幕間 大人たちの葛藤
森林。木漏れ日が降り注ぐこの地に、カゼフキ砦から出撃した一隊が駆ける。雪砦周辺地域から魔物を釣り出し、囲い込み殲滅を狙う部隊は、森の中で散開するように展開していた。
ぶつかり合う裂帛の雄叫び。白刃の気魄。生より放たれるその殺意は、全てが人の思い通りにならぬことを語っている。
月の刃が森を照らし、草木が月色の太刀風に戦ぐ。夏の陽光に煌めく切先は、血に濡れていた。
森林を走る御月が、敗走する部隊の元へ駆けつける。
「負傷者を優先し退避させろ! 動ける者は反転し援護! 私に続け!」
魔物の群れによる集中攻撃を受けた一隊を援護し、殿を引き受ける御月。
御月が一気に加速する。その勢いで、後ろ髪が風に揺れた。地を蹴り上げる彼女の細足は想像もできぬほどの脚力を秘めている。
撤退する隊員たちに入れ替わるように前方に出た彼女が、刀を三度振るった。
正確無比なその一撃が、魔物の首を斬りとばす。美麗とも評せるその武技に、撤退する隊員たちの、足が止まった。
「油断するな! 対空警戒!」
霊力による探知を使用しいち早く敵の存在に気づいた御月が、月華を構えて空を見上げた。太陽を背に、肉薄するは
不気味な羽音が、精神を削っていくよう。視線の読み取れぬ複眼。ギチギチと音を鳴らす口。仲間の肩を借りる負傷した兵員が、恐怖の声を漏らす。
蜻蛉の魔物が散開し、負傷兵の元へ。
(私を無視するつもりか......!)
御月の表情が、一瞬焦燥に染まる。致死傷となる攻撃手段を持たず脆い蜻蛉の魔物だが、その機動力は一級品だ。今の彼女に、全ての隊員を守りきる力はない。
蜻蛉の長い腹を切り裂き、粉々に破壊した御月が、後ろへ振り向く。先ほどの焦燥とした表情を霧散させた彼女は、己が一人でないことを知っていた。
「
指で銃口を模し、必中必殺の霊弾を駆る紅葉の防人。彼女の指先から放たれた弾丸は、
状況を確認した秋月が、一息つく。
「後は掃討戦ね」
対群戦闘に置いて圧倒的に優位な霊技能を持つ秋月が、勝利を確信した。その時、草木に隠れ隙を伺っていた蜻蜓が、その場から逃げんと飛び上がる。
「しまっ......」
「秋月。君も詰めが甘いな」
反応が遅れ敵を逃がそうとした秋月を余所に、突如として現れた甚内が苦無を放る。離陸し急加速した敵の進行方向を完全に読み切ったそれは、敵の複眼に突き刺さった。
負傷兵を収容し、別の隊の指揮をしていた甚内が援護に訪れたようだ。既に納刀し霊力によって生存者がいないかを確認していた御月が、彼らの姿を見つめる。
「何よ甚内ぃぃいい!! 横取りしただけじゃない! 私だって追撃できたわ!」
「最初から気づいていてそうするのと気づいていないでそうするのでは訳が違う。秋月」
腕を組み、ふーと一息ついた彼女が一言。
「ん、油断したわ。ありがと。でもね、私は後衛なんだから四の五の言わずに守ってちょうだい。玄一だったらサクッとやってくれてたわよ。今の」
「全く......」
月華を月の霊力とし霧散させた彼女が、秋月と甚内の元へ駆け寄る。
「十分だ。私たちもカゼフキへ退こう。爺さんの方も、すでに退いているはずだ」
彼女が通る、高い声を響かせて、部隊へ戦闘の終わりを告げた。
各隊が縦列に陣形を組み、カゼフキ砦の方へ撤退していく。うねるように進んでいくその部隊たちの姿は、まるで蛇の群れのようだった。
一隊の先頭を、御月と甚内、秋月が並んで進んでいく。口元の布を掴んだ甚内が、努めて冷静な口調で語る。
「今回は西が得意とする散兵戦の弱点が出たな。やはり一筋縄ではいかないらしい」
それを聞いて、御月が返答を返す。
「いや、奴らも学習しているのだろう。戦力を集中させ一点突破を狙う動きは......今まで見られなかった。こちらも考えなければならないぞ」
帽子の鍔を掴む御月。その動きを見た秋月が、両腕を腰元で交差させながら、意見を述べる。
「それに......だんだんこちらの誘いに乗らなくなってきたわ。この作戦の第一段階として、主力の魔獣を削るのは必須よ。このまま奴らを引き摺り出せなかったら、強攻するしかなくなるわ」
