第31話・箱井修蔵《はこいしゅうぞう》【収納空間】

 箱井修蔵は片付けられない人間である。とにかく物を捨てるという事ができない。

 小学校時代の教科書なんかは可愛いもので、もう読まない古い週刊誌や使う当てのない文房具さえも、「もったいないから」と言って処分する事ができないのだ。

 これが普通の家庭であれば、「部屋が汚いし狭くなるでしょ!」と母親に怒られて、強制的にゴミ捨て場へ直行となっただろう。

 だが、幸か不幸か修蔵の家はとても広く、明治時代に建てられたといわれる大きな蔵まであり、物の置き場に困っていなかった。

 そして、父親はジッポライター、母親は西洋人形のコレクターだったので、息子を一方的に責める事が躊躇われたらしく、修蔵の悪癖は高校一年生になった今も続いていた。

 そんな彼だから、異世界に召喚されて授かった異能が『収納空間』――異次元にいくらでも物を放り込んでおける、所謂アイテムボックスだったのも当然の結果といえよう。


「俺らしい能力だけど、何だかな……」


 召喚されて自らの異能を把握したその日、修蔵は納得しながらも落胆して肩を落とした。


「アイテムボックスなんて、オマケみたいな能力だろうに」


 彼も異世界転生や転移物の漫画や小説を、紙の本で少しは読んでいる。

 その中だと、主人公に与えられるのは凄い戦闘能力や生産能力が本命で、アイテムボックスは便利な付属品という扱いにすぎなかった。


「こんな能力じゃ、どう頑張っても物語の主人公みたく、異世界で大活躍なんて無理だろうな」


 だから、地球に帰れる一年後まで大人しくしていようと、修蔵は心に決めたのである。

 彼に間違いがあったとすれば、物欲が満たされないという理由から、ネット上の漫画や小説には手を付けていなかった事だろう。

 それらにも目を通していれば、オマケと断じたアイテムボックスの秘める、恐るべき可能性に気がつけたのかもしれない。

 ともあれ、修蔵本人は早々に活躍を諦めて、異世界の珍しい石や草花の収集に没頭していたので、彼の素質に気がついたのは異世界人の方が先であった。





「どうしてこうなった……」


 良く晴れたその日、修蔵は馬車に揺られて森の中を進みながら、青い空を見上げてつい現実逃避をしていた。

 彼の前には、美しい白色の鎧をまとった皇帝アラケルが、厳つい板金鎧をまとった騎士団長アークレイ達を引き連れて、悠々と馬を歩かせている。

 そして、修蔵達が乗った馬車の後ろでは、武装した数千もの帝国兵が隊列を組み、黙々と進軍していた。

 黒鉄王国を滅ぼし、そして白翼帝国にも攻め込んでくるに違いない、赤原大王国を迎え撃つため、国中の兵を集めて国境沿いへと向かう行軍。

 その先頭を進む馬車の中に、修蔵は他のクラスメート達と共にいたのであった。


「本当にどうしてこうなった……」

「そんなに嫌なら断れば良かっただろ」


 修蔵のぼやきを耳にして、隣に座っていた地味な男子・土岡耕平が呆れた顔をする。


「別に強制されたわけじゃないだろ? 実際、委員長とか来てないし」

「そうだけど、断れる雰囲気じゃなかったし……」


 あの場にいなかった耕平には分かるまいと、修蔵は少し恨みがましい目をする。

 皇帝が協力を求め、遊び人の鳥羽遊子を皮切りに、皆が続々と手を挙げたあの時、一人だけ反対などしようものなら、周りから白い目で見られたに違いない。

 実際、最後まで頑なに反対した学級委員長・光武英輝などは、参戦した面々から少し距離を置かれるようになってしまった。


(帝国の人達が殺されて、自分達は地球に帰れなくなるかもしれないのに、何もしないなんて言ったらな……)


 無力な一介の学生ならばそれも仕方ないが、今の自分達には異能という強大な力があるのだ。

 人を救えるのに見捨て、自分達の安全すら他人任せとあっては、どれほど崇高な理念を掲げたところで、薄情な怠け者でしかない。

 そんな圧力を感じ取ったから、修蔵も躊躇いながら挙手したのだ。


(でも、俺なんかが戦場に連れて行かれる事はないと、そう思ってたのにな……)


