第8話・鳥羽遊子《とばゆうこ》【賭博師】

 一人のメイドと連れだって、城下街へと繰り出した褐色金髪の遊び人・鳥羽遊子だったが、三時間もすると既に飽きがきていた。


「はぁ~、マジで何もなくね?」

「申し訳ございません」


 酒場でエールを飲みながら愚痴をこぼす遊子に、お供のメイド・ドルミーレは深く頭を下げて謝罪する。


「カラオケやクラブがないのは仕方ないけどさ~、ショッピングすらろくに楽しめないとかマジありえないし」


 そう文句を言いながら、宝飾店で買って貰った銀のネックレスを弄る遊子に、ドルミーレは無言で苦笑を浮かべる。

 とはいえ、遊子が買い物をあまり楽しめなかったのも事実だった。

 何せここは二十一世紀の日本と比べて、何百年も技術が遅れている異世界である。

 服屋に行っても最先端のブランド物どころか、色取り取りのプリントTシャツすら売っていない。庶民向けの簡素な単色の服――遊子の目には「ダサい」物しか置いていなかったのだ。


「ドルっちのメイド服みたいのすらないしさ~」

「これは自分達で縫った物ですから、お店では売っていないかと」

「せめて替えの下着くらいは欲しかったのに~」

「ご満足頂けるかは分かりませんが、遊子様達の服は職人達に急いで作らせますので、どうかお許し下さい」

「別にドルっちのせいじゃないけど~」


 頭を下げるメイドに手をふりつつ、遊子は溜息を吐いてテーブルに寝そべる。

 かと思うと、急に閃いた様子で顔を上げた。


「あっ、神楽っちに買って貰えばよくね?」


 オタク少女・天園神楽の異能は『ネット通販』である。当然、本だけでなく服だって買う事ができた。

 買い物は現物を見ながらじっくり吟味したい派の遊子であるが、異世界のダサい服を着るよりは遥かにマシである。


「マジか、神楽っちやるじゃん!」


 あまり話した事のなかったオタク少女が、まるで救いの女神に思えてきて、遊子は急いでエールを飲み干し立ち上がる。

 そして、酒場を出て城に向かって歩き出したところで、ふと異質な建物が目に留まった。


「何あれ?」


 周囲の木造建築とは異なり、石で建てられた妙に派手な建物。

 まるで小さなお城を思わせるそれに、遊子が興味を引かれて立ち止まっていると、ドルミーレが何でもない風に答えた。


「あれはカジノですね」

「カジノッ!?」


 思わぬ単語が飛び出てきて、遊子は驚きのあまり目を丸くする。


「マジか……行っていい?」

「はい、構いませんが」


 酒場で平然と酒を飲んでいたくせに、流石に未成年が博打はマズいかと、変な所で良識を働かせる遊子に、ドルミーレはむしろ不思議そうな顔で頷き返す。

 この帝国では十五歳で成人と扱われるため、高校一年生の遊子達もギリギリだが大人であり、何も問題はなかったのだ。


「しゃっ! 行こ行こ!」


 遊子は嬉しさのあまりガッツポーズをすると、ドルミーレの手を引いて走り出す。

 そして、豪華な両扉を開いて建物の中に入ると、その光景に驚いてまた目を剥いた。


「マジでカジノじゃん……」


 黒いスーツを着たディーラー達によって、数字を当てるルーレットや、トランプを使ったポーカーやブラックジャックが行われている。

 スロットなどの機械こそなかったが、それはテレビなどで見知っていた、地球と変わらぬカジノの光景であった。


「チョー楽しそう!」


 目を輝かせて飛び込んでいった遊子は知らぬ事だが、これらのカジノゲームはそもそも地球から伝わったものである。

 三百年前に召喚された異世界人達は、火薬の製造方法などは知らなかったが、何の知識も残さなかったわけではない。

 その一つがカジノゲームである。アース人の一人が大の賭け狂いで、初代皇帝に脅迫する勢いで作らせたカジノの遊びが、今もこうして連綿と伝わっているのだった。

 

