第142話(真実編) 因縁(2)

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 今からほんの数年前、とある秋の日。

 私、ダブルエムは、皆と共に部屋の中で、プレゼンを聞いていた。


 プレゼン----そう、"マスター"である赤坂帆波からお願いされた、『"マスター"を、のんびりダラダラさせるために、思いっきり甘やかして欲しい』という命令。

 それに対する、各個人からの解答発表、みたいな奴である。


 赤坂帆波と【三大堕落】が暮らす自宅では、珍しい2人組コンビがプレゼンを始めていた。


 赤坂帆波が自発的な人間として成長させるため、各々に『赤坂帆波を堕落させる課題』を課された4人。

 【文明】の佐鳥愛理。【甘言】のシーヴィー。【不老不死】の私、ダブルエム。そして【青春】の日野シティーミティー。

 私達は毎日のように、各々が考える堕落させる方法を、"マスター"である赤坂帆波にプレゼンして、無慈悲に却下されるという日々を送っていた。


 ペアでの発表するというのも、あんまり珍しい事ではなかった。

 しかしながら、その日のプレゼンをしているペアは、あまり共通項がなさそうな2人であったのだ。


 佐鳥愛理と、日野シティーミティー。

 人々を【文明】によって楽にして堕落させる佐鳥愛理と、【青春】の想い出を作りまくって記憶で堕落させる日野シティーミティー。

 今まで、一度たりともコンビでプレゼンをしたことがない2人であった。


「ふむ、なるほどね……」


 そんな珍しい組み合わせの2人の発表プレゼンを聞いて、最終的な決定権を持つ"マスター"の赤坂帆波は、いつになく興味深そうに聞いていた。

 いつも私が「永遠に溶けない氷の中に閉じ込めれば、不老不死になるのでは!?」だとか「様々な動物の部分パーツを混ぜて、不老不死に近い生物へと変質させれば?」などと提案すると、ものの数秒で却下する"マスター"が、興味深そうに聞いているのだ。



「----良いんじゃないかな」



 そして、【三大堕落】を結成して初めて、赤坂帆波はゴーサインを出した。

 それはつまり、2人のプレゼンが成功したということであった。


「----?!! いっ、今の発言は本当ですか?! 3回くらい聞いても良いですか、"マスター"!」

「嬉しい、"マスター"に褒められて心の底から、暖かい気持ちが溢れてくる……これが、もしかして【青春】?」


 プレゼンをしていた2人は、思わず"マスター"に聞き返してしまうくらい、今の事態が信じられないという様子だ。

 その発表を傍観者的な立ち位置で見ていた私ですら、「え? 冗談?」と思うくらい、"マスター"がゴーサインを出すのは信じられない出来事だったから。


「では、早速、色々とありますので失礼しますね! 主に準備と、計画と、調整が!」

「えぇ、私も"マスター"の青春のため、粉骨砕身しなくてはいけないため、これにて」


 "マスター"から無事、お墨付きをいただけて喜ぶ佐鳥愛理と日野シティーミティーの2人は、早速、2階へと向かって行く。

 その足取りはめちゃくちゃ軽やかで、2人がどれだけ喜んでいるかが伝わってくるようであった。


「めちゃくちゃ喜んでるなぁ……あんなキャラだったっけ、あの2人?」

「それだけ"マスター"の#言葉 嬉しかったんでは? #キャラ変 するくらいに」


 私がそう言うと、"マスター"は「そんな物かなぁ?」と疑問符を浮かべていた。

 ダブルエムは「#そうです」と答えていた。


「……そう言えば、シーヴィーの姿が見えないんだけど……ダブルエム、どこに行ったか知らない?」

「彼女は#ボタン購入 するために、外にゴー」

「アハハ、相変わらずシーヴィーはボタンが大好きだね~」


 "マスター"はそう言ってるけど、シーヴィーがボタンが好きなのは、ずばり"マスター"がボタンが好きだからだ。


 正確に言えば、"マスター"が好きなのは、ボタンがついた洋服である。

 そしてシーヴィーがそんな"マスター"がいつもボタンがついた洋服を着ているから、という理由で、『"マスター"がボタンが好き』という考えで、ボタンを瞳にするくらい、ボタン大好き人間になったのである。


