第48話・産形健造《うぶかたけんぞう》【物質操作】・02

 火野竜司の葬儀から三週間が経ち、少しずつ皆が落ち着きを取り戻してきた頃、フィギュアモデラーの産形健造は屋敷の側に建てられた小さな工房で、身の丈を越える岩の塊と向き合っていた。


「……よし」


 一時間ほどもの間、ただジッと石を眺め続けてから、健造はようやく動き出す。

 用意しておいた脚立を使い、上の方から岩に手をかざして、異能『物質操作』によって岩を削り取っていく。

 それは本来のノミやハンマーを使った彫刻とは、比べるのも馬鹿らしい速度であった。

 ただの岩が文字通りあっという間に、台の上でポーズを決めた男の彫像に変わっていく。


「こんなものかな?」


 健造は一度手を止めると、距離を取って大まかな形を確認する。

 そうしていると、工房の扉がノックの後に開かれて、皇帝アラケルが姿を現した。


「作業の邪魔をしてすまんな」

「い、いえ、少し休憩しようと思ってたので……」


 健造がそう答えると、皇帝は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ならば丁度良い。軽食を用意してきたので共に食べよう」


 皇帝がそう告げるのと同時に、後ろに控えていたメイド長・イリスが、バスケットを片手に工房の中に入ってきて、道具で散らかっていた机の上を素早く片付け、サンドイッチやポテトフライといった軽食を並べていった。


