第14話・地中を這うモノ
火野竜司の異能は凄まじく、火炎放射器どころか爆撃機でナパーム弾をばらまいたかのように、常闇樹海を真っ赤な炎で染め上げた。
幸か不幸か雨が降らなかったため、三日が経った今も樹海は燃え続けて、緑の大地を黒い消し炭へと変え続けている。
その間、一年A組の面々は騎士団長アークレイに案内されて、壊滅したコルヌー村から一番近い村で待機していた。
「翔太殿、そろそろ見回りをお願いできるか?」
「ういっす!」
朝食を終えて暫くした頃、アークレイに頼まれた風越翔太は、異能による風をまとって天高く舞い上がった。
そして、樹海の方に向かって、文字通り風の速さで飛んでいく。
「これ、どんだけ燃え続けるんだ?」
四国よりも広い大きな樹海が、既に五分の一は灰と化したのを上空から見下ろして、お気楽な翔太ですら流石に不安を抱く。
彼は学級委員長の光武英輝ほど、自然保護といった正義に興味はないが、それでも大量の動植物が焼け死んだのかと思うと、胸が少し重くなるのだった。
「だけど、魔物を倒すためだもんな」
翔太は迷いを振り切るためか、それとも罪悪感を誤魔化すためか、声に出してそう呟く。
もっとも、帝国の民で彼らを責める者などいないだろう。
長いこと苦しめられてきた魔物が大幅に減り、安全が得られただけでなく、樹海があるため手を付けられずにいた土地が開拓可能になったのである。
既に農地不足に陥っていた帝国は、敗北濃厚な戦争に打って出るか、食わせられない赤子の首をくびるか、そんな瀬戸際にいたのだ。
その問題が今回の件で綺麗に解消されたのである。この事実を知れば貴族も平民も、大人も子供も、誰もが新たな英雄達に感謝するに違いない。
その事を知らぬ翔太が、上空から樹海を眺めていると、遠い南の方で火柱が上がった。
「火野の奴、またやってんのか」
翔太は呆れて溜息を吐く。昨日、数人の騎士を引き連れて出かけた竜司が、風向きなどで炎が回らなかった所まで、火を付けて歩いているのだ。
森林火災から逃げ回っている魔物達が、帝国のある東側に向かってこないよう、炎の壁で蓋をするという名目の行動だが、竜司は単純に自分の異能を振るいたいだけであろう。
「やり過ぎだろ」
翔太はそう呟きつつも、竜司の気持ちも分かるだけに強く非難はできない。
医者の娘・薬丸志保などは毛嫌いしているが、彼は自分の異能が好きだし、力を思い切り使うのが楽しかった。
例えば、今こうして空中を自在に飛び回っている爽快感は、異世界に来なければ絶対に体験できなかっただろう。
それに悪い事だが――悪い事だからこそ、暴力を振るって物を破壊するのは楽しい。
翔太とて友人の土岡耕平が作った土の壁を、風の刃で切り裂いたりして遊んでいたのだ。放火を楽しむ竜司と根っ子はそう変わらないのだろう。
「ひょっとして、だから委員長は――」
英輝が強固に反対した理由を、うっすらと感じ取ったその時だった。
黒く焼け焦げた樹海の土が、急に盛り上がったかと思うと、大量の土砂を撒き散らして、地中から巨大な生物が姿を現した。
「な、何だありゃっ!?」
それは真っ白いムカデのような姿をしていたが、その大きさが尋常ではない。電車三両分、六十mはあるだろう。
地球で最大の生物・シロナガスクジラすら超えており、とても陸上では生存できそうにないほど巨大生物が、数えるのも馬鹿らしい数の足で大地を粉砕しながら、アークレイ達がいる村の方に向かって進んでいった。
「……ヤベえじゃんこれっ!」
あまりのおぞましさに暫く固まってしまった翔太だが、正気に返ると慌てて村に飛び帰る。
そして事情を説明すると、アークレイ達は一斉に険しい表情を浮かべた。
