第2話・味岡料助《あじおかりょうすけ》【完璧な料理人】
異世界に召喚されて特殊な異能を授けられたと聞いて、胸が躍らない男子はいないだろう。
一年A組の中では至って平凡な男子・味岡料助もその一人であった。
しかし、己の中に意識を向けて、異能の詳細を掴んだ瞬間、彼の歓喜は失望へと変わってしまう。
(『あらゆる料理を作れる』って何だよこれ……)
料助の家は「生姜焼きが美味い」と評判の定食屋だから、このような異能が目覚めたのだろうが、ただただ残念としか言えなかった。
(俺は料理人なんてなる気はないんだぞ)
家の手伝いをしてきたから料理は得意だし、美味しい物を作って食べるのも好きだ。
だが、それと料理を仕事にするかどうかは別であった。
(親父達みたいな苦労をするなんてまっぴらだ)
料助は両親の事を嫌っているわけではない。むしろ尊敬している。
毎日のように朝早くから仕込みを始め、何時間も厨房に立って料理を作り、常に笑顔を欠かさず対応し、横柄な客にも頭を下げて謝り、会社帰りの疲れたサラリーマン達の愚痴に夜遅くまで付き合ってやる。
そんな苦労の甲斐もあって、両親の店『あじおか屋』は人が絶えず、お陰で料助は何不自由なく高校に通えたし、大学に進学しても良いと言って貰えている。
だから、彼は両親も料理人も尊敬している。けれど、目の前でその苦労を見てきたからこそ、自分が料理人になりたいとも、なれるとも思えなかったのだ。
(なのに、こんな異能を貰ったって……)
炎を操っていた火野竜司や、光の剣を生み出していた光武英輝が羨ましくて仕方がない。
そう思って溜息を吐いていると、オタク少女・天園神楽への質問を終えた皇帝が、彼の方に視線を向けてきた。
「其方、名前は?」
「は、はい、味岡料助です!」
自分達と十歳くらいしか離れていないだろうに、威厳に満ちた若き皇帝の声を受けて、料助は思わず気をつけの姿勢で返事をする。
「では料助よ、其方の異能は?」
「……色んな料理が作れる、みたいです」
料助が渋々答えた瞬間、後ろの方で誰かが噴き出した。
「料理って、何それダセー」
「ちょっと、可哀想でしょ」
失笑した男子を別の女子が咎める。その同情が余計に恥ずかしくて、料助は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
(くそっ、俺だって嫌なんだよ!)
そう心の中で叫び、ふて腐れて座り込んでしまおうとしたその時だった。
「まぁ、お料理ができるのっ!」
鈴の音のように弾んだ、可愛らしい少女の声が響いてきた。
「えっ?」
料助が驚いて顔を上げれば、メイド達に守られるように囲まれていた、金髪の美少女と目が合った。
彼女は青い瞳を好奇心で輝かせると、メイド達の制止も振り切って、彼の前に駆け寄ってくる。
「アース人の異能って、よく分からなかったり、怖いモノばかりだと思っていたけれど、お料理なんて素敵なモノもあるのねっ!」
「え、えっと……」
自分より一つ年下くらいの美少女から、天使のように無垢な笑みを向けられて、料助は羞恥とはまた別の感情に襲われて、顔を真っ赤にしてしまう。
そんな彼を庇うわけでもないのだろうが、皇帝が困った顔をして少女の肩を叩いた。
「リデーレ、お客人を困らせてはいけないよ。下がっていなさい」
「でも、お兄様。せっかくアース人と出会えたのに、見ているだけなんて退屈なんですもの」
幼子のように頬を膨らませる少女・リデーレの言葉に、料助は驚愕して目を見開く。
(お兄様って、つまり皇帝の妹で、皇女様っ!?)
何でそんな偉い人が自分なんかに話しかけてきたのだと、戸惑う料助の手を、リデーレは強く握り締めてくる。
「ねえ料助、よろしければ私のために料理を作って下さらない?」
「は、はい!」
小中高と人生で一度も彼女がいなかった料助に、金髪美少女の頼みを断れるわけもなく、反射的に頷いてしまった。
「やった! じゃあ、早速行きましょう」
「えっ、今っ!?」
リデーレは驚く料助の手を引いて、外に向かって駆け出す。
皇帝もやんちゃな妹には甘いのか、メイドの一人に追いかけるよう指示を出しただけで、その行いを止めようとはしなかった。
そうして、料助は召喚された石造りのドームを出て、そこから少し離れた所に建っていた城の中に招かれて、そのまま厨房へと連れて行かれたのだった。
「さあ料助、ここを好きなように使って」
「参ったな……」
ランタンの炎で照らされた厨房を見回して、料助は困って頭を掻く。
うっかり料理をすると約束してしまったが、ここは見た目通り中世くらいの文明レベルらしく、当然ながら電子レンジどころかガスコンロすらない。薪を使う石造りのかまどと、パン焼き釜があるだけだった。
(鍋やフライパンが揃っているのは救いだけど、こんな火力調整もままならない古くさいかまどじゃ、生煮えか黒焦げにしか――)
そう弱音を吐こうとした瞬間、料助の頭に覚えのない知識が流れ込んできた。
(火打ち石による発火法、薪による炉の温度調整、この場にある器具から考えられる最適な調理法……な、何だこれっ!?)
