第18話・検見崎政義《けんみざきまさよし》【罪悪暴露】

 見代数馬の『状態看破』によって殺人数を見抜かれ、門番に捕まって牢屋に入れられた青年は、翌日になっても己の罪を否定していた。


「だから、俺は商人を殺して金を盗んだりなんてしていない。この服だって人から貰った物なんだ」

「ならば何故、門番の前から逃げようとした。やまし所があったからだろうが」


 尋問官もかねた中年の牢番が険しい表情で問い詰めるが、青年は怯えもせず言い返してくる。


「そりゃあ、いきなり人殺し扱いされて門番に囲まれたら、恐ろしくて逃げたくもなるさ。悪かったよ」

「人殺しなのは本当だろう?」

「俺は人殺しなんて――」

「嘘を吐くな! お前が何人も殺しているのは、魔術によって分かっているんだ!」


 白を切ろうとした青年を、牢番は数馬の事を隠して怒鳴りつける。

 実際には殺人数を見破る魔術などないのだが、読み書きすら怪しい田舎者の青年に、それを見抜けるはずもない。


「くっ……」

「素直に罪を認めろ。そうしたら死刑だけは避けられるよう上に掛け合ってやる」


 反論に困って口ごもる青年に、牢番は急に優しい声色になって説得する。

 だが、それを嘘だと思ったのか、青年はしつこく言い訳を繰り出した。


「確かに、俺は何人も人を殺してきた。けどそれは、怪我や病気で助からない奴とか、不作でどうしても間引く必要が出た時に、村でそれをやるのが俺の仕事だったからなんだよ」

「……ちっ」


 牢番は思わず舌打ちしてしまう。青年が言ったような事は、貧しい村では珍しくもないのだ。

 そして、数馬の異能では殺した数は分かっても、その詳細までは探れない。


「嫌な役回りを押しつけてるからって皆が金をくれてさ、それで気晴らしに帝都まで遊びに来ただけじゃないか。確かに悪い事をしてきたけど、皆のために仕方なくやっただけなんだ!」


