第六十話 激戦

 


 タマガキ本部ロビー。そこは係官や兵士たちで入り乱れ、混沌とした状況になっていた。しかし中央に立ち、続々とやってくる伝令の情報を確認し指示を飛ばす山名の姿に焦りは見えない。


 今現在、タマガキは危機に瀕していると言える。第玖血盟だけでなく、第拾血盟の姿まで踏破群により確認され、現在第玖血盟と交戦している防戦隊と秋月の元に、頭に赤いハチマキを巻いた血脈同盟団員による介入があった。


 この緊急事態に合わせ、タマガキの郷の郷長である山名は本部ロビーに司令部を置き、参謀らを集め指揮を取っていた。


「伝令! 緊急です!」


 中央に地図を置き、駒を置くことによって情報を整理している参謀らの元へ、一名の伝令。その者は頭から血を流しており、いかに状況が切迫としたものであるかを示している。


「防人、新免玄一。新たに確認された第拾壱血盟、青頭巾と交戦を開始! 秋月様率いる防戦隊から北東。かなり離れた位置で単騎対峙しているとのことです!」


 その報告を聞いた参謀が驚きの声をあげる。


「新手の血盟だと!? ふざけるな! これで三人目だぞ! 今すぐ増援を送れ!」


 駒を手にした別の参謀がその発言に対し反論する。


「しかし戦力が足りません! 第玖血盟と血脈同盟団員が仕掛けて来た以上、戦力をこれ以上割くわけには......」


 その言葉を聞いた参謀が、両手を机に叩きつける。拳は震え、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「ええい! 踏破群はまだか!」


 そのやりとりを遮るかのように、住民の避難が完了したというまた新たな報告が他の兵士から上がった。




 続々とやってくる情報。次第にそれらは落ち着き、盤面がはっきりとした。まず、第四踏破群は第拾血盟の介入により第玖血盟の撃破に失敗。タマガキにいるであろう他の血脈同盟と合流しようとする血盟を追撃し、第拾血盟を撃退した。しかしながら第四踏破群がタマガキへ帰投するのを遮るように、第玖血盟が眷属を展開し彼らが戻ってくるのには時間がかかる。


 そうしてタマガキに到着した第玖血盟は、下町大通りにて秋月らと交戦を開始。異変に気づいた玄一が、一度戦いから離れ、第拾壱血盟を発見し激突した。


「しかし、血盟を相手に我々の防人がどこまでやれるか......」


 参謀が前髪を掻き揚げ、呟いた。それに対し、山名が返事を返す。


「問題ないだろう。秋月らの元には踏破群がじき訪れる。玄一に関してだが、第拾壱血盟相手ならば勝機があるだろう。問題はそれよりも......」


 そう言いかけ、口を閉じた山名を参謀が怪訝そうな表情で見つめている。その続きを聞こうと口を開きかけた参謀であったが、訪れた伝令がそれを遮った。


 山名の左目から、眼光が煌めく。


「係官。踏破群が持ってきた例のブツ。ここまで持ってこい」


「了解しました」


 山名が地図上に入り乱れる駒を見つめる。その中で、彼がじっと見つめていたのは、三つ。戦線から離れている駒だった。


 (託したぞ......甚内)







  住民の避難を終えた防戦隊は、第玖血盟と交戦する秋月を援護しようと眷属と対峙する。関永と交戦した後で、制約があるのだろうか。多く眷属を展開出来ない第玖血盟が顔を曇らせていた。すると、屍姫の後方より赤い鉢巻をつけた集団が現れる。血脈同盟の戦闘員だ。


 彼らが刀を引き抜き、眷属と応戦していた防戦隊に斬りかかる。お互いが鬨の声をあげて鍔迫り合いを行うも、交わす言葉はなかった。


 戦場を俯瞰するように見てみれば、数的有利があるのは血脈同盟の方である。しかし連携の取りづらい眷属、そしてそのほとんどが志願者で構成される血脈同盟団員に対し、その相手をする防戦隊のほとんどが正式な訓練を受けた職業軍人だ。その証拠として、防戦隊はスムーズに陣形を敷き、続々と現れる血脈同盟団員に対し槍衾を敷いて簡単にいなしている。タマガキ側が少し優勢であると言えるだろう。