「うわー、美味しそうですね」

「其方は気付いておらぬようだが、もう昼過ぎだぞ?」

「えっ!? 本当だ……」


 皇帝に言われて時計を見て、健造は既に十四時を過ぎている事にようやく気がついた。


「其方の集中力は賞賛に値するが、時々不安になるな」

「すみません……」


 苦笑する皇帝に頭を下げつつ、健造はイリスが差し出してきた濡れタオルで手を拭い、サンドイッチに手を伸ばす。


「これからどんどん寒くなるし、人知れず体調を崩されても事だ。専属のメイドを付けてはどうだ?」

「い、いえ、それは……」


 ありがたい申し出だが、健造は首を横に振る。

 彼も年頃の男子だ。専属メイドという響きにロマンは感じるが、創作の最中もずっと誰かが側に控えているというのは、気が散って邪魔でしかない。

 かといって、部屋や工房の外でずっと待たせたりするのも申し訳ない。

 つっかえながらもそう説明すると、皇帝は喉を鳴らして笑った。


「これほどの才能を持ちながら、其方は本当に謙虚よな」

「そ、そんな事は……」


 恐縮する健造に構わず、皇帝は立ち上がって製作途中の石像を見上げる。


「まだ三割もできておらぬだろうに、これが勇ましい竜司の像だと一目で分かる。これを才能と呼ばず何と呼ぼう」

「は、はぁ……」


 健造は照れて頭を掻きながら、石像――竜司の像を改めて見つめる。

 救国の英雄たる火野竜司の活躍を忘れぬよう、帝都の中心に建てる彫像を作成して欲しい。

 皇帝からそう依頼を受けて作り始めたのが、この石像なのだった。


「1/1の造形は初めてなんで、あまり自信は無いんですけど……」

「普段作っている物を数倍にするだけであろう?」

「いや、そう簡単にもいかないですよ」


 皇帝の素直な意見に、健造は思わず苦笑してしまう。


「これだけスケールを上げると、やっぱりディテールを増やして情報量も上げないと見劣りしちゃうので」


 普段の1/8スケールでは素材強度の問題で不可能だった、手足や顔の小さなシワもないと、実物大の石像ではツルッとしすぎて不気味になってしまう。


「それに、俺はアニメキャラの立体化が専門だったので、生身の人間は上手く造形できるかどうか……」


 アニメのキャラにはむしろ不要なほうれい線や鼻の穴も、リアルな人間には無いと困る。

 そう諸々の不安を語る健造に対して、皇帝はまた喉を鳴らして笑った。


「ふふっ、其方は気付いておらぬようだが、先程からずっと楽しそうな顔をしているぞ?」

「えっ……」


 健造は驚きながら自分の頬に手を当てると、そこは確かに笑みの形を作っていた。

 彼はこの初めてで困難な実物大の彫刻を、思った以上に楽しんでいたらしい。


「同じ事ばかりを繰り返していると、どれほど好きな事でも飽きてしまうからな。時には違う事に挑戦するのも新鮮であろう」

「あぁ、そうですね」


 健造は納得して深く頷いた。彼は大好きなフィギュア製作に、ほんの少しだけ飽きていたのだろう。

 その理由はもう手放せなくなった商売道具こと、異能『物質操作』のせいに他ならない。

 普通なら完成までに何週間もかかるフィギュアを、健造は異能のお陰で一日や二日で仕上げられる。その速度が逆に災いした。


 この半年以上もの間に、健造は百体近くもフィギュアを生み出していた。それは下手をすると、普通のモデラーが一生をかけても作れるかどうかという数であった。

 学校や仕事もなく、日常の事は全てメイドがやってくれて、頼めばいくらでも材料が手に入り、ひたすら製作に没頭できるという、クリエイターにとっては夢のような環境も、ある意味で悪かったのだろう。


「そうか、飽きかけていたのか……」


 ある日、不意に熱が無くなって、フィギュアを作らなくなった自分を想像して、健造はゾッと青ざめてしまう。

 そんな彼を見て、皇帝は安堵したように微笑む。


「意図した訳ではなかったが、この度の依頼は其方の気晴らしにもなったようだな。これを機に、愛娘の胸像やら、女神の彫像やらといった、貴族達の依頼でも受けてみぬか?」

「そう、ですね……」


 異世界に召喚された直後ならば、にべもなく断ったであろう話に、健造は少し考えながらも頷き返す。

 自分が好きで作りたい物はまだまだ沢山ある。けれども、今まで通りの速度で作成を続ければ、遠からず枯渇してしまうだろう。

 それが怖い。だから、人からの注文を受けて、自分一人では決して手がけなかった物を作り、新たな技術を磨きながら、創作の範囲を広げていきたい。

 そう決めた健造を見て、皇帝は眩しそうに目を細める。


「羨ましいな、そこまで熱中できる趣味があるというのは」

「えっ? 皇帝さんは、その、趣味とかは……」


 思わず尋ねてしまったが、皇帝が職務ではなく、私人として時間を過ごしている姿が思い浮かばなかった。

 そして実際、健造の想像通りであったらしい。


「趣味か……振り返れば優れた皇帝となり、帝国を守る事ばかりを考えて、趣味を楽しむという事はなかったな」


 幼い頃も剣の稽古や乗馬、政治や礼儀作法の勉強などに追われて、遊ぶ時間があまりなかったらしい。


「強いて言えば、皇帝としての仕事が趣味か……改めて考えると、何やら虚しいものがあるな」

「あははっ……」


 珍しくアンニュイな表情を浮かべる皇帝に、健造は少し引きつった笑みを返す。

 趣味を仕事にしてしまった者の悲哀というのは、彼にとっても他人事ではなかった。


「常闇樹海の脅威が去り、赤原大王国も撃退した。不謹慎ではあるが、英雄たる竜司が亡くなった影響で、帝国内の好戦的な空気も冷えて、ようやく穏やかな日常が訪れようとしている」


 どうやら冬の寒さと共に、この世界も静寂を迎えたらしい。


「其方らの大半がアースへと帰る頃には、余にも暇が生まれるであろうし、今から趣味の一つも作っておいた方が良いであろうか?」

「そ、そうですね」


 皇帝の意外と切実そうな問いに、健造は曖昧に頷き返す。

 彼に勧められる趣味といったら、やはりフィギュア製作しかないのだが、皇帝をオタクの道に引きずり込んだりしたら、ずっと無言で佇んでいるメイド長あたりに刺されそうで怖い。

 健造はそんな事を考えつつ、サンドイッチの残りを食べると、手を拭いて立ち上がった。


「そ、それじゃあ、続きを始めるので……」

「あぁ、邪魔して悪かった」


 皇帝もそう言って立ち上がり、メイド長が机の上を素早く片付ける。


「ではな。何か必要な物があれば、遠慮なく言ってくれ」

「じゃ、じゃあ、誰か男のモデルを用意して貰えませんか? 骨格とか筋肉の付き方とか、基本的な所を勉強し直したいんで」

「分かった、用意させよう。女のモデルはよいのか?」

「そ、それはまだ……」

「ふふっ、まだか」


 ではそのうち用意しようと、皇帝は笑みを浮かべて工房から去って行った。


「……いや、リアルな人体の構造を勉強すれば、フィギュア製作にも役立つし」


 健造は言い訳めいた独り言を呟き、火照る頬を叩いて気持ちを切り替えると、再び竜司の石像に向き合うのだった。

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