第13話・光武英輝《みつたけひでき》【光使い】・02
騎士達から称えられて涙を流す金剛力也の姿を見て、学級委員長の光武英輝は感動するどころか危機感を覚えていた。
(金剛が帝国に懐柔されてしまう)
自国民の仇を討ち、近隣の安全を取り戻してくれた事に示した、騎士達の感謝と尊敬は本物だろう。
ただ、何やらトラウマを抱えていたらしい力也の心を慰め、仲間に加えて強大な力を利用しようという、打算も潜んでいるように感じられたのだ。
(だが、どう注意すれば……)
この場で「帝国の騎士達を信用するな」などと告げても、急に変な事を言い出した奴と苦い顔をされて、彼の信用が失われるだけだろう。
そう英輝が悩んでいる間に、騎士団長アークレイは敬礼を解いて、土岡耕平の方に目を向けた。
「耕平殿、悪いが大きな穴を掘って貰えないか。せめて村人達を大地に返して弔ってやりたい」
「わ、分かった」
耕平が『土使い』の力で墓穴を掘るのを見て、騎士達は家々を回って遺体の回収を始めた。
「あの、私達もお手伝いを……」
「いや、このような汚れ仕事は俺達に任せて、お嬢ちゃん達は休んでいてくれ」
顔を真っ青にした薬丸志保の提案を、アークレイがやんわりと断る。
だが、剣崎武美はその言葉を無視して、騎士達の横に並んだ。
「不要な気遣いだ。死者を弔わずただ見ていたなどと言ったら、父上に叱られてしまう」
自分とて初めて目にした惨劇に竦み、手足に震えが残っているというのに、意地を張って遺体を拾いに向かう武美の姿に、アークレイは笑みを浮かべた。
「武美はイイ女だな」
「そ、そんな戯れ言を口にする暇があったら、お前も手を動かせ!」
「へいへい、仰せのままに」
顔を真っ赤にして怒る武美を追って、アークレイも遺体の回収を始める。
そうして残された英輝達の横で、暴れる機会を失った火野竜司が、舌打ちしながらゴブリンの死体に火を放った。
「ちっ、一匹くらい残ってねえのか?」
「おい、止めろよ」
死体が焼け焦げる悪臭に、風越翔太が吐き気を堪えて文句を言う。
そんな事をしている間に遺体の回収は終わり、大きな墓穴にまとめて入れた後で、耕平が土を盛って埋葬は終わった。
「我らが友よ、再び巡り会うその時まで、大地の腕に抱かれ、安らかに眠りたまえ」
アークレイが代表して簡単な冥福の言葉を送り、英輝達も両手を合わせてお祈りをした。
(異世界で仏様に祈ってもご加護があるのだろうか?)
そんな疑問を抱く英輝を余所に、アークレイは退屈そうに欠伸をしていた竜司に目を向ける。
「竜司殿、ゴブリン共の死体ごと、村の建物を焼き払って貰えるか?」
これだけ血塗れになっては、染みついた臭いや汚れは洗っても落ちない。
また、縁起が悪いので浄化してから建て直した方が、移住してくる者達にも良いのだろう。
「はっ、ゴミ掃除かよ」
竜司は不満そうな台詞を吐きつつも、嬉々とした表情で炎を放った。
紅蓮の炎が大蛇のごとくうねり、三十名ほどの村人達が暮らしていた家々を、瞬く間に炭へと変えていく。
英輝達は炎に巻かれないよう少し離れた場所で、一つの村が消えていくその光景を見守るのだった。
「アース人の皆様、この度はご助力頂き、誠に感謝申し上げる」
「いや、そんな大した事は……」
改まった口調で礼を告げてきたアークレイに、英輝は先程抱いていた不信感も忘れて、思わず謙遜した返事をしてしまう。
そんなお人好し日本人の
「ついでと言っては何だが、魔物の脅威を取り除くために、この機会に常闇樹海を焼き払いたいのだが、お力を貸して頂けるだろうか?」
「樹海を焼き払うだってっ!?」
