第4話・使う者、使われる者

 召喚されたアース人達の異能を一通り聞き終えると、皇帝アラケルは話を切り上げた。


「もう夜も遅く、皆もまだ混乱しているだろう。詳しい話はまた後日させて頂くので、今日はゆっくりと休んで欲しい」


 そう告げて、後ろに控えていたメイド達に合図を送る。


「皆様のためにお部屋を用意してあります。どうぞこちらへ」

「は、はい」


 穏やかな笑みを浮かべて先導するメイド達に、アース人達はまだ少し戸惑った様子ながらも、大人しく従って石造りのドームから去っていく。

 皇帝はその背中を静かに見送ると、残っていた騎士達に声をかけた。


「皆、ご苦労であった。宿舎に祝いの酒を届けておいたので、存分に楽しんでくれ」

「流石は陛下、ありがとうございます」


 髭面の騎士団長が満面の笑みで礼を告げる。

 しかし、その後ろに控える部下達は、暗い表情で黙り込んでいた。


「…………」


 仲間の一人が吹き飛ばされて、命に別状こそなかったものの怪我を負ったのだ。

 伝説の救世主にして破壊者であるアース人、その力の一端を見せつけられて、不安に思うなという方が無理だろう。

 だからこそ、騎士団長は豪快に笑い、沈み込む部下達の背中を叩いた。


「ほら、行くぞ! 最初に酔い潰れた奴は罰として、一週間の厩舎掃除だ!」

「え~っ、またですか団長?」

「勘弁してくださいよ~」


 いつも通りすぎる騎士団長の姿に、部下達も少しだけ笑みを取り戻しながら、石造りのドームを後にするのだった。

 そうして騎士達を見送ると、皇帝は一人で城へと戻り、私室に入って椅子に座り込んだところで、ようやく安堵の溜息を吐いた。


「ひとまずは賭けに勝ったか」


 皆の前では絶やす事のなかった余裕の笑みを消して、額の汗を手で拭う。

 炎使いの少年が勝手に飛び出していくなど、多少のトラブルはあったものの、会話も成り立たないまま皆殺しにされるという、最悪の事態は避けられた。

 それだけでも、今回の異世界人召喚は成功したと言えるだろう。

 皇帝が緊張感から解放され、軽い満足感に浸っていると、部屋の扉をノックする音が響いてきた。


「陛下、よろしいでしょうか」

「入れ」

「失礼致します」


 許可を下すとゆっくりと扉が開いて、長い銀髪を後ろでまとめた、美しいメイドが入って来る。

 彼女は二人いるメイド長の一人であり、皇帝の専属として幼い頃より仕えてきた女性・イリスだった。


「軽く摘まめる物をお持ち致しました」

「助かる」


 イリスが運んできた紅茶とクッキーを見て、皇帝は柔らかな微笑みを浮かべる。

 既に夜の帳が下り、普段であればベッドに入る時刻であるが、アース人の召喚という偉業を成し遂げた興奮のせいで、眠気は全くなかった。

 また、短い会話ではあったものの、彼らの異能と性格の一端を掴む事ができた。

 それらの情報を吟味し、今後の方針を立てるためにも、今暫くは眠るわけにはいかない。

 そんな皇帝の思考を読んで、イリスは眠気覚ましの紅茶と軽食代わりの菓子を持ってきてくれたのだ。流石に長い付き合いだけはある。


「セネクの調子はどうだ?」

「深い疲労により昏睡したままですが、呼吸や脈は安定しており、命に別状はないとの事です」

「そうか、よかった」


 イリスが煎れた紅茶を口にしながら、皇帝は胸を撫で下ろす。

 異世界人召喚という大魔術を終えた直後、魔術師セネクは気を失い倒れてしまった。

 長年の友人としても、一年後に異世界人達をアースに帰す術者としても、彼は決して欠かせない人物であっただけに、深く心配していたのだ。


「アース人達の様子は?」

「大人しく屋敷に向かった後は、用意された部屋で眠るか、仲の良い者達で集まり話し合いをしているようです」

「ならばよい」


 皇帝は満足げに頷き、イリスが持ってきたクッキーを一つ頬張る。

 異世界人達の世話を行うため、屋敷で控えているメイドや執事達は、炎使いの少年・火野竜司につけた少女・ラケルタのように、全員が密偵や暗殺者としての技能を叩き込まれている。

 そのため、異世界人達の言動は筒抜けであり、彼らが何かしでかしても直ぐに対処できる態勢は整えてあったが、何事も起きないのが一番であった。


「しかし、意外でしたね」

「何がだ?」

「アース人とはもっと粗野な方々だと思っておりました」


 イリスは忌憚のない感想を告げる。実際、伝承に残る三百年前の異世界人達は、もっと野蛮な連中だった。

 召喚されたはいいが、こちらの話をろくに聞かず、ガンという謎の武器で暴れ出し、大勢の兵士に加え、召喚者である魔術師まで撃ち殺してしまったという。

 当時の国王であり後の初代皇帝が命懸けの説得を行ったお陰で、その場はどうにか収まり、魔術師を殺してしまったため故郷に帰る事もできず、他に行く当てもなかったため、異世界人達は渋々ながら白翼王国への協力を誓ったが、その後も苦労は絶えなかった。


