第21話・土岡耕平《つちおかこうへい》【土使い】

 大翔間高校一年A組・男子の中で、特に冴えない地味な男として、女子の『彼氏にしたいランキング』では下位をうろついていた土岡耕平は、生まれて初めてのモテ期を迎えていた。


「こちらのお肉がとても美味しいですわよ。ほら、お食べください?」

「今日は秘蔵のワインを用意しましたの。お口に合うかしら」


 ドレスで着飾った双子姉妹の貴族令嬢が身を寄せて、手ずから料理を食べさせてくれる。

 そんな夢のような状況に至ったのは、彼の部屋を訪れた皇帝アラケルの依頼が元であった。


「耕平よ、其方の力で開墾の手助けをしては貰えないだろうか」

「開墾?」


 意外な申し出に首を傾げる耕平に、皇帝は丁寧に説明を始めた。


「其方達が常闇樹海の脅威を取り除いてくれたお陰で、開墾できる土地が広がったのだが、そこを耕す手が足りぬのだ」


 耕耘機やブルドーザーを使える現代日本と違い、人の手しかないこの異世界では、荒れ地の開墾作業はとてつもない重労働であり、莫大な時間を要するのであった。


「だが、土を自在に操る其方がいれば、百人どころか万人力だ。どうだ、手を貸しては貰えないだろうか」

「分かった、いいですよ」


 耕平が快く応じると、皇帝は満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう。それで報酬なのだが、其方が開墾した土地ではどうだろうか」

「……はぁ?」


 提示された物があまりにも大きすぎて、呆気に取られる耕平に対して、皇帝は申し訳なさそうな顔をする。


「金貨や日本円の方が良いのだろうが、生憎と帝国の国庫にも限界があるため、其方が開墾した土地に見合うだけの金銭が用意できそうにない。だから、土地その物を報酬として送りたいのだ」

「いやいやいやっ!」


 丁寧な説明を受けて、ようやく意味を理解した耕平は、勢い良く首を左右に振った。


「土地ってそんな簡単に譲る物じゃないでしょっ!?」


 一戸建ての家に必要な土地40坪(約130㎡)程度でも、何千万円とする事くらい、高校生の耕平とて知っている。

 けれども、ここは世界的に見ても地価が高い、日本の首都圏ではないのだ。


「土地は開墾した者の所有物というのが、むしろ普通なのだが?」

「あ、あぁ、そうか」


 不思議そうに首を傾げる皇帝を見て、耕平もようやくここが中世風の異世界だという事を思い出す。


(でも、土地なんて貰ってもな……)


 あと十ヶ月もすれば地球へ帰れるというのに、異世界で大地主になったところで何の意味があるというのか。

 そう黙り込む耕平の内心を読んだかのように、皇帝が提案をしてくる。


「開墾した土地といっても、必ずしも自ら管理する必要はないのだぞ? 何なら誰かに売り払っても構わぬ」

「あっ、売ればいいのか!」


 その手があったかと顔を輝かせる耕平に、皇帝は深く頷き返す。


「帝国としては買い取れぬというだけで、欲しいと言う者は探せば見つかるであろう」


 領地を広げたい貴族、または領地を得て貴族に成り上がりたいと目論んでいる商人。

 そういった者達にとって、耕平の力は渡りに船らしい。


「其方さえ良ければ、余の方で探して話を通しておくが?」

「じゃあ、それでお願いします」


 貴族や商人にツテなどない耕平は、喜んで皇帝の提案に乗る。

 彼にしてみれば、ちょっと異能で地面を耕すだけで、相当なお金が稼げるのだ。こんなに楽なバイトはない。


(稼いだ金はどうするかな? やっぱり、地球に帰る時に持ち帰るか……いや、換金の時に出所を探られたら困るし、こっちでパーッと使い果たすべきか。となると、俺もそろそろ火野を見習って娼館に……)


