第47話・検見崎政義《けんみざきまさよし》【罪悪暴露】・02

 英雄・火野竜司の国葬は盛大に行われた。

 豪華な棺に収められ、騎士達に担がれた竜司の遺体が、帝城から墓所まで運ばれる道には、大勢の人々が集まり嘆きの涙を流した。

 そうして、棺は墓所の中心にある、歴代の皇帝とその家族が眠る墓の直ぐ横に埋葬された。


「我らが偉大なる友、救国の英雄・火野竜司よ。其方の成し遂げた大いなる功績は、我らが流した涙の川に乗って、地の底にまで届き、冥府の神さえも――」


 神官長が朗々と冥福の言葉を読み上げる後ろで、皇帝や騎士団長達、そして二十九人となった一年A組のクラスメート達も揃って祈りを捧げた。


「一番強かったあいつが、一番最初に死んじまうなんて……」

「安らかに眠ってくれ」


 土岡耕平や金剛力也といった、共に戦った事のある面々は特に気落ちした様子で、竜司の死を悼んでいる。

 残りのクラスメート達も、強大な異能を持った自分達の中から、ついに死者が出てしまった事に衝撃を受けて、暗い顔で俯いていた。


「正直に言って、火野の事は嫌いだったけど、何もあんな酷い死に方をしなくたって……」

「どうして、宇畑君はあんな事を……」


 そう嘆くクラスメート達の中で、黒縁眼鏡の少年・検見崎政義だけは葬儀に集中できていなかった。


(誰も気がついていないのか?)


 皆の顔をそっと窺うが、死者への哀悼、唐突な死への恐怖、加害者への怒りといった、この場に相応しい表情ばかりで、政義のように疑念を抱いている様子はない。


(光武は……駄目か)


 一番可能性がありそうだった学級委員・光武英輝も、少し前にどこかへ旅をして帰ってきてから、何があったのかずっと思い詰めた顔をしており、他の事を考える余裕はなさそうだった。


(やっぱり、僕だけなのか)


 これまで何十人という犯罪者と相対し、その罪を暴いてきた政義だからこそ、気がついてしまったのだろう。


(火野を殺したのは宇畑じゃない。皇帝陛下だ)


 その恐るべき真実に、彼だけが辿り着いてしまった。


(宇畑が火野から異能を奪って焼き殺した。これは事実で間違いない)


 政義はその現場を目撃していないが、犯人の宇畑夢人自身がそれを認めていたのだ。そこを疑う必要はないだろう。


(問題はその後の対処だ)


 仲間である竜司を殺した夢人を、皇帝は追放した。それ自体は構わない。

 強力な『炎使い』を手に入れてしまった彼には、手錠や牢屋も意味がなく、拘束しておく事ができない。

 だからといって無罪放免にしては、怒りや恐怖によって誰かしらが暴走して、さらなる事件が起きた可能性が高い。

 故に、追放するしか手はなかった。そこまでは分かる。

 しかし、その結論があまりにも早すぎた。


(宇畑をどうするか、皆で話し合うべきじゃなかったか?)


 一年A組の面々が怒りで爆発する前にと焦っていた、と言われてしまえばそれまでだが、思慮深い皇帝にしては決断が性急すぎた気がする。

 予めこのような事件が起きるのを知っており、追放すると最初から決めていたように。


(それに、メイドの処罰と行動もおかしかった)


 竜司がメイド・ラケルタを抱こうとし、それを強姦だと思い込んだ夢人が、彼女を助けるために竜司を殺した。事件の概要だけを見ると、ラケルタには何の罪もない。

 だというのに、皇帝は彼女を追放した。竜司を守れず、夢人が罪を犯す原因を作ったと。


(理不尽すぎるが、中世くらいの文明という事と、アース人と使用人の立場の違いを考えれば、そこまで異常な処罰でもないのだろう)


 だが、政義の知る限り、皇帝アラケルはそのような理不尽を許す男ではない。


(そして、どうしてメイドを宇畑に付けたんだ?)


