第五十九話 天に代わりて不義を討つ

 


 今朝、第玖血盟の撃破に向かう第四踏破群を見送った。それが意味するところは、タマガキの防備が薄れたということ。踏破群の帰りをただ待つようなことはせず、タマガキ防戦隊は普段持たぬ槍を手にし、警戒を強めていた。


 完全武装の状態で下町を秋月と共に歩く。甚内は踏破群を見送ったあと、どこかへ消えた。それから彼の姿は見ていない。


 血盟がタマガキを襲うかもしれない、という情報は民衆へ公開されていない。彼らの混乱を避けるための処置だ。故に、タマガキの郷の兵士たちはまるで魔獣が襲ってきたあの時のように緊張感を漂わせていたが、それとは対照的に道ゆく人々はいつも通りだった。


 俺の横を歩いている秋月は、初めて会った日のように完全武装している。彼女は普段通りに振舞っているように見えるが、俺にはわかる。彼女もまた、俺と同じように緊張していた。


 彼女が俺の方を向く。その短い腕を組んで、大きく笑って口を開いた。


「大丈夫よ。玄一。もし何かあったら私が守ってあげる! あの時みたいにね!」


 彼女が小鼻をうごめかす。彼女なりに、俺を励まそうとしているのだろう。まぁ、助けられたは助けられたが、そこまで自慢されるほどではないと思うのだが。


「......あぁ。ありがとう秋月」


 そのまま歩みを進める。下町はあいも変わらず屋台店が並んでいた。そこで見つけたのは、江戸前寿司。寿司を見て、秋月と夕食を共にしたのを思い出した。確か彼女は赤身の寿司が好きだったんだか。屋台店の兄ちゃんに声をかけ、一貫だけ頼む。皿を借りて、寿司を受け取った。


「秋月。確かこれ好きだったろう? この前行った店みたいな場所もいいが、案外こういう店のも悪くないぞ。もちろん、サビ抜きだ」


 秋月の顔があの日と同じように、花が咲いていくように笑った。


「嬉しいわ玄一ありがとう!! こういうとこで食べるの初めてなのよね。じゃあ、いただきます!」


 彼女が寿司を手に取り、大きく口を開けて、一口でパクリ。無論、サビ抜きだ。以前のような失敗はしない。絶対に。


「んん〜〜〜!!! 味付けがしっかりしてて美味しいわ! こう美味しいものを食べてこそ戦えるってもんよ!」


 秋月が嬉しそうに頬張る。彼女が腕を伸ばして、懐から財布を取り出そうとした。もっと食うつもりなのか。


 彼女が屋台の兄ちゃんに声をかけお代わりを頼もうとしたその時、大きな音が鳴った。


 空に赤い輝きが灯る。






 連絡用の霊弾。間違いなく出撃した第四踏破群からのものだ。秋月の表情が変わる。


 その霊弾は、赤、赤、白。その色が意味するところは、第玖血盟を逃し、敵がタマガキに迫ってきているという合図。


「防戦隊! 民衆の避難を頼んだわ!」


 秋月が近くにいた防戦隊のものに声をかけ、指揮をとる。霊弾を見て、見上げる空にいるのは一匹の翼竜。その背の上に誰かが乗っているようだ。


 霊力を目に集めた。強化した視力で見えるのは一人の少女。


 第玖血盟。屍姫。あの夜出会った少女が、こちらまでやってきている。


「秋月! 第玖血盟だ! 二人でやるぞ!」


「......! わかったわ!」


 秋月の紅色の霊力が迸る。彼女が地に片膝付き、右手を銃の形に。そこからまるで長い銃身が生えているかのように、左腕を伸ばして空想の銃身を掴んで支えるような形にした。照準を合わせようとしているのか、彼女が左目を瞑り、右目により多くの霊力を集める。その輝きで、彼女の右目が煌めいた。


 彼女が、眷属に乗り空飛ぶ第玖血盟に向かって狙撃を行う。天を貫くかのように、彼女の紅い霊弾が示指より放たれた。それに合わせてまるで爆発するかのような轟音。射撃音がなる。


 近くにいた民衆は混乱し、右往左往していた。それもそのはず。突如として道を歩いていた防人が、何もないように見える空に向かって攻撃を開始したのだから。買ってくれるお客さんのために寿司を用意しようとしていた屋台店の兄ちゃんは、支払いを済まそうとした客が急に発砲を開始したのにビビって店を飛び出し逃げている。罪悪感がすごい。


