罪の女の句・歌を詠おう ①フアン


 いま(2022年10月現在)連載している詩歌集で、「フアンやマカレーナのイメージで詩や歌をつくったらどうなるか、見てみたい気がする」というお言葉をいただいて、それは面白そう! とつくったものです。ついでにそのシーンも物語にしてみました。……歌のレベルについては大目に見てやってくださいませ。

 4話連作で、最初の3話で詠むのは俳句。ただし季語なしです。カリブ海に四季はないですからね(すくなくとも日本と同じような四季は)。


 まずはフアンからどうぞ。



 * * *



 丘の上の墓地からは青い海が見わたせる。マカレーナが眠るのにこれ以外はないってぐらいの立地だ。

 比較的あたらしい、真っ白な墓標のまえには白髪の夫婦と、その孫らしい男の子が立っている。三人ともいかにも上等な服を身に纏っていて、男の子までが、小さいってのに三つ揃いのスーツのボタンをきちんと締めて、ネクタイを結んでいる。でもそんなかっこしてても男の子はやっぱり男の子で、さっきからまわりをひらひら飛んでるちょうちょが気になってしかたない。

 おばあさんの方はそんな孫の様子に微笑みを浮かべていたが、ふと、墓地に入ってきた男の姿に目を留めて、微笑みを硬くした。

 男はふたり。一方の男の両腕は花束でふさがっている。にもかかわらず、彼に手を出すことなど誰にも思いもよらないだろう。堂々とした、なにものも恐れない者のみが持つのだろう風格は、どこか獅子を思わせる。

 隣を歩くのは、漆黒のはだと鍛えぬかれた筋肉が目を引く大男だ。ボディガードなんざいらねえって云うのを無理にエリベルトが押しつけたのだ。ただでさえ人目を引く風貌なのに、おかげで目立ってしまって敵わない。

 緊張する老夫婦に、大男――ナボがにやっと笑いかける。

「やあ。今日はじつにいい墓参り日和だな」

 本人は親しみをこめて言ったつもりかもしれないが、その太い低音は、巨躯と相俟って老人たちを脅かすに十分だ。三人連れはそそくさと帰り支度をはじめる。ナボは不本意きわまりないって表情で肩をすくめた。

「フアンと出かけると、これだからな。おれまで乱暴者のように見られっちまう。やだねえ」

「けっ。他人ひとのせいにするんじゃねえや。てめえのそのバカでっけえ……」言いかけてフアンは止まった。空を見あげる。「いや、よそうぜ。今日は憎まれ口叩きにきたんじゃねえからよ」


 ひとりで来るつもりだったフアンは、そもそもボディガードがつくというだけで気に入らないのに、よりによってお喋りなナボが来るというのでおもいっきり顔をしかめたもんだ。邪魔にはならねえから、とナボは苦笑いして言った。

 実際のところは邪魔にならねえどころか、行きがけに娼館に立ち寄るはめになったし花屋ではさんざん花の選択に口出しした。マカレーナの愛した花を、ナボはちゃんと心得ているのだ。花にはまったく興味の持てないフアンは、憮然としてナボの指示に従った。


「まったく女ってやつは、死んでも面倒くせえぜ」

「憎まれ口は封印じゃなかったっけ」

「あいつにゃこのくらいがちょうどいいさ」

 花束を墓の上に投げて、フアンは海を見おろす。はるか彼方で、空が海に溶けている。マカレーナが死んでちょうど一年の海と空。



 あだ花の手向け受けとれ永遠とわの妻   ――フアン


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