 長い間世話をしてきて、肉体関係まであった竜司を殺されたのに、その加害者の世話をしろなんて、罰にしてもおかしすぎる。

 何より、当のラケルタが抗議の表情すら見せず、大人しく従った事に違和感があった。


(火野を奪われた復讐に、宇畑を殺すならまだしも……)


 そこまで考えて、政義は気がついてしまった。夢人はまだ生きているのだろうかと。


(あいつの性格なら、逆恨みして僕達や陛下に復讐しようとするだろう)


 何十人と犯罪者を見てきたからこそ、政義は嫌でも分かってしまう。夢人は自分に非があると認めず、全て他者が悪いと決めつけるタイプだ。

 そんな奴が強大な『炎使い』を持ったまま追放されたのだ。復讐に走る可能性が高い。

 そして、政義が気がつく程度の危険性を、皇帝が見逃すはずもない。


(おそらく、宇畑はもう殺されている)


 毒でも盛るか、寝ている隙にナイフでも刺せば、異能者だろうといくらでも殺しようはある。

 そのために少し無理があっても、ラケルタをお供に付けたのだろう。


(推測だらけで決定的な物証は無い。それでも、この不信感を辿っていくと……)


 この事件は仕組まれたモノの匂いがする。そして、これだけの計画を立てられるのは、帝国の主たる皇帝の他にはありえない。


(悪い妄想に取り憑かれているだけじゃないか、という懸念はある。けれども――)


 政義の勘が告げているのだ。この事件の真犯人は皇帝アラケルに違いないと。

 そして、彼には勘だけでも証明できる異能『罪悪暴露』があるのだ。


(たとえ皇帝陛下であろうとも、犯罪を隠蔽するなんて許されない)