「どれにしようかな~♪」


 遊子は鼻歌交じりにいくつもある遊戯台を見回すが、よく考えると難しいゲームのルールは知らなかった。

 なので、もっともシンプルで分かりやすいルーレットに足を向ける。


「おっ、見ない顔だな」


 褐色と金髪はともかく、彫りが浅い日本人顔と制服が珍しくて、先に遊んでいた客達が興味深そうにジロジロと見てくる。

 しかし、遊子はまるで臆した様子もなく愛想笑いを返した。


「どもども~」

「遊子様、使いすぎにはご注意ください」


 ドルミーレが釘を刺しつつも銀貨の入った袋を差し出す。


「まっかせて! ゲームとかチョー得意だし~」


 遊子は安請け合いしながら、銀貨の袋に手を突っ込む。

 このカジノはチップを使わず、硬貨を直接賭ける方式を取っていたのだが、彼女はいきなり銀貨十枚(日本円にして約二万円)を13番に全て置いた。


「おいおい、いきなり一点賭けかよ」


 その無謀な賭け方に、周囲の客達は失笑を浮かべる。

 帝国に伝わるルーレットはアメリカ式で、0と00を含む38個の数字から構成されている。

 ただし、一つの数字に賭ける者はまずいない。38分の1=約2.6%の確立などまず当たるわけがないからだ。

 普通は赤か黒、奇数か偶数といった50%の確率に賭ける。冒険しても10%以上は勝率がある、四つから六つの数字を指定する方法で賭けるだろう。


「よろしいですか?」


 ディーラーも内心驚きながら、平然とした笑みを浮かべてルーレットを回し始める。


「もう賭けないでください」


 そう言って賭けを閉め切ると、素早く玉を投じた。

 回転する盤面の縁を、白い玉が勢いよく走り続け、そして何度か踊り跳ねながら、数字が書かれた溝の中に落ちていく。

 そうして当たった数字を見て、客達は一斉に驚愕の声を上げた。


「13番だとっ!?」

「よっしゃ~っ!」


 跳び上がって喜ぶ遊子の元に、賭け金の三十六倍である銀貨三百六十枚(約七十二万円)が贈られる。


「じゃあ次は29番にこれ全部~」

「おいおい、嘘だろ……」

「馬鹿な、二度も偶然が続くかよ!」


 稼いだばかりの大金をまた一点賭けする遊子の姿に、客達は嘲りを浮かべながらも、ひょっとしたらと恐怖に近い感情を抱く。

 誰もが遊子に気を取られて、自分達が賭けるのも忘れて見守るなか、ディーラーがルーレットを回し始めた。


「もう賭けないでください」


 いつものかけ声と共に玉を投じるが、無造作に放った先程とは違い、今度は自然に見せながらも特定の場所を狙っていた。


(そう何度も当てさせるか)


 ディーラーはこの道十年の玄人である。玉を狙った場所に落とすくらい造作もない。

 しかも今回は遊子が賭けた29番を外すだけでいいのだ。目を瞑っていても余裕だった。

 実際、玉は29番と真逆の方に落ちていく。


「あぁ~」


 客達からも一斉に納得と失望の混じった声が上がる。

 しかし、落ちるかに見えた玉が、縁に当たって何度も跳ねた。


「お、おいっ!?」


 誰もが嫌な予感を抱くなか、玉は奇跡的に跳ね続けて、ようやく一つの溝に落ちる。

 それはもちろん29番。またしても遊子の勝ちだった。


「イエ~ィ! これいくらになった?」

「……銀貨約一万三千枚かと」


 日本円にして約二千六百万円もの大勝利である。

 これほどの大損害を出したディーラーは真っ青になりながらも、身に染みついた動作で賭け金を配る。

 銀貨ではあまりにも多すぎるため、一般人では触れる機会のない大金貨と金貨で支払われるのを見て、周囲の客達はゴクリと唾を飲み込んだ。


「うわ重っ!? これマジもんの純金?」

「遊子様、次は別のゲームで遊びませんか?」


 真っ白に燃え尽きたディーラーが可哀想になって、ドルミーレは無邪気に喜ぶ遊子をルーレット台から引き離す。

 そしてブラックジャックの台に移ったのだが、結果は同じであった。


「もう一枚、よしBJッ!」「パス。やった、相手のバースト!」「ん~、嫌な予感がするから降りる」


 勝てる時は必ず賭け、負ける時は必ず降りて、確実に硬貨を増やしていったのだ。


(やはり、これが遊子様の異能)