 常闇樹海の件で貰った金貨一千枚も残っているし、ますます夢が膨らむなと、耕平はだらしない笑みを浮かべてしまう。

 だから、気がつきもしなかった。全て狙い通りに進んだと、皇帝が満足そうに微笑んでいる事に……。





 皇帝の依頼から二日後、耕平は世話係として付けられたメイドと共に、馬車に乗って帝国の西方へと旅立つ。

 そして、ニタスという町を治める領主の屋敷を訪れた。


「耕平様、お待ちしておりましたぞ!」


 恰幅の良いチョビ髭の領主・クレメンス伯爵から熱烈な抱擁を受けて、耕平は思わず顔を引きつらせてしまう。


「ど、どうも。それで、俺が耕す畑ってのは?」

「おや、さっそく仕事の話ですか? 皇帝陛下から聞いていた通り、とても真面目な方ですな」


 伯爵は耕平をとても気に入った様子で、軽く食事を振る舞ってから、再び馬車に乗って出発した。

 麦畑を過ぎり、荒れ地を少し進み、幅十mほどの川の前で停車する。


「この川の先を、耕平様に耕して頂きたいのです」


 伯爵は馬車から降りて、川の先に広がる草原を指さす。


「何もないな」

「川の先に進めば常闇樹海が見えましたからな。今までは恐ろしくて全く手が付けられなかったのですよ」


 素直な感想を告げる耕平に、伯爵はそう説明する。


「しかし、耕平様達・七英雄の皆様が、樹海の脅威を取り除いてくれましたからな。誠に感謝の言葉もありません」

「いえいえ」


 もう耳にタコができるほど言われた褒め言葉だが、それでもつい頬を緩ませながら、耕平は川の向こうに行こうと歩き出す。

 そして、立ち止まって辺りを見回した。


「あれっ? 向こうに渡る橋は?」

「申し訳ございません! まだ橋はないのです」


 首を傾げる耕平に、伯爵は勢い良く頭を下げる。


「元々、魔物から町を守る天然の堀としていたので、橋はかけていなかったのです。これから草原の開墾を進めるにあたって、橋の建築は計画しておりましたが、まだ始めたばかりでして……」


 常闇樹海の焼失から、まだ一ヶ月程度しか経っていないのだ。

 そこまで大きな川ではないといっても、易々と橋をかけられるはずもない。


「幸い、今は水量が多くない時期ですから、浅い所を選べば歩いて渡れますので」

「えっ、大丈夫なの?」


 下手をすると腰まで浸かりそうな川である、流されれば命が危ない。

 そう躊躇する耕平に、今まで無言を貫いていた妙齢のメイド・ウルバが助言した。


「耕平様、わざわざ川に入らずとも、貴方様のお力で橋をかければ良いのでは?」

「その手があったか! ……でも、橋って?」


 耕平は妙案だと手を打ってから、橋の構造が思いつかなくて首を傾げてしまう。

 そんな彼にも分かり易いよう、メイドは屈み込んで地面に絵を描いた。


「川の中の土を二箇所ほど持ち上げて橋足とし、それに固めた土の板を被せる感じで構わないでしょう」

「あぁ、それくらいならいけるか?」


 初めての事なので自信はないものの、耕平はメイドが言う通りに試してみる。


「よっ、ほっ、とりゃ!」


 耕平が軽く手を振るだけで、川の中に二本の柱が生まれ、川岸の土が集まり延びて、そこに掛かる橋と化す。


「おぉ、あっという間に!」

「……崩れないか?」


 驚愕する伯爵を余所に、耕平は土の橋が壊れないか踏んづけてみる。

 そんな彼の不安を払拭するためか、それとも提案した者の義務としてか、メイドが我が身を実験台とするように、堂々と橋を渡っていった。


「大丈夫っ!?」

「人が歩く分には問題なさそうです」


 耕平の心配とは裏腹に、メイドはあっさりと対岸まで渡りきって振り返る。


「とはいえ、これはあくまで一時処置。馬車が渡れるほど広く、川の増水にも耐えられる物を、職人の手で造り直すべきでしょう」

「えぇ、承知しました」


 伯爵はメイドの忠告を素直に受け入れて、自らも土の橋を渡る。

 耕平もそれに続いて、ようやく耕筰地となる草原の前に立った。


「ここを耕せばいいのか……そういや、耕すってどうすりゃいいんだ?」


 農家の生まれでもない耕平は、今さらながら疑問を抱く。

 そんな彼に、またしてもメイドが説明した。


「難しく考える事はありません。ようは土を柔らかくすればよいのです」

「柔らかくか……」

「耕平様は普段、土の壁を生み出す時、圧縮して硬くしておりますよね? その逆に広げる感じで砕けばよろしいかと」

「逆……逆かっ!」


 ようやくイメージが湧いて、耕平は掌をかざす。

 すると、目の前の草原が背丈よりも高く盛り上がり、そしてボロボロと崩れながら落ちていった。


「おぉっ!?」


 驚愕の声を上げる伯爵達の前で、土煙が風に吹き飛ばされていく。

 一瞬前までは緑一面だった草原。そこに、テニスコートほどの広さをもった、柔らかな茶色い大地が生み出されていた。


「お見事でございます」

「素晴らしいっ!」


 微笑み拍手をするメイドに続いて、伯爵が歓声を上げて茶色い土を掴み取る。


「私は園芸程度の心得しかありませんが、それでもこれが良い畑になると分かりますぞ。耕平様はまさに我が町の英雄、いや救世主ですな!」

「そんな大げさな」

「何を仰いますか。自分の畑が持てずに鬱屈としていた農家の次男や三男、働き口もなく乞食に甘んじていた貧民、そんな者達をまとめて救えるだけの力が耕平様にはあるのです。これを救世主と呼ばず何と呼ぶのですかっ!」