 今がチャンスと見たのか、青年は哀れみを誘う声で必死に無罪を主張する。

 長いこと犯罪者と向き合ってきた牢番は、それが嘘だと見抜いているのだが、青年の罪を明らかにする証拠は何もない。

 以前であれば拷問にかけ、無理やり自白を引きずり出すところだが、今はそのような手間など不要であった。


「大人しく罪を認めれば、お前一人で済むんだぞ?」


 最終通告もかねて、牢番は鎌をかける。

 すると、青年は明らかに目を泳がせながらもとぼけた。


「何言ってんだ? とにかく俺は商人を殺してなんていない!」

「馬鹿が……政義殿」


 白を切る青年に向かって、怒りよりも哀れみのこもった罵声をぶつけてから、牢番は外で待機していたアース人を呼ぶ。

 すると、黒縁の眼鏡をかけた少年・検見崎政義が、氷のように冷たい表情で牢屋の中に入ってきた。


「本当に、悪人というのは度し難い」

「おいおい、子供をこんな所に入れるなよ」


 まだ幼さが残る年下の政義を見て、青年は思わず苦笑を漏らす。

 その顔がすぐに凍りつく光景を、牢番は既に何度も見てきていた。


「政義殿、お手数ですがお願いします」

「えぇ、僕に任せてください」


 頭を下げる牢番に頷き返し、政義は青年に向かって掌をかざして静かに告げる。


「お前の罪をさらせ」


 彼は子供の頃から正義を愛し、悪を憎み、それ故に警察官を目指している。

 だからだろう、異世界で与えられた異能は『罪悪暴露』という、悪人の罪を暴くものだった。


「ぐわっ!?」


 青年の頭に鋭い痛みが走ったかと思うと、目の前に光り輝く窓が現れる。

 そしてその窓に、彼の犯した罪が映し出された。


『悪いな、恨むなら油断した自分を恨んでくれ』


 村にいつも衣服や日用品を売りに来ていた行商人を、帰り道の森で襲って撲殺した青年は、返り血を拭って言い訳のように呟く。


「なっ……!?」


 過去の罪が鮮明に上映されて、言葉を失う青年を余所に、映像は止まる事なく続き、怯えたロバの手綱を握った二人の若者が現れる。


『ごめんよ。でも、俺達にはこうするしかなかったんだ』

『この村を出るために、どうしても金がいるんだ』


 青年の友人なのだろう、二人の若者は罪の意識に顔を歪めながらも、ロバを近くの木にくくりつけてから、商人の服や財布を剥ぎ取りにかかった。


『貧乏農家の三男だからって、畑も嫁も貰えず爺になっていくなんてまっぴらなんだ』

『だから、この金で都会に出てやり直すんだろう?』

『そうさ、もう汚れ仕事を押しつけられて、後ろ指をさされる事もねえ。俺達は自由に生きるんだ!』


 罪悪感を誤魔化すためなのだろう。青年達は互いに励まし合いながら、用意しておいた深い穴の中に商人の死体を放り込み、土を被せていった。


『俺はこの服と財布を貰うぞ。まずは帝都に行って綺麗な姉ちゃんと遊ぶんだ、へへっ』

『じゃあ、俺はこの荷物を貰う。売れば結構な金になるだろ』

『なら、俺はロバを貰って、せっかくだから青海王国に行ってみるかな』


 報酬を山分けにして、嬉々として旅立っていく青年達。

 そんな自分達の罪を全て見せられてはもう、言い訳など不可能であった。


「あ、あぁ……」

「商人ギルドの面子もある。お仲間も探し出したうえで、お前らは全員縛り首だ」


 呆然と崩れ落ちる青年に向かって、牢番は静かに宣告する。

 怒りによる衝動的な犯行ならともかく、金銭目的の計画的な殺人を、たった一人で遂行できる者は意外と少ない。

 一人では思わぬ反撃を受けて負けたり、逃げられてしまう危険性が高いから。そして何より、罪の意識を分担して軽くする事ができるから。

 青年一人ではなく数人の仲間が、下手をすれば村ぐるみの犯行であろうと、牢番は最初から見抜いていたのだ。

 だから、自白すればお前一人で済むと言ったのに――と、哀れみの目を向けてくる牢番に、青年は真っ青な顔になってすがりつく。


「ち、違う、俺が言い出したんだ。あいつらは悪くねぇ!」

「黙れ!」


 すがりつき哀願してくる青年を、牢番は怒鳴って蹴り飛ばす。


「庇うくらい仲が良かったなら、犯罪になんて巻き込むな!」


 そんな忠告も、もはや後の祭りでしかない。


「うっ、うわあぁぁぁ―――っ!」


