第八十一話 白亜の剣閃



 平原を三人が駆ける。魔物の群れを俺と伊織が相手することになってから、かなりの時間が経った。最初に黒妖犬を中心とした群れと交戦した後、彼らを追う魔物の数が増えた。それを振り切るために速度を上げ、できる限り交戦しないように立ち回っている。


 振り切れない、ないしは衝突すると判断した魔物の群れを、俺と伊織が素早く撃破していた。


 刀を抜いたままの伊織が、草木を踏み倒し、砂塵を巻き上げ迫る魔物を目視して叫んだ。


「新免! 左から馬型の魔物が迫ってきている!」


 伊織が刀を構え、戦いは避けられないと銀色の霊力を高める。俺が確認しようと振り返って左方を見た。俺の視線の先には、彼らと同じ速度で並走する馬型の魔物がいる。その馬の毛には、変わったことに豹紋があった。その数、五体。


斑駒ふちこまだ! 援護はいい! 私が片付ける!」


 だんだんとこちらへ近づいてくる斑駒の群れに対し、彼が突如として俺たちの元を離れ、吶喊した。まさか伊織の方から仕掛けてくると考えていなかった馬の群れが、さざなみのように引いていく。広がり距離を取る魔物の姿を、彼が横目で確認した。


「チッ......!」


 その姿を確認した伊織が、地を削るほど強く跳躍して、再び剣聖と俺の元へ戻った。剣聖が伊織に目配せをする。あくまでも目的は東へ近づいていくこと。魔物を殲滅することではない。


「どうする......!? あいつらだんだん仕掛けてこなくなってきたぞ!?」


 戻ってくる伊織を確認した俺が、右方の魔物を睨みながら叫んだ。左翼の馬の群れと同じように並んで、鷲のような見た目をした魔物が低空飛行を続けている。奴らは何度も羽ばたき位置を調整して、一定の距離を保っている。


 右翼。左翼。そして前方。視線を動かし確認した剣聖が指示を飛ばした。


「よし。一度無視してこのまま真っ直ぐ進むよ。魔物に惑わされ、進路を違えてはならない」


 刀を鞘に収めたままの剣聖が、そう口にした。それを聞いた俺と伊織は、頷きを返して了解する。


 早駆けを続ける彼らに、並走する魔物が動きを変えた。速度を上げて、こちらを包囲するような動きを見せている。それを見た剣聖が、漏らすように言った。



「おそらく......これは......」



 剣聖がはっきりとした言葉を発そうとしたその時。前方の大地がして、轟音が鳴った。土塊が天高く飛ぶ。それが彼らに襲いかかった。


 空から雨のように降り注ぐ土石には魔力が込められており、直撃すれば危ういだろう。俺と伊織が、飛んできた土塊を刀で受けたり、避けて対応する。対し剣聖は、最小限の動きでそれを回避している。当たりそうで当たらない。惚れ惚れするような動きだ。


 降り注ぐ土石を躱し切り、爆発の中心地が露わになる。



 前方。土石が吹き飛んだ地点より現れ出たのは、ピンク色のとてつもなく長い鼻。その鼻に力はなく、地へ垂れながらびろびろと揺れている。気持ち悪い。



 その後ボコッと音を立てて飛び出てきた生物には、目が無い。紫色の体毛を持つそれの、八本の鋭い爪が陽光に煌めいた。もしその爪が人を捉えるようなことがあれば、体を細切れにするだろう。何故かって、その爪牙は人間を優に超える大きさだからだ。



「戦略級魔獣!? こいつを待っていたのか......!」



 土竜型の魔獣が登場したのと同時に、囲むように並走してた魔物たちが、一斉に彼らの方へ移動を開始した。地を蹴る蹄の音と、羽ばたく音が辺りに広がる。敵の意図を理解した伊織が、険しい表情になった。彼の刀を握る力が、無意識に増していっている。