 修蔵はただ物を仕舞えるだけで、戦争では何の役にも立たない。

 だから、協力を申し出たところで、安全な帝城に居残りを命じられるだろうと、内心では高を括っていたのだが……。


「どうしてこうなったのやら……」


 三度目の愚痴をこぼす修蔵に、隣の耕平はもう呆れ果ててツッコむ事すらしなかった。

 そうして、鬱々とした彼を乗せていた馬車は、森を抜けて草原に出た所で止まった。


「ここで一旦、休憩を取る!」


 前を進んでいた騎士団長アークレイが振り返り、後ろに並ぶ五千の兵士達に向かって大声で叫ぶ。

 それから、厳めしい顔に穏やかな笑みを浮かべて、修蔵のもとにやって来た。


「では修蔵殿、お手数だが兵達に配給をして頂けるか?」

「あっ、はい!」


 散々愚痴っていた修蔵だが、厳つい騎士団長に逆らう気概などあるはずもなく、慌てて馬車から飛び降りる。


「修蔵様、こちらへ」


 世話係として付いて来ていた、いつものメイド達に手招きされて、修蔵はズラリと列を成す五千人の前へと向かう。


「えーと、この一人一人に配っていくの?」

「いえ、修蔵様はこちらが頼んだ物を出してくださるだけで結構です。あとの事は私達にお任せください」


 人の数にげんなりとしていた修蔵に向かって、メイド達は優しく微笑み返す。


「なんだ、よかった」

「ではまず、水の入った樽を三十個お願いします」

「はいはい」


 修蔵は頷き返し、掌を前へと向けて目を閉じる。

 そして、彼にしか感じ取れない広大な異空間の中から、帝都で仕舞い込んできた大量の樽を見つけ出した。


「あったあった、これね」


 冷蔵庫を開けてジュースを取り出す。修蔵の感覚としてはそれくらい容易いものであった。

 だが現実としては、虚空に空いた穴の中から、二百リットルの水が入った樽が三十個、計六トンあまりもの物質が、一瞬で出現したのだった。


「流石は修蔵様、お見事でございます」

「えっ、そうかな?」


 メイド達から褒められて、修蔵は戸惑いつつも満更でもない笑みを浮かべる。


「では次に、堅パンの入った木箱を二十個と、あとは――」

「はいはい、任せて」


 修蔵はさっきまで愚痴っていた事などすっかり忘れて、メイド達に頼まれるまま、異空間に仕舞っておいた食料品を次々と取り出していくのだった。





 五千人分もの補給物資をあっさりと取り出し、メイド達に労われている修蔵を見て、騎士団長アークレイは改めて驚き感心していた。


(武美達で慣れたと思っていたが、やはりアース人の力はとんでもないな)


 物を異空間に仕舞っておけるだけの異能と、修蔵本人は卑下しているが、それは見ての通り戦争を一変させるとんでもない力であった。

 兵の練度、敵の情報、戦場の地形や作戦等々、戦争で勝つために大切な事は無数にあるが、最も重要なのは補給――食料や装備の調達に他ならない。

 腹が減っては戦が出来ないのは、どこの世界であろうとも変わらないのだ。

 膨大な数の兵士を食わせて、万全の状態で戦に向かわせる。その当たり前な事に、名だたる名将達がどれだけ悩まされてきた事か。


(五千人が二十日食えるだけの水と食料を、修蔵殿には運んで貰ったわけだが、これを馬車や人力で運ぼうものなら……)


 アークレイは本来ならかかる手間を想像して冷や汗を浮かべる。

 この戦を予期していた皇帝の采配により、日頃から十分に食料の備蓄をしていたので、物が不足するという最大の懸念はなかった。

 だが、戦場となる国境沿いまで運ぶ手間だけは、どうあっても無くせない。

 何十台もの馬車を用意して、それを何日間も走らせて、国境沿いから近くの街や帝都まで何度も何度も往復させる。

 そのためには当然、馬のために干し草や水も大量にいるし、赤原大王国の工作兵や山賊を警戒し、護衛の兵を割く必要もあった。

 間違いなく攻めてくる、だが何時かは分からぬ大王国軍を待つ間、その運送計画を練って実行し続けなければならないのだ。

 補給担当の隊長などは、大王国に「今すぐ攻めてきてくれ!」と泣きつきかねないほど謀殺されていた事だろう。

 そんな諸々の手間を、修蔵はたった一人で解消してしまったのだ。


(兵士一人一人の持つ食料や装備も少なくできたお陰で、疲労を減らし行軍速度を上げる事もできた。これがどれほど素晴らしい事か、本人は分かっていないようだが)


 自分も食事を取りながら、足元に転がっていた珍しい形の石を拾って、異空間に仕舞っている修蔵を見て、アークレイはつい苦笑を浮かべてしまう。


(本人にもう少しやる気があれば、恐ろしい攻城兵器とも化すのだがな)


 修蔵の『収納空間』は城のように巨大な物でなければ、何でも入れる事ができる。

 そう、生き物すら収納しておけるのだ。

 戦争が始まる以前から、皇帝の命を受けたメイド達が探りを入れて判明していた事実だ。

 修蔵が異空間に仕舞った物は、時間が経っても腐る事がない。どうやら異空間の中は時が止まっているらしい。

 そして、試しに鶏を仕舞って貰ったのだが、数時間後に出した鶏は、何事もなかったように元気よく鳴き声を上げていた。

 まだ人間では試していないが、問題なく出し入れが可能であろう。

 つまり、強固な城壁で守られた街の中に、突如として大軍を呼び出し、中から崩壊させる事すら可能なのだ。


(瞬一殿の『瞬間移動』と合わせれば、もはや落とせぬ城はないだろう)


 それどころか、敵軍の背後に突如として伏兵を出現させたり、本来は何十日とかかる道や険しくて通れない山なども、一瞬で飛び越えて兵を配置する事ができる。

 もはや既存の戦術など何の役にも立たない、軍事の革命、いや大破壊を起こす事が可能なのだ。


(本人にやる気がないのは、むしろ幸運だったのかもな)


 普通の王ならばその力に魅了されて欲をかき、他国への侵略を繰り返して、ついには破滅を迎えたに違いない。

 騎士団長という役職に反して、領土の拡大には興味のないアークレイですら、こうして有効な力の使い方を夢想し、つい闘争心を燻られてしまうのだ。

 修蔵が己の潜在能力に気がつきもせず、石ころや草花の収集で満足しているのは、帝国にとってもこの世界にとっても、きっと幸運な事だったのだろう。

 アークレイはそんな事を考えながら、そろそろ行軍を再開するため、休憩終了の号令を響かせるのだった。

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