 私を含めて、他の3人もそうだ。


 佐鳥愛理が『三大』が好きなのは、"マスター"が良く「選択肢はこの3つから選んでね」と選ばせていたから、佐鳥愛理自身も『三大』好きになったのである。

 ダブルエムが#(ハッシュタグ)付きの言葉で会話するのも、"マスター"が良くツイ〇ターをしてる際に見かけて、私自身も『#』好きになったのである。

 日野シティーミティーが『狐面』を被ってるのも、"マスター"が一時期好きだったアニメキャラがそういう恰好をしているから、日野シティーミティー自身も『狐面』を常に被っているのだ。


 私達、【三大堕落】全員に幸せに、自分自身で考える力を持って欲しいと、"マスター"は言っていた。

 しかしながら、私達にそんなことなど、不可能であった。

 なにせ、自分の好きな物ですら、『"マスター"が好きそうだから』という理由でしか決められない私達には。


「まぁ、シーヴィーはいつもの事だし。ちょうど良いや、ダブルエム。

 ----とりあえず、一緒に歩かない?」



 ……… ………

 …… ……

 … …



 "マスター"が私を外へ連れ出したのは、この前の一件の事であった。


 私は【不老不死】担当として、1つの実験を行った。

 1つの学校を対象として、そこに住まう者達を、全員データ化したのだ。

 肉体のないデータ人間となれば、永遠に朽ちる事のない、まさに不老不死の存在となれるのだと。


 しかしながら、そんな完璧な計画を"マスター"は否定した。


「あのね、ダブルエム。確かにそれは【不老不死】には違いないけど、私が頼んだものではないからね。

 今日はその辺を、歩きながら、じっくり感じて欲しいのだよ」

「はぁ……」


 "マスター"は言った、『私が頼んだ【不老不死】ではない』と。

 つまりは、"マスター"の考える正解と、私がやった方法とは違った、という事なのだろう。


「【不老不死】、それは確かに『永遠に生き続ける』という意味で捉えれば、ダブルエムのように肉体を捨てて永遠に生きるデータになれば話は同じかもしれない。

 しかし、それじゃあ、いつかは飽きが来る。肉体がないという事は食べる喜びも、手と手を触れあって感じるぬくもりも、そして花の香りを感じるという事もなくなるんだよ?」


 "マスター"が言ってるのは、肉体を持つ者だけが楽しめる喜びだ。

 つまりは、わざわざ肉体を持つ者だけが感じられる優越感----味覚、触覚、嗅覚といった五感を捨てて、データの存在になるのはどうなんだ、という話なのだろう。


「まぁ、確かに#データ体 となれば死ぬことは無くなりますが、味覚や触覚と言った#五感 は捨てざるを得ないでしょうね。あれは肉体を持つ者ゆえの特権ですから。

 ……なるほど、確かに"マスター"が言う意味も分かります。わざわざ、今の身体よりも、死なないだけで、ロースペックの身体になれと言われたら、私でも反抗するかもしれません。ぶっちゃけ、#今の身体 #大好き」

「え? 私、そんな難しい事を言ってた? ただ、お食事って大事だね-みたいな事しか言ってない気がするけど」


 そして、"マスター"が考える【不老不死】について、教えてもらった。


 "マスター"が考える【不老不死】とは----童話の最後に"いつまでも、平和に暮らしましたとさ"とか付け加えられた、後の世界。

 自らを脅かす危機もなく、ただ平和に、穏やかに暮らせる世界。

 それが、"マスター"が考える【不老不死】なのだそうだ。


「日がな一日、雲を眺めていたり。あるいはただ一緒にそばに居るだけでも良いかもしれない。そんな、いつまでも続く平和を甘受する事こそ、【不老不死】! 永遠に続く喜びというモノさ!」

「……難しいですね #【不老不死】」


 "マスター"の思い描く、『いつまでも平和が続く世界』の実現にはまだまだかかりそうだ。

 そう、私が思っていると、"マスター"が私にこっそり耳打ちしてきた。



「ダブルエム、実は私と一緒に来て欲しい所があるんだ。

 実は佐鳥愛理から教えてもらったんだけど、もう少ししたらこの世界に、勇者が帰って来るんだそうだ」

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