「焦らないで! 本部のある上町の方まで避難してください!」


 防戦隊の避難誘導を行う声が聞こえてきた。できることならこの下町で戦いたくなどなかったが、避けようがないだろう。防戦隊の避難誘導がとにかく早く終わるのを願うしかない。この町を、戦火に巻き込みたくなかった。


「だめ! この距離じゃ避けられる! もっと前に出ないと!」


 霊弾が当たらないことに焦燥とした秋月が、打って出ようと脚部に霊力を溜める。そのまま移動しようとした彼女の肩を掴み、止めた。


「待て秋月! ここで打って出た後、別の血盟がやってきたらどうする!」


「そんなの、甚内にでも任せておけばいいわ! それよりも、タマガキの中で魔獣を大量召喚されたりしたらもっとまずいわよ! 食い止めないと......!」


 彼女が苦虫を噛み潰したような顔をした。この状況で取るべき最善が分からない。俺と秋月の意見はどちらも正しいように見えて、混乱する。


「......? 着地した?」


 遠く空を飛んでいた第玖血盟が翼竜から降りて着地したようだ。しかしそこからタマガキまでまだ距離がある。何故。


 そう思ったのも束の間、第玖血盟が着地した場所より現れたのは、巨人型の魔獣。その魔獣の手のひらの上には、第玖血盟。


 まさか。


「秋月! 備えろ!」


「えっ!? 何によぉぉぉおおおおおお!?」


 巨人が大きく振りかぶり、第玖血盟を投擲した。こちらまで真っ直ぐ飛んでくる。二刀を引き抜き、体内の霊力を回転させた。それに合わせて、『風輪』と『地輪』を起動する。


 巨人より放たれた第玖血盟が、下町の通りのど真ん中に着地する。土煙が大きく舞い、近くにあった店が吹き飛んだ。土煙が晴れた先に見えたのは、一人の少女。


「あは。遠くから攻撃してきてた奴、発見! もう、嫌になっちゃう! 合流しろって言われたって、どこか分かんないし」


 鳩羽色の霊力。その威容は、第四踏破群と交戦した後だからだろうか。あの夜のものとは、比べ物にならないほど強い。


 第玖血盟が指を鳴らす。大地より這い出るは、見慣れた魔物の姿。しかしながら特別目立った魔獣や人間の眷属はおらず、それに第玖血盟自身も苛立っているようだった。


「あの白鎧......絶対許さないんだから」


 おそらく兄さんのことだろう。第玖血盟を逃してしまったが、その眷属を殺すことには成功したようだ。俺たちが今ここですべきなのは、第玖血盟の撃破。ないしは撃退。それに加えて予想されるであろう増援からタマガキを守ること。


 ......きつい仕事だ。兄さんたち踏破群もタマガキに向かってきてはいるのだろうが、それまで時間を稼げるか。厳しい。


 秋月がこちらを見ている。彼女が身振り手振りでこれからの動きを教えてきた。それは俺が血盟を獲りに行き、秋月が雑魚を片付け道を作る。そういうものだ。首を取ることに躊躇いはないが、その前に一つ。聞きたいことがある。


「第玖血盟。少し聞きたい」


 そう口にした俺を咎めるように、秋月が言う。


「このバカ! 敵と会話するなんてやめなさい!」


 説教するかのような彼女の言葉を無視して、続けた。


「何故、お前たち血脈同盟はあのような残虐な真似をするんだ。お前たちが殺した人は皆......人の尊厳を奪われた死に方をしていた。死後、肉体を弄ばれた人。四肢を一本一本ねじ切られた人。原型を留めぬほどに叩き潰された人。皆が、そう死んでいた。彼らのことを調べてみれば、彼らの素行に問題はなく、皆が真面目に働き生きていた。何故、そのような民間人を殺す意味がある。敵でもない、民間人を」


 第玖血盟が耳をほじりながらその話を聞いていた。答えを聞こうと、待ち続ける。沈黙が、俺と血盟の間にはあった。


「あは。そんなの、純血を守るために決まっているじゃない。盟主がそう言ってたわ。必要だって。でも私は知らないよ。何もしてないもん」


 (何もしていない......?)


