第39話・天園神楽《あまぞのかぐら》【ネット通販】・03

 凱旋パレードから三日後、帝城の大ホールにて戦勝の宴が開催された。

 国中の貴族達が美しいドレスで着飾り集まった会場に、黄金の輝きを放つ美青年・皇帝アラケルが現れて、若々しくも威厳に溢れた声で語りかける。


「皆、この場に集まってくれた事に礼を言う。そして、余をこの場に立たせるため、冥府へと旅立った偉大な戦士達に、まずは祈りを捧げて貰いたい」


 胸に手を当てて目蓋を閉じる皇帝に習って、貴族達も黙祷を捧げる。

 先の戦争ではアース人達の活躍によって被害がほとんどなく、また大怪我も治療されたのだが、それでも十数名の帝国兵が亡くなっていたのだ。

 己の次男や三男を喪った貴族の夫婦が涙を浮かべ、先程まで騒がしかった大ホールが、厳粛な静寂に包まれる。

 そうして死者達への弔いを終えると、皇帝は明るい表情に戻って口を開いた。


「この度、我らが白翼帝国は、非道な赤原大王国の侵略を受けたが、これを見事に打ち倒して平和を勝ち取った。最早、我が帝国に剣を向けようなどという愚か者は、二度と現れないであろうっ!」

「「「おぉっ!」」」


 貴族達は拍手を打ち鳴らして皇帝の言葉に同意する。

 実際、大陸最強の大王国軍に勝ったという実績は大きい。

 敵の撤退が鮮やかだっただけとか、全軍で攻め込まれていれば危うかったとか、細かい事情などは他国、特に民衆には伝わらない。

 大王国に勝った白翼帝国こそが最強、という噂は火よりも早く広まって、帝国の平和を長く守り続けるだろう。

 そう確信し、皇帝は満面の笑みで叫ぶ。


「この勝利は其方らの尽力があってこそである。それに深く感謝した上で、敢えて言わせて貰おう。大王国を打ち倒し、帝国を救った英雄は彼らであるとっ!」


 皇帝の大仰な身振りに合わせて奥の扉が開かれ、そこから慣れぬ豪華な衣装に困惑や照れを浮かべた、黒髪の少年少女達が現れる。


「三百年の時を経て、白翼帝国に光をもたらした救国の英雄・アース人に栄光あれっ!」

「「「アース人に栄光あれっ!」」」


 皇帝に続いて貴族達も声を張り上げて、万雷の拍手でアース人達を出迎える。

 そうして、皇帝が挨拶を終えると、貴族達はこぞってアース人達に群がった。


「耕平様、ご無事で何よりでしたわ。あとでたっぷりお話を聞かせてくださいね」

「修蔵様のお陰で物資の輸送がとても快適に進みました。補給隊を代表して、改めてお礼をさせて貰えませんか?」

「志保様がいなければ、私の息子は命を落としていたと聞きました。本当に何とお礼を言えば良いのやら……」


 純粋な感謝を告げる者から、これを気にアース人と友好を深め、利益を得ようという者達まで、大勢の貴族が群がってくる。

 そうして、クラスメート達が揉みくちゃにされる様を、白いドレスを着たオタク少女・天園神楽は、ホールの端にある料理が並べられた飲食コーナーに半分隠れて、そっと窺っていた。


(いいな……)


 先の戦争において、神楽は参戦を表明したものの、実際には何もしなかったため、あの中には加わる事ができなかった。

 普段から皆の生活を支えているのだから、そんな事は気にしなくていいと、皇帝は誘ってくれたのだが、彼女は自ら辞退した。

 帝国の危機に何もできなかった――いや、何もしなかった罪悪感から目を背ける事は、どうしても無理だったのだ。


(私が大量の銃を買っていたら、もっと味方が傷つかずに済んだのかな……)


 まだ火薬すらろくに使われていないこの世界において、異能なみに戦場を変える強力すぎる兵器・銃。

 神楽の異能『ネット通販』ならば、それを帝国軍に与える事ができた。

 これが普通のネット通販ならば、そう簡単に銃や弾薬を購入する事はできない。銃の所持や火薬の譲渡には許可証が必要だからだ。

 また、国や銃の種類によっては、買っても直接家に送られる事はなく、まずは最寄りの店舗に届けられて、そこへ取りに行って各種チェックを受けるなど、面倒な手続きが必要になる。