 また勝って喜ぶ遊子の背後で、ドルミーレは静かに確信する。

 皇帝アラケルに異能を尋ねられた時、遊子は「ん~、遊び上手?」と首を傾げながら要領を得ない答えを返していた。

 それは異能を隠す意図があったわけではなく、本人には上手く自覚できない能力だったのである。

 遊子の異能は『賭博師』――1%以下だろうと可能性があるならば、必ず勝利を引き寄せられるという超幸運であった。

 けれども、勝つと分かっていてスリルの欠片もないギャンブルなど何の楽しみもなく、ただお金を積むだけの作業と変わらない。

 だから、遊子は己の幸運を自覚する事ができず、故に心から勝利を喜べる。


「はぁ~、楽しかった~」


 大量に積まれた金貨の山を前に、至福の吐息を漏らす遊子の元に、給仕がカクテルを運んでくる。

 彼女はそれを一気に飲み干すと、赤ら顔で叫んだ。


「っしゃ~! 気分良いからみんなに好きなだけ奢っちゃうぞ~っ!」

「えっ、本当かっ!?」

「マジマジ、好きなだけ頼んじゃって~!」


 酔っ払った遊子の計らいで、カジノに居る全員に酒が配られる。

 それを受けて、嫉妬するどころか、あわよくば窃盗を企んでいた者達も一斉に掌を返した。


「最高だぜお嬢ちゃん。よっ、太っ腹!」

「JKに向かって太いとか言うな~。遊子様と呼べ~!」

「ありがとうございます遊子様!」

「あははっ、もっと褒めろ褒めろ~っ!」


 もはやみんな賭けなど忘れて、お大尽の遊子を囲んで酒盛りに興じる。

 そうして、儲けた金を殆ど使い切り、立ち上がれないほど酔っ払ったところで、遊子はドルミーレに背負われて、カジノの横にある宿屋の一室に運ばれたのだった。


「ドルっち、何もないとかディスってごめんね~。ここチョー楽しいじゃん」

「それはようございました」


 ベッドに寝転がった酔っ払いの背中を、ドルミーレは優しく撫でながら微笑む。

 正体不明だった異能を暴いたという意味で、メイドにとっても実に有意義な時間であった。


「お酒も飲めるし、博打もできるし……っしゃ~、次は男を逆ナンだ~っ!」


 急に叫んで起き上がったかと思うと、蹌踉けて倒れ込みそうになった遊子を、ドルミーレは慌てて支える。


「まさか、男性を誘って枕を共にするおつもりですか?」

「別にいいじゃん、最近カレシが構ってくれなくて寂しかったし~」


 心配するドルミーレに、遊子は酒臭い息を浴びせながらすがりつく。


「中三の頃から付き合ってた大学生のカレシがさ、急に何とかジョーレーでヤバいとか言い出して、マジありえなくないっ!?」

「はぁ……」


 日本の法律を知らないドルミーレは、曖昧に頷いてから慰める。


「お寂しいのは分かりましたが、誰とも知れぬ男に身を任せるなどいけませんよ」


 倫理的な問題もあるが、性病持ちや犯罪者に引っかかって、召喚したアース人の身に何かがあれば、皇帝に合わせる顔がない。

 そんな心配をするメイドに対して、酔っ払い女子高生はなおも絡み続けた。


「いいじゃんいいじゃん~……それとも、ドルっちが慰めてくれるの~?」

「畏まりました」


 冗談で言った瞬間、遊子はドルミーレに押し倒されていた。


「えっ、マジで?」

「遊子様の身を危険に晒すぐらいならば、僭越ながら私がお相手致します」


 急な展開のあまり、一気に酔いが覚めてきた遊子の服を、ドルミーレは丁寧に脱がしていく。


(そっちの趣味はないんだけど……まぁ、アタシの方が経験豊富だから余裕っしょ)


 そう呑気に構えていた遊子は、二つの重大な事実を知らなかった。

 一つは、火野竜司に取り入ったメイドと同じように、ドルミーレも夜伽の技能を叩き込まれたスペシャリストだったという事。

 そして、彼女の異能『賭博師』は、あくまで極小の確立さえ引き寄せるだけで、可能性がゼロの場合はどう足掻いても無理だという事。

 つまり、カジノでは連戦連勝だった遊子も、ベッドの上では無茶苦茶敗北するのだった。

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