 そう答えた血盟に対し、隙をつくように、右腕を伸ばした秋月が脳天目掛けて霊弾を連射した。それを防ごうと、大地より一体の魔獣が姿を現す。その魔獣の姿を、俺は見たことがあった。


 上半身だけを大地より出している。赤毛で全身を覆い、たぬきのような面をしたその姿。


 戦略級魔獣”血浣熊ちあらいぐま”。戦ったことがあるから知っている。奴が今俺たちに攻撃できる択は、二つだ。


 奴の頭が少し動いた。来る。


「お前が首を伸ばしてくるのなんてもう知っているッッ!! 太刀風ッッ!!」


 こちらに嚙みつこうと飛んできた血浣熊の頭を避け、その首を二刀で叩っ斬る。その勢いで豪風が下町を駆け抜けていった。二刀より放たれた太刀風はあの時のように、奴の首を完全に処断している。頭と胴体が別れ、もうこの眷属は動くことは出来ないだろう。だが。


「秋月! まだ他にもいるかもしれない。気をつけてくれ! この魔獣は今見たように首を伸ばす能力と溶解液のような涎を持って......」


 切断した奴の首から血は出ない。それは”彼奴”と戦ったことがあるのでもう知っている。だが、嚙みつこうと奴の開いた口からは、大地をも溶かすあの涎は垂れていなかった。あの時は、あんなにもポタポタと垂らしていたのに。涎のような体液も、血と同じように眷属は所有しなくなるのだろうか。



 (涎......?)



 何か、見逃してはならぬような違和感が、背筋を凍らし駆け抜けた。俺が実際にこの目で見たあの殺害現場。複数犯というその仮定により、ほぼ第玖血盟の眷属によるものと断定されていたはずなのに、彼女のやっていないというその一言。



「秋月。悪いが、ここを託した」


「え゛っっ!? ちょ、玄一!?」



 風纏を使い、空へ飛び立つ。下には唖然としてこちらを見上げる秋月の姿があった。


 もし俺の推測が正しいのであれば、間違いなく、対処できなければ致命傷になりうる。もし最善を選ぶのならば、ここで秋月と共に第玖血盟と相対するのが最も良い選択肢だろう。だが、山名の言葉を思い出せ。あの時のように、この選択肢はではない。


 下町の空を飛ぶ。民衆のほとんどが避難を完了させた中に、一人だけ、防戦隊の隊員に縋り、懇願している金髪の女性がいた。急降下し、彼らの近くに着陸する。


「ですから奥さん! 今すぐ避難してください。ここは危険です!」


「お願いします。私の......私の赤ちゃんが!」


 彼らに声をかける。


「何があった」


 槍を手にした兵士が、驚きの声をあげる。


「防人の新免殿!? じ、実は、この女性が赤子を置いていってしまったようで、助けてくれと。ほら。まず避難しなさい。安全が確保された後、我々が捜索するから」


 大きく頭を横に振り、否定する女性。それに合わせて涙が飛んだ。


「違うんです! 連れ去られたんです! 頭に何かを被った男に!」


 無茶苦茶なことを言うなと怒る防戦隊の兵士。縋りつく女性の手を払おうとした彼の肩を、掴んで止める。


「待て」


「何ですかい!?」


「赤ちゃんが連れ去られたという場所へ、案内してほしい。俺が行く」


 その言葉を聞いた金髪の女性が、涙ながらに返事をした。


「ぐずっ......ありがどうございます。こちらです!」


 子を守ろうとする母は強い。倒れこむようにしていた女性は、先ほどまで足腰が抜けているんじゃないかと疑うぐらいだったというのに、俺の言葉を聞いた途端すぐに起き上がり走り出した。





 金髪の女性の案内の元、曲がり角を右に曲がり、その先には広場がある。霊力による探知を行い確認する。俺と女性と防戦隊隊員以外に、この広場に別の人間がいるようだった。


 広場の真ん中に立っていたのは、青い被り物をした一人の男。その手には、泣き叫ぶ赤ん坊がいた。その男はこちらに背を向けており、その顔は見えない。


「あいつです! あいつが! あいつがぁ!!!!」


 そう女性が指をさして叫んだその時、その青い被り物の男の口が、。その後、口を素早く閉じる。鳴ってはいけない音がした。甲高い声が、止んだ。


 男の足元に、小さな、ものも掴むことが出来なかったであろう手が、落ちる。ふざけるな。どんな理由があろうとも、それは許されない。


「ぁぁ━━━━━━━━」


 その事実を受け入れられない女性が、泣き叫び狂って、目の前の男を罵倒した。


 戦慄。前方の男から解放されるドス黒い紺色の霊力は、間違いなく至高の領域。


かまびすしい。我の食事を邪魔するな。国持たず。穢れた血脈が、せめて我が血肉となれ」


 まずい。刀を持って駆け出す。『風輪』に霊力を流し、刀を振り上げた。


 振り返った男が、突如として女性の元へ移動し、再びその口を大きく開く。それは、女性を上から覆うほど。口の中からよだれが垂れて、顔にかかる。


「ひぃいっっ!? やめ」


 その言葉が、最後となった。バキバキという音がなって、場に下半身だけが残る。その後奴が再び口を開いて、それをも食らった。防戦隊の男は目をしどろもどろさせて、状況が飲み込めていない。


