第11話・天園神楽《あまぞのかぐら》【ネット通販】・02

 オタク少女・天園神楽は自室のベッドで寝転がり、漫画を片手にメイドお手製のクッキーを食べるという、悠々自適な異世界ライフを満喫していた。


(学校にも行かず、漫画を読み放題とか最高っ!)


 勉強はともかく、運動や学校行事が苦手な神楽にとって、異世界での生活は慣れてしまえば、地球にいた頃よりも快適であった。

 最初は口に合わなかった料理も、定食屋の息子・味岡料助が作るようになってからは、驚くほど美味しくなった。

 米や醤油といった異世界になかった食材も、神楽の異能で取り寄せられるので、今後も食事で困る事はないだろう。

 掃除洗濯は全てメイドがしてくれるし、下着や生理用品も異能で買い揃えられるので、衣食住の全てに不満がない。

 唯一の欠点と言えば、アニメ鑑賞やゲームといった、電気やネットが絡む娯楽が楽しめぬ事だろう。


(まぁ、レトロゲーを遊ぶ良い機会かもしれないけれど)


 神楽は机の上に置いてある、乾電池式の携帯ゲーム機に目を向ける。

 彼女達が生まれる前に発売されたそれが、まさか異世界で遊ばれる日が来ようとは、流石の花札屋も想像しなかっただろう。


(でもやっぱり、最新機種で遊びたいな。発電機を買えばいけそうだけど――)


 そんな事を考えていると、扉をノックする音が響いてきた。


「神楽よ、いるか?」

「はい♡ いや、ちょっと待って!」


 声で誰か悟った神楽は、喜色満面で返事をしてから、慌てて乱れた髪や服装を整える。

 そして深呼吸をしてから扉を開けると、皇帝アラケルがいつも通り美しい顔に、輝く笑みを浮かべて立っていた。


「邪魔をするぞ」

「は、はい……」


 イケメンが自分の部屋を訪れるという、地球では一生ありえなかったイベントに、神楽は口から心臓が飛び出そうなほど緊張してしまう。

 しかし、皇帝の手に握られていた美少女フィギュアに気がついて、甘い感情は消し飛んでしまった。


「あの、それは?」

「話していなかったか? 健造に作って貰った売り物である」

「あぁ、なるほど」


 神楽は思い出して手を打つ。美形の皇帝が側にいると舞い上がってしまい、会話がなかなか頭に入ってこないのだが、確かにそんな話をしていた。


「早速で悪いが、売る準備をして貰えるか」

「はい」


 差し出された美少女フィギュアに向かって、神楽は手をかざす。

 すると光り輝く次元の穴が現れて、フィギュアを呑み込み、オークションサイトのウィンドウが現れた。


(ネットオークションも使えるなら、普通にサイト観覧とかネトゲもできればいいのに)


 ほとんどスマホやパソコンと変わらないのに、変な所で融通が利かない能力だと、神楽は不満を抱く。

 おそらく『ネット通販』であるために、ネットを使った物品の売買に限定されているのだろう。

 逆に言うと、売買できるのならばどんなサイトであろうとも繋げられる。仮に海外の銃器販売店であろうとも。


(流石に銃はヤバいよね……)


 神楽もいくつか異世界転移物の作品は読んでいたので、中世ファンタジー世界に現代の銃火器を持ち込む行為が、どれほど危険かは理解している。

 なので、皇帝に頼み込まれても銃だけは買わないつもりでいた。

 もっとも、銃が出てくるアクション漫画を平気で購入し、それを皇帝に見られているあたり、決意に反して迂闊な事しかしていなかったが。


「フィギュア、一点物、完成品――」


 神楽はウィンドウを操作して、フィギュアの出品情報を入力していく。

 本や生活用品の購入資金を稼ぐため、今までも皇帝に頼まれて、こちらで作られた木製の椅子や金の細工物などを売ってきたので、手慣れたものであった。


(しかしこれ、参考画像とかどうなってるんだろ?)


 次元の穴に放り込んだだけで、アングルも照明もばっちりの写真が上がってくるのは、便利だが本当に謎である。


(梱包もどうなっているのかよく分からないし)


 今までの落札者曰く「迅速かつ丁寧な対応でした」との事なので、傷つかないようにしっかり梱包されたうえで、最速で出荷されているのだろう。


(地球側で妖精さんが働いたりしているのかな?)


