第32話・戦争の合間

 帝国軍が東の国境沿いで布陣を始めた頃、無口でクールな少女・氷堂涼乃ひょうどうすずのは帝都にある屋敷の食堂で、呑気にかき氷を作っていた。


「…………」


 器に水を注いで手をかざしただけで、緩かった水が一瞬で硬い氷となり、そして次の瞬間には細かく砕けて、白くてフワフワのかき氷になる。

 氷を生み出し、そして自在に操る彼女の異能『氷使い』ならば、この程度は造作もなかった。


「うん」


 凉乃は無表情のまま、だが満足そうに頷き、用意しておいたブルーハワイのシロップをかけて、ゆっくりとかき氷を口に運び始める。

 そんな彼女の背後から、突然誰かが抱きついてきた。


「イイもん食べてるね凉乃っち、アタシにも一口ちょ~だい?」

「はい」


 アーンと口を開けてきた遊び人・鳥羽遊子に、凉乃は変わらぬ無表情でかき氷を差し出す。


「ん~、美味しい。でもハワイがブルーってイミフじゃね~?」

「……そうかも」


 言われてみれば確かにと、凉乃は改めてシロップのラベルを眺めつつ、遊子の口にかき氷を運び続ける。

 そんな事をやっていると、遊子の友人である上運天詩織じょううんてんしおりが呆れ顔で現れた。


「ちょっと遊子、凉乃の邪魔するのは止めなさいよ」

「え~、別に邪魔じゃないよね~凉乃っち?」

「邪魔」

「ガ~ンッ!」

「ほら見なさい」


 ショックを受けたふりをする遊子を引きはがしてから、詩織は凉乃の横に座る。


「しかし、凉乃は本当にマイペースね。この空気の中でかき氷を食えるとか尊敬するわ」


 詩織は苦笑しながら食堂の中を見回す。

 そこにいる数名のクラスメート達は、揃って暗い顔で俯いていた。


「みんなノリ悪いよね~」

「戦争の真っ最中なんだから仕方ないでしょうが」


 つまらないと溜息を吐く遊子に向かって、詩織は呆れた溜息を吐き返す。


「武美とか強い連中が行ってくれたから、きっと大丈夫だとは思うけどさ……」


 仮に帝国軍が敗北すれば、自分達は大王国軍に捕らえられて、一生便利な駒として使われるか、危険な存在として殺されるかもしれないのだ。こんな状況で不安になるなという方が無理である。