 彼らは奇妙なほど君主による支配を嫌い、何者にも縛られない自由を愛しながら、肌の色などで人を差別し、平和を叫びながら容赦なく異能を振るったのである。

 白翼王国が巨大帝国と化すほど、他国への侵攻を繰り返したのは、彼らの強大すぎる暴力性を外に向けなければ、瞬く間に内側から滅ぼされていたからだ、という説すらあった。

 彼らを上手く宥めすかし、二十年以上も手綱を握り続けた初代皇帝は、真の天才であり苦労人だったと言えるだろう。

 そんな三百年前に比べると、今回の異世界人達はなんと人畜無害な事か。


「一人だけ野蛮な方がおられましたが、それも人殺しを行うほどではありませんでした。何かあればこの身を盾にしても陛下をお守りせねばと、気を張っておりましたのに……他のメイド達も拍子抜けしておりましたよ」

「それはいらぬ心配をかけてしまったな」


 深く心配してくれていたイリスに、皇帝は謝罪してから事の仕組みを説明する。


「大人しい少年少女達が召喚されたのは当然なのだ。何故なら、そうなるよう魔法陣に改良を加えたのだからな」


 三百年前も今と同じように、他国や魔物の群れから自国を守るために、強大な戦力を得ようとして召喚の儀式が行われた。

 そして実際、戦闘の訓練を積んだ屈強な大人の男女が召喚されたのだが、それこそが災厄の始まりだった。


「経験を積んだ大人では駄目だ。戦う事に躊躇わぬのは良いが、猜疑心が強くてこちらを信用せぬ」


 かといって、十歳にも満たない子供では戦えないし、感情をコントロールできず異能を暴発させてしまうだろう。

 だから、適度な分別と戦える肉体を備えながらも、精神が成熟しきってもいない、十五歳前後の少年少女に絞った。


「また、平和で豊かな国で育った者でなければならぬ」


 危険で貧しい国で育った者はハングリー精神が鍛えられており、兵士としては優秀かもしれないが、強大な異能を持たせると余計な野心まで募らせて、謀反を起こす危険性が高い。

 逆に平和な国で育った者ならば、穏やかで争いを好まぬ性格になりやすく、兵士としての資質には欠けるが、こちらに逆らう危険性が減る。

 そうして条件を加えた結果、二十一世紀の地球でもトップレベルに平和な国・日本の高校生が召喚されたのであった。


「魔法陣の改良が失敗に終わり、三百年前の過ちを繰り返す可能性もあったというのに、セネクは本当に良くやってくれた」


 皇帝は笑みを浮かべて、今は昏睡中の魔術師に深い感謝を告げる。


「とはいえ、まだ油断はできぬ」

「はい」


 顔を引き締める皇帝に対して、イリスも真剣に頷き返す。

 今は大人しくしている少年少女達とて、混乱が収まり状況の把握を終え、そして自らが得た力の強大さを理解した時、暴力に酔いしれた破壊者と化す危険性は残っているのだ。


「火野竜司と言ったな。彼などは分かりやすくて、むしろ対策も容易い。今は口を閉ざしている者達にこそ、より気を配るべきであろう」


 大人しい者ほど内に溜め込みやすく、爆発した時に甚大な被害をもたらすのは、どこの世界であろうとも変わらない。


「差し当たっては、異能を公開しなかった者達であろうな」


 皇帝は途中で退席した竜司以外の全員、三十一名に異能の詳細を尋ねたが、答えるのを拒んだり、よく分からないと濁した者達が数名いた。

 まだ敵か味方かも知れない皇帝達に、己の手札を晒したくないという警戒心と、望んでもいないのに召喚された怒りが原因であろう。

 だがひょっとすると、皇帝達を殺してこの国を乗っ取ろうという、野心から答えなかった可能性もある。


「もっとも、異能を明かさぬとなれば、敵愾心があると広言したも同然。本気で帝国の簒奪を企てるならば、むしろ異能の一部だけを公開し、真の力を隠しながらも警戒されぬよう努めるであろうな」

「考えすぎではありませんか?」

「余ならばそうするぞ」

「なるほど」


 説得力に溢れた返答を受けて、イリスは苦笑を引っ込めて頷いた。


「あの中に陛下なみの曲者が潜んでいるとは思いたくありませんが、異能の公開を渋った者を含め、彼らに叛意がないか、異能の詳細を隠してはいないか、改めて注意深く探るよう、皆に徹底させましょう」

「任せる」


 皇帝は鷹揚に頷き、少し冷めてきた紅茶を一息に飲み干す。

 そんな主に、イリスは冗談めかして愚痴った。


「しかし、従属の魔術が使えなかったのは残念でしたね。あれが使えれば諸々の苦労が不要でしたのに」

「仕方があるまい」


 人道を無視すれば最も有効的な手段だけに、皇帝も少しだけ残念そうな表情を浮かべる。


「魔術が通用するかも分からぬ、アース人が相手ではな」


 実際、三百年前に召喚された者達の中には『あらゆる魔術や呪いだけでなく、異世界人の異能すらも無効化する』という、反則的な力の持ち主が存在した。

 初代皇帝が心労からか崩御し、楔を失った異世界人達が暴走して、苦しむ民の事など顧みず、凄惨な内戦を始めた時、彼は全てを無効化するその異能を駆使して、仲間である異世界人達を皆殺しにした事で、争いを終わらせたという伝説が残っている。

