第12話

 鏡からこちらを見つめる俺はひどい顔をしていた。無理もない、この1日で今までの平和な日常が終わりを告げただけでなく、連れてこられたここでは爆弾か何かの様に扱われ、事情を聞いたところで更に疑問が生まれるばかり、むしろこの状況で平然としていられる者などいるのだろうか、少なくとも俺はいないと感じる。そしてため息をついて鏡の向こうの俺に問いかけた。


「僕は一体何者なんだ?」


『その言葉を待っていた、招待しよう、俺達の世界に』


 頭の中からそう聞こえてきたと思った途端、激しい眩暈に襲われた、そしてそのまま俺の視界はし再び暗闇に包まれた。


 再度目を開けると、そこは不思議な空間だった。一面何も無い空と足元はそれを映す水面が広がっており僕はそこにポツンと1人で立っているが体は何故か動かせなかった。


「ここは一体どこだ?さっきまで部屋の中にいたはずなのに」


『ようこそ、俺よ。ここは俺達の世界だ』


 唐突に声が聞こえて来て慌ててそちらに視線をやるとそこにいたのは、僕がいた。鏡かと思ったがその考えは一瞬で覆された。何故なら、僕は何一つ身体を動かしてないのに目の前の僕は僕と視線があったことに気付くと宙に足を組んで座ったのだ。


「お前は誰なんだ?」


 純粋に口からこの疑問が溢れ出た。その問いに目の前の僕は一瞬眉をひそめ、その後ニヤリと笑いながら応えた。


『さっきも言っただろう、俺は俺だ、見たまんまさ、俺はお前でお前は俺だ』


 そのよく分からない説明をしながら目の前の僕は笑みを浮かべたままこちらを見つめていた、そして僕が身体を動かそうとしていることに気付いたのか続けて口を開いた。


『お前に先程、ここは俺達の世界だと言ったが今この世界の主導権は俺にある、つまり俺の許可がなければお前はこの世界では身体を動かせないのさ。まぁ、動かさないようにしてるのはお前をこの世界に呼んだ理由に繋がる、そしてその理由については今から話してやる、だから大人しくしていろ』


 そう言うとそいつは真顔になり、足を組み替えた、そもそも僕達の世界という事、僕と瓜二つのもう1人の僕がいる事何一つ分からない事だらけだが、それすらも説明するつもりなのは伝わって来た、いや伝わって来たというより分かったという感覚に近かった、それが目の前のそいつが僕自身である証明の一つだと感じた。そいつは僕の反応を見て再度口を開き始めた。


 『まずはこの世界についてだ、ここは俺達の世界、まぁこれだけではなんのことか分からないだろう、簡単に言うと心の中の世界だ、安心していい俺達の身体は現在もさっきの部屋の洗面所の前にある、ここにあるのは俺とお前の精神のみだ。そして何故こんな世界が俺達の心の中にあるのか、これについてはもう1つの疑問であろう、俺とお前2人別々の意思を持った同じ人間がいる事と繋がっている、そしてこの話をするには11年前、あの街に来る前に俺達に何があったのかを語る必要がある、しかしこの話を聞けばもうお前は後戻りは出来ない、これから先は洗脳の才能を見て見ぬ振りして生きていく事は二度と出来ない、つまりそれに伴い俺達に降りかかる様々な事も勿論無視出来なくなるという事だ、もしこの先の話を聞く勇気がなければこの世界での記憶をなくしさっきの部屋に戻してやる。さぁ、お前の答えを聞かせろ』


 あまりの話に僕は頭を横から殴られたのかと思うほどの衝撃を受けた。そしてこの世界が僕達の心の中にある世界という事実、そしてその世界が出来た理由を知るには先程の天堂の話に出て新しく疑問に感じていた、あの街に僕が来る前の事に関係があることに更に驚かされた、しかし続きを聞くにはこの先の覚悟が必要だと言う事、僕はどうしたらいいか正直分からなくなっていた。続きを聞けばもう後戻りはできないと言われた、だがもう既に後戻り出来ないのではないか、どちらにせよ現実はもう既に手遅れな気がする、そう思っているとそいつは僕の考えが伝わったのか、僕の考えを訂正してきた。


『もし続きを聞くのをやめるのであれば俺が洗脳の力を使い元の生活に戻す事を約束しよう、つまりこれまでの生活を捨てて真実を知りたいかどうかをお前に求めている、それを踏まえた上で答えるがいい』


 それを聞いた時に一つ不可解な事を感じた、それをそいつにそのまま問いかけた。


「そこまで出来るのなら何故今このタイミングで僕はこの世界に来たんだ?」


『その理由については簡単だ、この世界が出来たときに取り決めをしていた、お前が自分という存在に疑問を感じた時、全てを話すと、だが外の状況が芳しくない、だから特別に記憶を失い元の生活に戻る選択肢を用意したのだ』


「そういう事か、僕にいうのは変な感覚だが、ありがとう」


 そして僕は再び考え込まされた。どちらを取るべきなのかという事についてだ、確かにこいつの言う通りここで話をやめればまたあの日常に戻れる、しかし聞かずにいていいものなのか、この考えが先程からずっとぐるぐる頭の中を回っている、理由は単純だ、話を聞いた際のリスクを僕は耐えられるかが分からないからだ。そうしてずっと考えていた時に、ふとあの光景が頭をよぎって来た、それはあの時ここに連れて来られる前の小屋で栞に起きた出来事だ、元に戻るなら栞に起きた出来事も無かった事になるのだろう、勿論僕の記憶からも無くなる筈だが、あの光景がどうしても胸に引っかかってしまうのだ。そうして更に考え込み答えが出た、やはり僕にはこう答えるしかなかったのだろう。


「続きを聞かせてくれ、覚悟は……した」


『その前にどうして続きを聞く気になったのか聞かせてもらえるか?』


「きっと、今までの日常のままで聞かされたら聞かなかったかもしれない、でも知ってしまったんだよ、僕がやってきた事を、栞に起きたあの事態、天堂から聞かされた真実を知って、それを知った状態で僕はもう見て見ぬ振りが出来ないんだと感じたんだ、正直これから起こる事態は想像出来ないし、耐えられる自信も無い、でも聞きたい、きっと聞けば見える事、出来ることがあると思ったからだよ」


『なるほど、俺の回答としては面白いな、分かったそれでは話そう、あの時に何が起きたのか、そして何故このような事態になったのか、心して聞け、俺達の真実、そして闇を』

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