 一度相談に乗って貰って信頼していた相手だからこそ、罪を白状して償って欲しい。

 そんな思いに駆られて、葬儀のゴタゴタが落ち着いた一週間後に、政義は面会の約束を取り、皇帝の執務室へと向かった。


「政義よ、話とは何であろうか」

「…………」


 前と同じように、机に向かって書類を片付けていた皇帝に、政義は無言で歩み寄る。

 そして、手が届き、異能を発動できる距離まで詰め寄って、緊張した面持ちで言い放った。


「火野を殺すように仕組んだのは陛下ですね?」


 その問いに、皇帝は驚き戸惑う事も、呆れて白を切る事もしなかった。

 ただ真っ直ぐに政義の目を見つめ返しながら、ゆっくりと胸元のボタンを外して、真新しい火傷の痕を見せて答える。


「戦争を起こし、大勢の人間を殺させろ。拒否すれば貴様を殺して帝国を乗っ取るのもやむなし……竜司はそう言って余を脅した。故に始末した」

「――っ」


 正直に答えてくれた喜び、本当に犯人だった事への失望、予想以上に仕方なかったという納得。

 複雑な感情に呑まれて、政義は暫く言葉を失いながらも、力を振り絞って告げる。


「自首してください」


 法律さえ握る絶対君主に対して、自首しろというのも妙な話だが、政義の気持ちを現すにはその言葉しかなかった。


「皆の前で真実を明かし、罪を償ってください。それが――」

「断る」

「……えっ?」


 唖然とする政義に対して、皇帝は至極真面目な顔で繰り返す。


「断る。余はこの件を公表するつもりはない」

「そんな事、許されませんよ!」


 憤って思わず机を叩く政義に、皇帝は全く変わらぬ表情で問い返してくる。


「何故だ?」

「何故って、正義に反するからです」


 人殺しの罪を隠蔽する。それは悪であり正しい行いではない。当然の事だ。

 ただし、それは彼にとっての常識でしかない。


「政義よ、仮にこの件を公表した場合、どうなるかは考えたか?」

「えっ……」


 皇帝の急な問いに、政義は答えられない。真実を解き明かす事ばかり考えて、その先には頭が回っていなかったのだ。


「竜司が余を傷つけ、己のためだけに無益な戦争を起こそうとしたと知れば、帝国の民はアース人に失望し、そして恐怖に駆られる事だろう」


 今まで手が出せなかった常闇樹海と凶悪な魔物を焼き払い、帝国を救った英雄――つまり、自分達より遥かに強大な力を持った異世界人。

 その牙が己に向いたと知れば、人々はどれほど混乱し、どんな真似をし出すか。


「其方達まで殺せなどと言うほど、帝国の民は愚かではないと信じているが、混乱に乗じて他国の密偵が扇動などすれば、暴動の一つや二つは避けられぬであろうな」


 そうなれば、政義達を守ろうとする騎士団と暴徒の衝突が起きて、少なくない死傷者が出てしまうだろう。


「そこまでいかずとも、アース人への根深い不信感は残るであろう。こちらに残ってくれる者達のためにもそれは避けたい」


 天園神楽を筆頭に、何人かは地球に帰らずこの異世界に残る。

 そんな彼らが竜司と同じアース人というだけで恐れられ敬遠される。それはどちらにとっても害でしかない。


「よって、この件を公表するつもりはない」

「けれど、犯罪を隠蔽するなんて、やはり正義に――」

「言ったはずだ」


 政義の反論を遮り、皇帝はかつてと同じ言葉を繰り返す。


「余の正義の枠は白翼帝国だと。帝国の民に安寧をもたらす行いが正義、それを乱すものは悪なのだ」


 だから、帝国の平和を乱す悪=竜司を始末し、帝国の民に不安をもたらすだけならば真実とて隠蔽する。


「そんなの――」


 正義ではない、と政義は叫びたかった。けれども言えない。

 そんな押し黙る彼に対して、皇帝は容赦なく問いかける。


「この件を公表したとして、いったい誰が得をする?」

「くっ……」


 罪を暴き、真実を白日の下に曝したと、政義が満足感を得られる。それだけだ。

 あとは帝国につけいる隙が生まれたと、他国が喜ぶくらいだろう。


「それでも、人を殺しておいて、何の罪にも問われないなんて間違っている!」


 政義は再び机を叩きながら叫ぶ。警察官を目指す彼にとって、それだけは確かな正義のはずだから。

 けれども、それを耳にした皇帝は、不思議そうに首を傾げた。


「政義の世界では、自分が殺されそうになった時、相手を殺し返したら罪となるのか?」

「いえ、それは正当防衛として許されますが……」


 思わぬ所を突かれて政義は狼狽える。

 竜司は皇帝の胸に火傷を負わせ、戦争を起こせなんて脅迫したのだ。

 地球でも王族にそんな真似をしたら、普通に射殺されるだろうし、それを批判する民衆もまずいないだろう。

 そう考えると、皇帝が竜司を始末した件は、そもそも罪とは呼べないのかもしれない。


「け、けれども、宇畑はどうなんですか? あいつも殺したんでしょう?」


 政義が苦し紛れに問い詰めると、皇帝はまたも隠さず頷いた。


