第16話・見代数馬《みよかずま》【状態把握】

 凱旋パレードから一週間が経った今も、新たな英雄の誕生に沸く帝国だが、日の出と共に帝都と外を区切る門が開かれ、大勢の人々が出入りするという、毎日の営みは何も変わらない。

 そんな城門の横に設けられた門番の詰め所に座って、大翔間高校一年A組の一人こと見代数馬は、行き交う人々の流れをのんびりと眺めていた。


(あのパレード以来、出入りする人が増えたな)


 数馬はこの異世界に召喚された一週間後くらいから毎日のように、東南北と三つある門のうちどれかを訪れて、こうして人の流れを眺めている。

 今日は特に人の出入りが多い、南門の方に来ていた。

 ただ、これは皇帝に命じられた仕事ではなく、むしろ彼が皇帝に頼んで許可して貰った遊びであった。

 何故かと言うと、数馬は人間観察が趣味だったのである。


(あの右足を少し引きずったオジさん、負傷兵かな。あの茶色い頭巾を被った少女、妙にキョロキョロ辺りを見回してるけど、誰かを探しているのかな)


 行き交う人々の性別や年齢、服装や表情からその人生を想像して遊ぶ。

 地球にいた頃から休日になると人通りの多い駅前に行って、同じように見知らぬ人々を眺めて楽しんでいたものだ。

 クラスメートからは「キモい」「悪趣味」と罵られる事も多いが、数馬としては金がかからないエコで良い趣味だと思っている。

 それに、大人になって同じ事をしたら、間違いなく不審者として通報されてしまうだろう。

 金はないが時間だけはある、学生だから許された遊びとして、数馬は人間観察を心から楽しんでいた。

 そんな趣味をしていたからだろう、彼に与えられた異能は『状態把握』、分かり易く言えばステータスの観覧であった。


(足を引きずったオジさん、【素早さ:29】だけど【筋力:110】とは力持ちだな。やっぱり元兵士か。茶色い頭巾の少女は……えっ、【子供:1人】って人妻かよっ!? でもそうか、探しているのは自分の子供か)


 数馬が意識を集中して見ただけで、その人物の力や素早さといった身体能力から、さらには異性との経験回数といった人には言えない事まで、大抵の情報が彼の脳内に流れてくる。

 ただ、能力値が分かるからといって、この世界がゲームのように数字で創られているわけではない。

 この世界の平均的な成人男性の能力を100としたら、概ねこの程度だろうという数値が分かるだけである。

 そのため、直線を走る短距離走の選手と、縦横無尽に飛び跳ねるパルクールの選手という、得意な事が違う二人がいたとしても、数馬の目にはどちらも同じ【素早さ:170】と見えてしまうといった欠点があった。

 もっとも、数値だけでは分からないような所を、体つきや仕草から推理するのが楽しいので、本人は全く気にしていない。

 ただ、火野竜司や金家成美といった口の悪いクラスメートからは、「悪趣味なうえに役立たずな異能」と思われているのだった。


(戦闘の役には立たないけれど、これはこれで便利なんだけどな)


 そんな事を考えていると、数馬の目に丁度気になる人物が引っかかった。


「ペリスさん、ちょっといいですか」

「どうした?」


 数馬は既に顔馴染みとなった中年の門番を呼ぶと、帝都に入るため並んでいる人々の列から、小綺麗な服を着た青年を指さして囁いた。


「あの人、【殺人数】が六人もあるんだけど、山賊か何かじゃないですか?」


 平和な日本と比べれば、この世界の住人は殺人経験者が多い。

 騎士や傭兵のような職業軍人は当然として、平民でも徴兵されて戦争に行く事があるし、貧しい農家が口減らしのために子供や老人を殺したり、山賊と化して旅人を襲う事もある。

 とはいえ、白翼帝国は比較的治安が良く、最近は大きな戦争もなかったため、軍人でも殺人数は多くない。

 だというのに、数馬が指さした青年は六人も殺しているのだ。


「傭兵ならわざわざ小綺麗な服を着たりせず、鎧姿で来るでしょう? それによく見ると服のサイズが合ってないのに、靴だけは履き慣れた感じの安物なんですよ。明らかに怪しいですよね?」