今朝方、ある報告がカゼフキ砦に上げられている。その報告によれば、南の方にもこちらを牽制する陽動と思われる動きがあったらしい。敵の援軍が予期されるため、それを聞いた幸村はカゼフキ西部の監視、防衛のために隊を連れて出撃した。幸いにも敵影はないそうだが、彼らには時間がない。
御月が顎に手をやり、考え込む。そうして一度立ち止まり、甚内と秋月の方を見た。
「相談がある」
御月が、彼女の考えた策を甚内と秋月に打ち明ける。その全貌を聞いた秋月が、彼女に聞き返した。
「ん、じゃあ玄一を連れていくの?」
「ああ。これは勘なんだが......彼が出て来れば、大物が釣れるかもしれない。それだけ、あの空想級魔獣は彼に執着していたんだ」
彼女が目を瞑り、彼と空想級魔獣“千手雪女”に相対した日を思い出す。
「あの時の奴は......まるで、逃した獲物を再び見つけ出した狩人のようで......あそこまでこちらを無視できるのかと驚いた」
彼女が少し息を吸う。
「もし引き摺りだせなかったとしても、それはそれで良い。ただの思い付きなんだが、どうだろう」
秋月が、腕を組んで小さく頷いた。
「まあ、どっちにしろ出撃するのは変わらないんだし、いいんじゃないかしら」
特に深く考え込まず、軽く賛成の意を示した秋月を、甚内が見つめる。彼は一人、病室で聞いた話を頭に思い浮かべながら、考え込んでいた。
(執着......あるとすれば、あの時か。しかし、彼曰くあの時交戦した空想級は二体......撃破したのは剣聖と時の氏神のはず......)
(あの話からは
一人考え込む甚内の答えを、御月と秋月は静かに待っている。真剣そうな彼の様子を見て、彼女たちも空気を厳粛なものに変えた。
「私としても、それで構わない。しかし出撃する時は、君と特務隊を彼に付けよう。何か不測の事態が起きる可能性を否定できない。それが条件だ」
「......分かった」
立ち止まっていた彼女が、再び歩みを進める。その後ろ姿を見つめている秋月が、今なお立ち止まり考え込む甚内を見て、問いを投げかけた。
「ん、甚内。御月と何かあった?」
む、と視線を秋月の方に向けた彼が、聞き返す。
「何がだ」
「いや貴方、御月を一人の防人として扱おうとしてるじゃない。最近何か、一線引こうとしてないかしら」
玄一が来る前辺りから、と具体的な時期を続けて彼女が言及する。
その問いを聞いた甚内が、その目を細めた。
その瞳が見つめるのは、彼らの前方を歩く西部最強。大太刀姫と賛美され、将来を嘱望される月色の防人。智勇兼備。十八という若さにして、部隊を率い第一線で戦えてしまうほどの、鬼才と呼ばれた彼女。
「彼女に俺の助けは必要ないさ。もう、彼女は自立した」
「......」
はぁとため息をついた秋月が、胡乱げな瞳を甚内に向ける。
「貴方、不器用ね。後、一人称が私から俺になってるわよ。昔を思い出したかしら」
秋月もまた、歩みを進める。
「それと言っておくけど、彼女はまだ大人じゃないわ。まだ言っても、十八歳のぺーぺーよ」
秋月が振り返って、甚内の方を見た。
「だから君は、玄一くんのことを気にかけているのか?」
その問いをぶつけられ、瞳を少し大きくさせた彼女が、横の方を向いて、どこか遠くを見る。
「ん、それもそうかもだけど......玄一は私の舎弟みたいなもんよ。それに何だか、助けずにはいられないの。彼にはきっと、向き合ってくれる人が必要だから」
願うように口にした秋月が、甚内のことを見つめる。
「だけどそれはあの子だって同じよ。甚内。私の場合は舎弟だけど、あの子は貴方にとって、まるで━━」
平静を常に保っていた彼の、表情が歪む。
「それだけは言うな。秋月。それだけは、許されない」
一転。冷ややかな視線で彼の言葉を迎えた秋月が、静かに一言残した。
「......何があったのか知らないけど、余計なことは考えないほうがいいわ。彼女のことを考えるだけでいいと思うの」
「じゃ」
気まずいと思ったのか分からないが、秋月が加速し、遠くの隊の方へ合流する。一人残った甚内が、溢すように口にした。
「全く......人を見る目がありすぎるのも問題だ。秋月。しかし私は、そこまで自分に生きれない」
彼が腰元に差した、苦無の徽章を撫でた。
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