第22話・金剛力也《こんごうりきや》【鋼の肉体】・02

 深く暗い坑道の中で、カンテラの明かりだけを頼りに、黄金の輝きを求めて懸命にツルハシを振るう男達。

 その中に交じって、巨漢の高校生・金剛力也は素手で岩肌を掘り進んでいた。


「ふっ、ふん!」


 鉄のツルハシをもってしても硬い岩盤を、金剛石のごとく硬化した手刀で、まるで豆腐のようにくりぬいていく。

 その現実離れした光景に、まわりの鉱夫達も思わず見取れてしまうのだった。


「流石は七英雄のお一人だ、とんでもねえなぁ」

「ちょっとは手加減してくださいよ。でないと俺達の取り分がなくなっちまう」


 冗談を言って笑う鉱夫達に、力也は無言で微笑み返しながらも岩盤を掘り続ける。

 彼がこうして鉱山で働く事になったのは、つい五日ほど前の事であった。


「俺にも何かできる仕事はないだろうか?」


 常闇樹海での一件以降、特に仕事もなく暇を持て余していた力也は、皇帝アラケルに自らそう申し出た。


「俺の力なんて、破壊する事しかできないが……」


 フィギュア製作で皆の生活費を稼いでいる産形健造や、毎日美味しい料理を作ってくれる味岡料助などとは違って、彼の異能は日常生活だと何の役にも立たない。

 そう恥じらいつつも、英雄と称えてくれる帝国の人々に応えたいと、身を乗り出した力也に、皇帝は眩しそうに微笑みながら答えた。


「では、ここから北の町・ルペスにある金山で働くというのはどうだろうか?」

「鉱夫として金を掘ればいいのか?」

「そうだ。救国の英雄たる其方には、本来であれば金山その物を譲渡するくらいが筋なのだが……」

「いや、鉱夫でいい」


 申し訳なさそうな顔をする皇帝に向かって、力也は首を横に振る。

 彼は学もないただの高校生なのだ。金山など貰っても管理や経営などできない。

 それなら、唯一の取り柄である頑丈な肉体を使って、一人の労働者として皆の役に立ちたかった。

 こうして、彼は金山で働く事になったのだった。


「力也さん、そろそろ昼飯にしましょう」


 放っておくと何時までも一心不乱に掘り続ける力也に、鉱夫達が笑って声をかける。

 それを耳にして、彼がようやく手を止めたその時だった。


「大変だ、金喰いメタルイーターが出たぞ!」

「何だってっ!?」


 入り口の方から叫び声が響いてきて、それを耳にした鉱夫達が、血相を変えて駆け出していく。

 力也も何事かと彼らの後を追い、薄暗い坑道から青空の下に飛び出すと、そこには鈍い銀色の光を放つ、牛よりも大きなクワガタ状の生物がたたずんでいた。


「あれは生き物、なのか?」


 まるで機械のような金属質の外見に、思わず困惑する力也を余所に、巨大昆虫・メタルイーターは鉱夫達が苦労して切り出してきた未選別の鉱石を、その巨大な顎でガリガリと砕いて食べ始める。


「畜生、俺達の金を横取りするんじゃねえ!」


 鉱夫達が怒って遠くからツルハシを投げつけるが、甲高い音を立てて銀色の外皮に弾かれるだけで、メタルイーターは平然と鉱石を齧り続ける。

 文字通り、金属を食ってその身に変える摩訶不思議な魔物らしい。


(金を食べたら金色になるのだろうか?)