「『
「えっ、マジでいるの?」
翔太の報告を冗談だと思っていたのか、笑って聞いていた耕平に、アークレイは深く頷き返す。
「天空の支配権を賭けた戦争に敗れ、地下に追放された竜の一種だと言われている。度々人里に現れては畑も家も丸ごと呑み込み、幾つもの村を壊滅させてきた化け物だ。三百年前に召喚されたアース人が絶滅させたと、言い伝えにあったのだがな」
「…………」
天災のごとき化け物が実在した事を驚くべきか、それを滅ぼした自分達の先輩を恐れるべきか、耕平は判断に迷って黙るしかなかった。
そんな彼を余所に、アークレイは納得の表情を浮かべる。
「だが、これで分かった。魔物達が度々樹海から出てきたのは、キング・クロウラーに襲われたせいに違いない」
魔物とて馬鹿ではない。特にゴブリンのように人型で知能が高いものは、人間を襲えば必ず報復に遭う事を理解している。
それなのにコルヌー村を襲ったのは、キング・クロウラーの襲撃を受けて、樹海から追われたせいなのだろう。
「逃せばこの先にある村々が食われるだけでなく、樹海の脅威が永遠に取り除かれない。だから頼む、キング・クロウラーを倒すために君達の力を貸して欲しい」
「お願いします!」
深く頭を下げるアークレイに続いて、騎士達も一斉に頼み込んでくる。
そんな彼らに向かって、剣崎武美が笑って答えた。
「水臭いぞ。無辜の人々を守るために私達は来たのだ、今さら逃げるものか。なあ?」
「……あぁ」
同意を求められた英輝は、複雑な内心を隠して頷き返す。
魔物を殺す事によって、人殺しに対する忌避感まで失うのではないかという懸念は、今も彼の胸に渦巻いている。
だがそれでも、罪なき人々を見殺しになどできない。
「そのキング・クロウラーを俺達の手で倒しましょう」
「ありがとう」
葛藤を呑み込んで差し出された英輝の手を、アークレイは笑顔で握り返す。
それに水を差すわけでもないが、志保が弱音を口にする。
「でも、本当に大丈夫なの? 火野君も金剛君もいないのに……」
竜司が暴走した時の抑え役と、魔物に襲われた時に騎士達を守るために、金剛力也も樹海に火を放つ一行に加わっていた。
喧嘩慣れして戦いに抵抗感がない竜司と、今のところ唯一の実戦経験者といえる力也が欠けるのは、確かに精神的な面で不安が残る。
しかし、そんな志保達の弱気を吹き飛ばすように、アークレイは強気に笑った。
「君達の先輩に負けて逃げたような奴だ、恐れる事はない」
実際、勇敢さというか獰猛さはともかく、異能の強さなら一年A組の面々も先人に負けてはいない。
恐れず実力を発揮できれば、負ける要素はなかった。
「安心してくれ、俺に良い考えがある」
「それ失敗フラグじゃね?」
思わず苦笑を浮かべる翔太を余所に、アークレイは作戦を説明する。
それから十数分後、準備を整えて村の境で待ち構えていた彼らの前に、土煙を上げて巨大なキング・クロウラーが現れた。
「デカっ!?」
「あれだと私は役に立てんな」
耕平が驚愕の声を上げて、武美が口惜しそうに剣の柄を叩く。
彼女は異能『剣豪』による高い身体能力と先読みがあるため、巨大生物が相手だろうと攻撃を避けきる自信はあった。
しかし、彼女の攻撃手段はあくまで剣――人間大の敵を想定した武器による斬撃しかない。巨大生物を殺せる破壊力はなかった。
そう無念がる武美の肩を、アークレイが叩いて励ますなか、キング・クロウラーは獲物の匂いを嗅ぎ取って歓喜したのか、突進してくる速度を上げた。
「オギャアァァァ―――ッ!」
「翔太殿っ!」
「ま、任せとけ!」