 そう顔を曇らせる詩織に対して、凉乃は新たにかき氷を作って差し出した。


「食べる?」

「……できればイチゴが良かったかな」


 マイペースすぎる凉乃を見ていると、真面目に怯えている自分が馬鹿らしくなり、詩織は苦笑を浮かべてかき氷を受け取った。

 それを見た遊子が、急に目を光らせて立ち上がる。


「イイ事考えた~っ!」

「気のせいだから座りなさい」


 詩織の容赦ないツッコミは無視して、遊子は食堂から駆けだしていく。

 そして、大量の器とスプーン、あと水差しを抱えて戻って来た。


「凉乃っち、これでかき氷作って~」

「了解」

「ちょっと、何するつもり?」


 嫌な予感がして尋ねる詩織に対して、遊子は何も答えずに、出来たてのかき氷を手にしてまた駆け出す。

 そして、暗く俯いているクラスメート達の一人、オタク少女・天園神楽の前に差し出した。


「へい神楽っち、出前一丁っ!」

「遊子っ!?」


 何やってんだこいつと、詩織のツッコミが響くなか、俯いていた神楽はゆっくりと顔を上げる。

 そして、目の下に隈ができた疲れた顔に、ぎこちない笑みを浮かべながら、差し出されたかき氷を受け取った。


「ありがとう、鳥羽さん」

「う、うん……」


 陰キャの自分とは全く正反対の陽キャだからと、普段は警戒心全開の態度しか見せない神楽から素直な礼を言われて、遊子は思わず声を詰まらせる。

 そして、深刻な表情を浮かべて、詩織達の所に戻って来た。


「ヤバいよ、神楽っちのメンタル、マジヤバい事になってるよ……」

「だから座ってろって言ったでしょ」


 励まそうとした優しさは立派だが、今は余計なお世話になるからと、詩織は溜息を吐きながら叱る。


「大好きな皇帝さんが戦場に行ってるんだもの、そりゃ心配で眠れないだろうしさ、仕方ないとはいえ、置いていかれたのもショックなんでしょ」


 神楽の『ネット通販』は物資の補充で役立つとはいえ、直接の戦闘能力はない。

 だから、安全な帝都で待っていて欲しいと、皇帝から言われて従ったのだが、それでも好きな人の側にいられず、何の役にも立てない事が悲しいのだろう。


「神楽っち、恋してるね~」

「だから、黙って見守りなさい」


 何故か得意そうな顔をする遊子の頭に、詩織は軽くチョップをくらわせる。

 その横で、凉乃は新たなかき氷を作り出し、遊子の手に渡した。


「はい」

「任せて~っ!」

「まさかのお代わりっ!?」


 詩織のツッコミを再び無視して、遊子は次なるクラスメートに向かって走り出す。

 そうして、口の前で手を組み、何やらブツブツと呟いていた小柄な少年・宇畑夢人の前にかき氷を差し出した。


「へい夢人っち、ジス・イズ・アイスシャーベット~ッ!」

何故ホワイ英語イングリッシュッ!?」


 しかもまた面倒な奴の所に行くのだと、詩織の悲鳴が上がる。

 そして実際、面倒な事になってしまった。


「な、何だよ、馬鹿にしてんのかっ!?」

「へっ?」

「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。引き立て役の分際で生意気なんだよっ!」


 思わぬ反応に驚き、固まる遊子を余所に、夢人はよく分からない事をわめき散らしながら、逃げるように去ってしまう。

 そうして、微妙な沈黙に支配された食堂の中で、凉乃は変わらぬ無表情のまま三杯目のかき氷を作り出し、遊子に向かって差し出した。


「はい」

「天丼は二回までっ!」


 もう本当に止めろと半分キレて、詩織は凉乃の手からかき氷の器や材料を奪い取る。

 そんな二人の元に、夢人に拒絶されたかき氷を食べながら、遊子が呑気に帰ってきた。


「夢人っち、あんなに怒ってどうしたんだろね~? 生理~?」

「あんたは無敵か」


 その脳天気さを半分分けて欲しいと、詩織は頭を抱えつつ説明する。


「宇畑はほら、元から『俺はお前らとは違う』って態度で、あんまり感じが良くなかった上に、他国のお姫様に無理やり詰め寄ったとか何とかで、周りから色々と言われていたでしょ? それでナーバスになってるのよきっと」


 青海王国の姫・アンジェとの一件は、静かな夜だというのに夢人が大声で騒いでいた事もあって、屋敷にいた一年A組の多くが目撃していた。

 彼らが止めに入った味岡料助から詳細を聞き出し、周りにも話した事で、夢人の醜態は皆に知られていたのだった。


「そのお姫様がアニメだかゲームだかのキャラそっくりの美人で、舞い上がったって気持ちは分かるけどさ、クラスメートに異能を向けるとか引くわ……」


 詩織は空気が重くならないように笑って言うが、その口元は引きつっていた。

 彼女達に与えられた異能は本当に強大すぎる。人など容易く殺せて、戦争に決戦兵器として送り込まれるほどに。

 例えば呑気にかき氷を作っている凉乃も、本気を出せば物体の温度を絶対零度にまで凍てつかせて、粉々に砕く事ができる。

 そんな恐ろしい力を、夢人は仲間であるクラスメートに向けたのだ。

 料助に気圧されて逃げた事から考えて、きっと本気ではなかったのだろう。本人が隠しているので不明だが、遊子のように殺傷能力のない異能だった可能性もある。

 それでも、仲間に刃を向けた事には変わりない。あの粗暴な不良・火野竜司でさえ、クラスメートに異能を放った事はまだないというのに。


「とにかくさ、宇畑の奴に関わるのは止めときなよ」


 イジメのようで少し気が退けるが、そう本気で忠告する詩織に対して、遊子は唇を尖らせる。


「え~、詩織っち冷た~い」

「超クール」

「あんたらは……」


 凉乃からも無表情で批判(?)を受けて、詩織はまた頭を抱える。

 戦争の真っ最中だというのに、普段と全く変わらないこの二人のお陰で、自分の心がとても救われている事は、悔しいので胸の奥にしまっておきながら。

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