 泣き崩れる青年を余所に、牢番は政義の背中をそっと押した。


「ご協力ありがとうございました」

「いえ、礼には及びません」


 当然の正義を成しただけだと答え、政義は青年の慟哭を背に牢屋を後にする。

 そして屋敷の自室に戻ると、ベッドに身を投げて深い溜息と共に呟いた。


「泣くくらいなら、最初から罪なんて犯すな」


 氷のように冷たかった表情が、年相応の子供らしく歪む。

 犯罪者につけ込まれないよう気を張っていただけで、その内心は激しく揺れていたのだ。


「悪い事をすれば罰が下るなんて当然の事を、どうして分からない!」


 政義は思わず怒りにまかせてベッドを叩く。

 彼は将来警察官になった時の役に立つだろうと、自ら志願して牢番に協力してきたのだが、そうして対面した犯罪者はどいつも、愚かさから道を誤った弱者ばかりであった。

 行き詰まった暮らしを改善する力も知恵もなく、ついには犯罪に手を染めて、浅知恵を振り絞って誤魔化そうとしたくせに、政義がその罪を暴くと涙を流して慈悲を請う。

 漫画や映画に出てくるような、凶悪な目的を持ち、誇らしげに罪を認め、笑って絞首台に上る強者など一人としていなかった。

 正義の鉄槌を下せば、胸がスカッと爽やかになる都合の良い悪役ヴィランなど、異世界にすら存在しなかったのだ。


「僕は正義を行っているだけなのに……」


 何故こうも嫌な気持ちになるのかと、弱音交じりの愚痴を吐いていると、部屋の扉がノックされた。


「政義様、よろしいでしょうか」

「どうぞ」


 女性の声が響いてきて、政義はベッドから身を起こして返事をする。

 すると扉が開いて、銀縁の眼鏡をかけたメイドが、ティーセットの乗った台車を押して入ってきた。


「失礼致します。政義様がお疲れのご様子と伺いまして、体が休まる紅茶と菓子を用意して参りました。ご迷惑でしたでしょうか?」

「いえ、ありがとうございます」


 一人でいたい気分だったが、メイドの好意を無下にもできず、政義はベッドから下りてテーブルに着く。

 そうして、メイドが素早く煎れてくれた紅茶に口をつけた。


「……美味い」

「成美様の要望で入手した、アースの高級茶葉を用いておりますから」


 やはりこちらの物より質が良いと、メイドは彼らの故郷を褒めてくれるが、政義は渋い表情を浮かべた。


「金家のワガママなど無視して構わないのですよ? 親が社長だろうと何だろうと、あいつ自身は人を不快にさせるだけの女なのですから」

「ふふっ、辛辣なのですね」


 メイドは軽く微笑んで、金家成美への言及を避けつつ、紅茶のお替わりを入れる。

 そして、政義がリラックスした頃合いを見計らったかのように、彼の手を優しく握り締めてきた。


「――っ!?」


 驚いて跳び上がりかけた政義の前で、メイドはそっと膝を突き、潤んだ瞳で見上げてくる。


「人の汚れを直視するのはお止めください。貴方のお心まで汚れてしまいます」

「それは、できません」


 政義は急な話に戸惑いながらも、首を横に振って拒否する。

 悪人の人格から目を逸らし、ただ機械的に処罰していく方が楽だと分かっているが、それは彼の目指す正義だと思えなかったからだ。


「不器用なお方」


 意固地な政義を見上げて、メイドは苦笑を浮かべる。

 そして、掴んだ彼の手を、自らの胸に向かって引き寄せた。


「ならばこそ、汚れを溜め込まぬよう、私めの体で――」

「ま、待ってくれっ!?」


 指先に柔らかな感触が走った瞬間、政義は理性を総動員して手を引き離した。


「ぼ、僕は結婚した相手としか、そういった行為をするつもりはない!」

「あっ……」


 いかにも童貞な反応をしてしまい、恥ずかしくて顔を真っ赤にする政義の前で、メイドは切なそうな表情をしながらも、すぐに立ち上がって頭を下げた。


「ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

「い、いや、慰めようとしてくれた気持ちは嬉しいけれども、やはり……」


 生真面目で融通の利かない性格に、自分ですら呆れながらも、政義は謝り返す。

 すると、メイドは微笑みを浮かべて、静かにティーカップを片付け始めた。


「ご用の際にはいつでもお呼びください」

「あ、あぁ」