「”爪土竜ツメモグラ”か」


 剣聖がそう呟く。彼のその一言を聞いて、何かを察した伊織が反対した。


「いけません剣聖! 魔獣を私が、魔物を新免に任せればまだ......」


「いや、それでは君たちの霊力の消耗が激しいだろうし、迅速な移動が前提だ。ここは仕方ない」


 鞘を握る彼が、右手を野太刀の柄に置いた。彼はまだ、刀を抜かない。



 その時、鯉口を切る音がした。それ以外の太刀風や、肉を斬る音は、聞こえない。



 しかし、彼の一撃は惨憺たる結果を魔物に突きつけた。



 二穿。爪土竜が切り裂かれ、上半身と下半身が地上と地中に、真っ二つに別れる。



 並走していた馬の群れの首が、全て吹き飛んだ。青黒い血飛沫が空へ向かって飛んでいき、力を失った馬が走る勢いのままに、姿勢を崩して転がり回る。



 右翼より展開していた鳥の魔物は、翼を切り裂かれ、墜落した。頭蓋を大地へ強打した奴らは、動かない。



 白亜の剣閃のみが、再び残る。



 回す足は止めず、土竜の死体を横切って彼らが進んだ。


「申し訳ない。剣聖」


「いや、大丈夫だ。伊織くん。今日霊力を温存できたのは大きい。きっと明日と明後日が勝負だか━━━━ッ!」


 その時、再び鯉口を切る音がした。それと同時に、左前方に斬り飛ばされたウサギの姿が見える。首を断たれたその兎は、足から血を流していた。


 しかしあれはどう見ても、魔物ではない。それに気づいた伊織と俺が、困惑する。


「剣聖......? 一体何を......?」


 剣聖が、右手を柄に置くのをやめた。走り続けたまま、答える。


「伊織くん。玄一くん。これより、死骸を含めた生き物に関する全てを警戒していてくれ」


 彼のこの言葉の意図は、今になっても分からない。あの兎はどう見ても無害な兎だったし、魔力の反応があれば気づいているはずだ。特別頭の回る魔獣はともかく、魔物に魔力を抑えようとする技術などはない。この戦の中、彼は兎だけではなく、野生生物、果ては羽虫までを、斬り裂いていた。一体何を恐れているんだろう。


 伊織の視線が細かな説明を求めていたが、剣聖があえてそれを無視して、言う。


「しかし君たちのおかげでかなりの距離を稼げた。しばらく、敵の襲撃はないだろう」


 彼曰く、本当の勝負どころは二つ。こちらに気づいた魔獣の群れと衝突する時と、そして敵の本隊の後方を突破して東に出る時、だそうだ。


 彼の推測に間違いはない。剣聖という人類最高戦力の存在に気づいた魔獣の群れ。今なお進撃を続ける敵の本隊。これらとぶつかる時、死戦は、免れぬだろう。正念場に続く正念場。まだまだ、ここからだ。


「剣聖。今は昼ですが......どこで夜を明かしますか。夜も進み続けるのは危険ですし、多分持ちません」


 魔物の群れを撃破し、一段落ついたと見たのか伊織が問いを彼に投げかける。防人の速度は出せていないものの、精兵が出せるほどの速度を維持していた。


 彼らはすでにシラアシゲの郷周辺からは離脱し、別の郷の領域に入るころだ。確かに、かなりの距離を稼げたようで、そろそろ別の郷に近づいていくはず。


 この先にあって、結局陥落していたあそこは、確か━━


「カラタチの郷で夜を明かそう。何か残っているかもしれないし、生き残りの防人がいるかもしれない」


 夜を明かすための、目処が立った。この時、十中八九ないだろうと考えていたが、もし郷が陥落していなければそれでよし。陥落していたらしていたで、郷の中には隠れられる場所が多いはず。


 彼らが早駆けのまま、突き進んでいく。白亜の霊力と、銀色の霊力、そして緋色の輝きが、彼らの軌跡として残った。速度を維持したままの彼らなら、日が沈む前に、カラタチの郷へ辿り着くことができるだろう。


 先ほどから思っていたが、彼らの移動速度、いや、俺の移動速度がおかしい。いくら毎日あちこちを走り回り、少量の霊力を持っていたとはいえ、この速度の機動を当時の俺が出来たとは思えない。この時は必死で俺に考える余裕はなかったけど、やはりおかしい。基礎の部分が強く出る移動速度に、偶然はありえない。何か理由があるはずだ。


 剣聖や伊織ならその理由に気づいていそうなものだが、何故だか彼らがそれを当然と受け取っている節があったので、教えてもらえるような機会はなかった。


 やはり理由になり得そうなのは、この時発現した俺の『五輪』の内の一つ、『火輪』だろうか。他の能力は最初から使えなかったというのに、この能力だけは、何故かすぐに使えたのを覚えている。こいつがなかったら、俺はきっと死んでいただろう。そう確信できるほどに、シラアシゲから脱出する際重要な役割を果たした。


 兄さんが、俺の『地輪』に霊力や魔力を減衰させる効果があると言っていたのを思い出す。もしかしたら、同じようなものが『火輪』にもあるのかもしれない。そうじゃなきゃ、防人最強である剣聖と、天才と言われた伊織に、曲がりなりにもついていけない。


 この理由を知り、正しく扱うことができれば、俺はもっと強くなれるかもしれない。今、彼らの話をするために、山名や兄さん、秋月と甚内に話しているが、それを終えて第四踏破群が帰った後、しばらくすればまたタマガキは反攻を再開するだろう。


 ━━━━━━あの魔獣と戦えるようになるためにも。



 考えることを止めてはならない。並び立たなくては。あの領域かのじょに。



 また、場面が切り替わる。





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