 さらに何百丁もの銃や、何百kgもの弾薬など、それこそ戦争を始めるほどの武器を購入すれば、間違いなく警察に察知されてあえなくご用となるだろう。


 だが、神楽の『ネット通販』はそのような問題をものともしない。それがネット上で売買されており、必要な金額さえ支払えば、必ず手元にそれが届く。

 元より、次元を超えて異世界と物質をやり取りするという、無茶苦茶すぎる異能なのだ。免許だの法律だのに縛られる力ではない。

 だから、神楽は帝国に銃を与える事ができる。なのにしなかったのは、とても当たり前な恐怖からだった。


(私のせいで人が死ぬなんて、やっぱり嫌だ……)


 彼女が購入した銃によって、何百何千という敵兵が撃ち殺される。

 そして何より、この異世界に銃という存在が広まり、未来において何万何億という人々が殺されるのだろう。

 その罪はあまりにも重すぎる。恋に目が眩んだ少女ですら足が竦んでしまうほどに。

 ただそのせいで、滅びの危機にあった帝国のために何もしなかったという、別の罪に苛まれてしまったのだが。


「アラケル様に嫌われちゃったかな……」

「どうなさいました?」

「ひえっ!?」


 つい暗い声で呟いた瞬間、背後から声をかけられて、神楽は悲鳴を上げながら振り返る。

 そして、そこに立っていた人物の顔を見て、彫像のように固まってしまった。


「イ、イリスさん……」

「お顔の色が優れませんが、どこか具合が悪いのですか?」

「だ、大丈夫です、健康ですっ!」


 彼女を心配し、ホールの外に案内しようと手を差し伸べてきた皇帝専属のメイド長・イリスに、神楽は慌てて首を横に振る。

 まさか「貴方が苦手なだけです」とは口が裂けても言えない。


(な、何でイリスさんが私にっ!?)


 神楽はイリスと話した事がほとんどない。できる限り避けていたからだ。それでも確信している事がある。

 彼女は皇帝アラケルと愛し合っている、恋人同士だという事を。

 身分の違いがあるからか、本人達は広言していないし、人前ではおくびにも出さない。

 だが、絶世の美男子皇帝に、これまた絶世の美女メイドがついていて、男女の関係がないと思う者はいないだろう。

 実際、一年A組の面々はそう噂しているし、他のメイド達に尋ねてみれば、「私の口からは言えませんが、お察し下さい」とでも言いたそうな笑みが返ってくる。


(こんなに美人でスタイルも良い人なんだもん、当然だよね……)


 きっと頭も良くて仕事も上手にこなしているのだろう。異能がなければ何の取り柄もない、根暗なオタク少女とはまるで違う。

 だから、そんなイリスを前にすると、嫉妬や劣等感といった黒い感情が湧いてきて、自分の事が余計に嫌いになってしまうから苦手なのだ。

 そんな風に、暗い表情で俯いてしまった神楽をどう思ったのか、イリスはグラスに白ワインを注いで差し出してきた。


「青海王国より取り寄せた逸品です。如何ですか?」

「……頂きます」


 神楽は僅かに考え込んでから、グラスを受け取って一気に飲み干す。


(『酒でも飲まねえとやってらんねぇっ!』って、漫画の酔っ払いみたいな気持ちになる日がくるとは思わなかったな)


 早くもアルコールが回ってきたのか、体が温かくてフワフワとした感覚のお陰で、胸の内が少しだけ軽くなる。

 そして、酒の勢いで、という事を言い訳にして、神楽は誰にも言えなかった思いを吐き出した。


「アラケル様って、私の事なんか愛してないですよね」


 皇帝を前にして浮かれている時は忘れてしまうが、ふと一人きりになって冷静になった時、どうしても気がついてしまう現実。

 それを皇帝から愛されている、妬ましくて羨ましいイリスが相手だからこそ、神楽は初めて打ち明けた。


「私の異能が便利だから優しくしてくれるだけで、女としては興味なんかないでしょ? そんな事、言われなくても分かってるんですよ! けど、こんな持てないオタクがあんなイケメンに優しくされたら、惚れちゃうのは当たり前じゃないですかっ!?」