 童話『小人の靴屋』みたいに働いている姿を想像すると可愛らしい。

 というか、深く考えると怖くなってくるので、神楽は思考を止めて事務的に入力を進めた。


「こんなものかな」


 最低落札額を二万円、入札期限を五日=百二十時間に設定して出品する。

 すると、残り時間が見る間に減っていくのと同時に、少しずつ入札金額が増えていった。



(これも本当に謎だよね)


 地球とこちらでは時間の流れが違うのか、それとも神楽の異能に時間を飛ばしたり、好きな時間軸に干渉する力でもあるのか。

 何にせよ、注文した物が瞬時に現れる時点で、時空間に関与している事は疑いない。


(いかん、考えるのはやめやめ)


 神楽が頭を振って余計な思考を追い出している間に、入札期限が過ぎてフィギュアの落札が終わっていた。


「五万円か。あんまり伸びなかったけど、売れただけマシかな」

「確か一万円が大銀貨一枚くらいの価値であったか。あの芸術品が大銀貨五枚とは安すぎるであろう?」


 不満そうに眉を曲げる皇帝に、神楽は得意げに説明する。


「有名なモデラーの作品ってわけでもないし、嘘みたいにできが良すぎたから、画像の加工を疑われたのかも。フィギュアの出品は今回が初めてで信頼もないし」

「ふむ、良品が高く売れると限らぬのは異世界も同じか」

「まぁ、少しずつ健造の名前と作品の良さが広まっていけば、もっと高値で――あわわっ、すみません!」


 いつの間にかため口を利いていた事に気がついて、神楽は慌てて頭を下げる。

 しかし、それを見た皇帝は不思議そうに首を傾げた。


「急にどうしたのだ?」

「いえ、皇帝陛下に馴れ馴れしい口を利いてしまったので……」

「なんだ、そのような事か」


 萎縮する神楽の肩を、皇帝は親しげに叩く。


「健造にも告げたが、其方らは余の臣下ではないのだ。媚びへつらう必要などない」

「で、でも……」

「それに」


 皇帝は一度言葉を句切り、神楽の頬を優しく撫でた。


「余は其方と、もっと親密な関係になりたいと願っている」

「へ、陛下っ!?」

「アラケルと呼んでくれ」


 皇帝は甘い声で囁き、彼女の唇を人差し指で撫でてくる。

 まるで恋愛漫画のような急展開に、神楽は頭の中が沸騰しながらも必死に思考を巡らせた。


(いやいや、ありえないし。こんな超絶イケメンが私みたいなオタク女に恋とか、絶対にありえないし! どうせ私の体、というか異能が目当てに決まってるから。体よく利用して捨てるに決まっているから! うん、ここは毅然と断るのよ私っ!)


 神楽は己に活を入れ、深呼吸をして気持ちを落ち着けると――


「はい、アラケル様♡」


 蕩けた表情で皇帝の名を呼んだ。


(私のバカァァァ―――ッ!)


 オタクで喪女歴十五年の己を呪う神楽から、皇帝は静かに離れる。


「そろそろ夕食の時間であるし、失礼するとしよう」

「あ、あの、今のは……」

「また明日会おう、余の神楽」


 皇帝は太陽のごとき笑みを浮かべると、扉を開けて部屋から出て行った。

 一人残された神楽は、腰が抜けてベッドに座り込むと、枕を抱きしめて悶絶する。


「余の神楽って、私は貴方の物じゃないってのぉぉぉ―――っ♡」


 口では否定しながらも、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべ続ける彼女の姿からは、説得力の欠片も感じられなかった。





 その日の夜、皇帝は自室でメイド長のイリスから報告を受けていた。


「金家成美様など一部の方からは、まだ生活面での細かな不満が上がっていますが、大多数の方々はこちらの生活にも慣れ始め、メイド達とも上手くやっているようです」

「それは良かった」


 皇帝は満足げに頷く。アース人達が不満を募らせて暴れれば、白翼帝国など容易く吹き飛ぶのだ。その兆候が無いのは何よりの朗報である。


「やはり、天園神楽様の尽力が大きいようです」


 イリスは今日も皇帝が会ってきた少女の名を告げる。

 アース人達がこちらに来た当初は、やれ尻を拭く紙がないだの、暇だからゲーム機を寄こせだのと、こちらの努力ではどうにもならない不満を漏らしていた。

 その大半を解消してくれたのが、異世界の商品をこちらに持って来られるという神楽の異能『ネット通販』だった。


「うむ、神楽と出会えた事は本当に幸運であった」

「…………」


 我が事のように喜ぶ皇帝を見て、イリスは無言で口をへの字に曲げる。


「何だ、妬いておるのか?」

「はい、妬いております」


 イリスは素直に認め、意地悪な笑みを浮かべる愛しい人の手を抓る。

 そんな二人の間に流れていた甘い空気を破るように、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「陛下、一大事にございます!」


 血相を変えて駆け込んできたのは、むさ苦しい髭面の騎士団長・アークレイであった。

 彼は皇帝と、その手を抓るイリスの姿に気がついて、慌てて頭を下げる。


「これは失礼致しました」

「――っ!?」

「よい、それより何事ぞ」


 イリスが羞恥に頬を染めながら素早く離れるなか、皇帝は苦笑し、それから直ぐに真剣な表情で話を促す。


「このような時間にノックも忘れる一大事とは、良い報告ではあるまい」

「はい、悪い報告にございます」


 アークレイも険しい表情を浮かべ、重々しく告げた。


「早馬からの伝言で、まだ確証は取れておりませんが……西のコルヌー村が、魔物の襲撃を受けて壊滅したと」


 それは、呑気に異世界を満喫していた少年少女達が、血みどろの闘争へと駆り出される戦鐘の音色であった。

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