キング・クロウラーの不気味な雄叫びに気圧されないよう、大声で呼び背中を叩いてくるアークレイに、翔太も気合いを入れて応える。
そして、迫ってくる電車並の巨大生物に向かって、『風使い』の異能を全力で解放した。
「止まれっ!」
翔太の掌から竜巻のごとき暴風が放たれ、真っ正面からキング・クロウラーを呑み込む。
その力は凄まじく、三百トンを超える巨体の突進を止めるどころか、そのまま宙に浮き上がらせてしまった。
「耕平っ!」
「おうっ!」
翔太の叫びに応じて、今度は耕平が『土使い』の異能を発動させる。
大地が隆起しながら圧縮され、鋼よりも硬い巨大な槍と化す。
そこに向かって、翔太がキング・クロウラーの巨体を落とした。
「オギャアァァァ―――ッ!」
土の槍に腹を貫かれて串刺しとなったキング・クロウラーが、絶叫を上げながら激しく身悶えする。
英輝はそれに哀れみを覚えながらも、掌から光の剣を生み出した。
「…………」
喉元まで出かかった謝罪の言葉を呑み込んで、剣を空に掲げながら力を解放する。
一m程度だった光の刃が、一瞬で何百倍もの長さに伸びて、目も眩む輝きを放つ。
英輝はその巨大な剣を羽よりも軽々と扱い、動けぬキング・クロウラーに向かって振り下ろした。
「ギャ――」
悲鳴を上げていた口から暴れていた下半身まで、真っ二つに斬り裂かれる。
そして、断面から黄色い血の雨を撒き散らしながら、白い巨体が大地に沈む。
四百年余りの時を生き、何万という生命を食らってきた樹海の王の、あまりにも呆気ない最期であった。
「……勝った」
後ろで見守っていた騎士達が呆然と呟く。
普通の兵士では千人集めても勝てるか分からない巨大な化け物が、たった三人の少年によって、一分と掛からず仕留められたのである。
アース人の異常な能力は理解していたはずだが、それでもにわかに信じがたい光景であった。
「え~と……やったぜ!」
静まり返った空気を吹き飛ばすように、翔太が拳を上げてガッツポーズを決める。
それを見て、騎士達は驚愕から抜け出して、一斉に歓声を上げた。
「素晴らしい。流石はアース人の皆さん!」
「まさに伝説の再来。新たな英雄の誕生だ!」
「いや~、そんな大したものじゃ」
「…………」
慣れない絶賛を浴びた耕平が、照れながらも鼻を高くする横で、トドメを刺した英輝だけは浮かない表情で黙っていた。
それに気がついたアークレイが、彼の肩を強く叩く。
「英輝殿、貴方達の活躍で何千何万という民が救われた。本当にありがとう」
「……いえ、当然の事をしたまでです」
改まった口調で礼を告げられた英輝は、まだ迷いが残った顔をしながらも受け入れる。
今日、手を汚して異世界の価値観にまた少し染まった事が、いずれ大きな悲劇を招いたとしても、罪なき人々を守った事だけは決して間違いではないと、自分に言い聞かせるように。
そんな英輝の葛藤を知らぬ翔太が、キング・クロウラーの死体から漂う臭気に顔をしかめる。
「しかし、くせーなこれ。どうすんの?」
「火野の奴に焼かせればいいだろう?」
「そんなこと言ったらキレそうで嫌だな。『俺に残飯処理をさせんじゃねえ』ってさ」
「はははっ、竜司殿なら言いそうですな」
「それよりも、また獲物を盗られたと拗ねるのでは?」
武美や耕平に騎士達も加わって、揃って鼻を摘まみながら笑い合う。
この日、三百年の長き時を経て、異世界・アースより招かれた英雄達が、この世界の歴史に大きく名を刻んだ。
その噂は樹海を焼いた炎よりも早く広まり、近隣諸国に大きな衝撃をもたらす事となる。
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