第八十話 背中合わせの二刀
装備を整え終えてから、しばらくの時がたった。すでに彼ら三人は魔の領域へ足を踏み入れ、何回か魔物の群れと交戦している。森を抜けた彼らは平原に出て、揺れる草木から魔物が飛び出てこないか警戒していた。
準備を地下拠点の中で進めていた時、剣聖が各々の役割を決めた。最も強い剣聖が先頭を行き敵を撃破して、後ろについていく俺と伊織が互いをフォローする、という簡単なものだったが。
剣聖が先頭を行き、俺が右翼を、伊織が左翼を担当している。彼らは、線を引けば三角形ができるような位置取りをしていた。剣聖が前方を見て、俺たちが両翼を見ることになるので後ろは気にしなくていいのかと伊織が聞いたが、後方から魔物が来ることはないと、剣聖が理由もなく断言していた。彼が言うのなら、理由になってしまうが。
彼らが平原を駆け抜ける。俺の速度に合わせているので、防人ほどの速度は出ない。
このような安定した動きは、俺と伊織だけでは不可能だった。やはり、剣聖の存在が大きい。
しかしいくら彼が合流したとはいえ、油断は禁物だろう。俺たちの目的は、シラアシゲからの脱出。ひいては陥落していない郷への撤退。これを果たすためには、断続的に襲いかかってくる魔物を怪我することもなく、迅速に撃破していかねばならない。
友軍がいる場所からはまだまだ遠いし、もし魔獣の群れが進撃し続けているのであれば、それはさらに遠いだろう。一日で到達することは不可能だから、途中夜を明かす必要さえ出てくる。シラアシゲの部隊と防人たちが完全に全滅したことから、剣聖は複数体の最上位魔獣、空想級魔獣が健在だと予測していた。そんな敵がいる中夜の闇に紛れなければならないなんて、なんて恐ろしい。
今までの決死行を超えるであろう想像を絶するこの戦いから、俺と伊織が緊張し、敵がいないか辺りを見回して常に索敵を行っていた。しかし、拍子抜けするような出来事が連続して起きる。
ああ。前を行く彼が、再び白亜の煌めきを見せた。鯉口を切ることすらしていないのに、間合いに入るわけがないというのに、二十メートルほど先に隠れていたゴブリンの首が飛ぶ。
「━━━━ァ」
断末魔を上げる暇すらない。
突如として吹き飛んだ仲間の生首に驚いて、飛び出してきた他の魔物も皆彼が斬り殺した。白亜の剣閃のみが、残った。
一瞥すらせず、進んでいく。それがさも当然であるかのように。
一体、何をしているのかがわからない。これが剣を極め、剣聖と呼ばれた防人の力だというのか。歩いていくだけで、敵が死んでいく。刀を手にしていないというのに、剣閃だけが敵を切り裂いていく。間違いなく、彼の霊技能が関わっているのだろう。そうでもなければ、説明がつかない。
いや、同じく英傑と呼ばれた師匠も彼と同じように原理不明な動きをしていたが、彼曰く、あれは特霊技能ではなかったはず。それを考えれば、この攻撃は彼にとって、
彼を俺が困惑するような表情で見ている。そりゃあ強い強いと聞いてはいたが、ここまで一方的だとは思っていなかった。今防人になって知り合った人たちと比べてみても、御月や兄さんでもこんなことは出来ないし、彼らはえげつないがここまで意味不明な動きはしていなかった。
信じられない彼の動きを見て、説明を求めるように、共闘したことがあるはずの伊織を俺が見る。
伊織もまた、瞳を震わせて、困惑したような表情を見せていた。しかし、その
「なぜだ......
