幕間 立秋。白露の麗姫。
幾望の月作戦の終了が公示されてから、早三日。
西部戦線の形が変わる、大勝利を収めたカゼフキ砦は勝利の快感に浸り、沸きに沸いている。三日経っても納まる気配はなく、娯楽施設が集まった区画には、毎晩人が殺到していた。
喜びに沸いているのは隊長クラスの指揮官も同様で、彼らの宴会の場として、劇場のラウンジが貸し出されている。彼らの歓待に奔走する従業員たちが、忙しなくラウンジを行き来していた。
その中で、バーカウンターにいたお団子頭の燕尾服の女性が、バックヤードの方へ向かう。
「全く。もう露見しているというのに、偽装工作をする意味はあるのか」
黒のジャケットを脱ぎ捨てた彼女は、四立名家のうちの一つである白露家が保有する特殊部隊の一員である。バーテンダーとして姿を偽り、秘密裏に要人を護衛していた。だというのに。
(『忍者の同僚がとっくのとうに見抜いていたわ』なんて……秋月様は奇異なことを仰る)
大きくため息を吐いた彼女は苛立ちつつも、タマガキにて秋月が要求した設備を用意するため奔走する、同僚のことを思い憐れんだ。こちらの仕事も面倒だが、あちらはもっと洒落にならないだろう。彼女が渡してきたリストとやらも、とんでもない著名人ばかりだ。
彼女が机の上に散乱していた紙を纏め、資料を用意する。それは、定期的に上げなければいけない、彼女に関する報告書。白露まで速達で送付されるそれを、どう纏めればよいか苦悩していた。
(まさか等々……現れるなんて)
懐かしき日のことを思い出したお団子頭の女は、目を細めた。
時は、十二年前。帝都にある白露本家にまだ秋月がいたころ。齢十八歳となった彼女は、白露家令嬢というとんでもない箔がついた淑女だ。当時、華族に政界、商界、果ては軍人まで、政略結婚を目的とした見合いの申込が殺到していた。
しかし、白露家令嬢、白露秋月に、その気は一切ない。
「うるさいもーんお兄様のバカバカバカ! 秋月ちゃん結婚なんてしないもんねー!」
「ええい秋月! そのような言葉遣いをやめろ!」
「何よぉお!! お兄様とお姉様は好きな人と結婚して楽しそうにしてるじゃない! なんで私だけそんなよくわからん好きでもない人とくっ付かなきゃいけないのよぉおおお!!!! バカバカバカバカバカバカバーーーカ!!!!」
「バカと言うなと言っているゥ!」
白露家の屋敷に、兄妹喧嘩の声が響く。なまじ兄である
「ずるいずるいずるい!!」
白露本家。執務室にて。ことの経緯を━━というか屋敷に響き渡っていたので全員が知っていた━━秋霜から説明された団子頭の女性、茜は、命令を受ける。
革張りの黒いチェアに座り、執務机の上で深刻そうに手を組む秋霜が、声を発した。
「というわけで、だ。非常に複雑ではあるが、秋月の……男の趣味を調査してほしい。これも、必要なこと故にな」
「は……では、女中の協力も受けて、調査いたします」
「うむ。俺の仕業だと気取られないように」
加えられたその言葉に、こいつも大概シスコンだなと主人に対する考えだとは思えない感想を心中に残して、茜が執務室を去る。
廊下へ出て、女中から協力を取り付けた彼女が、テクテク歩いている秋月に話しかけた。
「秋月様。この女中が、恋煩いをしているそうなのです。是非、秋月様の御意見を伺いたいと」
「そうなの? 任せなさい!」
恋愛相談から始め、段々と、話題を移行していく。
「なるほどなるほど。秋月様。素晴らしい意見をお持ちです。では、秋月様は、どのような紳士がお好みなのですか?」
「仕っ方ないわねえー。絶対秘密よ?」
コンコンと、戸を叩く音を聞いて、部屋の主人である秋霜が入れとつぶやいた。
「秋霜様。こちらが、秋月様の好みの男性をわかりやすく箇条書きに説明した、リストになります」
「……まだ数十分しか経っていないが?」
「秋月様は非常に賢いお方ですが、点火させなければ大丈夫です」
「……では、秋穂の方に。秋穂の方が、俺よりも分かることが多いだろう」
「承知致しました」
資料を手にしたまま、白露家の長女である、秋穂の部屋へと茜が向かう。ちらりと、書き上げた資料に目を通しながら。
「これ、相当キッツイな」
秋月様がお好みの男性像
・年下で可愛いけどカッコいい子
・みんなを助ける防人
・お兄様並に強い子
・裏表のない子
・素直に言うことを聞いてくれる子
・私を敬ってくれる子
・私を頼って、甘えてくれる子
・できれば背が高くて、むきむきで、以下略
要は、人格と実力を━━それも人類最強クラスで、兼ね備えていなければならないということだ。しかも、他の基準も彼女の主観により、かなり曖昧なので難しい。
第一、十八歳の彼女より年下の人間で、第二踏破群群長並みに強い人間など存在するわけがない。
とりあえずは報告しようと、秋穂の部屋へ彼女は向かった。
記憶が途切れる。
茜が感慨深さを抱きながら、昨夜書き上げた報告書を白露へ向かう者に手渡し、その姿を見送っていた。
「多分……秋月様はあの防人を相当気に入ってる。白露の権限を振り回してまで、あそこまで入れ込むことは今までなかった」
頭に思い浮かべた、”お兄様並に強い子”という要求。
これはただ単に彼女の好みを示すだけのものでは無い。白露家令嬢という、階級の頂点に位置するものが嫁入りをする、ないしは婿入りを受ける、その相手には、それ相応の身分が求められる。もし相手が同じ名家の人間でもないというのなら、
「第二踏破群群長、秋霜のように強くなること……あの戦いで怪我を負っているようでは、まだまだ」
「出来るのならば、我らが姫様に祝福を」
朝日に、彼女が願った。ある争いを切っ掛けに、ずっと白露家に顔を出さず、西の防人として生きた彼女の幸福を。一定の距離を置きつつも、白露家令嬢としても、活動を続けてくれた彼女のことを。
白露本家。踏破群の任務より帰還し、報告を受け取った白露が長子、秋霜が、報告書を手にして、わなわなと震える。
「な、なんということだ……」
乱雑に、バサッと執務机の上に投げ捨てられた報告書は、なんと秋月の
ページをめくり進んでいくと、更には、白露家令嬢である秋月との関係まで。同僚にしてはあまりに近すぎる距離感、仲睦まじいその姿に、秋霜は憤慨していた。
「新免とかいうガキ……我ら白露の宝を……ぶち殺す……」
執務室のソファに座る、紅葉色の長髪を持つ女性が、穏やかに笑いながら、秋霜を咎める。
「白露は血脈と人脈を重ね、強くなってきた、って、これ貴方の言葉よ。十年前くらいの」
「ええい喧しい!」
「かなり将来有望そうだけど。前新聞に乗ってた子って、この子よね。私は、応援しようかしら」
「秋穂!?」
白露本家。兄妹の喧喧囂囂が響く屋敷。彼らが成長し、大人になってからは少なくなったこの言い争いに、古くからの使用人たちが仕事を続けながらも、笑みを浮かべた。
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