第66話 佐鳥愛理とティータイム(2)

「----と言う訳で、譲ってもらえませんか?

 その、【妖狐】の力を得た召喚獣を」


「~~っ!!」


 彼女が漂わせるあまりのおぞましさに、俺は思わず立ち上がってしまった。


 なにせ、ごく普通のファミレスのテーブルの上に、ドカッと鎮座する100万円の札束。

 札束を置いてこちらを見る彼女の瞳が、まるで怪物の瞳のように怪しく光ったのだ。

 それはまるで獲物を見つけて舌なめずりしている時の、肉食動物のような力強い眼光。


「おやおや、こんな可愛らしい美少女相手に、怯えて立ち上がるだなんて、心外だなぁ~。

 ----【座れ】」

「……ッ!!」


 彼女の言葉は、静かだった。

 ただ【座れ】と言っただけなのに、俺の身体は勝手に動いて、椅子へと座る。


「知らないのかい、レベルⅡの【召喚士】の冴島渉君? レベルⅩともなれば、ちょっとした言葉程度でも、人の行動の1つや2つくらいならば、操れるんだよ?」

「脅しか?」

「事実を言ってるまでさ。だから、【妖狐】の力を得た召喚獣を持っているという事も、先程、君から話させた」


 ポチッと、テーブルの下から取り出したICレコーダーのボタンが押されると、ココアのことを話している俺の声が聞こえてきた。

 俺は、そんな事を口走った記憶は、一切ないのに。


「【洗脳】って、知ってるかな? 状態異常の中では【魅了】よりも上の、相手を自分へ敬愛させて自分の手足のように操るという状態異常なんだけど」

「【洗脳】……俺にスキルを使って、喋らせたと?」

「うーん、正解!」


 パチンと、指を鳴らすと、途端に俺と彼女を取り囲むようにして、大きな蜘蛛の化け物が現れる。

 ファミレスの机を吹っ飛ばして現れたそいつらは、牛のような顔を持つ大蜘蛛----【牛鬼】であった。



 ===== ===== =====

 【牛鬼】 レベル;Ⅲ

 牛のような頭と、大きな蜘蛛のような身体を持つ召喚獣。非常に残忍・獰猛な性格で、毒を吐き、人を食い殺すことを好むと伝えられている。

 各地に様々な姿で伝わっており、【牛の頭と鬼の身体】、【鬼の頭と牛の身体】、【龍の頭と鯨の身体】などがあるが、全て水辺から現れて襲い掛かって来たとされている。

 ===== ===== =====



「ブォォォォン!」「ブォォォォン!」「ブォォォォン!」「ブォォォォン!」


 俺を取り囲むように現れた4体の巨大な牛鬼。

 3mは優にありそうな巨体の怪物は、大きな鳴き声をあげながら、主である佐鳥愛理の号令を待っていた。


「そもそも、あなたはいつからここが、ただのファミレスだと勘違いしていたんです?

 どうやってここまで来ました? どれくらいの時間をかけて来ました? 外の色がいつもとは違うとか感じました?

 ----記憶がないんでしょ、操られてここまで来たから」


 ----ここはダンジョンの中ですよ?

 既に分かり切っていることを確認するみたいに、彼女はそう言う。


「正確には、ファミレスの上にある並行世界----とでも言うんでしょうか?

 椅子もテーブルも、基となっているファミレスの物と全くの同一。既製品とか言う以前に、本質的にまったく一緒の物。

 それでいて、こちらで何をしようが、あなたが・・・・死のうが・・・・、向こうでは何の影響も起きない世界。それがわたくしが作った、この仮想ダンジョンの世界」

「俺が、死のうが……」



「いちいち、人のいう事を繰り返さないでくれますぅ~?」



 ザクッ、と、俺の足に激痛が走る。

 なにか太い物が、俺の足を貫いたのだ。

 ドクドクと、血が抜けていく、気持ち悪い感じがしてくる。


 ゆっくりと振り返って見ると、俺の足に巨体の化け物の足が突き刺さっていた。

 巨大な蜘蛛の足ってだけでも違和感ありまくりなのに、血が抜けていく感覚が、その違和感をさらに加速させていた。


「~~~っ!!」

「あなたは、吸血鬼のココアなんちゃらを召喚するだけで良い。それだけで良い。それだけしてもらったら、あのファミレスの入り口から出れば、元の現実世界に帰れますので。

 後は、【召喚士】のレベルⅢで得られるスキル、【召喚登録】を使って、あなただけしか召喚出来ないという召喚獣を横取りするだけです」


 ----さぁ、召喚しろ? 冴島渉くん?


