、フラスコという小さな容器の中に再現された理想郷ユートピア。海エリア、山エリア、街エリアという3つのエリアが存在し、それぞれにボス魔物が配置されている

 それぞれのエリアのボス魔物とは一定条件を満たした場合にのみ戦えるため、情報を知らないとボス魔物と戦う事は出来ない

 ===== ===== =====



 ここは、バカンスとして最適なダンジョンの1つ、《フラスコ内の理想郷》だ。

 なにせ、海エリアでは一切魔物が居ないという、のんびりゆったりと出来るダンジョンだからね。


 ボス魔物に挑む条件ってのも、既に調査済みだ。


 山エリアでは【麓付近にのみ生息するキノコ型の魔物を1体生け捕りにしたまま、山頂まで持って行く】。

 街エリアでは【嘆きの幽霊型魔物のお願いを聞き、彼女の身体の欠片を一定数集める】。

 そして、海エリアでは【廃墟となった海の家に、数種類の貝を納品する】。


 知ってなければ偶然ボス魔物と遭遇するって事もないし、そもそもこれらの条件は意図的でもない限りは達成しないから、大丈夫だろう。


 今日、俺はここで海水浴にしゃれ込もうと、そう思い立って来た訳である。

 本日は休日なり。ダンジョンのボス魔物に挑むのは、また今度にさせてもらおう。


 いつまでも戦いのしっぱなしと言うのも、悪いし。

 たまには、こう言ったダンジョンでのんびりしようかなと言う訳だ。


「命の洗濯、っと♪」


 既に、俺の召喚獣達はバカンス目的で来たこのダンジョンを、全力で楽しんでいる。


 マルガリータは砂浜で、ダッシュしたり、声を出したりと、忙しそうだ。

 ……アイツ、もしかしてアイドルになるためのトレーニング会場か何かだと勘違いしてるんじゃないだろうな?


 そしてココアとハジメの2人は、海で泳いで楽しそうだ。

 あの2人は、海ではしゃぐという感じが想像できない組み合わせだったのだが、意外というべきだろうか?

 ともかく、楽しそうで何よりだ。


「……さて、あと1体はっと」

「《ぎょぎょ! 主様、一緒に遊ぶぎょ!!》」


 探している相手が、あちらからやって来た。

 ビーチボールと浮き輪を持って、全力のバカンス姿で現れたのは、千山鯉。

 黒いマントと、赤いビキニ姿ってのが、どことなくシュールな姿ではあるが、綺麗なのは事実だ。


 恐らく、芸能界とかでも活躍できるほどの美女っぷりっていう所だろう。

 千山鯉は鱗と2本の角さえ隠せば、ほとんど普通の人間と区別できないからな。


 まぁ、もっとも彼女の場合、幼い時の姿を知ってるし、子供っぽく甘えてくるので、成長した姪御みたいな感覚だけど。


「《あ・そ・ぼっ! それっ! あ・そ・ぼっ!》」

「あー、はいはい。分かったよ、一緒に遊ぼうか、千山鯉」

「《ぎょぎょ!! 遊ぶ、遊ぶっ!》」


 千山鯉は「《そーれっ》」と、ビーチボールを山なりに放つ。

 俺はゆっくりと後退しながら、ビーチボールが落ちてくる地点まで移動して、そのまま同じように返す。


「そっち、行ったぞ」

「《ぎょぎょ! 任せてっ!》」


 ぽーん、ぽーん、ぽーんっ。


 ただ、お互いにボールを優しく打ち合うだけ。

 それなのにここまで楽しめるだなんて、やはり海って良いなぁ……。

 街中でこんな事をやってても変人扱い一択だろうに、楽しいのはここが海だってのが一番大きいだろう。


「にしても、千山鯉は鯉の召喚獣だろう? 2人のように泳がなくて良いのか?」

「《ぎょぎょ? 主様と遊ぶ以上に、楽しい事はありませんぎょ?》」


 そうか、そうか。

 なんか、嬉しい事を言ってくれるなぁ。


 前に腕を斬り落とされた時はここまで……って、あれ?


「(俺、千山鯉に腕を斬り落とされたんだよな……?)」


 なのになんで、別人の、別の召喚獣の顔が頭に浮かんだんだろう?


「(まぁ、気のせいか)」


 最近、ダンジョンで潜りっぱなしで疲れが溜まっていたのだろう。

 だから、こんな変な記憶が出てしまうんだ。

 やっぱり、リフレッシュは大切だよな。


 俺はそう思いながら、千山鯉とのビーチボール遊びを、思う存分、堪能するのであった。




(※)源元

 生粋のおひとり様気質の冒険者で、レベルⅢの【魔法使い】。自分1人でいる事が至福だと感じており、依頼などもほとんど受ける事も無い

 趣味の一環としてダンジョンの絶景でキャンプ行為をしており、自分としては思い返すための動画撮影として始めた活動が多くの絶景を求める者達に刺さっている、有名なMyTuberの1人

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