第52話・旅川瞬一《たびかわしゅんいち》【瞬間移動】・02

 地球に帰る日まで三ヶ月を切ったその日、旅川瞬一と大図計介の凸凹コンビに、人間観察好きの少年・見代数馬を加えた三人は、屋敷の一室でボードゲームに興じていた。


「冬が終わる頃には、この世界ともサヨナラなのね」


 小太り坊主頭の瞬一が、窓の外で降りしきる雪を眺めて、少しだけ寂しそうに呟く。

 角刈りのっぽの計介はそれに頷きつつ、サイコロを振った。


「他の大陸も見てみたかった」

「流石に『瞬間移動』があっても、海を渡るのは無理でしょ」


 数馬はツッコミを入れつつ、自分の土地に止まった計介からお金を貰う。


「空中に移動して、落ちる前にまた空中に移動して……」

「失敗した瞬間にペチャンコね」


 死の危険を犯してまでは行きたくないと、瞬一は笑って首を横に振る。


「でも、この大陸の大都市は一通り見て回ったし、行くなら他の大陸しかないのよね」


 瞬一は不満そうに溜息を吐く。それは最近、趣味の食べ歩きが出来ていない事も原因だった。

 戦争の一件から、北東の赤原大王国や、南東の六緑連合王国は物騒な状態が続いており、危険すぎて行く事ができない。

 西側の比較的安全な国々にしても、大王国を退けた黒髪黒目のアース人という噂が広がりきってしまった事で、落ち着いて食事をする事もできない。

 そういった理由で、凸凹コンビは旅ができず、屋敷の中で暇潰しをしていたのだった。


「他の大陸ではどんな面白い料理があるのか、興味は凄くあったんだけどね……」

「ドラゴンステーキとか、食べたかった」


 残念そうに諦める瞬一に、計介が深く同意する。


「そういえば、この世界にドラゴンって居るの?」


 数馬も城門で人間観察をする傍ら、人々の話に聞き耳を立てたり、門番と世間話をしたりしてきたので、この世界の情報は良く知っている。

 だが、英輝達が樹海で倒した巨大な地虫はともかく、本物の竜を見たとか襲われたとかいう話は聞いた覚えがない。

 その疑問に、瞬一が難しい顔で答えた。


「昔は居たらしいのね。ただ、ウチらの先輩が暴れ回ったせいで、ドラゴン達はこの大陸を離れて別の所に行っちゃった、ってコルニクスさんが教えてくれたね」


 老執事から聞いた三百年前の逸話。それが事実だとすれば、別の大陸では今でも竜達が大空を飛び回っているのだろう。

 その光景を想像して、計介は眉間にシワを寄せた。


「……地獄?」

「翔太達ならともかく、俺達じゃ一瞬でエサだな」


 魔物の襲撃や人間同士の戦争が起きて、物騒極まりないと思っていたが、この異世界全体を見回せば、一番安全な場所に召喚されたのかもしれない。

 そんな事を思いつつ、数馬達は淡々とボードゲームを続ける。


「一応、確認しておくけど、瞬一達は地球に帰るんだよね?」

「『瞬間移動』は少し惜しいけど、地球の安全で美味しいご飯には変えられないね」

「いつか、外国も旅したいし」


 瞬一と計介は揃って頷いてから問い返す。


「そう言う数馬も帰るのね?」

「うん、帰るよ。帝国の人々は見飽きちゃったし」


 帝国の総人口は三十万人くらいと聞くが、首都である帝都の人口は五万人くらいしかいない。

 他の街や国から来る旅人を含めても、一年近くも観察を続けていれば、一通り見終えて飽きるのも仕方がなかった。


「俺も『状態把握』は少し惜しいけど、何でも見えてしまうと想像する余地が狭まって、逆に楽しみが減る感じもするから」


 それに、いつか見た暗殺者らしき中年男のように、知ってはいけないものまで見てしまって、命の危険を覚えるのは御免こうむりたい。

 数馬はそう告げながら、クラスメート達の顔を思い浮かべる。


「逆に、こっちに残るのって誰だっけ?」

「天園と剣崎?」

「女子はその二人だけだと思うね。男子は……五人?」


 瞬一は指を折って数え、それから少しだけ顔を曇らせる。


「竜司は死んじゃったし、夢人もどっか行っちゃったけどね……」