驚愕する英輝達に対して、アークレイは冷静に説明する。
「竜司殿の力で樹海に火を放ち、焼け出されてきた魔物達を皆の力で討って頂きたい。そうして巣である樹海を焼き払い、全滅とはいかなくとも大幅に数を減らす事ができれば、魔物の脅威が消えて民が安心して暮らせるようになる」
常闇樹海から現れた魔物によって、畑や家畜が襲われたり、今回のように村が全滅するような事は、白翼帝国が抱える最大の悩み事だったのだ。
「樹海を焼き払って魔物を減らすという作戦自体は、ずっと以前から検討されていた。ただ、巣を失った魔物達が暴れ出したら、周辺の人里が襲われるどころか、下手をすれば帝国が壊滅しかねない打撃を受けてしまう」
そのため、机上の空論として見送られてきたのだが、今は魔物を樹海ごと滅ぼせる、アース人達という戦力が整った。
「情けない話だが、俺達ではこうして被害が出た後に動く事しかできない。だが、君達ならば悲劇の元凶を取り除く事ができる。だから、どうか力を貸して欲しい」
「いいぜ、やってやろうじゃねえか」
頭を下げて頼み込むアークレイに、竜司が満面の笑みで頷き返す。
二十一世紀の日本では大罪となる、樹海を焼き払うという大規模な破壊行為が、面白くて仕方ないのだろう。
そんな彼らを見て、英輝は血相を変えて叫んだ。
「樹海を焼き払うなんて、そんな真似が許されるわけないだろ!」
「英輝殿?」
猛烈に反対する英輝に対して、アークレイや騎士達は何故か不思議そうに首を傾げた。
「俺の独断専行が過ぎると心配しているのか? なら問題はない。これは皇帝陛下直々のご命令だ」
「そうじゃない」
「ならば魔物を討ち漏らして、人里に被害が出るのを心配しているのか? そちらも問題はない。コルヌー村が襲われたという話が伝わった時点で、近隣の村人達を帝都の近くまで避難させるよう、陛下が指示を下された。今も第二兵団を中心に――」
「違う、大規模な自然破壊だぞ。そんな悪行が許さるはずがない!」
アークレイの説明を遮って、英輝は怒声を張り上げる。
しかし、騎士団長達はまた揃って首を傾げるだけだった。
「すまない、英輝殿が何に怒っているのか分からんのだが」
「森の女神が怒るとか、信仰の話だろうか?」
「樹海を焼くのではなく、木材として有効活用するべきという事では?」
「それは無理だろう。魔物の襲撃を警戒しながら伐採を続けるなんて危険だし、彼らの力を以てしても何年かかるか分からん」
騎士達はあれこれと推測を口にするが、英輝の心情には掠りもしない。
「いや、そうじゃなくて、人間の都合で森を焼くなんて悪い事じゃないか」
英輝は戸惑いながらも同じ言葉を繰り返す。
すると、アークレイ達はポカンと口を開いて、唖然とした表情を浮かべた。
「森を焼く事の何が悪いんだ?」
「……はっ?」
一瞬、言っている事の意味が分からず、英輝の方も唖然としてしまう。
そしてようやく、自分と彼らの間にある決定的な溝を悟った。
(こっちの人達は自然破壊を悪い事だと思っていないんだ)
少し慣れてきたといっても、ここは異世界なのだ。常識が違って当然である。
そもそも、地球でさえ自然破壊が悪と騒がれるようになったのは、ここ二百年程度の事でしかないし、日々の生活に困窮している発展途上国では、今でも焼畑農業などが行われていた。
自然を守ろうなんて言えるのは、そんな贅沢が許されるだけの豊かさを持った、先進国だけの話にすぎない。
もっと言えば、自然を守る――保護してやるという上から目線の発言は、人間が科学の力で自然に勝利したから出せる言葉なのだ。
二十一世紀になっても、台風や地震といった自然災害に対して、人間は無力だと言われるが、それは個人単位での話である。
