第10話・産形健造《うぶかたけんぞう》【物質操作】

 一年A組の面々が異世界に召喚されてから、既に三週間が経っていたが、その中で最も異能を使いこなしていたのは、フィギュアモデラーの産形健造に違いなかった。


「やるか」


 自室として宛がわれた屋敷の一室で、下絵を描いてイメージを固め終えた健造は、まずフィギュアの芯を作るため針金を手に取る。

 以前はドリルを使って捻っていたのだが、今の彼にはもう必要ない。指をかざしただけで針金が勝手に捻れ、躍動感のある人型に変わっていった。


「よし」


 指先で微調整を終えた針金に、天園神楽の異能『ネット通販』で取り寄せた石粉粘土で肉付けをしていく。

 彼の異能『物質操作』は、両手で挟める程度の範囲に限られるが、あらゆる物質を自在に操れるという、サイコキネシスのような力である。

 そのため、粘土で手を汚す必要もなくなったのだが、肉付けは指で直に行う。単純にそれが楽しいからだ。


「さてと」


 大まかな肉付けが終わったら、あとはひたすらヘラで整えナイフで削り、理想の形を整えていく行程に入るのだが、ここでは異能を使う。

 何故なら、とにかく早くて正確だからだ。健造がイメージした通りに、マイクロ単位で粘土を操れるから、1/8サイズ・フィギュアの下着に、実物と変わらない密度でレースの刺繍を入れる事すら容易かった。

 また、カッターが入らない狭い部分の加工や、粘土のヒビ割れを跡形もなく結合できるなど、今までの道具では難しかった事が簡単にできる。

 特に便利なのが、石粉粘土の弱点である長い乾燥時間を、水分だけ飛ばして一瞬で完了できる事だった。


「よしよし」


 普通なら半月はかかる造形作業が半日とかからず終了して、健造は会心の笑みを浮かべる。

 丁度その時、部屋の扉がノックされた。


「邪魔をしてもよいだろうか」

「あっ、はい!」


 健造が驚きながら返事をすると、扉が開けられて金髪の美青年・皇帝アラケルが現れた。


「こ、皇帝さ……陛下」

「敬称など付けずともよい。其方は余の家臣ではないのだからな」


 慌てて言い直した健造に、皇帝は気さくに言い返しながら部屋の中に入ってくる。

 そして、造形を終えたばかりの美少女フィギュアに目を留めた。


「ほぅ、実に見事だ」


 皇帝は感嘆の溜息を漏らす。実際、健造のフィギュアは素晴らしい出来だった。

 まだ色も塗っていないというのに、全身から筋肉の躍動感が迸り、肌には血が通っているような生命の息吹を感じさせる。

 衣服は細かいシワまで再現されながら、強度の限界まで薄く作られており、フィギュア特有の野暮ったさがない。

 これは異能のお陰もあるが、健造のモデリングセンスが優れているからに違いなかった。


「実に素晴らしい像だ。健造よ、其方ほどの芸術家はこの世に二人と居らぬであろう」

「い、いや」


 皇帝から手放しの称賛を受けて、健造は頬を赤くしながらも気まずい顔をする。


「でもそれ、オタク向けの萌えフィギュアだし……」


 皇帝は知る由もないが、健造が作っていたのは大人気アニメの美少女キャラである。

 胸の谷間から先端の突起、下着のスジまで作り込んであり、良く言えばエロティックな、悪く言えばキモい代物であった。

 一年A組のクラスメート達でも、天園神楽のようなオタク以外は、間違いなくドン引きするであろう。

 漫画やアニメを知らない異世界人なら尚更だと、健造は真っ赤になって恥じらうが、皇帝は罵声を吐いたりはせず、真剣な表情でフィギュアを見詰めた。


「確かに、顔などは特徴的な簡略化がされており、見慣れぬ故に奇異な印象を受けるが、それを差し引いてもこの像が素晴らしい事には変わりない」

「で、でも……」


 まだ自虐を続けようとする健造の肩を、皇帝は優しく叩いた。


「万人に理解される芸術など存在せぬ。ただ、余はこの像を美しいと感じた。それを否定してくれるな」

「……はい」


 まだ劣等感が消えたわけではないが、少しだけ認められた気がして、健造は小さな笑みを浮かべる。

 皇帝はそれを見て満足げに頷き、フィギュアを机に戻した。


「それで、売り物の方はできたであろうか?」

「は、はい、それならこっちに」


 健造は棚に飾ってあった、彩色済みの完成フィギュアを持ってくる。

 まだ異能の扱いに慣れていなかった初期作品のため、今の目で見ると荒い箇所が目立つが、それでも普通のモデラーでは不可なほど、繊細に作り込まれた美少女の像であった。


「こちらの出来も素晴らしい、きっと高値がつくであろう。感謝する」

「い、いえ、自分達のためですから」

「では、あまり作業の邪魔をしても悪いし、これで失礼する」


 謙遜する健造からフィギュアを受け取ると、皇帝は部屋から出て行った。





 廊下に出て扉を閉めた皇帝は、心の中で独りごちる。


(まだ早いな)


 趣味のフィギュア作りにしか役に立たないと、健造本人は卑下している『物質操作』の異能を、皇帝は高く買っていた。

 何故なら、あの異能を使えば念願の兵器『銃』を作る事が可能だからだ。

 それも最初のアース人達が持っていた物よりも、遥かに凶悪な代物を。


自動小銃アサルトライフルと言ったか。あれが手に入れば戦場は激変するであろう)


 暇を持て余した一年A組のために、神楽が『ネット通販』で取り寄せた漫画の中に、そういった兵器の描写が見られたのだ。

 まだ日本語を習得したメイドが少ないのと、怪しまれるのを警戒して深く追及していない事も合わさって、自動小銃やその他の兵器に関する詳細な情報は掴めていない。

 だがいずれは、兵器やその製造方法に関する専門書を取り寄せて、銃を手に入れるのが皇帝の目論見であった。


(問題は健造にしか作れぬ事か)


 漫画の絵で見ただけだが、自動小銃を構成するパーツは精密すぎて、帝国の鍛冶師では作れない事が分かった。

 異世界から得られた知識によって、急速に技術革新を果たしたとしても、帝国が自力で自動小銃を量産できるようになるまで、最低でも二百年はかかるだろう。

 それまでは健造にしか作れない。そして、健造が作る事はありえなかった。


(此度のアース人達は極端に流血を嫌っておるからな)


 反乱を起こされぬよう、狙ってそういう大人しい人物を召喚したのだし、火野竜司のように血の気が多い例外もいるが、少なくとも健造は争いを好む質ではない。

 人殺しの武器を作れと命じても、決して頷いたりはせず、下手をすれば脱走する危険性すらあった。

 よって、すぐに自動小銃を入手するのは不可能である。地道に帝国の技術力を向上させる他にない。


(無念であるが、健造ほどの芸術家を失えぬ)


 皇帝は苦笑を浮かべ、手に持った美少女フィギュアを改めて眺める。

 欲を掻きすぎれば全てを失うのは、歴史が証明している。自動小銃が手に入らぬのは惜しいが、この芸術品が得られるだけでもありがたい話であった。


(金策のために売らねばならぬのが、また無念であるが)


 皇帝は惜しむようにフィギュアを眺めてから、ある人物の元へ向かうため、屋敷の廊下を進んでいった。

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