 力也はついそんな疑問を浮かべながらも、素早く全身を赤黒く硬化させて、メタルイーターに向かって突進した。


「おぉぉぉ―――っ!」

「ギィィィッ!?」


 人間など触れれば折れる肉袋としか思っていなかったのだろう。

 向かってくる力也の姿に、メタルイーターは驚きながらも巨大な顎で挟み切ろうとしてくる。

 板金鎧を着た騎士さえ真っ二つにする鋼鉄のハサミ――だが、金剛石と化した異世界人を断つには、硬度も力も足りなかった。

 力也は迫る顎を両手で受け止めたかと思うと、そのまま背負い投げの要領でメタルイーターを地面に叩きつけた。


「せいやっ!」

「ギュィッ!」


 地面がえぐれるほどの凄まじい衝撃に、さしもの金属外皮もひしゃげて、メタルイーターの口から悲鳴が上げる。

 だが、常闇樹海での戦闘経験を経て、魔物の強靭さを理解していた力也は、そこで攻め手を緩める事なく、無防備な巨大クワガタの頭に向かって、瓦割りのごとく正拳を振り下ろした。


「ぬえぃっ!」


 金属の砕ける甲高い轟音と、肉の潰れる鈍い音が鳴り響き、青い血飛沫が舞う。

 そうして、暫くの間六本の足を痙攣させた後で、金属を食らう鉱山の天敵は、二度と動かなくなったのだった。


「……うぉーっ、やったぜ!」

「流石は七英雄一の怪力、力也さんだっ!」


 自分達ではまるで歯の立たない凶悪な魔物が、瞬きの間に殴殺された光景に、鉱夫達は暫し呆気に取られてから、一斉に歓声を上げる。

 そうして、皆から感謝の笑顔を向けられた力也は、全身の硬化を解きながら、頬を赤らめて微笑むのだった。





 その日の夕方、金山の事務所に招かれた力也は、恰幅の良い鉱山長・ゲンマーに深々と頭を下げられていた。


「力也さん、今日は本当にありがとうございました」

「よしてくれ、俺はそんなに大した事は……」

「いやいや、放って置いたら金山を食い尽くされるか、何十人もの死傷者が出る、凶悪な魔物を退治して貰ったんだ。いくら感謝しても足りませんよ」


 謙遜する力也に対して、鉱山長はそう言って金貨の詰まった袋を差し出す。


「これは僅かながらお礼です。こいつで美味い酒を飲むなり、イイ女を抱くなりしてください」

「…………」


 荒くれ者な鉱夫達のまとめ役らしい、下品だが陽気な笑みを浮かべる鉱山長に対して、力也は返答に困って黙り込む。

 彼は酒を飲まない。こちらの世界では成人扱いでも、地球では未成年だからなんて、光武英輝のように真面目な理由ではない。単純に酔っ払って自制心を無くすのが怖いのだ。

 また、火野竜司のように女を買う事もない。妹を強姦しようとした義父の姿が脳裏にちらついて、嫌悪感以上に恐怖が――義父と同じような醜い欲望が、自分の中にも眠っているのではないかという恐れが、どうしても拭えないからだ。

 そんな複雑な心情から、顔を曇らせる力也を見て、鉱山長は不意に砕けた口調で話しかけてきた。


「なぁ、力也さん。こいつは年寄りのお節介ってやつだが、息抜きの仕方も覚えた方がいいぞ?」

「えっ?」

「鉱夫の連中がいくらあんたを誘っても、酒も飲まないし娼館にも行かないって聞いて、ちょっと心配してたんだよ」

「…………」


 そんな風に周囲を心配させていたのかと、また黙り込んでしまう力也の肩を、鉱山長は軽く叩く。


「飯を食わないと動けなくなるのと一緒でさ、心ってのも放って置くと悪くなっちまう。だからみんな、美味い酒を飲んだりイイ女を抱いたり、楽しい事で心の渇きを癒やして、さあ明日も頑張ろうってやってんのさ」

「…………」

「だから力也さんも、遠慮なくこいつで好きな事をしてくれ」

「……あぁ」


 金貨の袋を握らせてきた鉱山長に、力也はぎこちない笑顔で頷き返す。

 そうして、事務所を出て夕日に染まる鉱山街を歩きながら、彼の心は深く沈み込んでいた。


(好きな事……)


 常闇樹海での報酬もあって、今の力也は大抵の事を叶えられるだけの大金を持っている。

 だというのに、彼にはそれを使ってしたい事が何一つなかったのだ。


(俺の好きな事って、何だ?)