 佐鳥愛理は、そう告げる。


「何が……」

「ん? 命乞いかな?

 大丈夫、殺すつもりはないから。そもそも、殺すつもりがないからこそ、こうやって話してるんだからね?」

「ココアを奪って、なにを、する気だ……」


 あの、俺が新しく手に入れたココアを、うるさくても便利そうな力を持つココアを、どうする気だ?



「----なにって、レコードにしようかと」



 そう思っていると、彼女はなんてことないようにそう言った。


「レコード?!」

「そう、リラックスして仕事する時は、必要なんですよ。【妖狐世界】を閉じ込めた世界球体パンクスフィアから聞こえてくる悲鳴を聞いている時が、一番集中して仕事が出来ますので。

 ----まぁ、【妖狐世界】を捕まえるより、【妖狐】の力を手に入れた召喚獣を、痛ぶって、叩いて、虐めて、踏みにじって……そういう目的で手に入れたいんですよ、わたくしは」


 ----だから、あなたでも良いんですよ?


 彼女は札束をなにかの袋に入れると、そのまま立ち上がって、こちらへと近づいてくる。

 そして、牛鬼の巨大な蜘蛛足で貫かれている俺の足に、


 ぐりぐりぐりっ!!


 札束で、俺の足をぐりぐりと押し込んできた。


「~~~っっっ!!」

「おぉ、我慢するねぇ。佐鳥愛理的には、それもまた良い悲鳴で好きだなぁ?」


 薄気味悪く、佐鳥愛理は笑っていた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「(----さて、これでどう出ますかね?)」


 佐鳥愛理は至極冷静に、【召喚士】である冴島渉の反応を見ていた。


「(【妖狐】の力は、絶対に必要。なんとしても取り返しておかないと)」


 佐鳥愛理は、並行世界を閉じ込めた世界球体を数多く所有しているが、"属性を変更できる"という能力を持つのは、あの【妖狐】の力だけなのだ。

 あれがないと、計画が進まないから、絶対に返してもらわないと。


「(でも、おかしいですね。てっきりレベルⅢ以上で、【召喚登録】をしてるから、召喚出来ないんじゃないかと思っていたんですが)」


 佐鳥愛理にとって、【召喚士】とはレンタル屋さんの常連みたいな、職業ジョブだと考えている。

 数多の召喚獣の候補の中から、自分が今必要と思っている召喚獣を選択して、レンタルとして召喚する。

 そして死亡したり、送還したりした際に、レンタルショップの店員----つまり、神様か、その遣いの天使(※1)によって、初期化フォーマットされる。

 それが故に、召喚獣はレベルアップせず、あらゆる経験をすることが出来ないのだ。


 【召喚登録】は魔力を持って、とある召喚獣を登録して、通り道パスを通じて、自分の物にするスキルだ。

 死亡や送還の際に初期化されるのは同じだが、その人だけが借りられる状態にするため、他の人からは召喚出来ない。

 【妖狐】の力を得た吸血鬼のココアなんちゃらを召喚できないのは、この【召喚登録】によってパスが通っているから召喚出来ないんだと思っていた。


 ----なのに、わざわざ情報屋を買収して見つけ出した、【妖狐】を探る冒険者とやらは、レベルⅡの【召喚士】。


「(てっきり、マナ系統の【魔法使い】や【賢者】辺りの職業ジョブの人がなっているのかと思いましたが、まさかの【召喚士】……それも、召喚獣にするだなんて)」


 召喚獣に、職業ジョブを与えたところで、神様とか天使によって初期化されるので、与える意味がないというのに。


「(でも実際、【妖狐】の職業を得ているのは、彼だけしか召喚出来ない召喚獣。

 つまりは、神様や天使達による初期化を、潜り抜けている?)」


 ----それって、とっても興味深い・・・・



 今、この時、冴島渉が、佐鳥愛理かいぶつによって狙われた瞬間である。




(※1)天使

 神様の使い、天界と呼ばれる場所に住まう者達のこと。召喚獣としては、レベルⅠからでも召喚できる回復役にぴったりの召喚獣

 中級以上になると、「〇〇の天使」のように、1つの属性を守護する存在となり、「炎の天使」だと炎を扱えるだけでなく、相手の炎を無効化できるようになったりと、その守護する属性の絶対的強者の位置を獲得する

 また、悪を決して許さず、正義の光にて浄化するという職務を任されている

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