「本来であれば竜司に夢人を攻撃させ、追放後に竜司を始末するという段取りであった。実際には逆になってしまったが」

「どちらであろうと、無実の宇畑を殺した事には変わりありません」


 竜司は殺されても当然の罪を犯していた。だが夢人はどうか。何の罪も犯してはいない。

 そう突破口を見つけた政義に対して、皇帝は驚いて首を傾げる。


「無実? 夢人は竜司を殺したであろう?」

「それは、貴方がそう追い詰めたからでしょう!」

「媚薬を嗅がせた、とは聞いている。だが、竜司を背後から襲い、異能を奪って殺したのは、間違いなく夢人の意志だ。余もメイドも関与しておらん」


 先に説明したように、夢人の方が竜司を殺したのは完全に計画外だったのだ。追い詰めるも何もない。

 そう告げてから、皇帝は残念そうに溜息を吐く。


「夢人の異能が『他者の異能を奪う』というものだと分かっていれば、竜司を殺さずとも済んだのだがな……」


 異能さえ失えば竜司もただの高校生にすぎない。地球に帰すまでの残り数ヶ月の間、軟禁する程度で穏便にすんだのだろう。

 だがそもそも、夢人は『強奪』の事を誰にも明かしていなかったのだ。彼に頼んで竜司を無力化するという方法を、皇帝が思いつく事は残念ながら不可能だった。


「夢人は己の異能を隠し、我が帝国に協力する意志がなく、青海王国のアンジェ姫に無礼を働いた事や、他者に攻撃的で不穏な独り言を頻繁に呟いていた事から、仮に殺されても構わない生け贄として選んだ。この件に関しては罪を認めよう」


 一番の不穏分子であったから、竜司を追放するためのエサとして利用するはずだった。

 だが実際にはご覧の通り、エサの方が大魚を焼き殺してしまった。


「夢人は仲間である竜司を殺した。それも正当な理由ではなく、おそらく私怨や私欲によって。これは許される事なのか?」

「……いいえ」

「さらに、メイドからの報告によると、帝都を追放された夢人は、料助の前でアンジェ姫を犯すとか、余や其方ら男達を皆殺しにし、女達は全て性奴隷にするとか、下劣な事を企んでいたそうだ。これも許される事なのか?」

「……いいえ」

「正直に言って、夢人がここまで危険な人物だとは思っていなかった。余の与り知らぬ所で暴走し、多大な被害が出る前に始末できた事を、むしろ幸運とさえ思っている」

「…………」


 冷酷に断言する皇帝に対して、政義はもはや言い返す事もできなかった。


(陛下は火野と宇畑を殺し、その真実を隠蔽した)


 どちらも殺されて当然の非があった。少なくとも白翼帝国にとって、二人は許されざる悪だった。

 そして、真実を公表したところで誰も得をしないから、英雄が狂った仲間に討たれてしまったという悲劇で皆を騙した。


(理由は分かる。仕方なかったとも思う。けれど、それでも許せないと思うのは、僕の身勝手なのだろうか……?)


 頭を抱えて激しく苦悩する政義に、皇帝は静かに問いかける。


「政義よ、其方はどこに立って正義を行う?」

「――っ!?」


 かつてと同じその問いに、政義はまたも答えられずに言葉を詰まらせながら、唐突に理解する。

 子供の頃から「嘘を吐いてはいけない」「人を傷つけてはいけない」と教え込まれてきた正しさ。それに反しているから、政義は皇帝を許せなかったのだ。

 けれども、地球の日本で教え込まれた『正義』で、異世界の人間を裁く権利など、いったい誰にあるというのか。

 それとも「殺人や嘘はどんな世界、どんな人間だろうと許されない!」とでも言うのか? それが絶対不変な『人の正義』とでも宣言するのか?


(そんな傲慢が正義であってたまるかっ!)


 神のように全ての人間を見下し裁く位置になんて、政義は立てない。立ちたくなんてない。

 では、どこに立つのかと問われれば、答える事ができない。

 そんな自分の立ち位置すら決まっていない者が、ただ異能を持っているというだけで、確固たる正義を持った皇帝に対して、偉そうに何を言えるというのか。


「……すみません」

「其方が謝る必要などあるまい。どのような詭弁を弄したところで、人殺しの罪人は余の方なのだから」


 ただ謝る事しかできなくなった政義に、皇帝はそう言って苦笑を浮かべる。


「英輝もそうだが、其方も真面目が過ぎるな。こういう時は『うるさい黙れ』と殴り倒すくらい、感情で生きるのも若者の特権だぞ?」

「いや、それは……」


 まだ二十代であろう若者の皇帝から、年寄りのような事を言われて、政義の方まで苦笑してしまう。

 それを見て、皇帝は嬉しそうに微笑んでから、真面目な表情に戻って告げる。


「真相を公表するかどうかは、其方の好きにするといい。ただ、迷いのある者に裁かれてやるほど、余は甘くないぞ」

「……はい」


 完敗だ、そう悟って政義は背を向ける。

 今でも皇帝を許せないという気持ちは残っている。けれども、己の行動が何を引き起こすかろくに考えもせず、立ち位置すらも曖昧な自分に、人を裁く権利なんてない。


(見つめ直そう、もう一度最初から)


