第3話・火野竜司《ひのりゅうじ》【炎使い】

 火野竜司とはどんな人物かと問われれば、大翔間高校の生徒達は揃って不良、ヤンキーといった単語で答えるだろう。

 竜司本人もそれを否定する気はなかった。毎日のように喧嘩に明け暮れているのだから、間違っても善い人間ではない。

 ただ、何故そうなったのかと問われれば、本人すら明確には答えられないだろう。

 家庭環境が劣悪だったわけでもなければ、トラウマになるような出来事があったわけでも、まして社会への苛立ちがあるわけでもない。

 強いて言えば、彼は暴力を振るうのが好きなのだ。

 相手を殴り倒し、踏みにじり、自分の強さを実感するという原始的な衝動を満たす行為が、他のどのような遊びよりも愛おしいのである。

 それを上手に昇華させる事ができたなら、竜司は一流の格闘家として名を馳せたであろう。

 だが、幸か不幸か、彼はクラスごと地球とは別の世界に召喚されてしまったのだ。


(くくっ、異世界か)


 皇帝とか名乗った優男が、クラスメート達に質問していくのを見ながら、竜司は口の端を吊り上げて笑う。

 彼はオタク少女・天園神楽と違い、漫画やアニメなどを一切見ないので、異世界召喚という概念に慣れておらず、事態を正確には把握できていなかった。

 しかし、喧嘩で磨かれた勘や本能によって、一つだけ重大な事実を悟っていた。


(ここでなら、好きなだけ暴力を振るえる)


 この世界には口うるさい両親も教師も、そして警察もいない。

 もちろん、治安を乱す真似をすれば、衛兵や何やらが飛んでくるのだろう。

 だが、そんな有象無象など、もはや竜司の敵ではない。

 何故なら、彼はあらゆるモノを燃やし尽くす、炎を操る異能を手に入れたのだから。


(こいつはマジで凄いぜ)


 竜司は指先から赤い炎を生み出して、それを吠えるトラの形に変えて満足げに笑う。

 手足よりも自在に操れる炎。それを全力で放てば、辺り一面を焼け野原にできるほどの力があると、試す前から確信できていた。


(優男は『馬とアリほども差が』とか言ってたが、そんなもんじゃ済まねえだろ)


 こちらの住人も魔術だなんだと、不思議な力を持っているようだし、魔物とかいう怪物もいるらしい。

 だがそれでも、竜司の炎に勝てる者などおるまい。


(他の奴らもなかなか面白いモノを貰ったようだが)


 竜司は獲物を見定めるように、クラスメート達の顔を見回す。

 ネット通販や料理など、喧嘩の役には立たない能力の者も多いが、光を操る光武英輝をはじめ、風や土を操ったり、筋力を増大するといった、見るからに強そうな者達もいた。


(今すぐにでもやり合いてえが、後にしとくか)


 この場で争いを始めれば、いくら竜司が強いといっても、多勢に無勢で負ける可能性がある。

 それくらいの分別はついたし、何より喧嘩は一対一タイマンが最も楽しい。


(つか、飽きたな)