 酷い絡み酒だなと自覚しながらも、神楽は動き続ける口を止められない。


「あんな逞しい腕で抱きしめられたり、声優みたいな美声で囁かれて、打算でもお姫様みたいに優しく扱われたら、私じゃなくても濡れますよ、ビショビショですよ! もう便利な道具扱いでいいから好きにしてって完オチですよ!」


 異世界人には意味不明かつ、地球人からしても気持ち悪い台詞を叫んでから、神楽は不意に黙り込み、顔を切なそうに歪めて呟く。


「……私なんかが、こんなに人を好きになるなんて思わなかった」


 最初は二次元のキャラに対するのと同じく、絶対に届かないからと安堵したうえで、恋して浮かれる事その物を楽しんでいる、そんな感情でしかなかったはずのに。

 皇帝が戦場に向かい、彼が死ぬかもしれないという可能性に、夜も眠れないほど不安になって、ようやく気がついてしまった。自分は本当に彼の事が好きなのだと。

 だからこそ、皇帝の役に立てず、嫌われてしまう事がこんなにも怖い。


「恋愛脳のスイーツバカ女にだけは、絶対になりたくなかったのに……」


 モテないひがみもあったがそれ以上に、漫画やゲームといったオタク趣味が楽しくて、「リアルの男なんていらねー」と本気で思っていたはずなのに。

 もう頭の中がグチャグチャで、何を言っているのか、何を言いたいのかも分からなくなって、神楽はいつの間にか涙で濡れていた顔を両手で覆い、その場に蹲ってしまう。

 そんな彼女の姿がホールにいる貴族達に気付かれないように、イリスは自分の体で隠しながら、そっとハンカチを差し出して呟いた。


「羨ましいです」

「……えっ?」


 神楽はハンカチを受け取りながら、驚いて顔を上げる。

 羨ましいのは自分の方で、美人で優秀で皇帝にも愛されているメイド長が、異能以外に取り柄のないオタク少女を羨む理由など何もない。

 けれども、今の呟きには嘘が感じられなかったのだ。


「羨ましいって、どういう事ですか?」


 神楽は思わず尋ね返すが、イリスはそれに答えず、厳しいメイド長の表情で口を開いた。


「神楽様、人から愛されるために必要なものは何かご存じですか?」

「えっ……顔が良いとか、性格が良いとか?」


 戸惑いつつも答えた神楽に対して、イリスはゆっくりと首を横に振る。


「間違いではありませんが少しズレております。本当に必要なものは自信です」

「自信?」

「はい、自分が愛されているという自信です」

「え~……」


 何だその傲慢な答えはと、神楽は思わず顔をしかめてしまう。

 だが、イリスは変わらぬ真剣な表情で淡々と説明した。


「どれだけ相手に愛されていても、自分が愛されていると思わぬ限り、その愛が真実になる事はありません」


 実際、皇帝が神楽に「愛している」と言っても、彼女は「どうせ異能を利用するためだから」と思って信じないだろう。


「愛とは与える側ではなく、受け取る側こそが試されるものなのです」


 真実か偽物か、それを決めるのは結局の所、自分以外にはいない。


「神楽様は陛下に愛されている自信がないのですね。何故ですか?」

「いやだって、私は美人じゃないし、頭だって良くないし……」

「ならば、美人で頭も良い、愛される人物になれば良いのです」


 暗く俯く神楽の顔を、イリスは両手で掴んで上を向かせる。


「顔の造形を弄るのは難しいですが、幸いな事に神楽様のお顔は悪くありません。だというのに、肌のお手入れや眉毛の処理もぞんざいで、お化粧も全く行っていないとは、美しくなる気がないのですか?」

「うぐっ……」


 痛い所を抉られて、神楽はつい目を逸らしてしまう。


「髪も艶がなくボサボサで……美は天からの授かり物ではありますが、己で磨く事もできるのですよ? 努力もせずに愛されぬと嘆くなど、失礼ながら思い上がりがすぎるのでは?」