知らなかったはずの情報が、昨夜食べた夕飯よりも鮮明に浮かび上がってきて、料助は激しく混乱してしまう。
そんな彼の前に、一緒についてきたメイドが様々な食材を並べていった。
「今すぐ用意できるのはこれくらいですが、問題ありませんでしょうか」
「あ、あぁ……」
料助は愕然としながらも頷き返す。問題がない事こそが大問題なのだ。
テーブルの上に置かれた干し肉や野菜の数々は、彼が知る地球の食材と同じ物もあったが、微妙に形や色が異なる物から、全く見た事もない謎の代物まであった。
なのに分かる。その味も特徴も、最適の調理方法も、飽きるほど食べてきた両親の生姜焼きよりも、鮮明に理解できてしまうのだ。
(これが俺の異能……)
料助は改めて戦慄する。確かに火や光を操るといった、見た目も派手な強い力ではないが、この能力も常識を遥かに逸脱していた。
(今の俺なら、三つ星レストランのシェフすら裸足で逃げ出す料理が作れるっ!)
惜しむらくは、二十一世紀の日本ほど多彩な食材と調理器具が揃っていないため、存分に腕を振るえない事だろう。
だが、それでも構わなかった。
「包丁をお借りします」
料助はテーブルに置かれていた包丁を手に取ると、自分でも驚くような早さで食材を切っていった。
(スゲえ、知識だけじゃないんだ)
元から覚えがあったとはいえ、明らかにそれを超えた速度と精密さで手が動く。これもまた異能の恩寵に違いなかった。
(『あらゆる料理を作れる』ってこういう事かよっ!)
食材と器具があり、物理的に可能でさえあればどんな料理でも作り出せる、まさしく完璧な料理人になれる。そういう力なのだ。
(ヤベえ、超楽しいっ!)
料理をする事にこれほど純粋な喜びを感じるなんて、いったい何時の頃以来だろうか。
料助は夢中で包丁を走らせ、炉の炎を自在に調整し、鍋やフライパンをいくつも同時に操って、瞬く間に料理を完成させた。
「できました。干し肉を使った大麦のチャーハンと、ヤムイモのプティングです」
「まあっ!」
差し出された料理を見て、リデーレは目を輝かせる。
今までパンかお粥でしか食べた事のなかった大麦が、茹でた後で卵を絡め、フライパンで炒められた事で、黄金の輝きを放つ未知の料理と化したのだ。
「姫様、失礼ながら毒味を」
そう耳元で囁くメイドを無視して、リデーレは素早くスプーンを握り、大麦のチャーハンを口に運ぶ。
「……美味しい!」
しっかりと噛みしめ味わってから、リデーレは満面の笑顔で叫んだ。
「凄いわこれ。フワフワした卵と、少ししょっぱい干し肉と、その味が染み込んだ大麦が一緒になって、とっても美味しい!」
「姫様、もう少しお淑やかに……」
堪らず勢いよくかき込む皇女を、メイドが遠慮がちに注意する。
そんなメイドの口に、リデーレはチャーハンを盛ったスプーンを差し込んだ。
「ほら、ケルースも食べてみれば分かるわよ」
「……美味でございます」
「ねっ、凄いでしょ?」
リデーレは我が事のように誇ると、半分ほど残っていたチャーハンをメイドにあげて、自分はもう一つの品を手に取った。
「ヤムイモか。甘いのは良いけれど、硬くて食べずらいのよね」
だが、目の前のプティングは違った。一度丁寧に潰してから、卵などを加えて石窯で焼き上げた事で、スプーンが抵抗もなくスッと入るほど柔らかくなっている。
食欲をそそる甘い香りに、リデーレは期待しながらプティングを口に運び、そして期待以上の感動に打ち震えた。
「ん~、これも凄く美味しい。あの石みたいなヤムイモと同じだなんて信じられないっ!」
「石みたいって……」
料助は苦笑しながら紫色のヤムイモを手に取る。
それはサツマイモに良く似ているが、日本で採れる物と比べるとかなり硬い。ただ焼いたり茹でただけでは、確かに食べるのが大変だろう。
(細かく刻んでから茹でて、さらに何度も潰してようやくこれだからな。野生のイモに近いのかな?)
品種改良の偉大さを改めて感じる料助の前で、プティングを食べ終えたリデーレが、勢い良く立ち上がって礼をした。
「ありがとう、とっても美味しかったわ。貴方は料理の天才ねっ!」
「いや、そんな事は……」
あくまで異能のお陰だからと謙遜する料助の手を、リデーレは両手で握り締めてくる。
「料助、これからも沢山美味しい物を食べさせてね」
「姫様、お強請りなんてはしたないですよ」
メイドのお叱りも気にせず、リデーレは満面の笑顔を浮かべた。
「…………」
料助はまだ、よく分からないまま異世界に召喚された事に、心から納得したわけではない。
たとえ凄まじい異能を手に入れたからといって、料理人になりたいと気が変わったわけでもない。
ただ、こんなにも純粋で可愛らしい少女が、自分に笑いかけてくれるのならば――
「はい、お姫様のためにいくらでも料理を作ります」
頬が熱くなるのを感じながらも、そう断言した料助の手を、リデーレはさらに強く握り締めた。
「ありがとう。でも、料助は異世界からのお客様なんだから、お姫様なんて呼ばなくていいのよ?」
「じゃあ、リデーレ……様」
料助は一拍遅れて敬称を付ける。いつの日か、それを外して対等な男女の関係になれる事を夢見て、より顔を真っ赤にしながら。
そんな初々しい少年と、彼の恋心に全く気がついていない、天然タラシなお姫様の姿を見て、メイドはひっそりと溜息を吐くのだった。
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