彼が消え入りそうな声で、小さく呟いた。それを聞き取った俺の顔が、面白いように変わった。
右にいた俺の方へ近づいた伊織が、俺の肩を掴んだ。俺の耳元で、剣聖に聞こえぬように言う。
「新免。お前はわからないと思うが、剣聖の様子がおかしい。普段だったら、あんな雑魚に手こずらなかったはずだ」
俺が口を半開きにして、驚愕する。
「あれで手こずっているのかよ......」
「それだけ彼は強いんだ。そんなところ見たこともないが、おそらく彼は疲弊している。群れと衝突する時は俺たちで露払いをするぞ」
俺が間違いないと深く頷く。
「ああ。長期戦になるだろうし、俺たちじゃ強い魔獣が来たら戦えないもんな。そんな時に、彼が戦えなかったらヤバイ」
「よし。じゃあ彼に伝えるぞ」
そう言った伊織が速度を上げて、剣聖に並走する。仲間はずれにされるのが嫌だったのか、俺も速度を上げて彼らの方に寄った。
「そうです。剣聖。魔獣が現れるまでは、私たちが」
伊織の言葉を聞いた剣聖が、難色を示している。しかし後ろから近寄ってきた俺の顔を見て何を思ったのか、一度目を閉じた後、口にした。
「わかった......マキナ以外の者の手を借りるなんて、何十年ぶりかな。頼んだよ。二人とも」
伊織の提案を受け取ったのか、彼が必要以上に魔物を攻撃するのを控え始めた。移動速度を上げて、雑魚の魔物は振り切れるようにする。右方、こちらに気づいたゴブリンが追従しようとして、転倒するのが見えた。
ここは、平原。敵の姿が見えるので、のらりくらりと交戦を避けながら進むことができた。しかし、避けようのない敵に相対する。
「新免! 前方! 魔物の群れだ!」
遠く正面。交戦を避けることができないであろう位置に、魔物の群れが現れる。見慣れたゴブリンにオーク。しかしその群れを構成する主力は、奴らではないだろう。存在感を放った赤い瞳を持つ、黒い犬。紫色の魔力を放つ奴らが、速度を上げた。
犬型の魔物。珍しい。ゴブリンやオークと違い四足歩行のそれは、人間や二足歩行の魔物を相手にするのとは訳が違う。特異な動きをする奴らを相手にするには、経験がいるだろう。
前方を進む剣聖の柄に置く手が、ピクッと動く。彼の手を煩わせてはいけない。そう判断した伊織が、威嚇するように銀色の霊力を放った。
「新免! 前に上がるぞ! 初撃を託した!」
そう叫んだ伊織の顔には、喜色が浮かんでいる。
燻っていた緋色の霊力が燃え上がり、俺を包む。強く地を蹴り前へ俺が飛び出した。その手には剣聖から受け取った脇差、
それを逆手に握った俺が、斬り上げるようにしながら、強く叫んだ。
「烈火ぁあああ!!!!」
剣から放たれた焔心が地を削り、前方。群れを包み込むように燃え広がる━━!!
立ち向かおうという意思を以って放たれた烈火は、魔物を焼き尽くしていった。しかしそれを飛び越えて、三匹の魔物が炎を突破する。
「黒妖犬か......!」
炎を放ち立ち止まった俺の一歩前に出て、伊織が打刀、
俺の前に立つ、仁王立ちの銀が迎え撃つ。
彼が両手で刀を握って、右から左へ。返す刀で左から右へと朝鍛を振るった。その正確無比な二閃は、黒妖犬の喉元を切り裂く。
黒妖犬二体をなんなく撃破した伊織が、心を残した。彼は近づいてくるもう一匹の犬に気づいている。しかし、刀を取らない。
そこへ緋色の霊力を輝かせた俺が、突っ込んできた。左手に持ち替えた夕練を使って、彼の背へ飛び込もうとした黒妖犬の腹を突き刺す。その後、右手の『火輪』から炎を放った。
そのまま突き刺した黒妖犬を投げ捨てた俺が、刀をしまう。
「完璧な連携だ! 新免!」
「相棒。お前の動きを何回見たことがあると思ってるんだ、わかるに決まってんだろ」
魔物の群れを殲滅し向き合った伊織と俺が、剣聖の方を見る。後方からやってきた彼は、俺たちのことを、何か眩しいものを見るようにしていた。
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