 ただその頃にはもう、急速な領土拡大による歪と、異能者同士による地形が変わるほどの内戦によって、巨大帝国の崩壊は避けようがなく、今の小国にまで落ちぶれる事になってしまったのだが。


「この度のアース人達にも、明らかに魔術が通用せぬ者がいた。従属の魔術を使っても敵意を抱かれるだけで、得は何一つなかったであろう」


 だから、友好的に接して徐々に懐柔するという、手間はかかるが大失敗もし辛い方法を選んで良かったのだと、皇帝は満足げに頷く。

 そんな主の掌を、イリスは軽く抓った。


「だからといって、男を知らぬ無垢な少女を、そのご尊顔で誑し込むのは如何なものでしょうか?」


 ネット通販という摩訶不思議な異能の持ち主・天園神楽に対して、わざとらしいほど優しくしていた事を拗ねているのだ。

 しっかり者のイリスが見せた可愛らしい一面に、皇帝は微笑んで彼女の指を撫でる。


「誑し込むとは酷いな。神楽が召喚されたのを幸運だと思ったのは、余の偽りなき本心であるぞ」


 皇帝はそう言って、神楽から借りた本――漫画の単行本を取り出す。


「三百年前のアース人も、我らより遥かに優れた技術を持っていた」


 召喚者の魔術師をはじめ、大勢を撃ち殺した銃という武器から考えて、それは疑いようもない。

 ただ残念な事に、異世界人達は銃の製造方法などに関する、詳しい知識を持っていなかったのだ。


「優れた剣士だからといって、剣の鍛造方法を知っているわけではあるまいし、仕方のない話ではあるがな」


 そもそも、兵士に向いた人物を召喚したのであり、学者や技師を招いたわけではない。知識や技術が得られなかったとしても、文句を言える筋合いはないだろう。

 もちろん、知っていたのに黙っていた可能性もあるが、真相はもはや確かめようもなく、三百年前は知識が得られなかったという事実に変わりはない。


「だが今回は、幸運にも神楽が現れた」


 皇帝は単行本の表紙を指で撫でる。何度見ても素晴らしい発色と手触りであり、こちらの世界では絶対に不可能な製紙技術が使われていた。


「聞くところによれば、あちらの世界ではこれほどの本が、平民の食事一回分ほどの金額で買えるらしい」

「本当ですかっ!?」


 イリスも思わず驚愕の声を上げてしまう。

 一つ一つ手書きで複製するしかないこの世界では、本は一冊で金貨数枚――平民の給料数ヶ月分もの値段がする、とても高価な代物である。

 だというのに、異世界では銅貨数枚ほどの安値で手に入るというのだ。


「この事実だけでも、神楽達の故郷がどれほど優れた技術を持っているのか分かろう。そして、その一端がこうして手に入るのだ」


 単行本を手にした皇帝の瞳が、刃のように鋭く光る。


「神楽の話では、このような本が他にも何千何万冊とあるらしい。ならば、三百年前にはついぞ掴めなかった、銃や火薬の製造法を書き記した書物すらあるのだろう」


 その他にも、政治、経済、建築、農業等々、白翼帝国の繁栄に役立つ知識が山ほどあるに違いない。


「火や光を操る異能は確かに強力だが、アース人といえども所詮は人間、六十年もすれば老いて死ぬ。だが、神楽がもたらす異世界の英知は、千年経っても人々に恵みを与えるのだ」


 最悪、帝国が滅ぼされたとしても、その知識だけは他の国々に伝わって、世界全体を大きく前進させるのだろう。


「神楽はこの世界を救うために現れた、変革の女神なのやもしれぬ」


 本人が聞いたら顔を真っ赤にして否定しそうな賛美を、皇帝は真顔で告げる。

 それに対して、イリスはもう一度だけ愛しい人の掌を抓りながらも、深々と頷き返した。


「神楽様の警護を厳重にするよう、皆に伝えておきます」

「頼む」


 皇帝は拗ねるイリスの手を取って、優しく唇をつける。

 それで少しは機嫌が直ったのか、彼女は笑顔でお辞儀をすると、静かに退室していった。


「さて、ここからだ」


 皇帝は気持ちを切り替えて、机に向かい紙と羽ペンを取り出す。

 召喚の儀式という第一段階は成功した。しかし、大人しいアース人達を帝国のために戦わせ、かつ謀反を起こさせないように手綱を握るという、本当の戦いはこれから始まるのだ。

 皇帝は召喚された三十二名の名前と異能、そして会話から感じ取った性格を紙に書き留めると、彼らの心をいかに掴むか、深く思考を巡らせるのであった。

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