 僕が呼んだら抱かせてくれるという意味だろうか――という喉元まで出かかった言葉を、政義は必死に呑み込む。

 そして、代わりに浮かんできた言葉を口にした。


「皇帝陛下にお伺いしたい事があるのだけれど、お時間を頂けるだろうか?」

「畏まりました。陛下にお伝えしてまいりますので、少々お待ち下さい」


 断られるかとも思っていたが、メイドはあっさりと頷き、台車を押して部屋から去って行った。

 そして数時間後、夕食を済ませて部屋でくつろいでいた政義の元に、銀縁眼鏡のメイドが再びやってきた。


「政義様、執務室まで来て頂けるのでしたら、今日にでもお会いできるそうです。明日でもよろしければ、陛下の方からお伺いするとの事でしたが」

「分かりました、今から伺わせて貰います」


 毎日のように彼らの顔を見に来る皇帝だが、やはり何だかんだで忙しいのだろう。

 手間を取らせるのは悪いし、あまりクラスメート達に聞かれたくない話だったので、政義はメイドに案内されて帝城へと向かった。

 そして、日が落ちて暗く静まり返り、少し不気味な城の廊下を進んで、皇帝の執務室へと辿り着く。


「陛下、政義様をお連れ致しました」

「うむ、ご苦労」


 メイドがノックをし、返事を待って扉を開く。

 そうして招かれた部屋の中で、皇帝は机に向かい書類に羽ペンを走らせていた。


「すみません、お仕事中でしたか?」

「気にするな、其方達の求めに応じるより大切な用事はない」


 恐縮する政義に対して、皇帝はそう笑って机から離れ、来賓用のソファーへと移る。

 そして、向かいに座るよう政義を促した。


「メイド達を下がらせるか?」

「……お願いします」


 銀縁眼鏡のメイドだけでなく、メイド長のイリスが壁際に控えているのを見て、政義は少し迷ってから頷き返す。

 すると、皇帝の視線に無言で応じて、メイド達は静かに部屋から出て行った。


「それで、話とは何であろうか」

「あの、何と言いますか……」


 内容が内容だけに、政義はここにきて言葉を濁してしまう。

 だが、皇帝が急かしたりせず柔和な笑みで待ってくれたので、ようやく意を決して吐き出した。


「『正義』とは何なのでしょうか?」


 それはきっと地球にいた頃から、彼の胸で燻っていた疑問であった。


「僕は『弱きを助け、強きをくじく』のが正義だと思っていました」


 力なき人々を苦しめる強大な悪を倒す。それは幼い頃に好きだった特撮ヒーロー番組ほど明快ではなくとも、大筋では間違っていないと政義は信じていた。

 だが現実は違った。彼がこの異世界で出会った犯罪者達は、どいつもこいつも弱き者だったのである。


「異能なんて力を得た今だからこそ分かったんです。本当に強き者は犯罪など行わないって」


 何故なら、犯罪なんてリスキーな真似をしなくても、豊かに暮らしていけるだけの力があるから。

 もちろん、力に酔って犯罪を行う強者もいる。力がなくとも清く正しく生きている弱者の方が圧倒的に多い。ただ――


「守るべきはずの弱い人達が、こんなにも悪人ばかりだなんて思わなかったんですっ!」


 政義は顔を両手で覆い、誰にも言えずにいた弱音を吐き出す。

 銀縁眼鏡のメイドが気遣っていたように、罪人を直視し続けたせいで、彼の心は知らず蝕まれていたのだろう。

 そんな傷ついた少年の肩を、皇帝は優しく叩いて励ました。


「政義よ、其方の真面目さは美徳だが、過ぎれば身を滅ぼすぞ。罪人は人間とは別の生き物だと割り切るくらいの心構えも、時には必要であろう」

「別の生き物って……」


 思わぬ冷酷な台詞に、政義は面食らって言葉を失う。

 だが、すぐに思い出す。ここは異世界であり、彼の常識とは異なる理で動いてるのだと。

 犯罪者にも人権が保障されている――それが可能なほどに豊かな現代日本とは違い、この世界には罪人を甘やかしてやる余裕などないのだ。


「……いえ、皇帝陛下の仰る通り、割り切らないと駄目なんですよね」


 政義は自分の甘さを吐き出すようにそう呟く。

 地球に帰って警察官となり、今よりもっと大勢の犯罪者と戦うのならば、やはり人の心を失わない範囲で割り切る必要が出てくるのだろう。

 だからこそ、彼は明確な天秤を求めていた。


「陛下、正義とは何なのでしょうか?」


