第5話

 学校への道すがら、いつものコンビニの前に着くとそこにはやはりいつも通り栞が俺を待っていた。栞も俺に気付き笑いかけるがその笑顔にはいつもの元気さは無かった、無理もない、昨日あんな事件を目撃してあの時は平気でいられただろうが2日続けて目撃しているのだ、平常心を保っている人間の方が異常というものだろう。


「おはよう、昨日はゆっくり休めた?」


 そう俺は栞に問いかけたが、栞はその質問に対し首を横に振った。


「流石に寝れなかったよ、仁君の方はどうだったんだい?」


 俺はこの状況でも気丈に振る舞おうとする栞に感嘆しながら答えた。


「僕はあの後、疲労がどっと来て倒れ込む様に寝ちゃってたよ、栞は、その、なんていうか、大丈夫?」


 俺はどうしても朝の出会ったときの元気のない笑顔が忘れられずつい尋ねていた。


「大丈夫って言うときっと嘘になっちゃうと思うけど、でも私が落ち込んでも亡くなった人達は帰ってこないからね、だから大丈夫だよ」


 いつもの喋り方は抜けてはいるが元気のなかった理由と、栞の気構えが分かりほっとした。


「じゃあ学校に行こうか、遅刻したら怒られるし、あの体育教師には言い訳は通じなさそうだからね」


 それを聞いた栞はいつもの笑顔で応えてくれた。


「それは、仁君、君の日頃の行いが悪いからでは無いのかね?あの先生も話せば分かってくれる人だと思うけどなぁ」


「なっ、そんな事ないと思うんだが、比較的、平均を貫いていると思ってたのにいつの間に目をつけられてたのだろう……」


 そう考え込む俺を見て栞が噴き出す。


「冗談だよ、あの先生は話通じない事は有名じゃないか、仁君よ、そんな簡単に騙されてたら将来、壺でも買わされるんじゃないかね?」


 予想外の栞の話にすっかり騙された俺は本当にこんな調子だと壺でも買いかねないと思ってしまった。しかし、栞がいつもの調子でこちらをおちょくって来た事に嬉しく思い、やり返す事に決めた。


「まぁ、栞姫の様に美しい女性に頼まれたら壺でも何でも買ってしまうかもしれない自覚はあるかなぁ」


 そう言うと栞はやはりいつも通り頬を赤らめ反論してきた。


「仁君よ、君と言うやつはそんな冗談を言っていると将来壺を買うんではなく壺を買わせる悪い大人になりそうで非常に私は心配だぞ」


 そう言ったやりとりをしている間に学校までの道のりはあっという間に終わり気付けば校門を潜っていた、やはりこの間の事件があったせいでいつもより先生達が巡回していて、こんなに沢山の先生を一度に見る事はなく非常に珍しい光景だなと思いながら玄関へと進んだ。


「そう言えば仁君よ、知っているかね?」


「ん?なにを?」


「私も友達から昨日聞いたのだが、どうやらこの間の事件もあって今日の授業は午前中だけみたいなのだよ」


「そうなのか、知らなかったな、午後からどうしようか、僕はこれといって予定はないけど栞は何か予定でもある?」


「いや、私も予定はないのだが、最近駅の近くに学校で噂になってる喫茶店があるらしいのだよ、なんでもオムライスとカフェメニューがとても美味だとか」


「それは、聞き捨てならない事を聞いてしまったね、じゃあ早速だけど今日の午後行ってみる?」


 内心、オムライスが美味い店と聞いて今日の昼食が完全に決まってしまったのだが念の為栞の意見も聞いてみる。


「もちろん、その為に話したのだよ、仁君よ、それに昨日は最後まで楽しめなかったからね」


「分かった、じゃあ行こうか、そうとなればこの午前中はそれをモチベーションに何とか乗り切らないとね」


「そうだな、仁君よ、くれぐれも先生に目をつけられて居残りなどすることがない様に頼むよ」


 そうして2人の午後の予定が決まった時には朝出会った頃の嫌な気分は、どこかに飛んでいった様な気がしていた。そうして教室に入った時にちょうどホームルーム開始5分前のチャイムがなったのだった。そして今日という日に、俺の日常が終わる事にまだ俺は気付いていなかった。

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