 皇帝のクラスメート達に対する聞き込みが半分も終わらないうちに、竜司は辛抱が切れてドームの外に向かって歩き出す。


「貴様、どこに行くつもりだ」


 それを見咎めた騎士の一人が、彼を連れ戻そうと手を伸ばしてくる。

 だが、竜司は肩を掴まれるよりも早く、掌から炎の塊を生み出して、騎士の胸元で爆発させた。


「ぐわっ!」

「キャーッ!」

「俺の邪魔をするんじゃねえ」


 壁まで吹き飛ばされて崩れ落ちた騎士を見て、クラスメートの女子達が悲鳴を上げるなか、竜司はさっさと石造りのドームから外に出る。

 そして、夕焼けが照らす庭を横切り、城門を見つけたのでそちらに向かおうとした所で、背後から呼び止められた。


「火野竜司様、お待ち下さい!」

「あぁ?」


 振り返ると、メイド服を着た小柄な少女が息を切らせて立っていた。

 あのドームにいた侍女の一人が、慌てて追いかけてきたのだろう。


「竜司様、どうかお待ち下さい」

「何の用だ?」


 重ねて呼び止めてきたメイドに、竜司は不機嫌に問い返す。

 すると、少女は恐怖に震えながらも声を振り絞った。


「竜司様達にはこの白翼帝国を救って頂くという、大切なご使命があるのですから、あまり勝手な真似は――」

「うるせえ」


 メイドが言い終わる前に、竜司は彼女の襟首を掴み上げて黙らせた。


「テメエらの都合なんか知った事か。急に連れてきて働けとか、勝手なのはテメエらの方だろうが」

「それは……」


 言い方は荒いが正論であるだけに、メイドは反論できずに黙り込む。


「この力をくれた事には感謝してやるが、だからってテメエらに従う義理はねえ」


 竜司はそう言い捨てると、メイドを突き飛ばして背を向ける。

 しかし、少女はすぐに立ち上がって、彼の腕を掴み止めてきた。


「お願いですからお待ちください!」

「テメエ、あんましつこいと燃や――」

「私にできる事でしたら、何でもしますから!」

「……ほぉ?」


 震えながら必死に懇願してくるメイドの姿を見て、竜司の嗜虐心に火がついた。


「何でもってな、当然こんな事もだよな?」


 そう言って、メイドの小柄なわりにはボリュームのある胸を鷲掴みにする。


「ひゃっ!」

「よく分からねえが、この力で俺達に戦えって言うんだろ? なら、これくらいのサービスは当然だよなぁ?」


 悲鳴を上げて涙ぐむ少女の胸を、竜司は容赦なく揉みしだく。

 そして、そろそろ勘弁してやろうかと思ったその時、メイドが彼の手を掴んで、より強く胸に押しつけてきた。


「……あん?」

「あ、あちらに」


 怪訝な顔をする竜司の前で、メイドは真っ赤になってうつむきながら、城の横を指さす。

 そちらに目を向ければ、四十人以上が余裕で暮らせそうな大きな屋敷が建っていた。


「竜司様達をお招きするためにご用意した、お部屋がありますので」

「……はっ、はははっ、マジかよ!」


 竜司は一瞬固まってから、天を仰いで爆笑した。

 メイドの少女は暗にこう言っているのだ。部屋の中でなら自分に何をしてもいいから、帝国を救うために協力して欲しいと。


「ははっ、マジか、異世界スゲえなっ!」


 竜司は学がなく語彙が少ないので、ただ凄いという単語しか出てこないが、やはり本能で本質を悟っていた。

 この世界は強者こそが正義だ。日本のように面倒臭い倫理観など存在しない。力さえあれば女だろうと何だろうと好きなようにできると。


「イイぜ、お話はベッドで聞いてやろうじゃねえか」


 竜司はご機嫌に笑い、少女の大きな胸を揉みしだきながら、屋敷に向かって歩き出した。





 白い肌に赤い痕が残るほど荒々しく何度も抱き、真夜中を過ぎた頃になって、竜司はようやく眠りに落ちた。

 騒々しいイビキが響くなか、汗だくでベッドに倒れ込んでいたメイドの少女・ラケルタは、音もなく静かに身を起こす。

 そして、ぐっすりと眠った竜司の喉を、ナイフで切り裂くように指でなぞった。


「ふっ」


 小さく笑みを漏らし、今度はわざと殺気を漏らしながら、竜司の心臓にナイフを刺すように手刀を下ろす。

 それでも竜司は目覚めない。当然の話である。彼は喧嘩に明け暮れていてもただの高校生でしかなく、寝入った状態でも殺気を感知して反撃するなんて、暗殺者のような技術は身に付けていないのだ。

 そう、ラケルタ達とは違って。


「殺せる」


 ラケルタは幼さの残った顔に妖艶な笑みを浮かべて、竜司の胸にしなだれかかる。


「いつでも殺せる」


 竜司の異能は凄まじい。千の兵とて焼き尽くせるだろう。

 だが殺せる。無害な少女を装い、こうして無防備な状態に追い込めば、いつでも容易く殺せる。ならば恐れる必要など何もない。


「可愛い子」


 何も知らずに眠る竜司の頭を、ラケルタは愛おしげに撫でる。

 彼は暴力を振るう事に慣れている。今まで数え切れないほどの人間を殴り、また殴り返されてきたのだろう。

 だが、人を殺した事はない。殺されそうになった事もない。

 暴力が行き過ぎて殺しかけた事や、殺されかけた事はあるのだろう。

 けれども、最初から明確な意志を持って殺そうとした事も、殺されそうになった事もない。

 目の前の油断しきった寝顔は、そういう平和な世界で生きてきた者にしか、決して浮かべられないものだからだ。

 敵国の内情を探る密偵として、幼い頃より厳しい訓練を受けて育ち、召喚されたアース人の監視と、いざという時の暗殺役に選ばれたラケルタには、生涯無縁の寝顔である。


「楽しみ」


 竜司の胸板に頬ずりをして、ラケルタは童女のごとく無邪気に笑う。

 数いるメイド達の中から、彼女が竜司を引き止める役を任されたのは、ただの偶然でしかない。

 だが、今では運命的なものを感じていた。


「私達、とても相性が良い」


 竜司と同じように、ラケルタも暴力をこよなく愛していた。

 とはいえ、殴る蹴るといった行為は、単調で詰まらないため好まない。

 彼女が愛するのは、積み上げて、積み上げてから、一瞬で破壊するカタルシス。

 何度も彼女を抱いて、情が湧いて安心しきったその時、笑顔で心臓にナイフを突き刺されたら、竜司はいったいどんな表情を見せてくれるのだろうか。

 想像しただけで、ラケルタの冷めかけていた体がまた火照ってしまう。


「お待ちしておりますよ」


 帝国のために戦い、増長し裏切ろうとして、彼女の手で殺す事になるその時を。

 だから、いつか訪れる破滅の蜜がもっと甘くなるように、ラケルタは眠り続ける竜司の頬に、優しい口づけを繰り返すのであった。

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