第45話 『ベンチャーちゃん』(2)

 駅前近くの雑居ビル、『ユリウス錦織』。

 綺麗な白を基調とした、ごくごく普通な5階建てのビル。


 5階建ての小さなこの雑居ビルに、何故このような名前を付けたのか。

 それを知る者はもう居ない。

 このビルのオーナーだった人物が、自宅で寝ている最中に、ダンジョンに飲み込まれて死んだからだ。


 ダンジョンは場所を選ばずに現れる。

 ある時は廃ビル、ある時は人気絶頂の水族館、そしてある時は人間が普通に暮らす家そのもの。

 ダンジョンは元あった建物を飲み込み、吸収し、そして存在・・する。


 自宅で寝ていた時に、ダンジョン化に巻き込まれて行方不明というのは、件数こそ少ないが、稀にある出来事であった。


 だからこの『ユリウス錦織』というビルも、オーナーの消失と言う形で、いま現在は冒険者支援を行っている市役所の方で、他のビルよりも割かし格安で、1フロアずつ貸し出されていた。


 俺が行こうとしている『アイテム制作ベンチャー企業』ってのは、そのビルの2階にあった。

 電話で連絡すると、すぐさま返事があり、この場所まで来るように言われたのだ。

 予め、どういうアイテムが欲しいかってのは伝えてある。


 もっとも、【レベルアップ可能となっている俺の召喚獣のために】なーんてのは言えなかった、信じてもらえるとは思わなかったし。

 なので、あくまでも【剣を使う召喚獣に、ステータスを隠すアイテムが欲しい】とだけ伝えておいた。

 そしたら、この『ユリウス錦織』の2階に事務所があるから、直接来て欲しいと頼まれた訳である。




「ここが事務所か」


 とことこと2階まで上ると、その扉に『アイテム制作ベンチャー企業』の名前が表札として掲げられていた。

 どうやらここが、お目当ての事務所で間違いないのだろう。


 コンコンコンコンッと、ノックを4回する。

 確か2回は『お手洗い』、3回は『家族や友人などの親しい相手』、その上で今回の様に『初めて訪れる相手』の時は4回……で正しかったはずだ。


「どうぞ、入って来てください」

「----失礼します」


 俺がゆっくりと扉を開けると、椅子に座った1人の少女の顔が見えてきた。

 

 片眼鏡モノクルとシルクハット、それに黒いトレンチコート。

 まるで19世紀のロンドンに出てきそうな、探偵の恰好をした少女の姿であった。


「椅子に座ったままで失礼します。これが『ボク』なりのスタイルでして」


 ひょいっと、椅子から立ち上がった彼女は、こちらに手を差し出してきた。


「『ボク』の名前は、『花弁千夜葉』。お気軽に、『ベンチャーちゃん』とお呼びください。

 『このアイテム制作ベンチャー企業』の取締役にして、アイテム制作を一手に担う者でございます。冒険者の身分としましては、レベルⅣの【鍛冶職人】でございます」


 と、そう言いながら、彼女は自身の冒険者証……のコピーを俺に渡してきた。

 名刺代わりと言うべきだろうか?



 ===== ===== =====

 【花弁 千夜葉】

 冒険者ランク;EX

 クラス;鍛冶職人

 レベル;Ⅳ

 命題;ダンジョンの外でもスキルが使え、作り方も素材の場所も分かるが、ダンジョンに潜れない

 ===== ===== =====



「えっ…ダンジョンに潜れない?」


 冒険者なのに、ダンジョンに潜れない?

 なんだ、そのふざけた命題?


「命題からお察しの通り、『ボク』はダンジョンに潜れない冒険者です。その代わりに、相手の望むアイテムの作り方が顔を見るだけで、分かっちゃうんですよ。

 そして『ボク』は、アイテムの回収を依頼し、依頼料とアイテムの素材を貰って、依頼者のアイテムを作る。自分でダンジョンに潜れない『ボク』は、大手の様に大量生産こそ出来ませんが、お客様に寄り添ったアイテムを1つずつ作るという意味では、ベンチャー企業という立場で良いと思っております」

「なるほど……」

「確か電話でお伺いしたところ、"剣を使う召喚獣に用いるステータス隠しのアイテム"ということでしたが……どれどれ、っと」


 「ちょっと失礼しますね」と言って、彼女はゆっくりと眼を閉じる。

 そして、ゆっくりと目を開けると、その瞳は変化していた。


 本来、白目な場所は、黒く。

 そして黒目な場所は、白く。


 ----黒白目。


 本来は白目な場所が黒く塗られたような、そんな不気味な瞳が、俺を睨みつけていた。

 そして彼女は、ゆっくりと口を開く。


「『雪山の騎士城』……『騎士のモンスター』……『胸当て、剣、鎧』……『5つ』……」


 まるで呪文のように、彼女は言葉を並び立てる。

 それはまるで、それらを集めれば、俺の希望のアイテムが作れるとでも言いたげな声だった。



 ===== ===== =====

 ランクⅣ 【鍛冶職人】からの 指名依頼


 Eランクダンジョン 《雪山の騎士城》 にて 該当アイテム収集を 依頼

 該当アイテムを 合計5つ 持ってくれば アイテムを作成して 報酬として 提供します


 該当アイテム;

 ;アイシクル騎士団の胸当て

 ;アイシクル騎士団の剣

 ;アイシクル騎士団の鎧


 ランクⅣ 【鍛冶職人】 花弁 千夜葉

 ===== ===== =====



 そして、それは唐突に俺の前に現れた。

 俺の前に、依頼として現れたのである。


「なるほど、これが出来れば、俺の望みのアイテムを作ってくれるって訳ね」


 《雪山の騎士城》という場所で手に入る、アイシクル騎士団関連のアイテムを全部で5つ。

 それを集めれば、俺が望む、雪ん子のステータスを隠すアイテムが手に入るってことか。


 恐らく、これが彼女の【鍛冶職人】としての能力。

 『あらゆるアイテムを作れ、作り方も素材の場所も分かる』という彼女の命題通り、彼女には自然と俺が今必要なアイテムが分かるんだろう。


「(先程の呪文は彼女自身ではなく、彼女に加護を与える神の言葉といった所か)」


 なんにせよ、達成して見せようじゃないか。

 俺のための、とびっきりのアイテムを。


「よし、行こうじゃないか」


 と、席を立とうとした時だった。


「『ラブホテル(未出現)』……『城の主』……『ドロップアイテム』……『1つ』……」

「ラブホテル……?」


 ラブホテルって、あれだよな?

 ちょっと裏の通りとかに並んでいる、夜の大人の行為をするっていう。


 でも、未出現って、どういう事だろう?

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