「ごめんなさい」


 神楽はもう反論の言葉もなく、平身低頭する他になかった。

 そんな彼女に対して、イリスは溜息を吐きながらも立ち上がらせる。


「あと、頭の良さとて鍛える事はできるのです。必死で勉学に励めば、天才には及ばずとも秀才にはなれます」

「いや、それは分かっているんですけど……」


 理解はしている。だからこそ、学校教育が大切だという理屈も分かる。

 だが、疲れるし詰まらないから、単純に勉強がしたくない。

 そう情けない表情を浮かべる神楽に、イリスはまた溜息を吐きつつも、ホールの片隅でメイド達とイチャついていた少年・頭師智教を掌で指した。


「私達や陛下への日本語教育も一段落し、今は智教様の手が空いております。あの方に教えを請うてください」

「なるほど」


 その手があったかと、神楽はポンと手を叩く。

 異能『偉大な教師』を持つ智教に教えて貰った事は、たった一回で頭に刻み込まれる。

 恐るべき早さで学習できるため、本来は勉強が嫌いな神楽でも、楽しく学んで頭を鍛えられるだろう。


「あと、陛下のお相手を務めるのでしたら、貴族相手の礼儀作法といった、こちらの世界の教養も学習なさってください。面倒でしょうが、それは必ずや神楽様を支える自信となります」

「……はい」


 そんなに多くの事を覚えきれるのかと、神楽は不安に苛まれつつも大人しく頷き返す。

 何故なら、ようやく気がついたのだ。今、イリスが口にした事は全て、彼女自身が積み上げてきた事なのだと。

 常に身だしなみを整え、華美な化粧は控えながらも、美容は決して手を抜かず、忙しい仕事の合間をぬって書を読み、知識の更新も怠らない。

 全ては皇帝アラケル――愛する人のために。


(凄い努力をしてきたんだ)


 それが自信となってイリスを支えている。だから、皇帝からの愛を疑う事なく信じられる。


(やっぱり、妬ましい)


 そんなにも誰かを一途に愛してこれた事が、眩しいくらいに羨ましい。

 だから、一歩を踏み出してみよう。イリスのようになれる自信はないけれど、初めて好きになった人に愛されたいから。

 皇帝がほんの少しでも自分を愛してくれた時、それを疑いたくはないから。


「お願いします、私を鍛えてくださいっ!」

「お任せください」


 覚悟を決め、勢い良く頭を下げる神楽に、イリスは満面の笑みで頷き返す。

 そして、給仕のため壁際に控えていたメイド達の中から、一人を呼び寄せた。


「ラーナ、いらっしゃい」

「はい、何でございましょうか」

「貴方はこれから神楽様の専属となり、髪や肌の手入れから礼儀作法まで、皇帝陛下に相応しい淑女となれるよう、あらゆる手助けを行いなさい」

「畏まりました」


 ――てっきり、恋敵の暗殺を命じられるのかと思いました。


 ラーナはそんな本音を呑み込んでから、神楽に向かって頭を下げる。


「神楽様、これからよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、お願いします」


 あまり話した事のなかった相手が、これから昼夜を問わず側に仕える事となり、神楽は緊張しつつも挨拶を返す。

 イリスはそれを満足そうに眺めてから、神楽の腹に目を向けた。


「とりあえずは、もう少し小さいドレスを着られるように頑張りましょうか」

「うぐっ……」


 菓子を食べながら漫画を読みふける、自堕落な異世界生活で肥えた腹を押さえる神楽に対して、イリスは容赦なく話を進める。


「体重計と言いましたか? 体の重さを計る道具が、屋敷の浴場に設置されていましたね」

「はい、クラスの女子に頼まれて買ったのが……」

「あれの目安で三つ分の贅肉を、一ヶ月で落としましょうか」

「はぁっ!?」


 一ヶ月で三kgの減量。無理とは言わないがかなり大変だろう。

 驚愕し、早くも怖じ気づく神楽に対して、イリスはニッコリと優雅に笑いかける。


「もしも失敗した場合は、罰としてラーナの指を斬り落とします」

「「……えっ?」」


 神楽とラーナ、二人の声が思わず重なる。

 そんな新たな主従に、イリスは変わらぬ笑顔で告げた。


「冗談ですよ。頑張ってくださいね」


 それだけ言い残すと、用事は済んだとばかりに皇帝の元へと去って行く。

 取り残された神楽とラーナは、どちらともなく見つめ合い、そしてガッシリと指を絡め合った。


「絶対に、絶対に痩せますからっ!」

「本気でお願いしますっ!」


 メイド長への恐怖という、固い絆で結ばれた新たな主従は、当初の目的を半分忘れながらも、ひとまず打倒贅肉を誓うのであった。

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