 地球での生活を振り返っても、思い出せない、思いつかない。

 義父の事件以来、彼の生活は全て灰色に染まっていたから。

 事情が事情であったため、力也が少年院に送られるような事こそなかったものの、義理とはいえ親を半殺しにしたという噂が広まるのは、どうしたって止めようがなかった。

 彼を恐れて学校の友達は離れていき、柔道部は辞めさせられ、大人達は表向き同情して見せながらも隠れて陰口を叩く。

 そして何より、最愛の家族だった妹も、母親さえも彼と目を合わせなくなってしまった。

 そんな誰もいない孤独の中で、いったい何を楽しめたというのだろうか。


(俺には、何も無い)


 好きな事も、将来の夢も何も無い。

 妹を怯えさせたくないから、高校を卒業したら就職して、実家を離れる事だけは決めていたが、やりたい仕事などなかった。

 仮に就きたい職業があっても、学が無く、義父の一件が影を落とす彼を、快く迎えてくれる職場など見つからなかっただろう。


(俺は、こんなにも空っぽだったのか……?)


 今さらながらその事に気がついて、力也は愕然としてしまう。

 そうして、暗澹とした気持ちのまま、彼は宿舎として与えられた一軒家に帰り着いた。


「お帰りなさいませ、力也様」


 玄関扉を開けると、帝国から世話係として付いて来たメイド・イーラが、彼の帰宅を予知したように待っていた。


「お食事になさいますか? それともお風呂になさいますか?」

「……食事で」


 まるで新婚のようなやり取りに、普段であれば赤面する力也だが、今日はそんな気力もなく、項垂れたまま居間へと向かう。

 そんな彼の様子に気がついていながらも、メイドは余計な事は口にせず、台所へと向かうのだった。


「お待たせいたしました」

「……いただきます」


 言葉に反して大して待つ事もなく運ばれてきた料理を、力也は黙々と口にする。

 戦闘もあって疲れていた彼の体は、落ち込んだ内心とは裏腹に、麦粥を三杯、ソーセージを十本も平らげた。

 そうして腹が満ちた事で、少しは気持ちが晴れたのを見計らったかのように、メイドが静かに尋ねてきた。


「力也様、お悩みのご様子ですが、何かございましたか?」

「あっ、いや……」


 共に過ごすようになってまだ日が浅いメイドに、胸の内を曝す事がはばかられて、だが気遣いを無下にするのも申し訳なくて、力也は戸惑い目を泳がせる。

 そして、懐に仕舞っていた金貨の袋を思い出して、それを取り出してテーブルに乗せた。


「今日、魔物を倒した報酬に貰ったのだが、使い道が思いつかなくて……」

「左様でございましたか」


 全くの嘘でもない力也の言葉を、メイドは特に追及せず考え始める。


「力也様は酒も女も嗜まれないご様子。絵画や彫刻などの芸術にご興味は?」

「いや、ない」

「踊りや歌、演劇などの方面は?」

「そっちも特に……」

「芸術品でなくとも、何かを蒐集するのはどうでしょう。力也様には不要でしょうが、武具を集めている貴族の方は多いですし、古今東西の硬貨を集める何ていうのも楽しいかと」

「悪いが……」


 どれも心が揺さぶられず、力也は申し訳なく思いつつも首を横に振る。

 それに気を悪くした様子もなく、メイドはさらに提案した。


「でしたら、孤児院などに寄付をなされては如何ですか?」

「寄付?」

「貧しい者に分け与えるのは、富める者の義務とも言えます。それを人気取りや偽善と誹る者もいますが、実際に救われる者がいるならば、それは胸を張って善と言えましょう」

「…………」

「また、寄付は先行投資でもあります。特に孤児院の子供達は、いずれ大人となって国を支える労働者となるのですから、純粋に利益の点から見ても――」


 興が乗ったのか、長々と説明を始めたメイドの声も、力也の耳には届いていなかった。


(寄付か……)