人類という種族全体で見れば、人間はとっくに自然を越えていた。
かつては魔の領域であった森を伐採し、平らな田畑へと変え、荒れ狂う龍に例えられていた川を、ダムや堤防によって都合良く操っている。
そして、核兵器や細菌兵器といった手段と犠牲を問わなければ、あらゆる動植物を絶滅させる事が可能だった。
そんな地球の人類に比べれば、この異世界人達はなんとか弱い事か。
魔術という力があっても、中世程度の文明レベルでは、魔物という脅威が加わった自然に対して、人類は蹂躙される弱者でしかない。
だから、樹海を焼き払う行為も、強者への必死な抵抗でしかなく、自然破壊は悪だなんて発想自体が生まれてこないのだろう。
「それでも、自然を破壊するなんて駄目だ」
異世界人の価値観を理解しながらも、英輝は身についた倫理観を捨てる事ができず、アークレイ達を止めようとする。
だが、そんな彼の意見を、他ならぬ地球人が否定した。
「ちっ、グダグダとウゼえな。こいつらが良いって言ってんだから、テメエは黙ってろよ」
竜司が苛立たしげに英輝の腰を蹴って退かし、樹海に向かって歩き出す。
「待て、火野っ!」
慌てて止めようとする英輝の前に、武美が険しい顔で立ち塞がる。
「止まれ光武、今回ばかりは火野の方が正しい」
「だが、森を焼くなんて――」
「ならば、この惨劇がまた起きてもいいと言うのか」
英輝の言葉を遮って、武美は村人達が葬られた墓を指さす。
「幼い子供達まで無残に殺されて……こんな事を再び許すくらいなら、森など焼き払ってしまった方がマシだ!」
遺体の回収を手伝い、犠牲者達の惨たらしい姿を目にしたからこそ、武美は涙を浮かべて必死に叫ぶ。
そんな彼女の横に、金剛力也も静かに並んだ。
「…………」
無言で英輝を見詰める彼の瞳には、魔物殲滅の邪魔は絶対にさせないという、強い意志が宿っていた。
「お前達……」
不良の竜司はともかく、真面目な武美や力也にまで反対されてしまい、英輝は狼狽えて他の仲間達を窺う。
しかし、風越翔太や薬丸志保達も、積極的に止める様子こそ見せなかったものの、人命よりも自然環境の保護を訴える彼に対して、嫌悪に近い表情を浮かべていた。
「みんな、違うんだ、俺は……」
英輝は慌てて弁解しようとしたが、結局は何も言えずに黙り込んでしまう。
彼は別に過激な環境保護論者ではない。自然よりも人命の方が大切だと思うし、この状況においては樹海を焼き払う事が正しいとも分かっている。
少なくとも魔物の脅威を取り除ける、何らかの対案すら出せないのでは、反対する権利などない。
それでもムキになって止めようとしたのは、言いようのない不安に襲われたからだった。
(皆が異世界に染まってしまう)
自然環境を保護するべきだという地球の価値観を捨てて、自分達を守るためなら森を焼き払い、魔物とはいえ他の生物を皆殺しにしてもいいと、異世界の価値観に染まってしまう。
一見正しい道理に従っているだけで、些細な変化にすぎないのかもしれないが、最もマズい方向へ――人間を害する事さえいとわない、殺戮への一歩を踏み出しているのではないか。
それこそが、彼らを人間同士の戦争に利用しようという、皇帝の狙いなのではないだろうか。
(ここを踏み外したら、きっと止まる機会を失う)
英輝は直感的にそう理解しながらも、樹海に炎を放つ竜司にも、それを見守る武美達にも何も言えず、ただ己の無力さに打ちひしがれる事しか出来なかった。
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