 間に合わなかった。軽々しく案内を頼むべきではなかった。後悔の念がやってくる。だが、悔やんでいる時間はない。


「『春疾風はるはやて』ッッッッ!!!!」


 奴がこちらの方を振り向く。その顔の左側には、大きな刀傷が付いていた。俺の放った春疾風を見て、奴の口が再び大きく開く。と目があったが、動揺してはならない。


 駆け抜ける風の一撃。しかしその威力は十分ではない。おそらく対応されるだろう。


 奴は俺の春疾風を口に入れた後、ゴクリと飲み込んだ。やはり無傷。効き目は、ない。


「防戦隊のそこの!」


「は、はひっ!!」


「とにかく誰でもいい。伝えてくれ! ここにいる男は━━━━」


 霊力に容姿。それらが一因となるのは間違いないが、何より証左となるはその行動。


「第拾壱じゅういち血盟。青頭巾だ」


 青頭巾が、口に付いた血を拭いながら、にやりと笑った。





 防戦隊の男が広場を走って出る。それを青頭巾は目で追っていたが、攻撃するような仕草は見せなかった。もしそんな隙を見せれば、俺から攻撃を受けることを理解しているからだろう。


「ふん。貴様は穢れた血ではないようだが......面倒だな」


 青頭巾が腕を組み、口を開く。


 五臓六腑が煮え繰り返るように、内臓が震えた。心が叫んでいる。許してはならぬと。


「貴様......貴様らはなぜ! このような外道の真似を! ふざけるな! あの善良な人々に! そして何よりもあの無知な赤ん坊に、何の罪がある!!」


 俺の言葉を聞いた青頭巾が、右手で頭を抑えた。その後、嘆くようにして言う。


「なんということだ......やはり盟主の仰られていたことは正しい。これが悪魔の世代か。なんと愚かな」


 奴は、演技をしているわけでもない。今言い放ったことに何の疑問も抱いていない。本気で言っている。


 奴が続ける。


「良いか。小僧。我らヒノモトの民は、純血を守らねばならぬ。穢れた血脈を受け入れれば、霊力を失い、我らは魔獣に蹂躙されることとなるだろう。故に我は、その芽を摘み取ったにすぎん」


 強く握った刀が、震えた。


「貴様は何を言っている......?」


「よくも考えてみよ。奴らの先祖は魔獣に負けて国土を失い、我が国になだれ込んできた者たちであるぞ。その上帝に対する叛逆行為を行った、危険な連中でもある。故に我々は純血を保ち、魔獣に対し戦う力を持った選ばれた民族として、生き残らねばならない」


 何を言っているのか、理解が出来ない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。それでも、思考停止して聞かないわけにはいかない。


「問おう。このヒノモトには、海の外から来た先祖を持つ防人が多くいる。お前の言う通り彼らが穢れた血、というものであるというのなら、何故彼らは霊技能を使えるんだ」


 呆れたように青頭巾が口を開く。


「それは純血と交わったからであろうよ。純血の力により、防人としての技能が使えてもおかしくはない。しかしながら、何度も交わっていくに連れ、失われていくのだ」


 その表情には、穢れた血と交わった同族に対する嫌悪も含まれていた。


 奴が右腕を伸ばし、宣言する。


「故に我らは穢れた血を持つ奴らを駆除しているのだ。帝都の連中が唱えている隔離政策など、意味をなさん。完全駆除が、ヒノモトを救う唯一の道であろう」


 刀の鋒が、無意識に込められた力に震える。


 話にならない。穢れだの純血だの知らないが、彼らが死ぬ理由にはならない。何よりも、俺を救ってくれた彼らが、侮辱される理由には、ならんのだ。


 自らを鼓舞するように二刀を振るう。


「もういい。第拾壱血盟。貴様の非道。許すわけにはいかない。俺が、貴様を殺す」


「恐ろしきかな悪魔の世代。駆除対象が増える可能性すら考慮されるな」


 刀をだらんと下ろして、霊力を展開し、無力を掴み取った。


 苦しい戦いになるだろう。血盟には勝てないと、兄さんが言っていた。けれど、俺が許せない。奴らは邪悪。魔獣をも越えた、生きていてはならぬ存在。


 彼の予想ぐらい、超越してみせろ。何故ならば俺は、最強になるんだから。








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