「いやいやいや」


 真面目な顔で力説してくる伯爵に、耕平は謙遜して首を横に振りつつも、その口にはやはり笑みが浮かんでいた。


「さぁ耕平様、そのお力でどんどん畑を作ってくださいませ!」

「しょうがないな~」


 すっかり乗せられた耕平は、次から次へと土を掘り返していく。

 そうして、彼の体力が尽きる頃には、見渡す限りの草原が茶色い耕作地へと変わったのであった。





 仕事を終えた耕平を、クレメンス伯爵は己の屋敷に連れて帰り、盛大に持て成した。


「田舎料理で申し訳ありませんが、存分にお食べください」


 そう言って、鳥の丸焼きやソーセージ、卵焼きといった料理を実の娘達に運ばせて、そのまま耕平の世話をさせる。


「こちらのお肉がとても美味しいですわよ。ほら、お食べください?」

「今日は秘蔵のワインを用意しましたの。お口に合うかしら」


 よく似た双子の娘達は、耕平を両側から挟み込み、彼の腕に抱きつくような格好で、手ずから料理を食べさせる。

 厳格な貴族が見れば「娼婦のようではしたない」と激怒するような光景だが、父親であるクレメンス伯爵はむしろ上機嫌に微笑んでいた。


「耕平様は我が町の救世主ですからな、存分におもてなしするのだぞ」

「「もちろんですわ、お父様」」

「いや~、まいったな」


 両側から姉妹に抱きつかれて、耕平はこれ以上ないほどだらしない笑みを浮かべる。

 そんな彼を見つめて、伯爵は心から感謝していた。


(陛下の仰っていた通り、本当に素晴らしい逸材だ)


 耕平本人は他のクラスメート達と比べて、自分の力を「地味な土属性」と卑下している所さえある。

 だが、伯爵から言わせれば、彼よりも優れた異能はない。


(炎だの光だの、見た目は派手でも所詮は破壊しか生み出せん、つまらん力よ)


 敵から身を守る力は大事だが、人はそれだけでは食べていけない。


(それに比べて、耕平様の大地を操る力ときたら、凄まじい生産能力だ)


 土の槍で敵を貫くだけでなく、土の板で橋を築く事も、土を崩し畑を耕す事もできる。

 さらに、しっかりと知識さえ身に付ければ、道路整備から河川工事、家や城壁の建築まで、あらゆる事が可能となるだろう。


(たった一人で巨大な都市を築く事もできる、まるで神の如き万能さではないか!)


 耕平にそれだけの潜在能力があると見抜いたからこそ、皇帝は今回の話を持ちかけてきたのだ。

 そして、耕平本人には知らされていない、一つの約束を伯爵と交わした。


(陛下に言われるまでもない。耕平様には是非ともこの世界に残って貰わねば困る)


 ――其方の娘でも町娘でも構わぬ。耕平が心も体も許し、故郷を捨てるに値する者を作らせよ。


 そう直球で色仕掛けを命じられた時は、流石に伯爵も鼻白んだが、今となっては反論の一つもない。

 耕平一人で何万人分もの労働力が得られるのだ。こんな逸材中の逸材を手放すなど、天地がひっくり返ってもあり得なかった。


(耕平様のお力があれば、我が町が巨大都市になるどころか、一つの国にさえ――)


 そう欲が首をもたげた瞬間、伯爵の背筋に冷たいものが走る。

 驚いて顔を上げれば、耕平に付いて来たメイド――彼の護衛役であり、伯爵の監視役でもある皇帝直属のメイドが、氷のような表情でこちらを見ていた。


(大丈夫です、分かっていますとも)


 皇帝陛下に逆らう意志はないと、伯爵はメイドに向かって微笑み返す。

 彼はあくまで伯爵――町の領主に収まる器でしかないと、自らを良く理解していた。


(何十万もの国民を背負う皇帝など、重苦しくてむしろ御免被る)


 地位には相応の重責が伴う。そんな事も知らずに皇位を狙うような連中が、伯爵には心底理解できなかった。

 そんな野心のない男と見抜いたからこそ、皇帝も耕平を預けてくれたのだろう。


(我が町がもっと豊かになり、娘達が苦労せずに暮らせればそれで十分)


 身の丈にあった欲望、それを耕平ならば満たしてくれるのだ。逃がすという選択肢はない。


(我が娘達よ、必ずや射止めてみせよ)

((分かっていますとも、お父様))


 見つめる伯爵の意図を察して、双子の姉妹は無言で頷き返すと、より強く耕平に体を密着させた。

 そうして、人生で一度もモテた事のなかった地味男が、ジワジワと落とされていく光景を、伯爵は嬉しそうに、メイドはあくまで冷静に見守るのであった。

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