 少し気恥ずかしさはあるが、趣味も夢もない自分が腐らせるよりは、遥かに正しい金の使い方だろう。

 そう考えて、力也は心が軽くなるのを感じながら、金貨の袋を再び懐に仕舞うのだった。





 メタルイーターの一件から二日後、金山が休みのその日、力也はメイドに案内されて、布を被せた篭を手に街の外れへと向かった。


「ここか」


 石造りの大きな家と、その広い庭で遊ぶ子供達の姿を目にして、力也はそこが目的地の孤児院だと悟る。

 だが、その手前で足が止まってしまった。


「…………」

「さあ、参りましょう」


 子供達に怖がられるのではないかと怯える力也の背中を、メイドは優しくも容赦なく押してくる。

 それに負けて、孤児院の庭に踏み入った彼に、遊んでいた子供達の視線が集中した。


「――っ、誰?」


 見知らぬ大柄な男が現れて、子供達の顔が警戒心で曇る。

 それに力也が傷つくよりも早く、一人の男の子が叫んだ。


「あっ! 力也様だ。力也様でしょ!?」

「えっ?」


 どうして初めて出会った男の子が、自分の名前を知っているのか。

 そう戸惑う力也の前で、子供達は一斉に顔を輝かせた。


「とっても大きくて、髪も目も黒くて……本当だ、力也様だよ!」

「七英雄が会いに来てくれたんだっ!」


 帝国では珍しい日本人の容姿も、英雄の一人がこの街に来ていた事も、力也本人が思っている以上に広まっていたのだ。

 そうとも知らず戸惑う彼の元に、子供達は勢い良く駆け寄ってくる。


「うわー、本物の力也様だ!」

「すげー、足なんて丸太みてー」


 筋骨隆々とした力也の体を、子供達は憧憬の眼差しで見上げたり、大喜びで遠慮なく触ってくる。

 地球にいた頃を含めても、こんなに慕われた経験は初めてで、彼が戸惑い狼狽えていると、孤児院の扉が開いて大声が響いてきた。


「こらぁーっ! 院長先生が留守だからって、何を騒いでいるの!」


 孤児院の職員ではなく、皆のまとめ役をしている年長の孤児なのだろう。

 現れた濃い茶髪の少女を目にして、力也は驚愕のあまり固まってしまった。


「真奈美……」


 助けようとしたのに怖がらせてしまい、もう笑顔も思い出せないくらい心が離れてしまった彼の妹と、顔立ちがとても良く似ていたのだ。

 そんな呆然とする力也を余所に、子供達は大声で少女を呼んだ。


「ティア姉ちゃん、七英雄の力也様が来てくれたよ!」

「えっ、本当なのっ!?」


 ティアと呼ばれた少女は驚きながらも、すぐに力也の容姿から本人だと気がついて、慌てて駆け寄ってくる。


「えーと、本日は当孤児院にお越し下さり、誠にありがとうございます。それで、あの、誠に申し訳ないのですが、今は院長先生が席を外しておりまして……」


 救国の英雄を前にして緊張しながらも、必死に挨拶をする少女。

 その様子は妹と全く違い、力也は霧が晴れたように正気を取り戻して、思わず微笑を浮かべた。


「硬くならなくていい。気楽にしてくれ」

「そう言われましても……」


 ティアからしてみれば、力也は殿上人も同然なのだ。緊張するなという方が無理である。

 そうして小さくなる彼女を不憫に思ったのか、今まで黙っていたメイドが口を開いた。


「力也様、冷める前にそちらを差し上げた方がよろしいかと」


 そう言って、彼が手に抱えていた篭を指さす。

 その中には「金貨だけというのも無粋ですから」というメイドの助言を受けて、来る途中で買っておいた焼き菓子が収まっていた。


「あぁ、良かったらこれを……」


 力也は屈んで子供達と視線を合わせながら、篭に被せていた布を取り、ワッフルに似た焼き立ての香ばしい菓子を見せる。

 既に匂いで察していたらしい子供達は、大喜びでそれに手を伸ばした。


「ありがとう、力也様!」

「美味しいーっ!」

「こら、はしたないわよ貴方達!」


 力也へのお礼もそこそこに、がっついて菓子を食べる子供達を、ティアが年長らしく叱りつける。

 そんな彼女にも、力也は菓子を差し出した。


「食べてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 ティアはまだ緊張した様子ながらも、はにかんだ笑みを浮かべて菓子を受け取る。