「そうだね……」


 いなくなった二人の事を思い出し、計介も寂しそうに目を伏せる。

 そんな重い空気を振り払うように、数馬はあえて陽気に告げた。


「じゃあ、帰るのは二十三人か。九人も行方不明になったとなると、警察とかが来て大騒ぎだろうなー」

「そうね……うん?」


 瞬一は頷きかけたが、ふと引っかかって首を傾げる。


「ちょっと待つね。今、屋敷に居る人数を数えてみたけど、残留組を除いたら二十二人しか居ないね」

「えっ……本当だ。一人足りないっ!?」


 慌てて数えてから、数馬は思わず叫んでしまう。


「誰だ? いつの間に誰が居なくなって……」

「……あっ」


 狼狽え考え込む三人の中で、計介が真っ先にその人物を思い出す。


「学級委員長、洗平愛那」

「「あっ、あぁぁ―――っ!」」


 ようやく思い出し、数馬と瞬一は揃って納得の声を上げた。


「そうだよ、洗平さんが居なくなってたんだ!」

「……戦争の時?」

「そうね、戦争を止めると言って出て行ったって、皇帝さんが言ってたね!」


 この一大事に何をしているんだと、呆れ果てた感情も思い出して、三人は微妙な表情を浮かべてしまう。


「英輝は『どうして止めなかったんですかっ!』とか騒いでたな……」

「でも、洗平さん自身がそう言い出したなら、止められるわけがないね」

「うん」


 真面目な三つ編み委員長の、穏やかだが逆らい難い不思議な声を思い出して、計介達は冷や汗を浮かべる。


「『洗脳』だっけ?」

「本人は『救世の声』とか言ってたけどね」

「どう考えても洗脳だよな……」


 数馬は苦い顔をしてしまう。異能を持った自分達には効果が薄かったが、力を持たない異世界人達にとって、愛那の声は絶対に抗えない魔力が宿っていた事も、皇帝から説明があったのだ。

 それほど強大な異能があるのなら、どこに行っても無事だろう。

 そして戦争が始まり、自分達の命すら無事に済むか分からない不安の中で、誰もが愛那の事を忘れてしまっていたのだった。


「どうする? 今からでも探しに行った方がいいのかな?」


 もうすぐ地球に帰るのだしと、数馬が提案するが、瞬一達は少し考えてから首を横に振った。


「どこに居るか分からないんじゃ、探しようがないね」

「うん」


 計介の異能で作られた地図は、人の顔すら見分けられるほどに拡大できるが、それで大陸中から一人の少女を探し出すのは流石に無理である。

 また、凸凹コンビは大陸の大半を回ったが、小さな村や森の中など、行っていない場所も多い。そこに居たら見つけようがない。


「まぁ、地球に帰る気があるなら、自分から戻って来るんじゃないのね?」

「そうだな」


 他に手はないかと、数馬も諦めてボードゲームに戻る。

 このように、彼らが薄情にも見える決断を下した原因は、大きく分けて二つある。

 一つは、愛那が親しい友人ではなく、ただのクラスメート、それも苦手な人物であった事。

 彼女は積極的にボランティア活動をするような善人だが、それを周囲にも押しつけてくるような所があり、成金お嬢様の金家成美とは別のベクトルで、あまり関わりたくないタイプだったのだ。


 もう一つは、愛那の異能『洗脳』が強力すぎた事。

 逃げ足なら最強の瞬一はともかく、戦闘能力が皆無な計介や数馬と比べると、愛那の異能は強すぎてとても死ぬ気がしない。

 第一、クラスで唯一の死亡者である竜司も、同じ異能者である夢人に襲われたのが原因なのだ。弱い自分達ならともかく、強い愛那が異世界人に後れを取るとは思えない。

 そう安心してボードゲームに勤しむ三人は、夢人がとっくに異世界人の手で葬られていた事を知らない。

 そして、探せば簡単に見つけられてしまうほど、愛那が大きな出来事をしでかしていた事も、最後まで知る由もなかった。

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