 自分の求める正しさとは何か。どうして自分は警察官になりたかったのか。

 そう思い、俯いていた顔を上げて、政義は執務室を後にするのだった。





 政義が去ったのを見届けて、壁際に控えていたメイド長・イリスは、皇帝に紅茶を煎れながら問いかける。


「よろしかったのですか?」


 口封じに始末しなくて、という問いに、皇帝は首を横に振る。


「構わぬ。ここで政義まで消せば、それこそアース人達の不審を買う」


 竜司に続いて不審な死亡者が、それも『罪悪暴露』を持つ政義が死ねば、誰かしらは皇帝の仕業と気がつき反旗を翻すかもしれない。それでは意味がないのだ。


「また、仮に真相を公表されても、丸め込める自信はある」


 先程、政義にそうしたように、仕方のない事情があったと丁寧に説明すれば、アース人達の大半は皇帝に味方してくれるだろう。

 ただ、民衆がアース人への恐怖を抱いたりと、得になる事は何も無いから、秘密にしておく方が良いというだけの話だ。


「それとな、ここが余の分岐点だと思うのだ」

「分岐点ですか?」


 首を傾げるイリスに頷き返し、皇帝は壁際の本棚に並べられた、異世界の歴史書に目を向ける。


「今の世では暴君や独裁者と呼ばれ、民衆から忌避されているアースの指導者達も、最初から憎まれていたわけではない」


 むしろ国を良くしようという志を買われて、民衆から高く支持されていた。そうでなければ世襲制の君主とは違い、選挙で指導者に選ばれるはずもない。


「だが、彼らはどこかで道を誤ってしまった」


 国を良くするための政策を考え実行した。なのに国は良くならない。

 誰かが邪魔をしているのだろうか? 敵国のスパイや寝返った売国奴を見つけて始末した。けれども国は良くならない。

 まだ誰かが邪魔をしている。政策に異を唱える敵政党やそのシンパを捕らえた。なのに国は良くならず、不満の声ばかりが増していく。

 どうして皆、国を愛する私の邪魔ばかりするのだっ! ついには味方や無関係な市民まで捕らえて、見せしめに処刑を始めて……。


「国を良くしようという正義感が故に、彼らは暴走してしまったのだろう」


 いっそ、私腹を肥やす事しか興味のない悪党であった方が、大惨事になる事は避けられたのかもしれない。


「『地獄への道は善意によって舗装されている』とは、まさにそれよな」

「陛下も今、その分岐点に立たされていると?」


 ようやく話の流れを理解したイリスに、皇帝は深く頷き返す。


「余は既に救国の英雄たる竜司を殺し、大罪人とは言えぬ夢人を巻き込み殺した。これに加えて、本当に何の罪も無く、罪人の検挙に貢献してくれた政義まで手にかければ、地獄への道を歩み出してしまうだろう」


 それこそを皇帝は恐れている。生まれながらの独裁者であり、多大な権力を持ち、そしてアース人という強大すぎる戦力を得た彼が道を間違えれば、どれほどの被害が出てしまうのか。


「もしも、余が道を踏み外したら、その時は其方が殺してくれるか?」


 不意に弱気な顔となり、見上げてくる皇帝に対して、イリスは軽く溜息を吐き、幼い頃のように彼の頭を叩いた。


「甘えないでください。陛下には死んで逃げる権利なんてありませんよ」

「手厳しいな、イリスは」


 懐かしい痛みに皇帝は微笑を浮かべ、紅茶を飲み干して気持ちを切り替えると、書類の処理に戻るのだった。

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