「…………」


 実の妹によく似た少女が、自分に笑顔を向けてくれる。

 それに喜びを感じてしまった事自体に、力也は罪悪感を抱いて黙り込む。

 そんな彼の内心を知ってか知らずか、メイドがまた話を進めた。


「力也様、私が子供達の相手をしておきますので、まずは来訪の目的を済まされては?」

「あ、あぁ」


 金貨の袋を仕舞った懐に目を向けられて、力也は慌てて頷き返す。


「その、寄付がしたいのだが」

「ありがとうございます。ひとまず中へどうぞ」


 子供達の前で金の話をするのは遠慮したかったのか、ティアはそう言って孤児院の中に力也を招き入れた。


「すみません、先程も言いましたが、責任者の院長先生は留守にしていて……」


 客間に案内されて、硬い木の椅子に腰掛けた力也の前に、ティアは水を差し出しながら深く頭を下げる。


「気にしないでくれ。それで、これを受け取って欲しい」


 そう言って、懐から出した袋を机の上に置く。

 ゴトリと重い音が鳴り響き、中を見ずとも相当の大金と悟ったティアは、驚愕しながらもまた深々と頭を下げた。


「ありがとうございます! これで皆にお腹いっぱい食べさせてあげられます」

「そうか」


 ならば良かったと無骨な笑みを浮かべる力也を見て、ティアは何故か頬を染めた後で、決心した様子で語り出した。


「力也様、本当にありがとうございます。ご寄付の事だけじゃなくて、この街に、この国に来てくださって」

「えっ?」


 急に何の話だと戸惑う力也の前で、ティアは僅かに顔を曇らせる。


「私の両親は魔物に襲われて亡くなりました。私と同じ境遇の子が他にも何人もいます」


 現代日本でも熊などによる獣害が時々起こるが、その比ではないくらい、この世界では魔物に襲われて死ぬ者が多いのだろう。


「力也様が常闇樹海の魔物を倒し、先日鉱山に出た魔物まで退治してくださった事で、私達はとっても勇気づけられたんです」


 それが直接的な両親の仇ではなくとも、人間は魔物なんかに負けない、魔物から守ってくれる人がいると示してくれた事が、傷ついた人々の心をどれだけ癒やしたか。


「だから、本当にありがとうございます」


 もうそれしか言葉が見つからないと、ティアは温かな涙をにじませながら、もう一度深々と頭を下げる。

 そんな心からの感謝を受けて、力也は雷を浴びたような衝撃に襲われていた。


(俺には何も無かった)


 夢も希望もなく、誰かを傷つけるばかりで、誰にも必要とされない存在。

 そう思っていたのに、そんな自分が必要だと、恩人だと喜んでくれる人達がいる。

 凱旋パレードの時にも感じた、温かな喜びが胸を埋め尽くして、力也の目尻に涙が浮かんでしまう。


(これはきっと、危険な感情だ)


 頭の片隅ではそう理解している。褒められ必要とされる事に依存して、この異能を良いように使われて、いつか取り返しのつかない破壊をもたらしてしまうのではないかと。

 けれども、もう無理だった。地球では得られなかった、誰かに笑顔を向けられる、それを自分が守れるという甘い誘惑に、空っぽの心が耐えられなかった。


「う、うぅ……」

「えっ、どうしたんですかっ!?」


 堪えきれず急に泣き出してしまった力也を見て、ティアは驚いて駆け寄ってくる。


「大丈夫ですかっ!? どこか痛むんですかっ!?」


 泣きじゃくる力也の背中を、少女の小さな手が優しく撫でてくれる。

 その感触に、かつて母親に背中を撫でられていた小さい頃、まだ実の父親が生きていた頃の記憶がふと蘇る。

 まだ世の中を何も知らず、無知故の希望に溢れていた彼には、子供らしい夢があったのだ。

 困っている人を助ける、正義の味方になりたいと。

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