「旅商人でも殺して奪った金と服で、帝都の歓楽街へ遊びに来た、といったところか」


 数馬の指摘に対して、中年門番は真剣な表情で頷き返す。


「ありがとう。ちょっと調べてくる」


 中年門番は礼を告げると、他の門番も引き連れて青年の元に向かった。

 そして、数馬から聞いた服や靴の情報を使って、上手いこと揺さぶったのであろう。

 慌てて逃げ出そうとした青年を素早く地面に叩き伏せると、縛り上げて牢屋の方へと連行していった。


「やっぱり山賊だったか」


 自分の推理が当たった事に、満足して笑みを浮かべる数馬の元へ、抜けた中年門番達の代わりに若い門番達がやってくる。


「数馬殿、また活躍されたようだな」

「流石は新たな英雄殿だ」

「英雄は止めてくださいよ」


 光武英輝達と違って戦う力はないのだからと、数馬は謙遜しながらも、褒められて悪い気はしなかった。

 しかし、若い門番の一人を見てすぐに顔色を変える。


「カウムさん、最近娼館に行ったでしょう?」

「あぁ、テクはイマイチなんだけど、胸がすげーデカい娘がいてよ。掌から溢れ――」

「【病気:梅毒】にかかってますよ」

「うえぇぇぇ―――っ!?」


 急に性病を移されていると言われて、若い門番は真っ青になって悲鳴を上げた。


「マジかよ……」

「まだ症状は出ていないようですけど、早く治療した方がいいですよ」

「そ、そうだな」


 若い門番は動揺しながらも、大人しく数馬の忠告に従う。

 先程、犯罪者の青年を見抜いたように、今まで幾度も彼の異能を見せられてきたので、今さら疑う余地はないからだ。

 そうして、慌てて早退しようとした若い門番の背を、凜とした声の女性が呼び止めた。


「お待ち下さい」

「ルブルムさん、どうしたの?」


 あまりにも気配がないため忘れていたが、実は最初から詰め所の隅に控えていた赤毛のメイドが急に喋り出して、若い門番だけでなく数馬も驚いてしまう。

 彼女は数馬の護衛なのだが、人間観察の邪魔をしないように、必要がないと一日中口を効かないほど、とても無口な女性なのだ。

 そんな彼女が喋ったという事は、それだけ重要な案件だという事である。


「娼館と娼婦の名前を教えてください。感染源を叩かねばなりません」


 梅毒は死に至る危険な性病である。接触感染のため爆発的に広がる危険性はなく、また中世の地球とは違って、こちらには治療できる薬草や魔術があるが、放置して罹患者が増えると帝都の治安が悪化する事には変わりない。


「いや、寝た娼婦の名前をバラせと言われても……」

「帝都のため、ひいては陛下のためです」


 恥じらって言葉を濁す若い門番を、赤毛のメイドは圧力に満ちた真顔で追い詰めていく。


(やっぱり、ルブルムさんは怖いな)


 見た目は若く美しい女性だが、あらゆる能力値で自分を上回っている事を知っている数馬は、若い門番の助けを求める顔は見なかった事にして、行き交う人々を眺める。

 そうして、暫く呑気に人間観察を楽しんでいたのだが、馬車に乗った商人の姿を目にした瞬間、驚愕のあまり凍りついてしまった。


(何だ、あの人は……っ!?)


 従者らしき子供を連れた中肉中背の中年男で、まるで雑草のように存在感のない外見をしている。

 なのに、数馬の脳裏に浮かぶ能力値は、あらゆる数値が200を超えていた。


(筋力も体力も素早さも器用さも知力すらも、常人の二倍以上なんてありえないだろっ!?)


 そもそも、能力の基準値である100というのが、あくまでこの世界の平均的な成人男性――毎日の野良仕事で自然と鍛えられている男であるため、運動不足がちな現代日本人と比べるとかなり高い。

 具体的に言うと、中高と帰宅部で怠けていた数馬は60前後しかなかった。

 知力だけは200に達していたが、学校に行った事もない農民の二倍程度であると考えると、残念ながら誇れる数値ではない。

 ともあれ、平均が高めであるため、鍛え上げた帝国の騎士ですら能力値は170くらいが普通で、一つでも200を超えていれば良い方であった。

 なのに、数馬が目にした中年商人は、あらゆる能力が平均の二倍を超えていたのである。


(どんな才能と鍛え方をしたら、あんな数値に辿り着けるんだ?)


 オリンピックに出場すれば、複数の金メダルを獲得できるような化け物だろう。

 人間の限界に挑むような数値を目にできて、数馬は思わず感動しながらも、背筋に寒いものを感じて震えてしまう。


(これ以上は見るな、見るな、見るな)


 本能がそう警告を発しながらも、異能にまで昇華された強い好奇心を押さえ込む事はできなかった。

 数馬は中年商人に向かって意識を集中し、脳内に流れ込んできた数値を見て、納得と共に震え上がる。


(【殺人数:147人】……)


 大きな戦争がなかった帝国では、騎士団長のアークレイですら二桁に収まっているというのに、三桁もの人数を殺害しているなど尋常ではなかった。


(しかもあの人、どう考えても兵士じゃない)


 おそらくは暗殺者か何かであろう。


(それだけの暗殺を成功させながら、この歳まで生き抜いているって……)