 最初の問いへと戻る政義に、皇帝は迷わず答える。


「『正しい行い』であろう。ただ、それは立ち位置によって変わるものだ」

「立ち位置ですか?」

「もっとも身近なのは『個人』としてであろう。例えば、村で虐げられていた青年にとっては、人を殺してでも村を出る事が正しい行いとなる」

「それは……」


 メイドから報告を受けていたのだろう。今日裁いた青年を例に出されて、政義は驚いて目を剥いてしまうが、皇帝は構わず話を続けた。


「当然、殺された商人やその家族からみれば、青年の行いは正しくない。大多数の個人、即ち『集団』の立ち位置から見ると、青年の行いは悪である」

「人を殺したから……」

「違う、集団に不利益をもたらしたからだ」


 政義の呟きを、皇帝は鋭く否定する。


「村々に物資を運ぶ有益な商人を殺し、家族や知人に悲しみを、その他大勢にも恐怖や不便といった不利益をもたらしたから、悪として罰せられたのだ。仮に殺したのが凶悪な山賊であれば、青年の行いは正義となるであろう?」

「確かにそうですね」


 悪人なら殺しても良いという理屈に、政義は少しだけ背筋が寒くなるのを感じながらも頷き返す。

 そんな彼の目を真っ直ぐに見詰めて、皇帝は話を進めた。


「大抵の場合、正義とはこの『集団にとって正しい行い』となるであろう。我こそが正義だとほざく王もいるが、それは国という集団の利益を守る事こそが使命である、統治者の職務を忘れた愚者でしかない」

「なるほど」


 専制君主の権化とも言うべき皇帝が、個人よりも集団の利益を追求するという、民主主義的な価値観を語る事に、政義は少し戸惑いを覚えて苦笑を浮かべる。

 それは皇帝アラケルの性格もあるが、白翼帝国の気風自体が三百年前に召喚されたアース人達の影響によって、他国よりは地球寄りになっていたせいなのだが、そんな歴史を政義が知るはずもない。


「さて、集団にとっての正しさが正義と言ったが、問題は集団の枠をどこに定めるかであろうな」

「集団の枠ですか?」

「そうだ。余にとっては白翼帝国が枠である。帝国の民に安寧をもたらす行いが正義であり、それを乱すものは全て排除すべき悪である」


 だから、彼はアース人を召喚して、常闇樹海と魔物を焼き払った。

 地球人から見れば誘拐と動植物の虐殺という、許されざる罪を犯そうとも、自らを信じ慕ってくれる民を守るために。


「さて政義よ、其方はどこに立って正義を行う?」

「僕は……」


 皇帝の問いに即答できず、政義は俯いて考え込む。

 彼は正義というものを、一つしかない絶対普遍のものだと思っていた。思っていたかった。

 けれども皇帝の言った通り、正義とは立ち位置によって変わるものなのだろう。

 ならば、自分はどこに立てばいいのか。


(『一年A組』とするなら、地球に帰る事が正義だろうか? その『地球』を正義とするなら、地球人を拉致した帝国は悪となる。けれど、僕が求めている正義は……)


 長い長い熟考の末に、政義は首を横に振った。


「まだ、分かりません」


 強いて言えば『人』としての正義が、彼の求めていた答えに近い。

 だがそうすると、今度は『人とは何か』という疑問にぶち当たる。

 例えば、無垢な少女を強姦して殺害した凶悪犯を、人の心を持たない化け物だから殺すべきだとするか、それとも人間には違いないから守るべきだとするのか。

 救うべき者と排除すべき者を自らの意思で定める。そんな傲慢が許されるのは神だけであり、人の身には重すぎるように思えて仕方がなかったのだ。


「すみません、せっかく相談に乗って頂いたのに……」

「構わぬ、元より容易く答えの出る問題ではあるまい」


 深く頭を下げる政義を、皇帝は笑って励ます。


「焦らずゆっくり考えるのが良いだろう。そして答えが出たのならば、是非余にも聞かせて欲しい」

「はい、ありがとうございました」


 悩みは解消されなかったが、少し心が軽くなって、政義は元気良く返事をすると、何度もお辞儀をしてから退室していった。

 そうして、彼と入れ替わりで戻って来たイリスに、皇帝は紅茶を一杯頼んでから、口の中で小さく呟いた。


「余の正義と其方の正義が、道を違えぬ事を祈ろう」

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