 赤い鉢巻が風に揺れ、青い制服を来た防戦隊隊員が刀を振るう。


 状況を後方で把握し終えた屍姫は、戦況を好転させようとさらに魔物を召喚する。その中には、樹木のような見た目をした戦略級魔獣の姿もあった。


 味方の位置を確認しつつ、援護射撃を行なっていた秋月がそれを見てキレる。


「んんんもぉぉおおおーー!!!! 甚内は見当たらないし、玄一はどっか行くし! それに関永は何してんのよぉお!!!! 私一人置いてって、腹が立つわ!」


 その叫びを聞いた屍姫が、クスクスと笑う。


「あは。あんた見捨てられたんじゃないの? 見るからにガキだし、人望なさそうだしね」


 それを聞いた秋月が霊弾を屍姫と魔獣に向かって連射した。第玖血盟はそれを避けることに成功したものの、樹木のような見た目をした魔獣の幹に風穴が開く。その威力は、怒りという感情が込められた証。


「私はあんたよりずっと大人よ! このお子ちゃま! 許さないんだから!」


 それを聞いた第玖血盟が笑い始めた。腹を片手で抑えて秋月の方を指差した後、言い放つ。


「あは。その反応からしてあんたの方がずっとお子ちゃまじゃない。お子ちゃまぁ〜お子ちゃまぁ〜ガキぃ〜。ぷぷぷ」


 手をぶらぶらとさせながら秋月を煽る、第玖血盟。そのやりとりを聞いている防戦隊と団員は、剣戟を重ねつつも微妙な表情を顔に浮かべていた。


 大きく右腕を振り、その指先を血盟の方に向けている秋月の顔がその髪色のように赤い。彼女が口を開く。


「も゛ぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぉおおお!!!! 大人の力を教えてやるわ! このお子ちゃみ゛ゃぁああああ!!」


 その叫びに合わせて、見るからにブチ切れた秋月が感応式霊砲台を多数展開した。宙を浮いたそれらは、眷属に対し飽和攻撃を始める。それを見る第玖血盟の顔に、笑みはもうなかった。








 青頭巾。その被り物の中に見えるのは、中年の男の顔。


 第拾壱血盟である奴と相対する。


 心は燃え上がっているが、頭はいたって冷静だった。いつも通り、二刀を握りだらんと腕を下ろす。高まった霊力が、大気へと広がっていった。


 奴と戦う上で奴の異能が何かを考える。しかし、奴の異能は資料にも記されていなかった。手がかりがある可能性のある殺害現場の情報を参考にしようとも、あまりにもその方法が多岐に渡りすぎている。しかし俺の春疾風を食べたということが、奴の異能の正体への糸口になりそうだ。


「ふむ。我は出来ることなら戦いたくはないのだが......貴君。先ほどまでの発言及び行動は水に流そう。我は貴君と兵刃を交える時間的余裕がない。それ故、我を見逃し血脈同盟に協力する気はないか。我々は志を共にする純血を広く受け入れている。どうかね」


 大きく息を吸って、吐いた。まさか襲撃してきた方から対話を求められるとは。滑稽だ。バカげている。


 先ほどまでの会話を考慮すれば、その線はほぼないだろうに。


 それでも聞いてきたということは、これが最終通告。その誘いを断る時が、奴との死戦に身を投じる時だ。


「ならば聞きたいことがある。タマガキで起きていた数々の殺害事件。それは貴様のものであることに相違ないか」


 改めて問う。


「そうだ。本来なんの役にも立たぬ穢れた血脈のネズミどもではあるが......我が食らうことによってその穢れは我が純血へと変換され、我が力となる故にな。まぁ、ネズミどもを食らうのも単調かつ不味である故、それを少しでもましにしようと調していたが......やはり不味。美味なのは、赤子のみよ」


 そうか。


「では死ね」


 地を蹴り斬りかかった。霊力の流れから、相手もこちらが来ることは読んでいただろう。しかし、その上を行く。


 風を纏い、急加速。こちらが斬りかかるのに合わせて反撃しようとしていた血盟は、タイミングをずらした俺の動きに対し、意表を突かれ一太刀もろに食らう。


 胸を切り裂かれた奴に反応はない。奴の後ろまで斬り抜けていった俺を、奴が横目で見た。


「交渉は決裂か。血盟に対する反逆行為として、貴様を駆除対象とする」


「俺がお前を駆除してやるよ」


 戦いが始まった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る