 能力値だけでも分かっていた事だが、やはり正真正銘の化け物だった。

 そうして、言葉もなくただ呆然と見つめる、数馬の視線に気がついたのだろうか。

 中年商人はゆっくりと彼の方に首を回し、そしてニッコリと優しげな笑みを浮かべた。


「――っ!?」


 好奇心を超える恐怖が一気に湧いてきて、数馬は転がるような勢いでメイドにすがりつき、震える声で自分が見たものを告げるのだった。





「よし、入れ」

「お疲れ様です」


 荷物の検査を終えた門番にお礼を告げて、中年商人は帝都の中へと馬車を進ませる。

 そうして南門から離れると、隣に座った従者の少女に優しく語りかけた。


「私の正体が露見したようです。このまま東門を通って帝都を出ますよ」

「……っ、よろしいのですか?」


 少女は喉元まで出かかった驚きの声を呑み込んで、冷静に尋ね返す。

 帝国が召喚したアース人の詳細な情報を得るため、他国が使わした密偵。それが彼女達の正体である。

 素性を疑われるようなミスを犯した覚えはないが、この男――人の上に立つ柄ではないからと現場に居続けているだけで、能力と実績ならば組織の長すら超える最高の密偵が言うのならば、帝国側に正体がバレたのは間違いないのだろう。

 ただ、何の情報も得られず帰国すれば叱責は免れない。

 そう懸念を示す少女に対して、男はどこまでも優しく告げる。


「私が何も探れず逃げ出したというのも、一つの重要な情報ですよ」


 誇張でも何でもなく、男は最高の密偵であり、同時に最強の暗殺者でもある。

 その正体をあっさりと看破した人物がおり、工作員の潜入が難しいと分かった事も、確かに得がたい収穫であった。


「私を見ていた黒髪の少年、ここらでは見ない顔立ちでしたし、彼がアース人なのでしょうね」


 詳しい方法は分からないが、魔術すら超えるという異能の力によって、彼らの正体を見抜いたのだろうと当たりをつける。


「噂以上の力です。これもまた得られた情報の一つですよ」


 目的を達成できなかったと嘆くよりも、経験した事実から有益な情報を導き出す。

 それこそが密偵に必要な知恵なのだと、男は少女に優しく教え諭した。


「得られた情報は他にもあります。何か分かりますか?」

「それは……私達が見逃された、という事でしょうか」

「はい、正解です」


 少し時間はかかったが答えを導き出したので、男は少女の頭を撫でて褒めてやる。

 帝国の門番は彼らが密偵だと見抜きながらも、素知らぬ顔で帝都に招き入れたのだ。


「あの場で私達を捕らえようとすれば、いらぬ被害を出した上に逃げられると悟ったのでしょう。素晴らしい判断力です」


 実際に捕縛しようという動きを見せたら、その瞬間に男は門番や邪魔な市民を殺してでも逃げる気でいたし、それができる自信もあった。


「つまり、あの少年はこちらの実力を見抜く目を持っていたと考えるべきでしょう。私達の前に暴れて捕まっていた、山賊らしき青年の事も考えると、犯した罪も分かるのかもしれません」


 男は淡々と状況証拠からほぼ正解を導き出す。


「また、私達を捕らえるだけの力がなかった事も分かります。常闇樹海を焼き払い、魔物を殲滅した英雄はあの場にいなかったのでしょう」


 仮に英輝達があの場にいたとしても、殺人への忌避感や、力が強大すぎて周囲に被害が及んでしまう事から、男を倒せたかは怪しい。

 可能性があるのは対人に特化した剣道少女・剣崎武美くらいであったが、そのような詳細情報を男達が知る由はなく、探ろうとしたチャンスは先程潰されたばかりである。

 ある意味、数馬はクラスメート達の命を救ったわけだが、彼の方もそれを知る由はなかった。


「あの少年か、それとも話を聞いた門番の判断かは分かりませんが、あの場では私達を見逃し、潜入を試みるようであれば万全の準備を整えてから潰し、仮に逃がしたとしても被害が出なかったのでよしと考えたのでしょう。本当に素晴らしい判断力です」


 男は敵の手腕を心から褒め称える。

 もっとも、それを判断したのが数馬でも門番でもなく、彼らと同じ密偵の訓練を積んだ皇帝直属のメイドだとは、流石に見抜けなかったが。


「ともあれ、相手が逃げる選択肢を許してくれて、情報も僅かながら得られたのです。ここはご厚意に甘えて退散するとしましょう」

「はい、お師匠様」


 やはりこの人は最高の密偵だと、少女は嬉しそうに頷き返す。

 そんな彼女に対して、男はほんの僅かに鋭い目つきで注意した。


「今は商人とその従者ですよ。些細なミスが命取りに繋がるといつも言っているでしょう」

「失礼致しました、ご主人様」


 慌てて言い直した少女に笑いかけながら、男は馬車の手綱を操って、帝都を去るため東の門へと向かうのであった。

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